表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
84/100

第七話:流浪の王国

前回のあらすじ!!



以前アレクシア女王陛下と対談し、私は理解した。

彼女は我々の敵ではない。彼女は我々愚かな民を、賢き人民へと導く偉大な人物だ。

我々は彼女に服従するわけではなく、征服されるわけではなく。

ともに大陸に暮らす愛すべき隣人として、より深く付き合うべきだ。

今ここに、私はペルサキスの提唱する、合衆国構想へ参加の一票を投ずる。

諸君らは何が最も賢く、血を流さずに済む選択か、今一度胸に手を当てて考えて頂きたい。


――デュシス共和国議会におけるセルジオス=ガブラスの演説 1年ごろ

――紀元1年9月、中央大平野


 ペルサキス王城でセルジオスとアレクシアが会食をしていた頃。

 アルバートはエリザベスを招待していた。


「……直接会うのは久々ね、アルバート」


「招待に応じてくれて感謝する。エリザベス市長」


 彼の失踪以来、二人はデュシス共和国を通じてやり取りをしていた。

 今回はアルバートから正式な招待を送り、エリザベスはそれに応じて中央大平野を訪れる。

 かつて宰相ソロンが経営していた大牧場の外れにある、クセナキス離宮を改装した庁舎の一室で、二人は向き合った。


「まさか本物だとはねぇ。まぁ、偽物でも頼らなきゃいけなかったから、本物で良かったというべきだけれど」


 エリザベスは素直に安堵のため息をつく。

 セルジオスの部下からランカスター人の移民を持ちかけられた時、彼女はそれに乗るしかなかった。

 いずれ締め上げられるペルサキス王国にいるよりは、ほんの少しはマシになると。

 共和国では地域ごとに強い自治権を与えていると餌をぶら下げられて。

 しばらく窓の外を見ていた彼女は、しみじみと呟いた。


「いい土地貰ったわね。移民として、仲良くしていければいいのだけど」


 目を細める彼女に、アルバートは笑う。

 そして手を広げて、窓の外を指した。


「ここにランカスター王国の再建をするつもりだ。やっと俺たちは、自分達の国を持てる」


「……あんた正気? こんな大陸のど真ん中で南北と東は王国に抑えられてて、頼みの綱は西側だけ。三方向から攻めるなんて、王国の連絡網なら余裕でやってのけるわよ」


 エリザベスが思わず苦笑した。

 眼の前で、まるで素晴らしい考えだと言わんばかりに話をする彼が、余りにも馬鹿らしく。

 どうしたって無理なことを、なぜやろうとするのかと。


「俺は本気なんだが……」


 笑われたアルバートは、不機嫌そうな顔をして。

 口をへの字に曲げてボヤく。


「あぁ、何百年かあとの話ね。私達でこの地に根を生やして、いつか遠い未来の子孫が独立を勝ち取ることができればいいわねぇ」


 そんな彼に、彼女は軽く謝罪した。

 いつか遠い未来に、ランカスター人が再び強国として立ち上がること。

 そのための礎となろうとしているのに、酷いことを言ってしまったと恥じる。


「いいや? もうすぐやるぞ」


 ただし彼は、エリザベスの想像を超えてきた。


「どういうことよ」


「冬にはランカスター市を奪いに行く。だからお前は、俺たちを通せ」


 自信満々に子供じみた戦略を話すアルバート。

 到底成功するなどと思えないな、と彼女は冷静に分析した。


「嫌と言ったら?」


 これじゃあ、まだ自分が首を差し出すほうがよっぽどランカスターのためになると。

 ついにペルサキスへ自首する事を考え始めた彼女は、眉をひそめた。

 すると彼は堂々と、全身から悪意と熱気を放ち断言する。


「裏切り者として、お前はランカスター家の末裔でなくなる。俺が、エクスカリバーに選ばれたこの俺こそがランカスター王だと、改めて君臨することになるな」


「……そっちのほうが、少しはマシかもしれないわね」


 自分の君主としての才能をかなり過小評価しているエリザベスは、彼の邪気に飲み込まれた。

 アルバートに祖国を譲り渡して、万が一勝てる可能性に賭けるしかないかと考え始める。

 しかし彼女の言葉に引っかかった彼は、答えを急かした。


「そうか、交渉は決裂のようだな」


 彼の喉から、軋むような異音が響く。

 手にしたエクスカリバーは真紅に輝き、すぐにでもエリザベスを食おうと揺れ動く。

 その姿をしばらく見ていたエリザベスは、首を横に振った。


「いいえアルバート、乗ったわ。あの女王アレクシアを倒せるとしたらあんたしかいない」


 彼女が見ていたのは、アルバートではなく。

 エクスカリバーに、彼の足元に縋りつく無数の腕。

 先祖の呪いによって、この世のものでないものが見えるようになった右目が見せる幻影。

 見られていることに気づき、のろのろと這って。

 足首を掴もうとする腕を踏みつけて、彼女は言った。


「やりましょ。今を逃してペルサキスの統治が万全になったら、あの女王が生きてる間は絶対無理よ」


「ふふっ、良かった。お前の頭は役に立つからな」


 決意を込めた瞳で見つめ合う。

 アルバートは手を差し出して、エリザベスは彼の手を取った。

 そして彼女は照れくさそうに頬を掻く。


「高く評価してもらえて嬉しいけれど。正直負けを先延ばしにするくらいしか出来ないと思うわ」


「勝利、というのはこの俺達がこの地を守ること。一度滅ぼされずに耐えきれば、この中央大平野の資源が味方する。徹底的に負けを先延ばしにしろ」


「そうねぇ。悪くないと思うわ。努力しましょ」


 二人は少しの間笑い合って、テーブルに置かれたグラスにワインをついで。


「全てのランカスター人に乾杯」


「ええ。乾杯」


 酒を酌み交わした。

 


