第十五話:殺意
前回のあらすじ!!
時間を戻すことが出来たのは、そのたった一回だけでした。
私から神様が出ていったのか、それとも女王陛下こそが神様だったのか。
今となっては分かりません。
――ユース・ペルサキスの手記 12年頃
今思えば、予め知っていた。と言うのが正しいかもしれない。
ただ彼女は、いつもの余裕の表情ではなく、必死の顔をしていた。
――ニキアス=ペルサキスの回顧録 25年頃
――紀元2年3月。
雪解けとともにランカスター反乱の速報が大陸を駆け巡り、後手に回ったペルサキス王国は大きく信頼を落とす。
そんな最中、ムスタカス城砦に鎮座し修復を待つアトラースの甲板上で、アレクシアは取材を受けていた。
ペルサキス王国からの従軍記者だけでなく、シェアトに呼びつけさせたアンドロメダ連合からの新聞社も訪れ、彼女の話を聞いていた。
「まず。これは内乱の鎮圧であると、我々ペルサキスは認識しております。これは王家並び議会の共通認識であり、先日の報道とも矛盾しないものですわ」
正直なところ面倒ではあるのだが、修復中はあまり出来ることもなく。
鮮やかに帝国を滅ぼした女王がなぜ、たかが一都市とぐだぐだ戦っているのか。という報道が相次いでいだため、彼女は仕方なく声を出すことにしたのだった。
「そして、内乱の鎮圧であるため、王国の一地域であるランカスター市への損害を抑える。というのが我々の責務でありますの。現状はこのムスタカス城砦で硬直していますが、現地の状況が把握でき次第、それ相応の軍事行動を取りますわ」
要は先日のアルバートにやられた一件で、随分な痛手を負ったと。
”万全を期す為に、まだ動けないんですの”。という内容を、彼女は随分厚い布に包んで言葉にした。
「ご質問があれば」
「ご無礼は承知の上ですが、陛下。内乱は何が原因だと?」
ペルサキス新聞の従軍記者が手を上げて、質問をする。
完全に決まり切った質問を今思いついたように話す彼に向かって、アレクシアは真剣な顔を作り、それに答えた。
「復讐でしょう」
短く答え、ため息をつく。
ここから長いんですわよねぇ。と、昨日暗記してきた台本を読み上げた。
「帝国時代、ランカスター人を縛っていたあらゆる法律は全て、あの野蛮で卑怯な蛮族を縛り付けるためにあったものでした。しかし、わたくしは彼らを統治し共に戦い、帝国時代の終焉とともに、過去の鎖を解き放つに値したと考えた……」
ユースにやらせても良かったな。と彼女は台本の長さに後悔しつつ、芝居がかった口調で煽る。
「それが間違いでした。我々ペルサキス王家並びに王国議会は、犠牲となった我が国民、巻き込まれてしまった諸外国民のため、ありとあらゆる手段で……」
今度は悲しんだふりをして。
両手を広げて、あらゆる人々の悲しみを背負って戦うと。
「この大陸に住むランカスター人を絶滅させることを、この場を借りて宣言いたします」
徹底的に殺し尽くす。と、力強く記者たちを見据えて、拳を握った。
――艦長室
その後も長々続き、ランカスターの話だけでなく厳冬で損害を受けた経済政策や、これからの外交についてなどの質問を受け。
財産を提供すると下心丸出しで近づいてきた近場の元貴族や商人の相手をし、本国から来ている連絡役の官僚を通して議会とのやり取りを続けて。
アレクシアはぐったりと、椅子の上で潰れていた。
「めんどくせぇですわこれ。城で執務してた方が楽ですわねぇ」
「取材は私が代わりますって、言いましたのに」
ユースは少し呆れたように、彼女の机に紅茶と菓子を置く。
頭使ったらお腹すいたな、と。アレクシアはそれをぽりぽりと齧った。
「まぁたまには自分でやらないと、お芝居も下手になりますからねぇ」
そうボヤいて、ユースの顔を見て。
やっぱり神の力を感じないなぁ、と呟いた。
「それでユース、あの力、もう出せないんですの?」
「よくわからないんです……申し訳ございません……」
困ったように首をすくめる彼女。
初めて感じた自分の中に居た何かが、好き勝手やって消えていったという、よくわからないもやもやとした感覚しか残っておらず。
時間を戻したという記憶は残っていたが、今となっては夢の出来事のように感じていた。
