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第十八話:勇者の終わり

前回のあらすじ!!



子供を逃がすことはしなかった。

小さな子どもたちでも、出来ることがたくさんあったから。

どう戦うか、ではなく、どう死ぬか。

それしか、私達には残っていなかった。


――名もなきランカスター人の手記 2年春頃

 暖かく輝く春の日差しを遮り、空中要塞はふわふわと浮かぶ。

 高度を下げるに従って激しさを増す対空砲火を物ともせずに、一直線に王城を目指す要塞の艦長室では、伝声管とアレクシアの怒号が響いていた。


「こちら二番ブロック!! 消火不能で」


 途切れた声に、管が焼ききれたかと顔をしかめて蓋を閉める。

 頭の中に地図を呼び出し、バイタルパートから離れたところだと切り捨てて。

 延焼の心配はそんなにないと、彼女は続けて指示を出す。


「チッ……管が焼けましたわね。動力室、現状報告!!」


「無事です! 航行に支障なし!」


「医務室! 甲板への運び出しは!?」


「完了しました!」


「では、シェアト、ユースを艦長室へ!」


「はい!」


 しばらくして、息を切らせた二人が入ってくると。

 アレクシアはなにやらゴソゴソと艦長室の棚を漁っていた。


「陛下、シェアトとユース、只今参りました」


「ああ、いらっしゃい。まずこれをどうぞ」


 彼女は二人に笑いかけると、簡単な木組みと防火布でできたプテラノドンを渡した。

 そして使い方を知っているシェアトに向けて、外に出て組み立てるよう指示をして、続ける。


「簡易版ですが、南部港まで飛べる強度はありますわ。あちらには海軍が侵攻していますから、合流して下さい。ユースを頼みます」


「分かりました。アレクシアは?」


「この程度で死ぬはずがないでしょうに。わたくしは、女王アレクシアですわ」


「ご武運を」


 短い会話を交わす二人を、ユースはどこか呆けたように見ていた。

 ああ、これが戦争なんだなと。女王陛下は当然だけど、シェアトさんも元はと言えば武家の娘だし。死に臨む覚悟くらい持っているんだなと。

 他人事のように考えることで平静を保っていた彼女の肩を、アレクシアがぽんと叩いた。


「シェアト、万が一の時はユースを。十分代わりは果たせるはずですわ」


「えぇ。必ず送り届けます」


 優しげな声に、ユースは思わず目を見開いて、女王を見つめると。


「えっ? 女王陛下?」


「わたくしが負けたらさっさと帰って、国政に励みなさいユース。どうせ仕事の大部分はサインするだけですし、問題ないでしょう」


 アレクシアはサラッと返答して、背中を押し出した。


「ユースさん、行きますよ。此処から先、わたしたちがいても足手まといですし」


 ユースの手を取ったシェアトが促して、甲板に連れて行く。

 背中を見送った女王は一人で席に着き、再び伝声管に怒鳴った。


「総員退避!! あと五分で、ランカスター王城に突撃する!!」


――


 そこからほんの数分。

 アトラースからわらわらと飛び出し、南部港に向かうプテラノドンの群れ。

 傷病者や一般の乗組員たちが去っていき、アトラースに残るのは白兵戦部隊と翼竜大隊の戦闘員のみ。

 彼らは甲板に出て、女王と命運を共にする。


「陛下、投棄完了です。翼竜大隊の残りも出撃準備完了です。いつでも行けます」


「遅いですわよテオ。超重力刃展開、目標、ランカスター王城。速度方位変更なし。高度下げ」


 テオ将軍から呪文爆弾の投棄の完了が告げられてすぐ、不可視の刃が降ろされ、眼下の街並みが崩れていく。

 押しつぶされる建物を見下ろす甲板の兵士たちは、固唾を飲んでその光景を見守り。

 真正面に迫るランカスター王城に作られた発着場からは、大勢のプテラノドン部隊が飛び立つ。


「正面、プテラノドン部隊です。数は……五百そこそこですね」


「ひゅー、やりますわね。テオ、翼竜大隊全員でいってらっしゃい。撤退支援と殲滅、お願いしますわ」


「はっ!」


 数自体は問題ではない。地上に被害を出せないランカスター軍は、皆殺しにするつもりで来たペルサキス軍よりも戦いづらく、行動も制限される。

 それに同士討ちを恐れて対空砲が飛んでこなければ、熟練度の面で大いに有利だと、アレクシアはかすかに笑った。


「空の負けは許しませんわよ。こちらのが圧倒的有利ですの。奴らを倒し次第前線の援護に向かいいなさい」


「もちろんでございます! 陛下、ご武運を!」


「そちらこそ。後で元帥に推薦しておきますわ。最年少ですわねぇ」


 最後の側近がバタバタと飛び立っていく。

 その姿を見送り、残るは白兵戦部隊の百人と少し。

 慣性航行に移行し、あとはぶつけるだけと席を離れたアレクシアは、甲板にしがみつく彼らの激励に向かった。


「さて、最後に残ってくれたアホども諸君、感謝しますわ」


 ぐわんぐわんと揺れを物ともせずに、スタスタと歩いてくる女王陛下に、一同の目が釘付けになる。

 飛石を利用したブーツで床に張り付くように歩く彼女の超常的な姿に、兵士たちは大いに勇気づけられて。


「はっ! 白兵戦部隊百名、全員陛下のお側で戦います!」


 大声で返した言葉に、女王は満足そうに頷いた。

 そして王城を指差すと、改めて訓示を述べる。


「よろしい。あそこに大して兵は残っていません。制圧はわたくしがやりますので、皆さんは市街地の制圧を。女だろうと子供だろうと、一人残らず斬りなさい。貴方達が見逃す市民は、将来我々の子孫を殺す獣ですわ。心して掛かりなさい」