――ペルサキス市街地



 だいぶ良くなったということで解放されたシェアトは、内通者の下を訪れる。

 数ヵ国語を操り、港での通訳や船の荷役として汗を流す褐色の肌の男。

 たまたま船の修理を手伝っていたワシムは、木くずを払うと笑顔を向けた。


「シェアト! 相談、して貰えました?」


「……ワシムさん、ご協力ありがとうございました。あなたのお話、アレクシアに信用してもらえたみたいです」


「なんと! それはよかったです! ……それで、アルバート様のことは……」


 彼は尊敬する主君の違和感に気づいて、ランカスターを離れていた。

 まるでこの世のものとは思えない威圧感を放ち、時折虚空に向かって話しかけるアルバートを見て。ついに狂ってしまったのかと。

 しかも急に人が変わったようにランカスター王国の再建を謳い出して、ワシムは彼から離れた。

 そしてたまたま知り合ったシェアトを通じて、このペルサキスに住んでいる。


「アルバートさんに関して保証は出来ませんが、あなたやお仲間の身柄は安全です」


「……そうですか」


 言いづらそうに言葉を紡ぐ彼女に、悲しそうに目を伏せるワシム。

 彼はしばらく黙りこくって、おずおずと。


「戦え、と言うなら戦います。エリー姫の戦術、私もよく知ってます」


「なるべく、あなたがたの身は危険に晒したくないのですが……」


 せっかくの、ランカスターに詳しい外国人。

 なるべく手放したい手札ではないなと、彼女は顎に手を当てる。


「私、アルバート様に救われてます。恩を返す機会が欲しい」


 そんな彼女に縋るように。

 シェアトの肩を掴んで目を合わせたワシムに、彼女は曖昧な微笑みを返した。


「……お気持ちだけで。あなたを失うのは、アルフェラッツの損失でもあります」


「でも! シェアト……」


「正直なところ、あなたたちを匿うのにかなり出費しましたので。申し訳ありませんが、ご理解ください」


 エリザベスや、今や反ペルサキスを掲げるスコルピウスから彼らの身を隠すために。

 気づかれないように護衛もつけているし、何かあればすぐにアルフェラッツに脱出できるように手配もしている。

 そんな気苦労と出費を、簡単に無駄にされてはたまらないと、彼女は小さく頭を下げた。


「……わかりました。感謝します、シェアト」


「いいえ。お願いですから、大人しくしていてください」


 そう言って、二人は別れて。

 シェアトは一人、大通りを行く。

 見知った顔を見つけて、彼女はその肩を叩いた。


「あ、ユースさん。こんにちわ」


「ひっ! シェ……シェアトさん……。ごきげんよう……」


 怯えられたか。当然ではあるけれど。とシェアトは目を閉じて。

 ユースはいつでも逃げられるように辺りを見回して聞いた。


「きょ、今日はお休みですか?」


「仕事帰りですが……その節は大変申し訳なく思っています」


 あれ? とユースが首を傾げる。

 前みたいにテンションが高くないし、落ち着いた雰囲気を覚えた。

 そんなシェアトが少しだけ、大人としてかっこよく見えて。


「もしお暇なら……ちょっと今はお使いの途中なので、付き合ってもらえませんか?」


 折角だし、少しお話したいなと思った彼女は誘う。

 するとシェアトは本当に嬉しそうな顔をした。


「いいんです!? わたし、あなたに酷いことを……」


 その声に、ユースはアレクシアから聞いた言葉を返す。


「薬のせいだって言うのは聞いています。偶然、たまたま、運悪く吸ってしまったんですよね」


 阿呆なことをした友人のフォローとして、女王直々に考えた苦しい言い訳を、ユースは信じ。

 柔らかな微笑みを浮かべて。


