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第九話:陥落

前回のあらすじ!!



まもなく冬が来る。北部の寒さは恐らく、我々に味方をするだろう。

雪は敵の足を削ぎ、我々に時間を与える。兵を挙げるとしたら、この冬しかない。


――エリザベス=ランカスターの手記 1年秋ごろ



大寒波の予兆?

 占星術に詳しいアルフェラッツ王国の司教によると、今年の冬は非常に寒くなる可能性があるとのこと。

 歴史上、我らがペルサキスに厳しい寒さが訪れたのはアディル火山が大噴火した年だけであるが、昨年の猛暑など最近は異常気象が続いている。十分に注意したほうが良いだろう。


――ペルサキス新聞 1年11月10日



エクスカリバーがうるさい。

女の体なら、誰でもいいというわけではないらしいが。


――アルバートの日記 1年ごろ

――紀元2年1月初頭 ランカスター王城


 エリザベスが謀反を起こした。

 そう聞いて彼女を捕らえに向かったペルサキス軍守備隊が足を踏み入れたのは、既に無人となったランカスター王城だった。

 状況を理解する暇もなく城門を閉じられ、城壁の上にはランカスター軍の兵士たち。

 雨あられと飛んでくる爆弾や石を避けて籠城し、ニキアスの応援を待つばかりの彼らは疲弊していた。


「ボレアスとか言ったっけ。全軍で来るなんてほんと馬鹿ね。降伏を勧めるわ」


 疲れ果てた兵士たちに、拡声魔法で呼びかけるエリザベス。

 籠城した、ニキアスの腹心であるボレアスはその声に首を振って。

 腐り始めた祖国の人々の無惨な死体に、そっと目を閉じた。


「クソっ! あと何日保つか……」


 完全に判断を誤った。

 エリザベスという稀代の天才を前に、功を焦ってしまったと自戒する。

 ランカスターそのものが敵だと理解していなかったことを後悔して、彼はしばらく考え込む。

 食糧も尽き、城の井戸には毒が放り込まれていた。

 もう迷っている時間は少ないと、疲れ切った顔の兵士たちを見る。


「この時期は雨が少ないわ。水も残ってないでしょう? 血でもすする気かしら?」


 勝ち誇った声が響く。

 数日前に降った雨や夜露を集めて、なんとか死だけは免れている。

 それでも限界はすぐに来る。

 しかし……。


「何故、本国から応援が来ない?」


 定期連絡がなければ、すぐにでも本隊が駆けつけてくるはず。

 ニキアス国王はそれを約束して、自分を配置したはずで。

 ランカスターの力を測るための捨て駒にされたのかと頭によぎると、エリザベスがその考えを見透かしたかのように声をかけた。


「あぁ。応援なら、大雪のお陰で当分来ないわよ。つまりどんなに待とうが無駄。あんたらが飢えて死んでも応援は来ない。降伏を選びなさい」


 無駄死にだぞ。と掛けられた声に、ボレアスの心が不思議と軽くなる。

 軽く笑って周りを見ると、生き残った兵士たちも揃って安心したような顔をしていた。


「そうか。安心したぞエリザベス。我らは裏切られたわけではないようだな」


「ん? どういうことよ。あんたらの籠城は無駄だって言ってるんだけど」


 拡声魔法で返ってきたボレアスの声に、エリザベスは目を丸くする。

 旧帝国軍の事をよく研究していた彼女は、少しだけ思い違いをしていた。

 彼らは味方を決して見捨てることはしない。味方に犠牲が出るような選択をしない。

 だから、増援が来ないうちに閉じ込めて餓死するように仕向ければ、互いに血を流す前に降伏するだろうと踏んでいたのだが。


「ここはニケ様の暮らした城。恥ずかしいところは見せられないからな。ニキアス陛下のため、我らが友のため。一人でも多く道連れにしてやる」


 最前線で戦い続けていたペルサキス軍の考え方は、旧帝国軍とは少しだけ違った。

 彼らは常に戦死を覚悟し、誇りを掲げて戦っている。

