第二十五話:地下神殿
前回のあらすじ!!
いつか直接殺してやるつもりなんだが。
あの野郎と来たら、味方にいる時は意外と頼りになるから困る。
……明日の襲撃は、きっと俺の人生で一番長い日になるだろう。
アンナ。君を眠らせに行くよ。
――アルバートの日記 帝国歴100年1月ごろ
「叡智を極めることを目的とするこの大学で、こんな邪悪そのものの兵器の製造、許可すると思ってるんですの?(呪文爆弾の設計図を叩きつける)」
「同じ発想に至る人間は必ず居ますよ。学長殿。その時、我が国が優位である必要があります」
「悪魔に魂を売ってまで戦争に勝つ? 馬鹿げてますわ」
「お言葉ですが学長、いや、アレクシア様。この兵器が大々的に使用されるような戦争で負けた時どうなるか。学長のほうがよくご理解されているかと存じますが」
(しばらく無言)
「(ため息)軍事の比重が大きいので、ニキアスに判断を預けます。今日はこれでお開きですわ」
――アレクシア大学、呪文工学部会議議事録 帝国歴99年11月1日付
※アレクシアは最後まで呪文爆弾の製造及び使用に反対していた。
「……成果は?」
燃え盛る首都を窓の外に眺めて、アレクシアはテオに聞く。
どこか憂鬱そうな横顔に見とれていた彼は、はっとしたように慌てて話しだした。
「そ、想定通りです。やはり空からの襲撃は想定していなかったようで」
でしょうね。と彼女は静かに相槌を打って、ため息をついた。
「首都の民は皆焼け死ぬでしょうね。わたくしの責任ですわ」
「……女神が彼らを操らなければ……」
目を伏せたアレクシアに、テオは言葉をかけようとして。
すっと出された手のひらに、彼は押し黙る。
「元より正義の味方ではありませんの。慰めは不要ですのよ」
「はっ、申し訳ございません」
決心したような表情のアレクシアと、頭を下げたテオ。
彼女は自分の頬を一度力強く叩き、彼の頭に命令を下す。
「直に女神も対抗してくるでしょう。翼竜隊を戻しなさい。頃合いを見て突撃を仕掛けますわ」
本当にやるのか……。と、下に向けた顔が引き攣った顔をして。
一方のアレクシアは真剣そのものの表情で、かつて暮らした城を見据えていた。
――オーリオーン城
着陸した中庭で、女神の命令でわらわらとやってきた帝国軍の精鋭部隊を相手取るアルバートとミラン。
「おい! 探知できないはずじゃなかったのか!?」
「おっかしいですねぇ……結界も全然綻びませんし……まぁ、陽動はうまく行ってるという事でひとつ」
「お前はどうするんだよ!!」
二人は背中を合わせて、言葉を交わしながら戦う。
アルバートは兵士の顎を砕いて剣を奪い、ミランは踊るように脚を払ってドラグーンを打ち込む。
しかし首から上が吹き飛んだ兵士がその銃身を掴んだ。
「ミラン! 武器を持っていかれるぞ!」
「うっ、忘れてましたよ。そういえば……アナフレクシ・フォティア!」
とっさにミランは火魔法を放ち、兵士の腕を焼く。
アルバートは一瞬、その聞き慣れない呪文に耳を奪われた。
「その魔法……帝国語?」
何故? と思った瞬間、凄まじい轟音とともに城の窓が壁ごと吹き飛び。
暴風に飛ばされた大きな老人が転がった。
「うげっ! アタナシオス!」
「俺を本名で呼ぶんじゃない、ディケー。それは妻だけの特権でな」
「なら私をその名前で呼ばないでもらえます? アポロンだけの特権なので」
膝をついてなお不敵な笑みを浮かべて。アポロン四世は城の中を睨んだままミランと言葉を交わした。
彼はすぐに息を整え剣をついて立ち上がると、アルバートの方をちらと見る。
「反逆者め。貴様も居たのか。賑やかなことだ」
「お前! 皇帝か!」
