10:そんな冗談──っ!?
アルファポリスで投稿している作品を、こちらの方でも遅延投稿することにしました。
早く続きが読みたい方は、アルファポリスの方を探してみてください。
10
早朝の中庭。
芝生の上を踏む二人の足音と、木の棒がぶつかり合う乾いた音が響き渡る。
片方は青みがかった銀色の髪を三つ編みにした、小柄な少女。
もう片方は、彼女の二倍以上もの背丈を有する、大きな青い犬の獣人だった。
「ふぅ、ふぅ、ふぅ、ふぅ……」
珠のような汗が少女の額を垂れる。
一方で獣人の方はと言えば息一つ乱さない様子で、悠然と自然体に構えていた。
一般人が見れば隙だらけに見えるだろう。
片手にぶら下げた木の槍は、その体のどこも守っていないが、しかし少女にはそれが、狙わせている構えだという事を承知していた。
彼──タウロは以前言っていた。
構えは身を守るものであると同時に、あえて隙を作ったところに敵の攻撃を狙わせ、誘い、カウンターを入れるための物でもある、と。
しかし今の彼の状態はどうだ。
頭、腕、足、胴。
そのすべてががら空きで、もはやどこを狙わせているかもわからない。
わからないから、次の手が読めず、攻撃できない。
こういう時は、自分があえてその誘いに乗って、相手の攻撃に合わせてカウンターを入れるのがセオリーだ。
少女──もとい俺は、汗ばむ手で槍を握りなおすと、その顔面に向けて槍を突き出した。
「ふっ!」
穂先が小さな円を描きながら、まっすぐ伸びる。
しかしこれは躱されるか弾かれることは予想されているので、後ろ手を弾きながら途中で槍の軌道を変える。
「力が入りすぎだ」
足を一歩踏み出しながら槍で受けるタウロ。
反動を使って石突で腹を狙うが、肘と膝で挟んでブロックされ、そのまま自分の槍を絡ませるようにして押し込まれる。
俺はとっさに後ろに転んで受け身を取りながら回避するが、立ち上がろうとした瞬間にはこめかみに槍の刃を模したクッションが当てられていた。
「もっと体の構造をうまく使え。それと、最後まで目を離すな。いいな?」
「はい!」
それから何度かの打ち合いと、〆の型稽古が行われる。
ストレッチをして体をほぐし、水分補給が終わると、これで今日の稽古は終了だ。
「ま、一朝一夕じゃぁ身につかねぇもんさ」
タオルで汗を拭く俺を見下ろしながら、タウロはニカリと笑みを浮かべた。
その笑みを見て、俺はふと、今まで疑問だったことを、ついに聞いてみようと口を開いた。
「……あの、ずっと聞きたかったことがあるんですけど、聞いていいですか?」
「ん? なんだ、俺の息子のサイズか?」
「いや知りたくもないですよそんな話……」
下品な冗談に眉をしかめながら、俺は言葉を紡ぐ。
「……あの日、どうして私と戦おうだなんて思ったんですか?」
ずっと疑問だった。
彼は、俺が強いから、ただそれに興味を持って勝負を仕掛けてきたのだと思っていた。
でもこの一ヶ月、彼の稽古を受けてみて、どうやらそれだけでもないのかもしれないと思うようになってきたのである。
理由は単純に、彼がそういう短絡的な性格じゃないからだ。
彼は頭がいい。
どちらかと言えば狡猾なタイプだ。
だから、何も考え無しに俺に勝負を挑んできたとは思えないし、それにあの夜。初めて俺が彼に遭遇したとき、魔法で姿も足音も消した俺の存在に、彼は気が付いていた。
その翌日に勝負を挑んできたという事は、考えすぎかもしれないが、やっぱり何らかの意図があったに違いないとしか、俺には考え付かなかったのである。
「変な奴がいたら、そりゃ、そいつがどんな奴か確かめたくなるのは道理だろ。それだけだ」
「へ、変な奴って、酷くないですか!?」
はぐらかしたのだろうその言葉に、俺は思わず抗議の声をあげる。
しかし当の本人は柳に風。
耳の穴に小指を突っ込みながら、
「変は変だろ。こんな子供が兵士相手に完勝とか、普通ありえねぇからな?」
とのたまう。
確かにそれはそうだけど……!
