第十二話:巨人の踏みつけ
前回のあらすじ!!
ソフィアという将校を診た。
医務室に担ぎ込まれてきた彼女はひどく弱っていて、しかしそれでも復讐すると爛々と目を輝かせて。
凍傷で壊死した足を切り落とす時、麻酔代わりの薬を吸わせると、うわ言のように部下たちの名前を呼んでいた。
異教徒の粛清だと言って内戦を続けてきた我々も、外の人間から見ればこんなにも悲しく見えたのだろうか。
――シェアト・アルフェラッツの日記 2年2月7日
アレクシア様に食べさせたのは最後まで残しておいた左脚だった。
私が失ったのもそっちだから、呪われたのか祝福されたのか……この程度で生命が救われたのだから、どっちでもいいけれど。
次の戦いまでに、アレクシア様には最新型だと言われた義足を慣らしておこう。
ここまで書いていて気付いたのだが、ニケ=ペルサキスって彫ってあるわ。この義足。
ニケ様が履く予定だったのかしら?
――ソフィア・フレイアの日記 同
「おお、来たか。アレクシア」
「アトラース、いつ見ても壮観ですな」
しんと静まり返り、文字通り凍りついた朝。
遥か遠くからミシミシと新雪の悲鳴が大地に響き、ペルサキス軍は何事かと顔を出す。
彼らの視線の遥か向こうに見える、地平線から頭を出した空中戦艦の姿。
ニキアスとムラトは感慨深げに呟いて、手にした蒸留酒のボトルをぶつけあった。
「定刻通りに来たか。まず一勝だな、ムラト爺」
「まだ負けてますよ陛下。それでは我らが勝利の女神、アレクシア女王陛下に乾杯」
「あぁ、ここから巻き返すぞ。乾杯」
軽く酒を煽り、すぐに準備を整える。
アトラースの姿を見て士気の上がったペルサキス軍の兵士たちの顔は輝いて、ニキアスの下す命令を待っていた。
「クソ寒い中、待たせて悪かったな諸君。踏み荒らすぞ。アトラースの下には入るなよ」
さて、向こうはどう対処しに来るかな。とニヤリと笑い、彼は手にしたハルバードから光を放ち合図を送る。
それを受け取ったアトラースの観測員が、ぱたぱたと旗を振って艦橋の乗組員に伝えた。
「艦長! ニキアス陛下より、左右から挟撃する、アトラースは前進せよ。です!」
「アイアイサー、ですの。……サーではないですわね。まぁともかく……」
計画通り、ムスタカス城砦を圧し切る。
彼女が電流を操って重力の配分を替えると、僅かに船体が揺れた。
遥か下の地上ではアトラースの竜骨に沿って地面が割れて。
分散して逃していたこの巨大空中要塞の全重量を収束した、不可視の刃が出来上がる。
「超重力刃展開。方位そのまま、最大船速用意、六十まで加速。観測員は重力隔壁内に退避」
重力の配分を全て計算し終え姿勢を安定させると、今度は前進のために後部の飛石を操作する。
それに合わせて補助推力に取り付けられたプロペラが回り、船体は次第に速度を上げた。
「続けて、翼竜大隊全騎、発艦準備。本艦下方への侵入を禁止」
淡々と命令を下す女王は、リスト通りの手順をこなすと不敵に笑う。
「さて、貴方がたランカスター人が敵に回したのが誰か。理解していただきましょう」
彼女の笑いとともに、アトラースはまっすぐに城砦に向かい。
やがて真っ向から文字通りに城壁を押しつぶした。
「急停止、本艦はこのまま上空で待機。翼竜大隊発艦、対空砲を潰しなさい!!」
「了解!!」
続けざまに命令を下して、彼女は外の様子を聞く。
「ニキアスたちは?」
「本艦下方にて戦闘中。優勢のようです」
「なるほど。超重力刃停止。味方に伝達を」
満足そうに頷いて、重力の刃を解く。
城砦を真っ二つに分断していた不可視の壁が消え去ると、下で戦うニキアスの元に、その報告が届けられた。
チカチカと点滅する光の暗号を見て彼は頷き、ムラトに告げる。