「慌てるな。敵の敵は味方だろう」
剣を向けて逸るアルバートに皮肉っぽく笑って、皇帝は状況を把握した。
既に女神の魔法でどうしようもなくなったこの首都を、誰かが燃やしつくそうとしている。
そしてここに反逆者であるアルバートとミランがいるということは、いよいよ帝国は終わりだという事を、彼はすぐに理解した。
「この火の海はアレクシアの仕業か。実にあいつらしい。しかもランカスター人に連合国人まで差し向けて」
「当たりですよ。今この首都は完全に包囲されて、女神の結界がなくなり次第陥落するでしょう」
ミランの声に、皇帝は少し目を閉じて笑い、まぁ、合理的だな。と呟く。
少しの間呆けていたアルバートはなんとか声を出した。
「皇帝、女神に操られたのではなかったのか?」
「やっと呪いを振り切ったんでな。今ソロンとニケに稽古をつけているところだ」
アルバートの問いに答えて、皇帝は光の剣を軽く振る。
まだ身体が動くことを確認した老人に、アルバートは自分も手伝おうと。
「なら俺も……」
「いらんいらん。誰があいつらを率いていたと思う?」
しかし皇帝は邪険に手を振ってその申し出を退けて、城内から響く鉄の義足の足音の方を向いた。
ニケだ。と直感して身構えるアルバートを軽く突き飛ばし、皇帝は背を向けたまま話す。
「いいか、このクソみたいな結界の本体は、地下のアストライアの墓に刻まれている」
「!」
「エクスカリバーもそこだろう。あのクソ女神にとって一番安全な場所だからな」
口汚く女神を罵って、彼は光の剣を構えた。
視線の先には更にもう一人、操られたままの禿頭の老人が、泣きながらふらふらと出てくる。
「早く行け。反逆の勇者よ」
優しく力強い声に押されて、アルバートは城内へ走り込んだ。
――
アルバートを見送った皇帝は、残ったミランに話しかける。
まるで旧知の仲のように親しげに、穏やかな声で。
「……なぜ皇帝一族だけが女神の力を利用できるのか、ずっと不思議だったんだがな。アストライアと会ってよく分かった。クソ女神は俺の、オーリオーン家の先祖でもあるんだろ? だから貴様は神祖と子を成さなかった」
「……御名答です。墓を守るためにこの地に残った私の弟オリオンから、アポロンが家名を作ったんですよ」
だから、アポロンの気持ちに応えなかった。そう思い出して、ミランは目を伏せて。
一方の皇帝は晴れ晴れとしたような表情を浮かべて、ゆっくりと近づく足音に向けて歩き出す。
「スッキリしたし、ひと暴れしてやるか。貴様……いや、ひい……なんだ? 婆さん? さっさと行くがいい。ここは任せておけ」
「婆さん、ってのは勘弁してほしいものですね。ではでは」
ミランは苦笑いを浮かべて、皇帝の背中を軽く叩くとアルバートの後を追う。
「ソロン! ニケ! 三十年ぶりだな! 誰が一番強いか決めようってのは!!」
彼女が聞いた最期の皇帝の声は、実に楽しそうに踊っていた。
――オーリオーン城地下
一度、シェアトを救いに地下牢へ忍び込んだことはある。
しかしこの城の地下はそれだけで、墓のようなものは見取り図になかったような。
そうアルバートが困惑していると、走ってきたミランに肩を叩かれた。
「遅いぞ」
「貴方が速いんですよ。で、そこの突き当りの壁です」
ここか? と指差されたところを調べてみる。
綺麗に漆喰で塗られた壁を叩いていると、その一角だけ軽い音がした。
「空洞?」
「ですよ。行きましょう」
そう言って、ミランは近くの壁に触れる。
壁に塗り隠された魔法陣に魔力を込めると、アルバートの目の前で壁が開いた。
「……なるほど」
二人は静かに進んでいく。