「承知致しました!」


「では身体強化と、耐衝撃姿勢を。死ぬにはまだ早くてよ」


 すっと手を差し出して、伏せるように促す。

 底部消術装甲のお陰で崩壊することはないが、かなりの衝撃が加わるだろう。

 兵士たちが身体強化を唱え終えた瞬間。


「ん!? なんですのあれ、強い魔力が」


 アレクシアが思わず目を見開く。

 正門を重力の刃が押し潰し、いよいよ王城本体をすり潰そうと迫った瞬間。


「エクス……カリバァァァァァァァァァァ!!!!!」


 真正面から怒号が響き、虹色の柱が勢いよく飛び出してきて。


「っとぉぉぉぉぉぉぉお!?」


 アレクシアを狙って放たれただろうそれをなんとか回避すると。

 甲板にまっすぐと虹色の線が引かれて。


「へ、陛下ぁぁぁぁぁぁあああ!! ご武運をおおおおおおおおおお!!!!」


 真っ二つになったアトラースが、左右にそれぞれ分かれ。


「ま、マズいですわ!? 制御が……!!」


 完全に制御を失って、落下していった。



――少し前



「プテラノドン部隊、今出た奴らは非戦闘員だ。全騎で追撃しろ」


 王城の天守で、アルバートが指示を出す。

 彼の底冷えするような声は、瞬時に遥か眼下の発着場に届き。

 アトラースから脱出した部隊を叩くべく、大急ぎで飛び立つ部隊を見上げて、彼は不敵に笑った。


「見えるか? エクスカリバー。アレクシアが甲板に出てきたぞ」


 そして何度か剣を撫でると玉座の間に戻り、精神を研ぎ澄ませる。

 いつか夢に見たアーサーの剣、天井を突き破った虹の柱。

 それをアレクシアに向かって全力でぶつける。


「ふふ。見えても居ないが、お前がどこにいるかは分かる……!!」


 魔法陣が赤黒くきらめき、数百年もの間王城に流され続けた血を啜る。

 彼の周囲に無数の顔が現れ、泣き叫ぶような咆哮をあげて、血まみれの手を必死に伸ばす。

 狂気の力を手にしたアルバートは、エクスカリバーがだんだんと強く輝くのを見て。


「お前たちもアレを殺したいよな。そうだよなぁ。力を貸せ」


 ふんふんと鼻歌を歌う。

 トゥリア・レオタリアの応援歌。かつてランカスターで歌われていた、帝国との戦争に向かう兵士を送り出す歌。

 実に楽しそうに笑顔で牙を剥き、エクスカリバーの射程距離を見定める。


「勝負は一度、怨霊共の力はもう残り少ない……ギリギリまで引きつけろよ……」


 自分に言い聞かせて、めきめきと破壊音が迫るのを身体で感じる。

 城門、庭、教練場と続けて音が迫り、この王城を押しつぶすために高度を下げてくる。

 いよいよ王城に差し掛かる瞬間、彼は身構えた。


「行くぞ……」


 あぁ、これで願いが成就する。

 ランカスターの同胞のために。

 独立を願い、死んでいった者達のために。

 邪神の一族を、歴史から抹消するために。

 ああ、俺の願いに……。


”遅れて申し訳ありません、アンナです。アルバート隊長、よろしくお願いします”


 やっと、やっと手が届くと彼が考えた瞬間。

 背後の亡者たちの中から、よく聞いた女の声がした。