「解除来たぞ。これで合流できるな」
「えぇ。向こうにも伝わっているでしょう……偵察兵! 対空砲はどうした!」
続けざまのムラトの問いに、遠見の魔法で監視している偵察兵が、ほぼ破壊されていると答えて。
それを聞いた老将は少し目をつむって考えると、慎重に命令を下す。
「上出来だ。両翼で合流し、敵を中央部に包囲しろ」
「ん? 爺、一気に落せばいいんじゃないか?」
「坊っちゃん。弾薬庫がまだ生きてるんですよ。奴らは自分たちが生きて帰れるとは思っていないでしょうし」
「……自爆か。覚悟決まってるじゃないか」
「拠点として使えなくすれば、彼らの目的の少なくとも一つは死守できますからな。まとまったところをアトラースに押し潰してもらうのが良いでしょう」
ニキアスとしては、さっさと戦って終わらせたいのだが。
ムラトはそれを制して慎重に、作戦をアトラースに返す。
プテラノドンによる伝令を通じて、艦橋のアレクシアが老将の提案を受け取った。
「……ふむ、妥当ですわね。高度維持、重力制御最小、底部消術装甲起動準備……そんなに自爆したいなら、こっちから起爆してやりますのよ」
飛石による重力防御を捨てて、浮かせるのに最低限の電力を船に残す。
首都での決戦時にオーリオーン城に突っ込んだ際、底部がかなり破壊されたことを教訓に追加された消術装甲を船員たちが起動し始めると、彼女は席を立った。
そして甲板に出ると、自分の目で狙いを定めて。
「ソフィアの作った見取り図によると……あの辺が弾薬庫ですのね」
目測を付けると、すぐそこにいた観測員に命令を下す。
「どのくらい爆発するか計算するので、地上部隊には気をつけるよう指示を出しなさい。五時間後に決行予定ですわ」
「了解です!」
彼の手旗がパタパタと振られて、それを中継したプテラノドンが地上にランプの光を当てる。
今度はそれを受け取ったニキアスが、真っ青な顔をして叫んだ。
「『空から起爆する』……? とんでもないこと考えるなぁおい!!」
「流石、女王陛下……と言ったところにございますな。陛下、こちらは包囲後速やかに退避の準備を進めます」
「あぁ、でもあと数時間ある。前線の奴らを救うついでに、ちょっと僕も戦ってくるよ」
「ではそちらは、お任せします」
上空のアレクシアから弾薬庫へ向けて雷が落ちてくる。と聞いたムラトが冷や汗をかきつつ退避の準備を初めて。
ついでにちょっと遊んでくるかと、ニキアスは駆け出していく。
――その頃、ランカスター王城
ランカスター軍による市内の奪還も終わり、王座にはエリザベスが座る。
春には行われるだろう、ペルサキスとの決戦に向けて準備を進めていたところだった。
「はぁぁぁぁぁ!? なんで!? 雪は止んでないはずよ!?」
ムスタカス城砦を逃れた伝令が一昼夜を掛けて走り、息も絶え絶えに手紙を渡す。
それを読んだ彼女は、思わず尻餅をついた。
「敵は、妙な乗り物で……雪の上を飛ぶように走って来ました……」
「チッ……どうせアレクシアよね。想定外だったわ……」
あの女が、天候ですら乗り越えてくるとは思わなかった。
そうエリザベスは舌打ちをして、ムスタカス城砦をどうするかと考える。
「ニキアスがいて、進軍速度を考えるに多分ムラト辺りが前線にいるわね。あのジジイが調整してるはずだわ」
大急ぎで整えてきたのなら、ニキアスとアレクシアの頭脳を分担する人間がいるはず。
先の内戦でボロボロになっているのは帝国軍もペルサキス軍も一緒だから、特にニキアスが信用できるほどの能力のある人間は数少ない。
その中から何人か考えて、選ぶのは多分最も最古参で信頼できるムラトだろう。
「マズいわね。指揮官らしい指揮官はランカスターには居ない……ニキアスとアレクシアだけなら、何とかするけど、ムラトは邪魔だわ……あの二人の連携が完璧になる……」
