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第二十二話:夢の続き

前回のあらすじ!



ほんの一瞬。雷の刹那。

私達の命が、故郷が、歴史が、降り注ぐ星々の中に消えていった。


――『ペルサキス回顧録』エリザベス・ランカスター 12年頃

「いや、なんで生きてるんですのよ」


「知らないわよ……殺しなさいよ……」


 目を丸くして呆れるアレクシアの前で、力なくうなだれるエリザベス。

 暖かな春の朝の下、ランカスターの歴史が滅び、焦土の上で勝者と敗者は言葉を交わした。


「どうやって殺したらいいか、さっぱり分かりませんしねぇ」


「はぁ……なんで逆らったんだろ。ほんとバカみたいね」


「貴女がバカなのは否定しませんけれど。その……まぁ呪いの責任の一端はわたくしの血にありますし。全軍を投降させなさい。南部港まで来てもらいますわよ」


「鮫の餌かしら? まぁ妥当なとこね」


 女王はエクスカリバーの呪いに、若干の責任を感じていた。

 ランカスター人を大勢殺したが、事実を知ってとどめを刺すほど残酷にはなれず。

 かといって将来に渡って遺恨を残すことはしたくなく。


「全然違いますわよ。手切れ金として、ボロ船を好きなだけ持っていきなさい。できる限り果てしなく遠くへ、この大陸に二度と戻ってこないように……という訳でこれをどうぞ」


 ペルサキスとも交易をしている中東大陸の小国、ファティマ王国への航路図を渡す。

 兵士を売ってくれと言われていて、人身売買は扱っていないと以前断った話だったのだが。

 タダでも良いから引き取って欲しいと願いを込めて、ランカスター人を贈ることにした。


「兵士を欲してるらしいですわよ。少なくとも仕事はありますので」


「島流しの上死んでこい? お優しいことですわね」


「ほっといても勝手に戦うんでしたら、それ相応の国をどうぞ。といった所ですわ」


「望む所でございますわ。……悪い条件じゃないわね。この傭兵募集……あたし達にはお誂え向きってやつかしらねぇ」


「報酬は全額そちらでどうぞ。正直金を払ってでも厄介払いしたいんですの」


「感謝しとくわ。二度と戻らないことも約束しましょ。しっかし、なんでこんな良い条件で……」


 エリザベスはそれを受け取り、添付されている資料を読む。

 まぁ、このヴィクトリア大陸には居場所もないし、十分かなと首を振り。

 やれやれとその案を飲むと、アレクシアが軽く微笑んだ。


「アルバートへの敬意、とでも言っておきましょうか。出港までに妙な動きをしたら、当初の予定通り皆殺しでしてよ」


「はいはい。承知しておりますよ、女王陛下。生かして頂いたお礼に、きちんと一人残らず連れ出しましてよ」


「ほんと態度でかいですわね。大物もいいとこですわ」


 オウム返しのお嬢様言葉。ふてぶてしい彼女を、女王はますます呆れた目で見つめていた。



――二週間後、ランカスター王都



 領内で戦闘を続けていたランカスター軍も、ちょっかいを掛けに来た共和国軍も、みなペルサキス軍の下に命を落とし、剣を下ろし。

 かろうじて生き残った敗残兵や、運よく逃げ果せていた一般人の名簿をまとめたエリザベスが、ニキアスとアレクシアのもとに報告に訪れていた。


「随分かかったな。お前慕われてないんじゃないか?」


「うっさい。ラリった奴ら止めらんないのは、あんたもよく知ってるでしょ」


 国王は面倒くさそうに、ランカスター人の名簿を投げ返す。

 残りわずか千名足らずとなった、かつて大陸を支配した民族の末裔は、これから海の外に新たな救いを求めに向かう。

 彼らを縛っていた呪いは解かれ、大海の向こうに本当の自由が待っていたのだが、それはそれとして。

 物凄く不機嫌な顔をしたエリザベスは、疲れた仕草で名簿を拾った。


「薬品のデータは取れましたし、お礼に船に乗せる食料は増やしときますわね」


「ふっ、あたしらの命まで売り物にするのね。血も涙もないったら」


 その頭の上から嫌味っぽく、あんなものを使いやがってという気持ちを込めて礼を言うアレクシア。

 ただその皮肉は伝わらなかったようで、投げ返された直球の悪口に頬を引きつらせた。


「ほら、さっさと出てけよエリザベス。命があっただけ良かっただろう」


「……いつかあんたらが侵略に来た時、今度はこっちが追い出してやるから覚えときなさいよ」


「減らず口を……なんだか知らんが死なないからって良い気になりやがって……」


 ひくひくと、怒りを堪えるアレクシアの横で。

 ニキアスは静かな怒りを込めて、しっしっと手を振る。

 のそのそと歩いていく背中を見送った二人は、大きなため息をついた。


「あー、とりあえず戦勝祝いしとこうか。正式なのはあいつらの船出てからだけど」


「ええ。ではお酒でも注いで……あれニキアス!?」


「ん?」


 側近にグラスと酒を持ってこさせて、右腕だけで不器用に瓶を開ける。

 アレクシアは目を見開いて、思わずぺたぺたと彼の左腕があった場所を弄って、素っ頓狂な声を上げた。

 

