六 後悔と悋気の間
顔合わせの時間は然程長くはなく、お互いのことを伝え合うだけで終了となってしまった。
ノーマンは後の予定が詰まっているようで、次回についてはまた連絡すると笑顔を残して去って行った。
ソニアも帰路へついたものの、ノーマンとは真逆に車内で頭を抱えてしまう。
「どうしよう……私、なんてこと……」
ノーマンに嘘を吐き縁談相手のふりをしてしまった。それも縁談を断ってほしいと懇願された妹のふりをして、円滑に顔合わせを終えてしまったのだ。
どちらに対しても不誠実なことをしていて、ソニアは一人懊悩する。早く真実を伝えるべきだしその方がいい。こんなことをしていてもいずれ義母に露見する。成りすましたままではいられない。そのうえ今の状況は、側から見ればソニアが妹に用意された縁談を奪おうとしているように見えかねない。
義母がソニアに充てがう相手は皆、財を成し地位を買い上げた元庶民や難ありと噂に聞く者ばかりだ。ソニアの血筋を殊更に忌諱する義母がわざとそうしているとソニアも気づいている。
それをまた周囲も気づいていて、巷間の噂の種になってもいるのだ。そこへきてこの事態が露見すれば、姉が妹の良縁を奪ってやり返したと格好の噂の的となり、義母の怒りはもちろんレティセラ家の名にも余計に傷が付く。
一刻も早くノーマンに真実を伝えるべきだ。
だが、ダリアではないと伝えてしまえば、その先に広がることとなるのは何度となく見てきた光景だ。
ダリアを初めて視界に捉え、微笑まれたその瞬間。どんなに優しく話しのあった相手でも、ソニアとのことなどどうでも良くなってしまうのだ。
ダリアの微笑みしか見えず、ダリアとの未来しか考えられなくなってしまう、何度も見てきたあの恍惚とした瞳。そこにソニアは映らなくなる。
だからきっと、ダリアと会ってしまえばノーマンもそうなるだろう。ソニアとのこれまでなど無かったことになるのだ。
そうとわかってしまうから、伝えようとする気持ちに歯止めがかかる。奪わないでと、奪われないでと思ってしまって真実が告げられない。
もうソニアも明確に自覚している。自身がノーマンに秘密の友達以上の存在として、好意を持っているのだと。
どちらに転んでも痛い思いをする最悪の状況にソニアが煩悶し続ける中、馬車は自邸へと帰り着いた。入れ替わりがバレぬようソニアは裏口へと回り、行き以上に重い足を引きずってこっそりと屋敷へ入る。
取るべき行動に答えが出せぬままなんとか自室へ滑り込むと、見計らっていたようにダリアが部屋にやって来た。
「お帰りなさいお姉様。無茶なお願いを聞いてくださってありがとう」
顔合わせに向かったことになっているダリアは外出着を纏いおめかししていて、フリルのついた淡いグリーンの服が良く似合っている。髪だってサイドに編み込みを入れて全体は緩く巻いている。
精巧な人形のようなダリアのこの可愛らしさに、心揺さぶられぬ者などいないだろう。
きっとあの人だって、とソニアは妹の眩しさに目を伏せた。
「……ただいまダリア」
「お姉様、お疲れになっていて? ごめんなさいご無理いただいたから……もしかしてお相手の方が恐ろしい方で、私のことですごく怒っていらしたとか……」
「大丈夫よ、そんなことなかったわ。とても……お優しい方だったから」
「それでしたら良かった。私とても浅はかなお願いをしてしまったと思って。お姉様が叱責されていたらどうしようかと……」
心配そうな顔をするダリアはとても優しい心根を持った妹だ。その妹に、恋仲でもない一方的に慕うだけの身でありながら、彼を奪わないでくれとは何事かとソニアは自分の浅ましさに溜め息を吐いた。
「お姉様?」
「なんでもないわ……」
「そうですの? それで、どうでしたお姉様? お相手の方、お断りになって? それともお姉様からお断りくださったのかしら」
「それは……」
自分の愚かしい行為を告白出来ずソニアが言い淀むと、ダリアが何かを合点したのか、そうと残念そうに呟いた。
「上手くいきませんでしたのね……。愛想を尽かしてくださるかと思いましたのに、随分お心の広い方なのだわ。自ら伺わず、姉を代わりに断りに向かわせるだなんて無礼を働いたのに」
「……ごめんなさい、ダリア。それは私が——」
落胆するダリアに申し訳なくなってソニアが謝罪を告げようとすると、ダリアはふるふると首を振る。
「いいのよ、お姉様。上手くいきっこない計画だって最初からわかってた。お姉様もそうでしょ? それなのに付き合ってくださってありがとう。変なお願いしてごめんなさい。私、大人しく縁談を受けます」
「——え」
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