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第十四話:神の模造品

前回のあらすじ!!



おい合衆国人。いや、ヘクトルくん。

ちょっと我々のご先祖を悪く書きすぎじゃないですか?

強化薬だって今は合法でしょ?


――ハンナ・ランカスク(実業家。ランカスター家の末裔とされる) SNSでの投稿



勝ったほうが史実ですし、当時は違法です。


――ヘクトル・ペルサキス(作家。ペルサキス家御当代) 上記の投稿に対するリプライ

※以下不毛な罵倒合戦が続き、互いに謝罪会見をし和解した。二人は後に結婚。

「は? どういうことですの?」


 吹き荒れる嵐を背にして甲板へ登ったアレクシアは素っ頓狂な声を上げた。

 ドタバタと衛生兵たちが走り回り、怪我人を抱えて走り回るのが目に入る。

 何事か把握しようと、艦橋に入ろうとすると。


「女王陛下、ご無事でしたか……」


 老将ムラトが力のない声で出迎えた。

 冷たく震える手。真っ青な顔を見て、彼女は一旦落ち着こうとアトラースを起動する。

 重力場が立ち上がり、不可視の壁が要塞を包むように夜の風を押し返した。


「ムラト爺。中に入りましょう。風邪ひきますわよ」


「女王陛下、申し訳、申し訳ございません……!」


 老人は涙を流しながらひざまずく。

 額を甲板にこすりつけ、擦りむけた傷口から血が滲む。

 そのただ事でない様子に、アレクシアは眉をひそめた。


「何があったんですの?」


「ニキアス陛下が、お亡くなりに」


「は?」


 冗談でしょう? と頭に浮かんだ。

 風呂に行って、ほんの三十分で? 誰に? 何故?

 定まらない思考、遠のく意識をなんとか縛り付けて、彼女はへたり込む。


「……遺体は」


「……艦長室に」


 誰か、手を。と呟いた女王の横に、血相を変えたシェアトとユースが走ってきて。

 アレクシアを担ぎ上げると、よろよろと医務室へ入っていった。


――


「嘘でしょうニキアス!? なんで、なんで……!?」


 ボロボロと溢れる涙が、動かない夫の頬を濡らす。

 腹に大穴の空いたニキアスは、冷たく眠っていた。


「……アレクシア」


「陛下……」


 アレクシアの嗚咽が響き、周囲の誰も声を発することができないまま。

 重たい沈黙が部屋を支配すると、彼女の身体がぎこちなく立ち上がった。


「誰がやったんですの」


「アレクシア、無理は……」


「誰がやったか、聞いているんですの」


 彼女の髪が虹色に眩しく輝き、周囲の人間の目を焼いた。

 紫電がバチバチと弾け、血に汚れたシーツがぶすぶすと燃える。

 声だけはまだ落ち着いている女王をこれ以上怒らせまいと、シェアトが短く答えた。


「アルバートさんが、奇襲してきたそうです」


 それだけ聞くと、アレクシアは小さくうなずいて。

 彼女を追いかけ、よたよたと入ってきた老将軍を睨みつけると、凍りついたような表情で命令を下した。


「……ムラト。文字通り全軍、予備役も含めて全部出しなさい」


「お言葉ですが、現実的ではありません」


「出せと言っているのです」


「……御意に」


 完全に我を忘れている。と老将は頷く。

 ただ、復讐のため現実的に可能な限りの動員はしようと算段を巡らせ、自分が主君の死を悼む余裕もないことを知った。


「総員。被害確認。治療をし、速やかにアトラースの修復に当たれ」


 アレクシアは続けて、凍えるほど低い唸り声を伝声管に向けて飛ばすと。


「全員、この部屋から出ていきなさい。ユース、ニキアスの具足を持ってきて貰えるかしら」


 そう言って、愛した夫と二人。

 医務室の扉を固く閉ざした。


 しばらく経って、ドアの前で二人の少女がコソコソと話し合う。


「シェアトさん、どうしたら……」


「声を掛けないほうがいいと思いますよ。鎧を置いたら、すぐに出たほうが」


 ユースは友人に励まされて、震える拳でドアを叩き。

 静かに入ると、夫の手を握って放心する、自分と瓜二つの女王を見た。


「……陛下。ご用意しました。着せるのを手伝いましょうか」


「えぇ。力が入らないので」


 こんなに弱々しい女王を見たことがなく、ユースは黙って手伝う。

 カチャカチャと金属の擦れ合う音だけが響く中で、彼女の頭の中に声が響いた。


”アレクシアを、手伝いたいと願いませんか?”