聞きたかった答えと違う反応にムッとするが、タウロはそんな俺がおかしいのか、ニヤニヤと笑うばかりである。
まぁ、もう過ぎたことだし、別にもうどうでもいいんだけど。
「さて、飯食いに行くか!」
伸びをして、槍を片手に食堂に向かうタウロの背中を追いかける。
その大きな背中を見て、俺はいつかきっとこいつを追い越してやろうと心に決めたのだった。
***
最近は、街に出て買い物をすることも多くなってきた。
と言っても、全部タウロの個人的な使いっ走りで、俺の意思での買い物とかではないのだが、それでもやればお小遣いがもらえったし、俺も俺で市場の価格調査とかもできたりするので、悪い話ではなかった。
まぁ、ちょっと面倒だけど。
「はい、毎度ありがとうね、小さな騎士さん」
「いえ、こちらこそ」
加えて、人と話す機会も格段に増えてきたので、不足していた俺のコミュ力も上昇傾向にあり、もう吃らなくなってきたのはいい成長だと思っている。
もしかすると、こういう事も見越してパシリをさせているのかもしれない、なんて考えが一瞬脳裏をよぎったが、たぶんそこまで深くは考えていないだろうな、と思い直した。
ちなみに、この愛称にはいろいろ経緯があるのだが、簡単に言えば、最近はいつものローブではなく、騎士団の制服を着て外に出るようになったからであった。
練習用の槍も背中に背負っているのも合わさって、きっと、騎士に憧れている子供とかにでも見えているのだろう。
俺はタウロに頼まれていたおやつのリンゴが入った麻袋を、荷物係として牽いてきたユニコーンの背嚢に収納すると、周囲の視線を受けながら次の目的地に向かっていた。
「あとは、ギルドに行ってポーションを……」
タウロから貰ったメモを見ながら、次に必要なものを確認していた時だった。
不意に、背中がぞわりと震えるような、奇妙な寒気がして、それとほとんど同時に、駐屯地付近の物見櫓に設置されていた鐘が、けたたましい音を発したのである。
「この音は……!?」
途端に、街の中が騒がしくなる。
人々が慌ただしく、物見櫓とは逆の方向へと駆けだし始めた。
それもそのはず。
この警鐘は、街に魔物の大軍が攻めてくる現象──スタンピードの合図なのだから。
俺は腹の底がぞわぞわとするような不快感を覚えながら、どうするべきか迷っていた。
俺は騎士じゃないし、冒険者でもない。
だから、今ここから逃げて、ギルドのシェルターに隠れに行ったってかまわないだろう。
しかし、俺は戦える。
今この場にいる誰よりも強く、モンスターを圧倒できる力がある。
葛藤という感情を、今ここで初めて自覚した気分になる。
いや、葛藤というよりもむしろこれは、逃げることに対しての、後ろめたさ──。
「……【サモン:ロックバード】」
ユニコーンを撤退させて、代わりに別の召喚獣を召喚する。
地上は人でごった返している。
早く向かうなら、空から行った方が速いと判断したのだ。
茶色い光を放つ巨大な魔法陣から、巨大な鷹の姿をした精霊が現れる。
普通の鷹と違うのは、そのサイズが家一軒分もあることと、風切り羽が赤い色をしていることくらいだろうか。
急に現れた巨大な鳥に街の人々が驚いて悲鳴を上げるのを無視して、俺はロックバードに命令した。
「ロックバード、背中に乗せて!」
「キュルルルルル!」
くちばしで俺の服を掴んで持ち上げ、器用にその背中に乗せる。
「【プリヴェンティブ】【サプレッション】」
首元の体毛を掴み、落ちないようにしがみついてから、落ちた場合に備えて補助魔法をかける。
「よし、いいぞ! 飛んで! 騎士団の駐屯地まで!」
再度命令する。
すると、ロックバードは一つ嘶くなり、大きく翼をはためかせて騒ぎの中心に向けて跳び始めたのだった。
***
ロックバードに乗って騎士団の駐屯地にたどり着くと、みんな大慌てで、門の前に陣を構えに向かっていた。
「タウロ!」
行き交う人並みの中から、人一倍大きな獣人の影を探し当てて、空から彼の目の前にふわりと着地する。
「マーリン、お前どっから!?」
「そんなことはどうでもいいじゃないですか! それより、私にも戦わせてください! スタンピードなんでしょう?」
驚く彼をよそに、端的に用件だけを告げる。
すると彼は一瞬困ったような表情をして、しかしその直後に何か思いついたのか、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そこまで言うなら、いい機会だ。お前は冒険者に交じって遊撃部隊に入れ。ただし、命にかかわるような瞬間を除き、魔法を使う事を禁止する」
「……え?」
一瞬、言われている意味が分からず、思わず聞き返す。
「聞こえなかったか? 魔法の使用を禁止するって言ってんだよ」
俺の武器は魔法だ。
だから参加するなら、城郭の上から魔法を連射した方が安全だし、何より楽なはずなのである。
しかしそれをわかった上で、彼は魔法の使用を禁止してきたのだ。
「そんな冗談──っ!?」
「これも修行の一環だ、諦めて槍ぶん回してこい……つっても、その練習用のじゃ使えねぇか……」
抗議する俺の声に被せる様に、そうのたまうタウロに、俺は怪訝に眉をしかめた。
俺の槍の腕がどれほどのものか、彼は知っているはずだった。
知っているなら、わからないはずがない。
今の状態で戦場なんかに出れば、たちまち命を落としてしまうかもしれないということくらいは。
きょろきょろとあたりを見渡して何か探している様子の彼に、いったい何を考えているんだといぶかしんでいると、彼は『しゃぁねぇ、これでいいか』と、自分が背負っていた槍を引き抜いて、俺に手渡した。
両手で持っても多少重さを感じる、金属製の槍。
カーソルを合わせて詳細を確認してみると、どうやらただの鉄の槍らしいことが判明するが、フレーバーテキストに目を通してみると、ゲームの時とは違う一文が追加されていることに気が付く。
曰く。
『鉄製の穂を持つ長槍。タウロが愛用している一品で、使うと勇気が湧いてくる気がするかもしれない』
なんだよ、その曖昧な説明……。
ゲームだった頃は、元の持ち主に応じてテキストの内容が変わるなんてことはなかった。
これも、現実になった影響の一つなのだろうか。
槍とタウロを交互に見やりながら、どういうつもりなのかと無言で尋ねる。
しかし彼はそんなことはどうでもいいと言わんばかりに槍を押し付け、無理やりにでも受け取らせた。
「初陣祝いだ。
くれてやるから壊したりすんじゃねぇぞ」
彼は最後にそう言い残すと、騎士たちが向かう波に乗って、その場を後にした。
「初陣……か」
魔法を禁止されたのは痛いが、仕方ない。
これが修行だというのであれば、きっと意味があるのだろう。
それに──遅かれ早かれ、俺は戦場に立つことになるのだ。
それが今だったというのなら、タウロが見てくれている中で戦えるこの状況を、少しはありがたく思ってもいいのかもしれない。
俺は決意を固めると、タウロから貰った槍を片手に、冒険者たちの集合場所へと向かった。
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