「……あとで、アレクシアに菓子折りでも持って行きましょ」


 その笑顔を拝んだシェアトは、親友への心からの感謝が口に出た。



――数日後、ペルサキス王城



 軍からの日々の報告を読んでいたニキアスが、一枚の書類を掲げて。

 収穫時期を前にして、財務の整理をしているアレクシアに見せた。


「エリザベスが中央大平野に行っていたらしい。奴の姿を見たと、翼竜から連絡があった」


「……張らせてた甲斐ありましたわ」


 何から何まで、事前の想定通りに進むことがむしろ怖い。

 ユースの正体も、アルバートが消えた理由も、そしていきなり歯向かうことになった理由も。

 本当のことが全くわからないまま進んでいく事態に、彼女は若干の恐れを感じている。

 それが声に出たのか、ニキアスは緊張をほぐすように優しい声を出す。


「珍しいね。君が怖がっているように感じる」


「当たり前ですわ。上手く事が運んでいるはずなのに、その理屈が分からないというのは」


 言い当てられて、彼女はため息をついて答えた。

 そして紅茶を一口飲んで、心を落ち着けようと努力する。


「本当に学者だねぇ君は。……いい妻を持ったと、自画自賛したいところだ」


「なんか恥ずかしいですわ? まぁわたくしも、貴方で良かったと思っていましてよ」


 彼は非常に慎重な自分の妻を誇らしく思う。

 正直なところ、彼女が居なければここまで来られなかったとしみじみして。

 照れくさそうに笑う彼女に、言葉を続けた。


「まぁでも、君は十分に準備したと思うよ」


「そう思いますの?」


「ああそうさ。国は随分と大きくなったし、味方も大勢いる。軍の装備だって現代の最新式だ。それに、君自身がこの王国最強の魔導師だろう?」


 ランカスターとの……アルバートとの決戦を前に、改めて彼女がもたらしたものを挙げる。

 ペルサキスとは、アレクシアが育て上げた最強の国家だと言い聞かせる彼に、彼女は小首を傾げた。


「……どうかしら。あっちにはエクスカリバーとかいう訳のわからない兵器もありますし」


「たかだか一人の活躍で、戦争の結末は変わらないよアレクシア」


 アルバートがいくら頑張ったところで、結局こちらの勝ち。

 そう確信している彼が言い聞かせると、彼女はまだ不安そうに反論した。


「じゃあ、同じことがわたくしにも言えますのよ?」


 するとニキアスはため息をついて、アレクシアに歩み寄り。

 彼女の肩を掴んで瞳を見つめ、力強く励ました。


「君の場合は少し違う。君はあらゆる進歩をこの国に刻んできた。だからたとえ君が負けようが、この国が最も強いことに変わりはない」


「……そう言われると萎えてきますわね」


 負けてもいい。なんて言われて苦笑する。

 そんな彼女に、今度は穏やかな声で。


「張り詰め過ぎるよりは、少し萎えた方がいい。落ち着いて最善を尽くすんだ」


「ありがとうございますわニキアス。ちょっとだけ安心しましたの」


 なんとなく安心してきた。と返す妻に、彼は軽く微笑む。

 手を離して酒を一口飲むと、いたずらっぽく笑った。


「たまには、歳上なところを見せておかないとね」


 そしてまた。真剣な顔に戻って言う。


「さあアレクシア、奴らの夢を終わらせよう」


 彼女は少しだけ考えて、今はそこから。


「えぇ。はた迷惑な夢はここで終わり。もし続きが見たいなら、この大陸から出ろと叩きつけてやりますの」


 何が出てこようと絶対に打ち倒す覚悟を決め、拳を握る。

 そして、アレクシアとアルバートは。

 先に仕掛けるのはどちらかと、じりじりと睨み合うように動き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