 穏やかで不思議な声。

 生まれた時から一緒だったような、奇妙な親近感。

 彼女はその声に驚くことなく、昔から知っていたように呪文を口ずさむ。


「生けるもの、死せるもの。万物の理に抗えぬ定命のもの。我はユースティティア。運命を書き換え、因果を逆転させるもの。供物を捧げよ。願いを与えよ」


「……悪ふざけなら、今のわたくしに冗談を言う余裕はなくてよ」


 穏やかに歌われる呪文に、殺すぞ。とアレクシアは返す。

 しかしユースの身体にいる神は、お構いなしに歌い続けた。


「戻そうか、返そうか。汝の願いの対価は、汝の呪い。願えよ汝。今一番欲するものを」


 キラキラと光る粒子が、ユースの髪から溢れ出す。

 アレクシアは、その輝きが神の力だと知っていて目を見開くと。

 ろくでもない邪神アストライアが操っていた胡散臭い魔法だと理解していても尚、その力に縋った。


「ニキアスを連れ戻して!」


 夫の手を強く握り、叫ぶ。

 ニキアスを生き返らせることができたなら、もしまたあの邪神のせいでどんなに悪いことが起ころうと、何度でも捻じ伏せてやると決意を込めて願う。

 その強い感情に触れて、ユースティティアは暖かく笑った。

 

「戻す。戻す。遡る。汝の願う、汝が願う場所に戻る。我の力が、汝の呪いに。汝の願いは、汝の力に。さようなら、人の子。いらっしゃい、私とは違う、本物の神様。やっと、出会えた。やっと、作れた。やっと……」


