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第二十六話:聖剣

前回のあらすじ!



アレクシア様のお考えは、いつも事前に説明されていたのだが……そうだな。

自らを危機に晒すことをいとわず、そしていつも必ず成功した。だから、私は従ったんだろうな。


――『ペルサキス新聞』テオ・プロトンへのインタビュー記事 33年1月4日



(前略)エクスカリバーを取り戻した経緯、これで良いか?


―とても、現実だとは。


そうだろう。俺もそう思うよ。

だが、女神も、ミランとかいう女も確かに存在していた。

いつか歴史の中で、彼女の日記が現れるだろう。そうしたらきっと、俺の話も信じてもらえるだろうな。


――『ランカスター新聞』 アルバートの特集記事 1年3月17日



アポロン。貴方の子孫に、類まれなる才能が産まれるのは当然なのですよ。

貴方には言っていませんが、私と同じ血を引く女神の一族なのですから。

あぁ、どうせ言わないのなら、貴方に一度抱かれればよかった。


――ミラン・ディケー・ミラクの日記 787冊目 帝国歴初頭

「エクスカリバー。お前が俺を選んだんだろ? 女神に操られて、それでいいのか?」


「……」


 アルバートは優しげな声で、少女を手招く。

 エクスカリバーに宿された女神の呪いの一部は、彼の顔を見て迷ったような仕草を見せた。

 

「あら? 意外と……」


 支配が弱っている? と、ミランは首を傾げる。

 女神の力を持ったアルバートの事を、もう一度受け入れてくれるのか? と推理していると。

 

「神の器。汝は我を手放した」


「……悪かった」


 咎めるような声に、アルバートは申し訳無さそうに頭を下げた。

 女神本来の姿を借りた美少女は、地団駄を踏むように何度か足を踏み鳴らして。

 実に機嫌が悪そうに口を尖らせると、虹の剣を構えて怨嗟を吐く。


「だから汝は気に入らん」


「ちょ、ちょっとエクスカリバー。そんな事を言っている場合じゃないでしょう。女神に操られていないなら、真のランカスター王のアルに手を貸すのが使命では?」


 拗ねたような声に、ミランが慌てて口を挟む。

 その声を聞いた少女は、苛ついたように切っ先をミランに向けた。


「黙れ女神の眷属め。使命だと? 汝が我をランカスターの城に閉じ込め、代々の王を呪い、彼らに戦わせるように仕向けたのだろうが。あの倉庫での年月は実に不愉快だったぞ……!」