「うーん、時間を戻せるなら、戻りたい所があるんですのよねぇ。結構たくさん」
微妙そうな反応のユースに、アレクシアも悲しんで。
もし戻せるなら、どこかなと。
できれば、お母様が殺された日より前がいいなぁ。と、遠い目をしていた。
――ランカスター王城
アレクシアにこっぴどくやられて、はや二週間。
市内では王国からの独立を夢見て民を煽る軍人たちが、連日街頭で演説をしている。
民族を挙げて立ち向かうという勇ましい声を聞きながら、アルバートとエクスカリバーは医務室で寝ていた。
「……何故、俺がいることに気付いたんだ、あの女……! あともう少しで、ニキアスを殺せたのに……!!」
全身に大火傷を負った彼は、エリザベスの治癒魔法でも回復しきれず、全身に薬を塗って包帯を巻いて。
痛々しく火傷跡の残ってしまった頬を撫で、怨嗟のうめき声を上げた。
「ずっと同じことを考えているなぁ。我が主」
エクスカリバーは、肝心の左腕が残っていたことに安堵しつつ。
壊された肉体の一部を取り替えて、まだ馴染んでいないと首をすくめた。
「お前が話した、というわけでもないんだろ?」
「うむ。というか、喋る余裕など与えてくれなかったし。それに我らが仕掛けることを知っているようだった気がする」
そして、二人は顔を見合わせて推理する。
風呂場から追い出されたアルバートをエクスカリバーが救い出し、この王都まで逃げ延びた。
追撃が来なかった事は幸運だったが、今思えば不自然な点があると少女は首を傾げる。
「それがな? 我に対して、開口一番、”死ね!”と怒鳴り、すぐに嵐を起こしてきたのだ」
「幽霊兵に気付いたんじゃないのか?」
彼も、エクスカリバーがアレクシアを釣ってしまったのは仕方ない。と、考えていた。
ただそれでもなんとかなる作戦だったが、初めて見た少女を一瞬でこちらの関係者だと見破って、しかも有効な魔法を唱えたことには疑問が残る。
「その可能性はある。ただ、幽霊兵はまだ見えていなかったはずなのだ。あれは我が呪文を唱えないと実体化しないからな」
「攻撃もしていないのにか。奴が、正体の分からない相手に先制攻撃するとは思えないな」
一応君主だからな。とアルバートは首を傾げる。
それに増援も呼んでいるはずだし、自分にとって敵か味方か判断する前に攻撃を仕掛けるはずがない。
「うむ。まるで我がこれから何をするかを知っていたように、アレクシアは我の背後まで全部薙ぎ払ったのだ」
一つ、可能性があるとすれば。
未来予知の魔法でも開発したのか? とは考えたが、彼は馬鹿馬鹿しいと首を横に振った。
「流石に奴の眼でも、未来を見ることは出来ないはずだ。それなら、俺たちの革命自体を潰しに来たはずだしな」
「何かが手を貸した。って事だろうな、我が主。はて、そんな事ができる者など……」
未来など見られる訳がない。と、思わず笑うアルバートに。
エクスカリバーは何事か考えて、もしかして、と引き攣った顔をした。
「なんだお前。何か気付いたのか?」
彼が問う声を聞いて、少女の額からダラダラと汗が流れて。
自分の力の源泉であり、この帝国に邪神アストライアが封じ込めた、最大最強の神の名前を、改めて思い出した。
「いる……」
「あ?」
「旧き願いのユースティティア、まままままさか、我が起こしたのか!?」
「なんのこと言ってんだよお前」
アレクシアによく似た少女の中に眠っていて、都合が良かった。
あの時は絶対に目覚めていなかったし、神の力をちょっと借りただけだと思い出して。
その夜の出来事を何も覚えていないアルバートは、わたわたと震えるエクスカリバーを呆れた顔で見つめていた。
「願っておいてよかった……我が主ならなんとかしてくれる……」
「なんか知らんが、別に戦えないわけじゃないんだよな?」
「あ、あぁ。恐らく、時間を戻したはずだ。大きな力を消費するから、そう何度も使えないはずだし、十分戦える」
「時間を戻した? 意味が分からん」
エクスカリバーの口ぶりに、彼は眉をひそめる。
一体どうやって、と言うのは、彼はもう考えないことにしていた。
常識はずれの化け物ばかりと戦って感覚が麻痺したのだろうか。それとも、自分もそちら側だから麻痺していたのか。
