十五 選定
「私が確認を怠ったばかりに、お二人を取り違え不快な思いをさせてしまいました。申し訳ありません。しかし更なる御無礼を承知で申し上げます。ダリア嬢、私は貴女との婚約は致しかねます。私がお慕いし妻にお迎えしたいと望むのは、貴女の姉君だからです」
お姉様が一人屋敷にお戻りになってから、庭に残された私に向かって同じく庭に残されたエンブロイダン家のお坊ちゃん、ノーマン・ウェズリーはそう言った。
この男からこの言葉を引き出すための道のりは長かった。
この男がお姉様と出会い、悪魔の誘惑をも退ける程に心を通い合わせさせるまでにどれだけ手を回したことか。
二人の出会いは運命でも偶然でもない。全てはお姉様の幸せのために私が導いてきたものなのよ。
お姉様はその生い立ちゆえにご自身の意志を抑え、伯爵家の決定に従順な方。
だから例え相手が酒乱や暴力、女遊びで有名な人物でも、悪どく稼いだ庶民上がりの下卑た金満家でも、婚約が決まれば何も言わずに従ってきた。
それをいいことに母はお姉様に対して敵意と悪意に満ちているから、わざとこういった眉を顰めずにはいられない婚約者候補ばかりを連れて来る。
お姉様の血筋を卑しいと殊更に論う母は元々父を慕っていたそうで、身分差を覆した大恋愛だったと言われる前妻への嫉妬をお姉様にぶつけているのだ。
前妻の面影の残るお姉様を避けがちな父の態度も、忘れていないとありありと映って悔しくて堪らないのでしょう。
底意地が悪くプライドの高い、けれど一途ではある母の気持ちもわからなくはない。
しかし、そんなことをされていてはお姉様の不幸が目に見えている。多少まともでも、十かそこらの私が微笑んでみせただけで簡単に心変わりして本気で求婚してくる者達の手にお姉様は渡せない。
相応しいものが現れるまでは私が盾となり卑しきものを退け、時に剣となり道を切り拓かねばならない。
そのせいで衆愚に悪魔と謗られるのなら本望だ。だってそれは私に注目せずにはいられない、踊らされている証左でもあるのだから。
そうしてお姉様をお守りする日々の中で、ようやく見つけたのがノーマンだった。
お父様について社交の場へ出向いたある時、社交会の華とも光とも呼ばれる私の美貌に見向きもしていないくせに、この男は声をかけてきた。
「ふんだんに糸を使って……これは見事なレースですね。どちらの物ですか」
お姉様の作ってくださった帽子用のコサージュを髪飾りにしていた私に、声をかけるというよりは独り言のように呟きながらノーマンはしきりに感心していた。
「綺麗に揃ったピコ……複雑なモチーフを重ねて……こちらの刺繍の入ったチュールリボンもとても丁寧な仕事だ——」
お姉様の作品に釘付けになって、私には目もくれない。
ああ、この人だ。
直感的にそう思った。この人ならお姉様を幸せにして差し上げられる。
すぐに彼のことを調べた。
侯爵家の嫡男で家柄も経済力も十分。取り立てて功績があるわけではないけれど素行の悪い話も聞かず、人物評価としては悪くない。
噂では懐古趣味なのか伝統技法のレースに興味を持っているとか。でも見たところ奢侈に着飾ってもおらずアンティーク品を買い集めるような浪費癖があるようでもなかった。
単純に手工業レースの価値がわかる男だということなら、お姉様と気も合うと思えた。
ぼんやりはしていそうだけれど、お優しいお姉様にはガツガツした野心家よりも穏やかな方が合っている。
これ以上ない相手だと、私はノーマンに狙いを定めた。
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