1:目が覚めたら異世界でした。
アルファポリスで投稿している作品を、こちらの方でも遅延投稿することにしました。
早く続きが読みたい方は、アルファポリスの方を探してみてください。
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誰だって昔は、いろんなことに対して憧れというものを抱くものだ。
それがたとえ現実的なものでなくても、憧れてそれに近づきたいと思う気持ちは、きっと国境関係なくあり得るもので、それが大人の目から見てどんなに滑稽だろうと、子供であるうちはそれを応援される。
でも、次第に憧れは空想に代わるのだ。
どう頑張ったって実現しないこの世の不条理を目の前にして、絶望し、挫折し、あきらめて類似の何かを目指すようになる。
しかしそれは、本当は心の奥底、そう、根源的な深い魂の核が思い描いた、理想とは全くかけ離れた存在で。
……俺はそれを、今も諦めきれずにいる。
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目が覚めると、そこは異世界だった。
そんな夢みたいな話が、現実に起こるのだろうか。
車輪が石畳を転がる音。
鞭打たれて歩くラプトルが、噴水の縁に座る自分の目の前をけたたましく通り抜けていく。
「……何が、どうなって……」
呟いた自分の声が、普段より高いことに気がつく。
視界をちらつく銀色の糸束が、自分の前髪だと気づく。
着ている服が、つい先程までパソコンに向かっていた不登校男子高校生のものでなく、どこかコスプレチックな、青を基調とした魔法使いが着ていそうなローブに変わっていることに気がつき、自分の手が、身の丈ほどもある巨大な、見覚えのある杖を握りしめていることに気がつく。
「……いひゃい」
頬をつねるなんてテンプレな手段で、夢かどうかを確かめるも、およそ出不精で少食な男のそれとは全く異なる、もちもちとした肌の感触とつねられた痛みがリアルに伝わってきて、明らかに夢でも幻でもないことを理解して、そこで初めて、背後の水面に視線を向けた。
それはもう、恐る恐る。
「……ぉお、お、おお……ん……ッ!?」
女の子になっていた。
銀髪碧眼の、見覚えのある少女、というか幼女の姿。
年齢は6歳くらいだろうか。
青みがかった銀色の長い巻き毛。
頭の上に乗った大きな三角帽子。
青を基調としたローブに、手には大きな宝石がはめられた、自分の身長ほどもある大きな杖が握られていて、胸元には金色に光るディスクのようなものが、紫色の紐に括り付けられて首から提げられている。
間違いない。
今し方、最新章のアップデート中だった、お気に入りのMMORPGの、自分のアバターである。
驚きすぎてうまく言葉が出ない。
元々口数が少ない方だったから仕方ないのかもしれないが、それでも少しは声が漏れるくらい、俺は驚いていた。
……だって、まさか思わないじゃないか。
まさか現実に、ゲームの世界の人間に成り代わってしまう現象が、自分の身に起きてしまうなんて……ッ!!
「スゥ……ハァ……」
胸に手を当てて、まずは落ち着きを取り戻すことにする。
深呼吸だ。
こういう時は深呼吸をすれば、何とかなる。
そう、脳に酸素を供給するんだ。考えられないのは、脳に酸素とエネルギーが足りていないせいで──と、その時だった。
不意に、お腹の奥底から、水をふんだんに溜め込ませたスライムを絞ったような、奇妙な異音が聞こえてきたのは。
「……」
周囲の視線が、痛い。
見られているんじゃないか、注目されているのではないかと思うと、怖くて視線を上げられない。
被っていた大きな三角帽子の鍔を引いてことさら目深にかぶると、自分の膝を抱え込んで、顔を埋めた。
空腹だった。
(……まずは、何か食べてから考えることにしよう)
俺はそう考えると、のそのそと噴水の縁から立ち上がって、目ぼしい店を探して歩き回ることにした……が、普段見慣れない店とかには全く入れない性質なので、結局店に入ることもできず、オロオロと商店街を歩き回り、元の噴水に戻ってくるのだった。
「……はぁ」
元居た噴水の縁に座りなおして、お腹を抱えてため息を吐く。
ぎゅぎゅうと締め付けてくる胃袋のせいで、なんだか頭までくらくらしてくる来た気がする。
そんなことを考えていると、不意に、見つめる石畳に影が差したのが分かった。
誰の影だ。
知っている人か?