アルバートはどちらかというと、後者だっただろう。
「どう説明したら良いものか……とりあえず、産まれた経緯は覚えているから見せられるぞ」
少女はそう言って、主の額に手をかざした。
――
「くくく……このわたくしを差し置いて聖女と名乗るなど。片腹痛いですわ」
「どうして? 私達が、あなたの国に何をしたというの……?」
「その肥沃な土地。我が国にふさわしいですの。それ以上の理由が必要でして?」
あーこの声。アストライアだ。
アルバートはげっそりして、エクスカリバーが夢を見せたことに気づく。
景色は見えずとも、暗闇に響く声だけで。
彼は遠い昔の、アストライアの悪行の一つだと判断した。
「全く美人は得ですわね、信仰を集めるのが楽で。そうそう、貴女の民は全然恭順しなかったので、全員殺してしまいましたわ」
「そんな! ……ごぼっ」
急に咳き込んだ、優しげな声。
吐いた血が石畳に飛び散るような音がすると。
「ふふふ、貴女には、わたくしの実験に付き合ってもらいましょう」
「ごほっ……な……何をしたの?」
咳き込む女に、アストライアは強気に笑った。
不穏な声と、なにやらローブが擦れるような音がして。
「わたくしが死後も永遠になるため、貴女で神降ろしの実験を。喜びなさい。貴女は永遠にわたくしと共に生き続けられるのですわ。上手く行けば、ですが」
あぁ。これはアストライアの魔法の音だ。とアルバートは気づく。
ずりずりとのたうち回り、地の底から這い出るような、亡者の声が響いた。
「ネキオマンティア・ドミナートル。この地に眠る、聖女の民よ。汝らが崇拝するその魂を喰らい、ひとつになりなさい」
「……み、皆さん!? い、嫌……たべ……食べないで……ぁぁぁぁ……」
聖女と呼ばれた女の、小さな断末魔が響き。
静かになった闇の中で。
「くふふ……これで神の力は十分奪いましたわ……最後に残った生と死の女神、ユースティティア! このわたくしに従い、わたくしを永遠にするのですわ!!」
アストライアの声だけが響いた。
――
「……今のは?」
「我がエクスカリバーという名を与えられる前の、記憶だな」
ふむ。とアルバートは考え込んで。
なんだかよくわかんねぇなぁ。と頭を掻き、大きくため息をついた。
「どうせ失敗したんだろ」
「その通りだ、我が主。……古代神話と、邪神が解明した神の力を上手いこと合体させようとしていたらしくてな」
「んで、ユースティティアってのがそれってことか。何が出来るんだ」
とりあえず分かったふりをして。
その神様とやらが、何を出来るのかと聞いた。
「うむ。アストライアのせいでだいぶ変質したのだが、とにかくアレは願いを叶えてくれるぞ」
「……なんだって?」
「叶えてほしいことを言えば、割と叶えてくれる」
「は? なんだその便利な神様は」
難しい顔で答えたエクスカリバー。
アルバートは呆れたように、その規格外な能力に嘆息した。
ただ、少女は首を横に振り、げっそりとした顔で呟く。
「全然便利ではない。まどろんでいる最中なら、ある程度願いを選ぶことは出来るのだ。しかし起きているなら、気に入った人間の願いを勝手に選び、勝手に叶える災害になる」
それが手に負えなくなったアストライアは地下神殿に封印した。
豊作への祈りだけを捧げるようにし、永遠に眠ってもらうように祀り上げて。
もしかしたら自分が見つけなければ、そのまま眠っていたのではないかと、エクスカリバーは少し後悔していた。
「勝手にねぇ。じゃあ俺が、今お前を剣に戻したいとか言ったらどうなる?」
「ひ、酷いな! まぁそうなる。でもそれは止めて欲しい……」
「冗談になるよう、努力するんだな。まぁいい」
しかしその後悔をアルバートが断ち切る。
神の力について理解していた彼は、不敵に笑った。
「神の力は有限だろ。死ぬまで殺せば死ぬ。それでいい。それをする。アレクシアを何度でも殺す。ニキアスも何度でも殺す。死ぬまでな」
立ち上がった彼は、自分がそのユースティティアによって願いを叶えられ、そのための力を与えられたとは知らずに。
「”剣に戻れ”エクスカリバー。お前の力は俺が使う。ちゃんと働けば出してやるぞ」
少女の願いを踏みにじり、笑った。