 味方のために、一人でも敵を減らすために、命を捨てる覚悟はある。

 その悲壮な声に、エリザベスはしばらく目を閉じて。


「……なら、一人も生かして帰さないわ。どうぞ、かかってきなさい」


 あまり王城を壊したくないのだけど。とは思いつつ。


「誇り高い戦士の死に場所としては、ふさわしい場所ね。この城ときたら」


 帝国との長い争いの歴史の中、数多の名もなき兵士の血が流れたランカスター王城に。

 今度は自分が帝国人の血を捧げることを、皮肉に感じた。


――


 打って出てきたペルサキス守備隊が、エリザベスの眼下で固まってジリジリと進む。

 ランカスター軍には城壁から降りずに、魔法や投石にドラグーンで距離を取って戦う事を徹底させて。

 彼女はふと呟いた。


「まぁあいつらの覚悟に乗ってやる義理はないし。こっちは臆病に戦わせてもらうわね」


 しかし、彼女の予想以上に消術鎧の性能が高く。

 時間が経つごとに、攻撃の雨にひとりひとりと倒れながらもその屍を踏み越えてくる彼らに、少しだけ彼女は焦りを覚えた。


「いいもん着てるじゃないの。仕方ないわねぇ」


 軽口を叩きつつ、少し面倒だと考えて。

 自ら城門の外まで歩いていくと、大声を上げた。


「エリザベスはここよ!! 殺しに来てみなさいな!!」


「城門を破るぞ!! エリザベスを殺せ!!」


 城門に取り付いた守備隊の兵士たちが、打ち破ろうと必死に叩く音が聞こえる。

 ギシギシと閂が動き、めきめきと門が揺れる。

 その音に高ぶる彼女は、入れ墨だらけの右手を天に掲げて。

 静かに呪いの力を込める。


「光魔法は皇帝も使っていたそうだけれど。こっちが本家なのよね」


 右半身の刻印が歪な色にきらめき。

 意志を持つように蠢き、文字列を作り上げる。


「天頂の輝き! 灼熱の宝冠! 消し飛べ! ゼニスアーク!!」


 正面に構えた右腕から、まばゆいばかりの光の帯が放たれて。

 周囲の兵士たちは目を焼かれて転げ回り、ボレアスの率いる守備隊の全員が、地面に焼け付いた影を遺して消え去った。


――


 想像以上の威力に、エリザベスは放心したように立ち尽くす。

 祖先の呪いが、非常に強力なことはよく知っているのだが。


「なにこれ」


 こんな、アレクシアの雷にも引けをとらないようなものだったとは。

 そう絶句したままの彼女の後ろから、つかつかと歩いてくる男が居た。


「やるじゃあないか。随分呪いの扱いが上手くなったな」


「……アルバート。もう着いてたの」


「先ほどな。しかし、ランカスター家の怨念は凄いな。敵を誤らなければこんなにも力を貸してくれるのか」


 ランカスター市内に到着して、適当にエクスカリバーを放ったアルバート。

 今頃あの駄剣は帝国人を食って回っているだろうと言ったところで。

 興味深そうにふんふんと、彼女と城を見比べた。


「素晴らしいじゃないか。俺の手を借りずに済むとは」


 不気味な笑顔で彼は言う。

 滲み出る狂気に少し怯えながら、エリザベスはなんとか言葉を絞り出した。


「これで、ランカスター市内の占領は終わりよ。市境のムスタカス城塞はまだだけど」


「あそこはもう占領していたはずだろ?」


「ニキアスの置いてった部隊が抵抗してるわ。完全に奪取できてないの」


 蜂起する情報を、恐らく誰か内通者に連絡を受けたのだろう。

 ムスタカス城砦を取り仕切っているランカスター軍は、その一部に籠城したペルサキス軍と交戦していると聞いている。

 ただエリザベスは、いずれなんとかなるそれよりも。

 市内から完全にペルサキス軍を駆逐することを優先した。


「じゃあ仕方ないな。俺が行くか」


「大雪のせいであそこまで行くのも一苦労よ。ペルサキス本国からも当分来られないだろうし、補給だけ寄越して春までにのんびり制圧でもいいと思うわ。先にこの市内を固める事を勧めたいわね」