いや、この世界に知人はいない。
ゲームの中ですらろくにパーティを組んだこともないのだから、きっと知名度も低いはずだし、同じプレイヤーも一緒に転移してきていたとしても、ほとんどモブに近い扱いを受けるはずなのである。
では、今俺の目の前に立っているこの人物はいったい何者なのだろうか。
恐る恐るといった風に頭を持ち上げてみると、そこには鎧を身に着けた、四十代か五十代くらいの赤毛のおっさんがいた。
「そんなところでどうしたんだ?」
渋い声のオジサマだった。
赤いカイゼル髭を携えた、少し長めの髪のダンディな騎士風の人。小さな青い目が、まっすぐこちらを見下ろしていて、俺はなんだか少し、攻められているような気持になって、身を固めた。
「……えっと、実は今、行き倒れ寸前でして」
俺は、もしかすると、なんて淡い期待を胸に抱きながら、正直に答える……と、示し合わせたかのように、グゥ、とまたもやスライムを絞ったみたいな音が響いた。
ナイスタイミングだ。
結構大きかったと思うし、これで私の話も信憑性も増してくれたことだろう。
騎士風のオジサマは、そんな俺の様子を哀れに思ってか、『そうか』と一言呟くと、続けて
「だったら、ちょうどいい。俺も今から昼休憩だったんだ。おごってやるから、一緒にどうだ?」
──などと、普通に聞けば怪しさ満点の、しかし今の自分にとっては夢のようなお誘いが、彼の口からほとばしったのである。
無論、断る道理などない。
俺は二つ返事で誘いに乗ると、噴水の縁から降りて、彼の後ろをついて歩くことにした。
……追伸。
ここで改めて分かった事実なのだが、どうやら俺の体は相当縮んでいたらしい。
立ち上がって彼の後ろについたとき、頭の高さが彼の腰の中ほどにも届かなかった。
ちょっと悲しかった。
***
騎士風のオジサマならぬリチャード・ライオンハートさんに連れられてやってきたのは、俺が先ほどうろちょろしていた商店街の一角にある大衆食堂の一つだった。
窓際の景色のいい席に陣取り、向かい合って座ると、昔一度だけ受けたことがある飲食店のアルバイト面接みたいで、ちょっと緊張する。
「メニューです。ご注文はどうなさいますか?」
頭から兎の耳が生えた、所謂獣人のウェイトレスさんが、メニューを手渡しながら尋ねてくる。
普通、こういうものは決まってから呼ぶのでは? と一瞬疑問に思ったが、しかし次のリチャードさんの言葉から、なるほどそういう事かと納得する。
「ふむ、絵付きじゃないんだな。どんな料理があるのか、順に教えてくれないか?」
要するに、文字だけでは判断が付かない料理を、ウェイトレスさんに直接プレゼンしてもらうことで、食欲の増進や、これから来るであろう料理に対する期待値を高めて、よりおいしくいただこうという魂胆なのだ。
そしてこのウェイトレスさんを見る限り、どうやらそれがこの世界でのスタンダードらしい。
ウェイトレスさんはにこりと笑顔を浮かべながら、リチャードさんの申し出を受け入れた。
「承知いたしました。
まず、当店ではオークの肉を使った料理がメインとなっていまして、上から順に、ステーキ、シチュー、ミートパイとなっております。
どれも冒険者に依頼して獲ってきていただいた新鮮なものを利用しておりまして、本来なら硬い肉質のオーク肉をスライムと一緒に火を通すことでとろけるような柔らかさと、肉本来の持つ甘みをより引き立たせた一品となっております。
また、オーク以外にも、魔物肉が受け付けない方の為にも、うちで育てている鶏を使った、脂身の少ないさっぱりしたソテーや、野菜を大きめにカットしたスープもございます」
「ほぉ、それはうまそうだな」
「恐れ入ります」
ウェイトレスさんの説明を聞いて、空腹だった俺の腹もそろそろ限界を突破しそうである。