「たった百年でしょう!? それにあれは、アポロンが呪いに負けたから仕方なく……!」


 美しい顔を歪めて犬歯を剥いて、ミランに憎悪をぶつけるエクスカリバーの少女。

 慌てて顔の前で手を振り、そんな事を言っている場合じゃないと首を振るミラン。


「……ミラン。その話を詳しく知りたいんだが」


 アルバートの頭の中で、ミランの正体について全てがつながった。

 やはりこいつは普通の人間ではなく女神の娘で、しかも帝国の神祖アポロンと繋がっていて。

 さらにランカスター人が呪いの犠牲になるように仕組んだのは、少女の話を聞く限りはアポロンというよりミランで間違いない。

 そう理解したアルバートは、怒りのこもった目を彼女へ向けた。


「あー、話すと一週間はかかりますよ? あとで日記を読んでもらえると」


 二人から思い切り睨みつけられたミランは、苦笑いで目を逸らし、すっとぼけたように言った。


「わかった。読んだらお前も斬る。覚えておけ」


「あはは……どうぞご自由に……って! そんなことよりエクスカリバーを取り戻さないとですよね!」


 腸が煮えくり返るのを抑え込んで、アルバートが低く唸る。

 ミランが強引に目先を変えると、エクスカリバーの呪いは虹の剣を叩きつけた。

 床に巨大な亀裂が入ると、さらに怒りを増した声で告げる。


「神の器よ。もう一度力を貸してほしいのなら、力を見せよ」


 大気が揺れる。

 少女の髪が逆立ち、虹の剣の輝きが一層強くなる。

 それを見たアルバートは薄く笑うと、優しげに呼びかけた。


「あぁ。分かった。俺が勝ったら……女神と、ミランも斬ろうな」


「悪くはない。だが、汝にそれが可能か、証明してみせよ」


「もちろん。お前が納得するまで」


 勝てる。

 その確信しか、アルバートの頭にはなかった。



――その頃



 首都を覆うようにかぶさっていた、薄く虹色に光るシャボン玉のような結界の壁が急に弾けるのが見えて、観測隊を飛ばしたアレクシア。

 偵察に行った翼竜大隊の観測隊が魔力を感じないことを確認して、その報告を持ち帰ると、彼女は満足したように何度もうなずいた。


「結界が解けましたか。やってやりますのよ」


 一度にやりと不敵に笑い、すぐに真剣な顔に戻って。

 伝声管に口をつけると、ゆっくりと力強く命令を下した。


「乗組員に告ぐ。総員、白兵戦準備。これよりアトラースは、オーリオーン城に突貫する」


 その命令の直後に、逃げるように緊急発艦する翼竜大隊。

 彼らはすぐにニキアスや同盟を結んだ各軍団へ向けて攻撃の合図を告げに向かう。


「翼竜大隊は全騎発艦しました!」


 テオが完了の報告を持ってくると、続けざまにアレクシアは叫んだ。


「よろしいですの。観測手!」


「目標、方位三三〇! 距離二七〇〇!」


 返答を聞いたアレクシアは、雷を操って艦を向ける。

 そして後部に取り付けられた緊急推進用の爆薬を起爆させると、重力から解き放たれたアトラースは一気に動き出した。


「よっしゃ行きますのよ!! 全速前進ですわ!!」


 本当に楽しそうな顔で笑う横顔に、テオは絶望して身をかがめた。



――首都南部



「進むぞ。女神に操られた者は全て楽にしてやれ。もう彼らに意志はない」


 上空でアトラースが動き出すのを見て、ニキアスは真剣な面持ちで命令を下す。

 たった三千のペルサキス軍。帝国唯一の常備軍である彼らの数は非常に少ないが、傭兵や徴兵、民兵で賄われる他国や地域の軍に比べれば質は圧倒的。

 量産型の消術鎧を全員が身にまとい、更にドラグーンまで全員が装備したこの時代最新鋭の軍隊を率いて、ニキアスは神妙に呟いた。


「もっと、連れて来られればよかったんだが」


 難しい顔で、進軍していく兵士たちを見守る。

 呪われた敵の対処方法は知らせてあるし、各隊の隊長格は全員ゼノン掃討作戦に参加した市街地戦の経験者。まず無損害で帰るようにと固く言いつけていたニキアスだが、今更心配になってきた。


「同士討ちが一番怖いんだよなぁ。味方の連中が裏切らないか心配だよほんと」

 

「大丈夫だと思うけどね。あんな厳ついペルサキス軍に手を出そうなんて思わないさ」


 セルジオスか。と、ニキアスは声のした方を向く。

 アルバートを手伝おうと、喜び勇んで突撃していった西側諸侯の兵士たちを見送ったセルジオスは、自分はもう戦ったというような表情で、ペルサキス軍の陣地へ顔を出していた。