「左腕、どうしましたの!?」


「今更気づいたの!? ……エリザベスに斬られたんだよ。もう前線に立つのは止めとく」


「それがいいですわ。貴方が怪我をしたら、わたくしも悲しいですのよ」


「……」


 心からの心配を込めた視線。

 最近になってやっと、妻に意外と愛されている気がしてきた彼はその潤む瞳を見据えて。

 どこか感慨深く震えた手が酒瓶を落とし、絨毯を酒臭く染めた。


「もう、また怪我しますわよ! 当分召使いにやらせなさい!」


「ごめんごめん、心配されて嬉しくなっちゃってさ」


 一応、年上だからと照れ隠しをして、もう一度持ってこられた酒を掲げ。


「じゃ、乾杯! お疲れ様!」


「ええ、お疲れさまでしたわ!」


 二人だけの祝杯を挙げると、久しぶりに夫婦の時間を過ごした。

 

 

――更に三日ほど。



 いよいよランカスター南部港では、この地を追われるランカスター人への送別が行われていた。

 旧式の、廃船一歩手前のボロの帆船に乗り込む彼らのそれは決して祝われたものではなく、紙吹雪の代わりに石や砂が投げられ、歓声の代わりに罵倒が浴びせられる。

 ロープで手首を縛られ、ぞろぞろと引かれていく最強最大の敵たちを前に。

 ペルサキスの民は裏切られた怒りを込めて追い出しにかかっていた。


「ムラト将軍、ちょっと止めさせましょうか。夢の続きを求める彼らに、少しくらい敬意を込めましょう」


「はっ、女王陛下の御心のままに」


 意外と悪口のネタが尽きないものだと、ガス抜きも兼ねて暫く見守っていたアレクシア。

 そろそろいいだろうと手を叩くと、老将ムラトが兵士たちを一喝した。


「貴様ら! 止めろ! 彼らは我ら最大の敵であった。長き旅路を行く宿敵に、敬意を払え!」


 しわがれた大声に、しんと静まり返った港。

 ふん、連合国にランカスターの末裔がいることも知らないで。そうエリザベスは鼻を鳴らし、ちょっとした大艦隊となった移民船の甲板を堂々と歩く。

 ひりひりと投げつけられる、恨みのこもった視線を振り切って。

 彼女は自らの民が全員乗ったことを確認し、わざわざ船尾に歩いてくると、大きく息を吸い込んだ。


「我らがランカスターの神に感謝を! 祖先たちの魂に安らぎを! くたばれニキアス! くたばれアレクシア! 二度と来るかヴィクトリア大陸! 我らランカスターは大海の向こう! 永遠に貴様らを睨み続けるだろう!」


 そして恨み節を叫び、音頭を取って歌う。

 負け惜しみのヤケクソにも見えたが、実に晴れ晴れとした彼らの歌が響き。


「……全然、勝った気がしないんだが」


「全くですわねぇ……」


「腹立ってきたな! お前らも歌え! 軍楽隊、演奏始めろ!」


 何とも言えない脱力感を覚えたニキアスが、対抗してペルサキス王国を称える国歌を鳴らさせ。

 さながらかつて行われたラングビの試合のように、互いを鼓舞する応援歌がぶつかり合う。

 つられて小さく口ずさんだアレクシアは、大声で歌う彼に向かって微笑んだ。


「結構楽しいですわねこれ。ラングビみたいですわ」


「だろ? どうだい、また天覧試合やる? せっかく敵もいなくなったし」


「それはユースに任せますわ。わたくし、あまりいい思い出がないので」


 アレクシアが行ったのっていつだっけ。

 そう振り返った彼は、数年前かつての帝国首都で行われた婚約式を思い出す。

 真っ青な顔をした彼女が、自分の隣でぷるぷる震えていたなと。

 確か、具合悪いのに公務なんて凄いなと、彼女の精神力に感嘆したと思う。

 ただ夫婦として生活していく中で彼女の暴飲暴食っぷりを知って、あの時真っ青になっていた理由がわかった気がした。


「……婚約式の時、お腹でも壊してたのかい?」


「コルセットが、こう」


「ああ、それでちょっと前の議会で揉めてたのか……」


 太ってドレスがキツかったんだろうな。とは直感した。

 しかし、妻の名誉のためにギリギリ微妙なラインを突くと、げっそりした顔の彼女は短く答えを返す。

 なるほど、ちょいちょい礼服規定の件で揉めているのは知っていたが、やっぱりそういうことだったのかと。


「絶対に廃止しますわよ。あれはおファックですので」


「……がんばりなよ」


 拳を握りしめる彼女に、曖昧な笑いで返し。

 帝国歴100年から続き紀元2年春、合衆国史上最大の内戦が幕を閉じる。


 死者は民間人を中心に百万人以上を数え、負傷者はその倍以上となったこれらの戦いで、オーリオーン帝国首都、並びに旧ランカスター王国王都のふたつが壊滅的な被害を受け、いずれも平定したペルサキス王国が旧帝国地域の盟主として名を挙げることとなった。


「さて、あとはのんびり経済支配ということで。バカみたいな打撃でしたが、まぁなんとかなりましてよ?」


「ボロッボロだけどねぇ。何年掛かるんだか」


「そのために、徹底的に教育投資をしたので。さあ生きてる間に大陸統一ですわよ!」


 神の如き力を得て、向かうところに敵はなく。希望に目を輝かせた彼女は力強く笑う。

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