 切れ切れの歌声が響くと、アレクシアの頭にニキアスが体験した最期の記憶が流れ込んできて。

 どんどん強くなる輝きが部屋中を満たすと。



――まるで映像を巻き戻すように、時間が飛んだ。



「ふぃ~、お湯が使えるのはいいねぇほんと。ありがたいありがたい」


「全くですなぁ。真冬の戦場のど真ん中で風呂に入れるとは、女王陛下様々です」


 兵士たちの入浴を先にさせて、空になった大浴場で。

 ニキアスとムラトは、湯船に酒の入ったお盆を浮かべて談笑していた。


「その上アレクシアの目を盗んで晩酌なんて、贅沢だねぇ」


「風呂場までは流石に目が届きませんからなぁ。女性兵士諸君がまだ入浴していないので、手短にはなりますが」


「長々待たせたら士気に影響するしな。三十分で出よう。取り急ぎ乾杯!」


 本国から後追いの部隊も来るし、アトラースもあるし。今は英気を養おう。

 完全に油断した二人は、闇夜に紛れたった一人、密かに侵入したアルバートの存在に気付いていなかった。


――その頃、艦長室


「チッ、駄剣め。ハズレの方を引いたのか。奴の前じゃあ時間稼ぎにもならんな」


 アレクシアが居ないってことは時間がないな、とアルバートは舌打ちをした。

 本当は自分で彼女を食い止めて、その間に幽霊兵とエクスカリバーに手当たり次第殺させるはずだった。

 しかしこうなっては、味方が屠られる前に自分でやるしかない。

 兵士の服で拳についた血を拭い適当に放り投げると、まだ小さく息をする彼の手を踏みつけた。


「うぐっ!!」


「ムラト、とか言う爺さんは?」


「知らん」


 不幸にもまだ意識があったため、更に強く踏みにじられた強情な兵士は。

 両手の骨を踏み砕かれる頃に、やっと彼の居場所を吐く。


「風呂、風呂に……」


「知ってるならさっさと言え。こっちも時間無いんだよ」


 アルバートはつまらなさそうに吐き捨てて、彼の首を蹴り砕いた。

 そして道すがら破壊の限りを尽くすと、大浴場と書かれた扉を打ち破る。


「入浴中悪いな、邪魔するぞ」


「邪魔すんなら帰れよ~」


「そうだぞ~、今ここにいるのがどなただと……」


 目隠しの暖簾をくぐり、呑気に湯船に浸かる二人の男を見据える。

 酒が回って完全に出来上がった様子の二人のうち、老人が先に立ち上がった。


「坊っちゃん、お逃げ下さい」


「ん~?」


 もう一人の若者はじゃぶじゃぶと顔を拭って。

 侵入者を見据えると、慌てて立ち上がった。


「アルバート!!」


「ニキアスか。ちょうど良かった」


 素っ裸で丸腰の獲物だ。素晴らしい。

 アルバートは思わず笑顔をこぼし、老人に目を移した。

 

「そこの爺さんは、ムラトで合っているな?」


「ラングビ界のスーパースターに覚えられているとは、光栄でございますな」


「気にするな。すぐ忘れるだろうから」


 拍子抜けだが、これで終わりだ。とアルバートは殴り掛かる。

 裸の男二人がとっさに応戦しようとした瞬間。凄まじい勢いで床を踏み鳴らす音が聞こえ。



「でぇぇぇりゃああああああああああああ!!!!」


 

 虹色に輝く髪をしたアレクシアが甲高い奇声を上げながら。

 暗殺者の背中に、強烈な飛び蹴りを食らわせた。


「何故俺がいると分かった!?」


「うるせぇですの!! ニキアス! ムラト! 風呂から出なさい!!」

 

 驚愕に目を見開くアルバートを、全力の身体強化を付加した細腕で風呂に叩きつけて。

 ざぶざぶと暴れる彼の上で、素っ裸の二人に向かって叫ぶ。


「坊っちゃん!!」


「あ、あぁ!!」


 慌てて二人が逃げ出すと、彼女は暴れる男を見下ろしたまま、感情のままに口から出た異界の魔法を叫んだ。


「■■■■■■■■!!」


「マズ……ッッッ!!! ぐああああああ!!!!」


 強烈な雷がアルバートの全身を貫き、浴槽を破壊し壁を打ち砕き。

 膨大な水流が男の体を押し流していった。


「……悪運だけは強い野郎が!! ですわ!!」


 今の自分では魔法が強すぎると地団駄を踏んで。

 水のせいで電流が散って余計に破壊をして、限界まで身体強化を掛けていた奴を殺しきれなかったと唇を噛む。

 とは言え、彼女にとってはそんなことよりも。


「ニキアス!! まだ無事ですわね!?」


「君が居なかったら、まぁ絶対死んでたよね。……本当にありがとう」


「冗談でも、死んでたとか言わないで下さる?」


 とりあえず股間だけタオルで隠して苦笑いするニキアスの声が一番、嬉しかった。

 


――



「ふぅ。こんなもんですわね。奇襲してきた賊の報告はまた明日にしましょ」


「女王陛下、この度はなんと謝罪したらよいか……誠に申し訳ございません」


「いいんですのよぉ、ムラト爺。兵士の治療とアトラースの修理、指揮をよろしく頼みますわ。あ、お風呂は優先的に修理して下さる?」


「御意に。命を救われた分は必ず、この働きを以て返させて頂きます」


 アルバートと謎の少女による奇襲をたった一人で排除し、上機嫌のアレクシアが笑う。

 とは言え犠牲になった兵士は多く、破壊された設備も数多い。

 一旦被害報告をまとめさせ、修理の指揮をムラトに一任すると、自室に戻って崩れ落ちた。


「ねぇニキアスぅ。それ取って下さる?」


「御意にございます女王陛下。なんなりとお申し付け下さい」


 彼女はベッドに寝転がったまま果物を指さして。

 九死に一生を得た国王は冗談めかして姿勢を正し、果物の入ったカゴを運んでいく。


「……あんなにイチャイチャしてましたっけ? なんかこう、昔のわたしならニキアスさんに飛び蹴りしてるほどですけど」


「んーまぁ、今のアレクシア様は、そういう気分だと思いますよ」


 部屋に呼びつけられはしたものの何も知らないシェアトと、アレクシアと共に時間を遡ったユースは苦笑いで、そんな夫婦を見守っていた。

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