「怖いな、顔が」


「……扇動者め。血を流さないつもりか?」


 丸腰で訪れた彼を、ニキアスは軽蔑した目で睨む。

 セルジオスはやれやれと首を振って、口をとがらせた。


「私は政治家だよ」


 その台詞に、ニキアスは腹を立てて。

 貴族であることの誇りはないのかと問い詰めた。


「仮にも貴族だろうが。民のために戦うのが務めだろう」


「そんな時代じゃあなくなる。私は彼らに自信をつけてもらって、彼らの選んだ政治のもとに知恵を絞る。言ってみれば時代に合わせた転職だよ」


 だから、自分は戦わない。笑顔でそう言い切るセルジオス。

 ニキアスは大きくため息をついて、呆れたように言い聞かせた。


「都合のいい言い訳だな。戦わぬ王に誰がついてくるものか」


「私は民の下僕だよニキアス。君は軍人にしては賢いけれど、古い人間だ」


 王ではない。下僕。その一言で、ニキアスは眉をひそめる。

 すぐにセルジオスが何を考えているのか察すると引き攣った顔で、目の前で笑う男を指差した。


「お前、まさか」


「世界を自分の都合のいいものに作り変える行為は、君たちも今やっている」


 セルジオスは笑顔のまま、背中を向けた。


「君たちの新しい帝国とともに、我々も歩んでいきたいものだね」


「寄生虫が……!」


「もう虫下しには遅いな。行くといい。手柄をとられたら君たちが困るだろうよ」


 煽るセルジオスの背中を睨みつけて。

 ニキアスは兜を被ると、苛ついた様子で馬にまたがった。



――首都北部



「あぁ! アレクシア! あんなに巨大な船に! お父様、どうしてわたしもあそこに行かせてくださらなかったのですか!?」


「……いや、何故お前を最前線に送らねばならんのだ。アホらしいわ」


 首都の北部に陣地を構えた連合国軍。

 シェアトとアルフェラッツ王アルゲニブは、仲良くアトラースを見上げていた。


「ったく。意味不明な結界に、進軍しろとの合図に……やってられん」


 王は心底嫌そうに、アレクシアとの約束を守ってここに来たことを後悔する。

 とはいえ違えるわけにもいかなかったのだが、帝国の内戦に兵を出すなどと、心から馬鹿らしいと思いながら。


「負傷兵の救出くらいはしてやるが、全くつまらん戦だ」


「お父様! アレクシアとの約束ですし、それに兵たちの士気は高いですよ?」


 すっかり連合国に浸透している、アレクシアを神と崇める勢力。

 それは当然のように兵士たちにも広がっていて、今や巨大な空中要塞という超常的な物体を動かす彼女への信仰は揺るぎないものとなっていた。

 もちろん王はそれに頭を抱えていて、いずれ自分の国は吸収される運命にあるなと嘆いている。


「……チッ……そんなに血を流したいのか、連合国の人間は……」


 先程から、軍の各所から攻撃の命令はまだかと来る問い合わせ。

 無駄な戦いだと舌打ちをして。しかしこのまま戦わずにいるのも限界があると判断をして。


「仕方ないか。シェアト」


「はいお父様! 全軍進撃です! アレクシアを援護しましょう!!」


 娘に進軍の許可を出すと天幕に戻り、疲れ果てた顔で椅子に背を預けた。

 外で大歓声とともに馬や具足の足音が地響きを立てるのを聞いて、ひとり弱音を吐く。


「あぁ……もう俺の国じゃなくなったんだなぁ。短い栄華だった……」


 どうせやるなら、アレクシアの代わりに皇帝でも倒しとけよと思いながら。

 彼女の新薬と信仰で支配された国の将来が、できれば豊かであるようにと祈ることしかできなかった。



――地下神殿



 エクスカリバーと戦いを続けるアルバート。

 兵士から奪った剣に、自らの神の力を注いだものがへし折れて。

 少女の一撃を回避した時、後ろであっさり真っ二つになったミランから短剣を受け取って。

 自らが一番良く威力を知っている虹の刃を回避し続けながら、隙を伺い続ける。


「汝!! 我がいなくてはその程度か!!」


「素人にしては、中々すばしっこいな!」


 剣術を学んだアルバートからして、彼女の剣は隙だらけの素人。

 しかしその隙は全て、人智を超えた反応速度と身体能力によって埋められていて。


「素人だと!? 我はアーサーの剣! 女神の剣! 無礼であろう!!」


 先程から挑発を続けていたアルバートは、自分が我を忘れてニキアスにあしらわれたことを思い出しつつ、冷静に煽り続ける。


「お前が戦ったわけじゃないだろ!」


「黙れ小僧が!!」


 あぁ、何となく分かる。と気づく。

 次は横薙ぎ。次は振り下ろし。と、あの時のニキアスの視線移動を思い返し。


「クッソ……! あいつ!! 参考になるのが腹立つ!!」


「汝、油断したな!!」


 叫んだ少女の顔を見て、ここだと言うところに短剣を置いた。


「ここで突きだよな!」


 ニヤリと笑って、一瞬彼女を待つ。

 予想したとおりに飛んできた突きを躱して、彼が突き出した短剣は。


「あっ……」


 心臓の位置に、深々と突き刺さった。


「どうして……我が……?」


 少女は理解できないと言うふうに、胸から流れ出る女神の力の輝きに手をかざす。

 抑えるような仕草をしていても、するすると指の間を抜けていく光の帯。

 目を丸くして、アルバートに尋ねた。


「そうだな。慣れないことはするもんじゃないってとこだ。俺と来い」


 尋ねられたアルバートは崩れていく少女の手から、エクスカリバーを取り上げた。


「アル!!」


 ホッとした表情で、いつの間にか身体をつなぎ合わせたミランが呼びかける。

 アルバートは一瞬優しい顔をして。しかし彼女も仇敵だということを思い出して、険しい顔をした。


「なんだ、生きてたのか」


「死ねないんですよね。さあ行きましょう」


 少しだけ悲しそうな声で返答して、エクスカリバーを取り戻したアルバートを先導する。

 彼女が神殿の入口の扉に手をかけて、血縁者だけが通ることの出来るよう施された最後の封印を解こうと手を伸ばすと。


 ずぅん!! と全身を揺らすような衝撃が地下に響き渡り、二人は思わず膝をついた。

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