「……なるほどな。それなら、そうしよう」


「まぁここの奪還を完全に終わらせたら行ってもいいかしら。もう少しかかるだろうけど」


 守備隊が文字通り消えても、市民に紛れた帝国人たちがちまちまと抵抗を続けている。

 昔の自分たちはこんな感じだったのだろうな、としみじみ思いつつ、エリザベスはふとアルバートの腰を見た。


「あれ、エクスカリバーはどこにやったのよ」


「その辺で食事してるさ。後で捕まえに行く」


「?」


 剣が食事? と首を傾げたエリザベスに、アルバートは軽く苦笑いを返し。


「あぁ。世の中にはなかなか不思議なこともある。お前の入れ墨みたいに」


 説明も面倒なのではぐらかした。



――その頃、ペルサキス王城



「おファック!! 猛吹雪ってあと何日続きますのよ!!」


 翼竜隊からの気象観測の結果を読んでいたアレクシアが拳を振り上げる。

 天気予報なんて、衛星からでもないとそうそう当たらないことはよく知っている。

 それに邪神のせいで歪められていたこの豊穣の大地で、天候の統計なんて何の役にも立たないことだって知っている。

 だからこそ、彼女はこの天気の偶然に怒りを覚えていた。


「これじゃあ翼竜隊も飛べないからな……このタイミングでランカスターが蜂起したら大変なことになる……いいや、既にやってても不思議じゃないか」


 窓の外を眺めるニキアスは、怒鳴り続けるアレクシアにそっと白湯を差し出して。

 年末の大雪に続いてもう三日も止まない猛吹雪に頭を抱えていた。


「気温は比較的マシ、大河は凍っていないので船でなんとかなりませんの?」


「無茶言わないでくれ、水夫が凍え死ぬ。ちなみに昔ながらの早馬も出してるけど全然ダメだ」


 どんなに遅れても無いよりはマシと言った情報をかき集めて、二人は頭を悩ませる。

 とりあえず、吹雪が止み次第出兵するとニキアスは決めているのだが。


「どこに兵を出すかなんだよなぁ。ムスタカスに置いてきた奴らが負けたか勝ったか。それだけでかなり違うし……ランカスター守備隊がまだ生きてるなら船で港に着けたいし」


 本当に困った。

 情報戦で圧倒的有利にいた自負はあったし、それを活かしてエリザベスを倒すつもりだった。

 しかしいきなりの大雪と猛吹雪で準備が大幅に遅れ、年が明けても出兵できずにいる。

 進軍の為に必要な燃料だって、国民に分け与えてしまったし余裕がない。


「あーもう!! エリザベスの奴、処刑じゃ済まないからな!!」


 彼が子供のように叫ぶと、疲れた顔のユースが入ってきた。

 新年の茶会を一応開催していたため、今手が離せないアレクシアに代わって各地の有力者からの挨拶を受けていたユースは、握手し続けで痛んだ手首を摩る。


「国王陛下、女王陛下。今日のお茶会は終わりました……」


「あらあらユース、ご苦労さまですわ」


 そしてのそのそとソファに座ると、げっそりした声で報告をした。


「これ、北部からの陳情書です……」


 懐から手紙の束を出してそっと置く。

 アレクシアはだいたいその内容を理解しつつ、おもむろに一通取り上げた。


「どうせ食糧とか薪とかの配給をといったところでしょうに。そりゃあもう理解してますけれどおいおい……。ん?」


 その一通を開くと、どうやら発明品の設計図のようで。


「売り込みとはまた珍しいですわね。こんなものを陳情するとは随分勇気のある……ほう」


 大学で研究していたものではないなと、自分の記憶を検索した彼女は興味深そうに読んでいく。

 本来、陳情で売り込みなどとはとても褒められた事ではないのだが、この手紙を渡した人間は恐らく、よっぽどの自信があるのだろうなと思いつつ。


「アエロサン……ふふん。プロペラとかよく作りましたわね」


「なにそれ。そんな名前なんだ」


「まぁ、乗ってみると結構面白いですわよ」


 木製のソリにプロペラと舵を付けたもの。座席には消術式冷凍庫からヒントを得たらしい、冷気を動力に変換する呪文が彫られている。

 これにより冬の冷気をプロペラの動力に変換して回し、雪上を飛ぶように走るという商品とのことだが。

 外にも出られないような吹雪が続いて売れないらしく、宣伝になればということで売り込んだらしい。


「購入しますか、在庫全部。それとプロペラを発明した職人は大学へ招待しましょ。ユース、顔は覚えていますの?」


 ちょうどいい、とばかりにアレクシアは机を叩く。

 宣伝だから値切るつもりで、なるべく極力安く買うけれど。

 発明者のために特許制度でも作ってやるかと腰を上げた。


「え、えぇ。陳情書は全員、お名前も頂いています」


「じゃあその方に、在庫全部出せと伝えなさい。あと工場ギルドにこの設計図を渡して、一ヶ月以内に千台は製造しろと」


 プロペラの強度が問題だが、既製品の組み合わせだけで恐らく仕上げられる範囲だろう。

 確か夏に作った冷凍庫の素材も余っているし、こんな玩具じみた製品はすぐにでも作ることができるはず。

 そう判断して彼女はユースを使わせ、ふと振り返る。


「ニキアス、雪の南限は?」


「二週間前の観測だが、今年はムスタカス城砦まで積もってる……ちなみに、それってどのくらい速いんだい?」


「雪上限定ですが、定員の五人乗っても早馬の倍の速度は出ますわね。地形の影響を受け易いので無理は禁物ですわ。爆速のソリですから、身体強化唱え忘れたら簡単に死にますのよ」


 多分、二、三日もあれば到着する程度にはなるだろうと。

 カタログスペックを読みながら考えていた彼女を見て、彼は手を打って立ち上がる。


「よし、すぐに何人か連れて練習するかな。中庭ならこの吹雪でも遭難はしないだろうし」


「えぇ。このプロペラ、アトラースにも組み込もうかしら……」

 

 その後、本当に僅か一ヶ月で数千台量産されたアエロサンは、エリザベスとアルバートの計算を大きく狂わせることになった。

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