”目的はあくまで皆が豊かになることですから。私はどうあれ、あなたに着いていきます”


”ニキアス様、あなたには失望しました。私達を騙していたのですか”


”細かい怪我をしていましたので。身体も拭いておきました”


 生前の言葉を繰り返すそれは、アルバートの本当の願い。

 彼女の死を踏みにじりたくないと、絶対に願わなかった本当の。


「止めろ!! クソが!! 駄剣!! こいつを黙らせろ!!」


 正気と狂気の狭間で脳が揺れる。

 なぜ自分がこんな事をしているのか、自分は復讐など捨てて、ランカスターとペルサキス王国の友好のために生きるはずだったのではないのか。

 いやしかし、ニキアスには復讐をしなければ。復讐? 誰の? 何のために?

 もう一人の自分に怒鳴りつけられたような。かつて愛した女に叱りつけられたような。

 錯乱して凍りついた彼の身体を、迫る破壊音が動かして。


「エクス……カリバァァァァァァァァァ!!」


 最後に残っていたほんの少しの正気を、彼は振り払い叫ぶ。

 しかし、ほんの僅かに狙いが逸れた虹の柱。

 アレクシアの力にぶつかった気配もなく、まして殺せたというわけでもなく。

 彼は地団駄を踏むと、周囲の怨霊を睨みつけ。


「ネキオマンティア・デュナーミス!! 役に立たんクソどもめ!! せめてこの俺に力を寄越せ!!」


 群がる怨霊たちをひとまとめにエクスカリバーに食わせると、膨れ上がった大剣を振りかざし。


「ぐぅぅぅぅぅぅ……頭が痛い……駄剣!! 今のはどこの誰だ!! 俺を惑わせて!!」


”忘れろ、我が主。それは願わなかったもの。我が主の捨てた記憶だぞ”


「違う! あれは、あれは俺の大事な、大事なものだったはずだ!!」


 混乱したままデタラメに振り回し、玉座が砕け、床が割れる。

 壁を柱を切り裂き、びしびしと崩壊が始まったランカスター王城の中心で。

 

「アンナを返せ! 死なせろ! いや、アンナって誰だ? 俺は何をしているんだ? 何のために戦っている? アンナのためだったはずだ! クソっ!!」


 支離滅裂に叫び、彼の身体が闇に飲まれていく。


”あぁ。人間は脆いのだな。そればかりは邪神に同意しよう。我が主の願いは、我が護ろう”


 そして漆黒のマントに血のような紅い煌めきが走り、エクスカリバーの思念とともにアルバートの身体に無数の刻印が浮かぶと。


「ぐぎががががが……あアレクシア……あああアレクシア……」


 うわ言のように宿敵の名を呟き、意思を失った虹色の瞳を輝かせた怪物が。


「なるほど。少しだけ同情心が湧いてきましたが、まぁ仕方ありませんわね。一応聞いておきますけれど、貴方まだ正気残ってますの?」


 たった一人で叫ぶアルバートの声を聞きつけてやってきた、アレクシアに向かって。


「い、た! こ、ろ、す……!!」


「ラ、ラスボスが奇襲とか止めて下さる!?」


 虹色の大剣を振り下ろした。

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