あのジジイ、兵站管理だけやってりゃいいのに。と爪を噛み、頭を抱えて。
アルバートに聞いていた空の要塞アトラースと、ニキアスの指揮する陸軍。
その連携が完全になるのであれば非常に脅威だと、彼女は考えを巡らせて。
傍らの部下に命令した。
「……ムスタカスは放棄。市内で固めるわ。アルバートを呼んできなさい」
しばらくして、外で訓練をしていたアルバートがやってきた。
傍らにはやけに薄着の、ツギハギだらけの不気味な身体をした少女がいる。
ただそれを追求している暇はなく、エリザベスは話を始めた。
「アルバート、話聞いた?」
「ムスタカスが堕ちた話だろう。それでこそペルサキスだな」
エリザベスの部下に軽く説明を聞いただけのアルバートは、だいたい何があったかを理解して、皮肉っぽく笑いながら手を叩く。
彼女はその仕草に嫌そうな顔をすると、真剣な眼差しを向けた。
「皮肉はいいわよ。市内を守るのが最優先だから、あんたには奴らの足止めを頼みたいのよね」
「不本意だが、承知した」
まぁ、そうなるだろうな。とアルバートはボソッと呟く。
彼からしたら、決戦ではなく時間稼ぎを行うというのは本当に不本意で。
ただ、他の誰にもこの役目は果たせないだろうと、仕方なく応じた。
「ニキアスとアレクシアが、多分討ち取れないのは分かってるわよね」
「アレクシアは神の領域に踏み込んでいる。その眷属のニキアスも含めて、奴らの地で殺すのは難しいな。市内に入ってからなら話は別だが」
何もかも神の力とかいう、厄介な魔法のせいだと。
ペルサキスにいる限り、アレクシアとニキアスには民衆からの信仰という絶対的な魔法が掛けられている。
エクスカリバーの力を用いても、それを乗り越えられる保証はなく。
アルバートはじれったそうに指を鳴らした。
「だから狙うのは、恐らくニキアスの近くにいる爺さんね。ムラトっていう名前よ。そいつがあの二人の連携を上手く埋めてるはず。」
「理解した。殺しておく」
「人選は任せるわ。こっちはセルジオスに援軍の手配しておくから、とにかく時間を稼いで」
「それなら、俺とこいつだけで構わん。雑兵は動きづらくなる」
そんな彼に、エリザベスがわかりやすい目標を与えると。
彼は少しだけ嬉しそうに息を吐いて、懐から取り出した日記帳に名前を書いた。
そして傍らの少女を親指で差すと、彼女は腰に手を当てて。
亡者のようにしわがれた声で、威勢のいい言葉を吐いた。
「うむ! アンナのお陰で邪神の力も少しは使えるからな! 雑兵作りは任せておけ!」
左腕をぽんぽんと叩き笑う彼女に、エリザベスは目が点になる。
「……気になってたんだけどそれ、誰よ」
眉をひそめて聞く彼女に、少女は頬を膨らませて。
偉そうな口調で言葉を返した。
「それとは失礼だな! アーサーの末裔! 我が分からんのか!?」
「いや、ほんとに分からないんだけど」
困ったなぁと、声と仕草、そして見た目が全てツギハギの、ちぐはぐな少女にドン引きして。
ただアーサーの末裔と呼ばれて、どこかで同じような呼ばれ方をされたようなと首を傾げる。
「行くぞ、エクスカリバー。折角身体を作ってやったんだ、俺のために働け」
「おおん我が主! 我のために作ってくれて感謝するぞ!!」
その答えは、心底面倒くさそうな顔をしたアルバートの口から出た。
「なるほどね。理解したわ」
「ほう、やっとわかったか?」
「あんたが、訳わかんないやつだってことがね。まぁ、アルバートが信用してるならそれでいいわ」
「何だと!? 失礼なやつだ!!」
しかしエリザベスは理解を諦めて。
使えるものであればいいなぁと、こめかみを押さえて目をつむった。