そんな俺の様子を横目で確認して、リチャードさんは、ふむ、とカイゼル髭を弄りながら
「マーリン殿は、どれにする?」
「えーと、その、では、ミートパイをお願いします」
「かしこまりました。何か苦手なものはございますか?」
「に、苦いのと、辛いのでなければ、特には……」
こんなことまで聞いてくれるんだ、と少し感動しながら、おどおどと口にする。
「ふむ。ならば俺は、ステーキと、それからスープを頼もうか。苦手なものはないから、遠慮せず腕を振るってくれ」
「承りました。
お飲み物は紅茶と葡萄酒がありますが、どうなさいますか?」
「紅茶だ。蜂蜜は控えめで頼む」
「あ、自分も紅茶でお願いします。蜂蜜多めで」
注文が終わると、ウェイトレスさんは軽く挨拶して何かを紙に書くと、机の上に伏せて置き、厨房の方へと向かっていった。
それにしても飲み物が紅茶か葡萄酒しかないなんて。
日本とは全然違うんだな、当たり前だけど。
「マーリン殿は、甘いものが好きなのだな」
不意に、リチャードさんが話しかけてくる。
「はい。辛いとか、苦いよりは」
どういう意図で話しかけてきているのかさっぱりわからず、警戒心を強めながら答えを返す。
「うちの娘も、甘いものが好きでな。最近できたという駅前のクレープ屋がおすすめだというのだが、俺はどうも甘いものは苦手で」
「……はぁ」
何が言いたいのか、さっぱりわからん。
話の読めない会話とも呼べない彼の独り言に、どう反応したものかと困りながら相槌を返すと、リチャードさんからの声が途切れていることに、しばらくして気が付いた。
知らずのうちに俯いていた視線を持ち上げ、リチャードさんを見る。
すると、なぜかもじもじと赤面している、気持ち悪いオジサマに早変わりしていて、『ええと、その、だな……』などと歯切れの悪いつぶやきを繰り返していた。
「……もしかして、食べて感想を聞かせてほしい、とでも言われましたか?」
「そうなのだよ!」
初めて言いたいことが伝わった子供のように、大きな声を上げながら、身を乗り出して肯定される。
まるで大きな犬みたいだ。
ちょっと怖い。
あと、なんか周りの視線が痛いから、大声は控えてほしい。
しかしそんな俺の反応など見えていないのか、彼は身振り手振り、やや大げさに表現しながら言葉をつづけた。
「可愛い娘のためだ。感想を言い合ったりして、気持ちを分かち合いたいのはやまやまなのだが、何分甘いものは苦手でな。騎士団長という身分もあってか、女のような趣味があると部下に思われては士気にも関わりかねない……」
別に、男が甘いもの好きでもいいと思うんだけどな。
俺だってそうだし。
あ、でも女子ばっかりの店に堂々と入るのは無理かも。
なんか場違いな感じがして、いたたまれなくなる。
「つまりだ。この後もしまだ腹に余裕があるなら、そっちの方にも付き合ってもらいたいのだが、どうかな? 無論奢るし、お礼も出そう」
真剣な眼差しでそう問われては、NOとは言えない。
俺は苦笑いを浮かべると、仕方なくといった感じで苦笑いを浮かべながら、依頼を承諾した。
……お礼って、いったい何を貰えるのだろうか。
ちょっと楽しみである。
そんな話をしていると、例の兎のウェイトレスさんが料理を運んできてくれた。
とても美味しそうなミートパイである。
ボリュームも大きい。
食べきれるか少し不安である。
「では、神に感謝を」
「いただきます」
結論から言うと、今まで食べたどの料理よりもおいしかった。
食レポなんてしたことはなかったが、ジューシーな肉汁とか、噛み応えのある肉の食感とか、とてもよかった。
空腹は最高のスパイスだ、って誰かが言ってたけど、まさにそれを体感したようだった。
「そういえば、マーリン殿はなぜ、あのようなところで行き倒れかけていたのだ?」
ステーキにナイフを通しながら、不意に話題を振ってくるリチャードさん。
