七 転がりゆく嘘
ノーマンと会う。
ダリアの不意の宣言に、ソニアの心臓がドクンと大きく鳴った。
「こんなお願いしたけれど、私の一存でお断りできないって本当はわかっているもの。嫌だけど……私ももう十五だから、いつまでも子どもみたいな我儘はやめます。だから、お相手の方と一度ちゃんとお会いしてみます」
「で、でもダリア、貴女、男性が怖いって——」
「それは怖いと思っているわ。私が見てきた方達ってお姉様に酷いことする方ばかりだし、その後に随分と年下の私に対して手紙や待ち伏せするようなしつこい方も多かったのだもの。だけど、私もレティセラ家の娘だから役目は果たさなくちゃって思うの。それに、相手の方ってお優しい方なのでしょう?」
無垢な透き通る瞳に見上げられて、ソニアの動揺は大きくなる。
「え、ええ……お相手の……ノーマン卿は……とても柔和な笑顔を向けてくださる、お優しい良い方だったわ」
「それなら……私も怖くないかも。だってお姉様が優しい良い人と仰るのだから、きっと本当に良い人なのだわ。でしたらお話を聞いてくださって円満に破談に出来るかもしれないし、反対にもしも気があったならお姉様がお認めになった方だもの、私も安心して——」
「ダ、ダリア!」
縁談に前向きな様子を見せ始めたダリアに、ソニアは思わず大きな声を出してしまった。急に叫んでしまって自分でもびっくりしているが、叫ばれたダリアは美しい瞳を丸くしてソニア以上に驚いている。
「……どうかされて、お姉様?」
「あ……その……」
ダリアが縁談を受けると言っているのだ、止める必要はない。そもそもダリアに持ち込まれた縁談なのだからソニアが出る幕はない。
それはわかっているが、相手がノーマンと知ってしまった今、ソニアは笑顔でダリアを送り出せはしなかった。
「そ……そう、ノーマン卿はすごくお優しい方でね、私達の失礼な対応に怒りもしないどころか、年若い貴女が縁談だなんてとすごく気にしてくださっていて……今日は時間がなくてお話出来なかったけど、もう少し……きちんとお話出来れば縁談をあちらから断って……いただけるかも……しれなくて」
また咄嗟に嘘を言ってしまった。
妹は何も悪くはないし、縁談を素直に受けるのなら良いことだ。
それなのに奪わないでと思ってしまう気持ちを黙らせておけなくて、ソニアは苦しい嘘を吐いてしまった。
「具体的なお話は次回以降……しましょうってことになっていて……」
「——本当⁈」
それにダリアが瞳を輝かせたので、ソニアはますます苦しくなる。
しかし今さら嘘だと言えない。
自身で自覚するよりも積み重なった瑕疵は深く、それを埋めてくれる彼との時間が大切なのだと気づいてしまったのだ。それを自ら失う選択をしたくない気持ちが先立った。
「……ええ。双方に角が立つことのないようにと話し合う予定なの。だから、貴女がまだ婚約なんて考えられないというのなら、このまま私に……任せてくれないかしら」
「もちろんよお姉様! お相手の方とそこまでお話ししてくださるだなんて……こんな無茶苦茶なことをお願いしたのに、ありがとう」
瞳を潤ませて感謝を口にし、ダリアはソニアに抱きついてきた。
ソニアはダリアの髪をいつものように撫でるものの、あちこちに嘘を吐き偽って心苦しくて堪らない。
それでもどうしても自分の気持ちを抑えられずに突き動かされてしまったのは、ノーマンの言葉が耳に残って離れずにいるからだ。
『貴女と気づいていればこの縁談ももっと早く……』
『こんな嬉しい偶然が』
あれはどういう意味だろう。
もしも、もしもソニアと同じ気持ちから生まれた言葉だったとしたら。
ソニアはノーマンの言葉を今一度思い返してから、贖罪のようにそっとダリアを抱きしめた。
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