やはり騎士という身分上、あんな怪しげな行動をとっていた俺に、多少なりとも事情を聴取する義務でもあるのだろう。
俺は、こういう時のために前々から妄想していた設定の一つを、ミートパイを呑み込んでから答えた。
「……実は、わからなくて」
「ほぅ?」
リチャードさんの目が、スッと細められる。
「こんなことを言うと信じてもらえない子かもしれないんですけど、目が覚めたらこの街の、さっきの噴水のところにいまして。自分でも、何がなんだかよくわからなくて。それ以前の記憶も、なんだか曖昧で」
記憶喪失というシチュエーションはかなり役に立つ。
なぜなら、始めにそう宣言しておけば、仮に何か、この世界では当たり前とされていることについて知らなくても、記憶喪失だからで済ませることができるからだ。
それにこうしておけば、もしこの体の元の持ち主の親戚縁者に遭遇したとしても、覚えていないことに不信感を与えない。
まぁ、この体は俺が作ったものだから、そのパターンに遭遇する確率は極めて低いと思われるが。
ここはゲームの世界によく似た異世界だ。
可能性がないとは言えないだろう。
それに、半分くらい事実だしね。
嘘に一つまみの真実を混ぜることで、それは真実味を増すのである。
ずいぶん前に、アニメか何かで聞いたセリフである。
「また記憶喪失か……」
「また?」
気になるつぶやきをするリチャードさんに、俺は首をかしげる。
また、という事は、似た事例が最近何件か発生しているのだろうか?
(もしかして、プレイヤーが他にも?)
この世界に転移したタイミングは、ちょうどゲームがアップデートされた瞬間だった。
その時同じく接続していたプレイヤーが、同じ事件に巻き込まれていたとしても、不思議はない。
「いや、こっちの話だ。協力感謝する」
「どうも」
軽く会釈するリチャードさんに、こちらも会釈を返した。
「さ、食事を再開しよう。冷めてはせっかくの料理の味が落ちる」
「はい」
もやっとした疑惑は残るが、万年ソロ活の俺には関係ないことだ。
今は、このミートパイを楽しむことに集中させてもらおう。
……などと、再び口にパイを運ぼうとした次の瞬間だった。
不意に、レストランの扉が乱暴に蹴り開けられたのである。
けたたましいドアベルの音と倒れる木製の扉、割れる硝子の音が店内に響いて、食事を楽しんでいた客たちの視線が、一点に集中する。
「ここかぁ? 獣人が飯作ってるっつぅ、汚ぇ飯屋はよぉ!?」
入ってきたのは、四人ほどの人間の男だった。
歳は高校生くらい。
全員おそろいのバンダナで口元を隠している。
「レッドファングか……」
ぽつり、呟いたリチャードさんの言葉を聞き逃さない。
レッドファング。
ゲーム内では確か、序盤に登場する、巨大な暴力団の名前だったか。
世界各地に拠点を持っていて、裏社会の入り口になっているとかいう、元の世界でいうところの、カラーギャングみたいなものである。
ゲームでは雑魚扱いだった彼らではあるが、現実として見ると結構凶悪な顔をしていて、睨まれただけでもちびりそうだ。
「獣が飯作ったら毛が混じるだろうが。誰に許可得て店やってんだ兎ちゃんよぉ?」
ずかずかと店内まで入り込み、例の兎のウェイトレスさんの前までやってくるレッドファングの男。
男はそのまま彼女の顎先に手を触れると、もう片方の手で抱き寄せ──ようとしたところで、何かに気づいたようにウェイトレスを投げ捨てた。
いや、投げ捨てさせられた。
「は?」
宙を舞う男。
その懐にいるのは、先ほどまで俺の目の前にいた、リチャード・レオンハートだった。
「暴行の現行犯として逮捕する。おとなしく縄に着け小僧、これ以上罪を重ねるな」
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