狭い通路を抜けると、いきなり大きな空間に出た。
天井まで聳える石の柱が何本も連なった、神殿そのもの。
墓と言うにはあまりに美しく、アルバートはあたりを見回してため息をついた。
「明るい?」
ふと気づく。
地下で松明もないのに、洞窟そのものが穏やかに光り輝いていて。
天井から陽の光すら差しているような暖かさを覚えた。
「女神の魔法……でもないんですけどね。呪いによってかき集めた、数百年分の神の力そのものがこの空間に充満してるので」
アルバートの疑問に答えたミランは、つかつかと足を進めていく。
神殿の入り口の扉の前で、彼に手招きをして言った。
「ここに安置されているのが、女神アストライアの御神体です」
「……」
アルバートはつばを飲み込んで、ミランの元へ歩いて行く。
まずエクスカリバーを取り返して、この城の何処かにいるアストライアを捕まえてと考えていると。
神殿の入口が中から開いた。
「ようこそ。お待ちしておりましたの。アルバートにディケー。愛すべきクソ野郎ども。このわたくしの墓を暴きに来た愚かな人間ども。わたくしから二度もこの国を奪おうという悪魔ども!!」
余裕ぶった表情がどんどん崩れ、ヒステリックに泣き叫ぶようにわめき出す。
その声に呼応して、周囲の光が激しく点滅を繰り返し、次々と色を変えて虹色に輝き出す。
「アンナの声で喚くな。気分が悪い」
「やっぱり、ここにあるんですね。エクスカリバーは」
アルバートは額に青筋を立てて、妻の顔をした女神を睨む。
ミランは怒鳴られる子供のようにうんざりしたような顔をして、自らの母に呆れた。
「はっ! エクスカリバー? あんなポンコツ、裏切り者、恥知らず! とっくにわたくしの力の一部にしてやりましたわ!!」
女神は狂気の笑みを浮かべて、右手の指を弾く。
今度はアレクシアにそっくりな、アルバートが夢で見た女神の影が浮かび上がった。
黒壇の髪とドレスに白磁の肌。そして血のような紅の目をした少女が、刃のない剣を二人に向ける。
「二人がかりでどうぞ!! わたくしにはやることがありますので!!」
「どこへ行くつもりだ」
静かに呼び止めるアルバートの横で、ミランがなにかに気づいて青ざめる。
アーサーに攻め込まれたときに、戦争ド素人の女王が何をやらかしたか。
そして反省も後悔もしないこの母親は。
「……まさか、お母様……前みたいに……」
お母様? とアルバートが耳を疑ったが、ミランはそんなことお構いなしに。
焦った声で必死に女神を止めようと走る。
「またやるんですか!?」
「エクスカリバー!! 近づけさせるな!!」
神殿の中へ戻る女神と、閉まっていく扉。
そこに向かって追いすがるミランを、エクスカリバーの少女が切り捨てる。
背中から袈裟斬りに真っ二つになった彼女が崩れ落ちた。
「ミラン!」
アルバートが悲鳴をあげたが、切り捨てられたミランはいたって平気そうな声で、自分の体を両腕でつなぎ合わせた。
「あー、アル? 私は大丈夫なので、そのエクスカリバーをなんとかしましょう。女神は結界を暴走させる気です」
「え? いや、お前今思いっきり……」
目が点になる彼の目の前で、つなぎ合わせた傷口から穏やかな虹色の光があふれると。
ミランは何事もなかったかのように立ち上がった。
「色々聞きたいと思いますが、後にしましょう。まずはそこの剣を取り返しますよ。せっかく差し出してくれたので」
「あぁ、そうしよう」
お母様。帝国語の魔法。皇帝と話していたこと。
アルバートはミランの正体を推理しようとして、一旦頭の隅に置いておく。
「いいですか。あの女神は戦争も戦闘もド素人でヘタクソです。その証拠に、エクスカリバーを置いていった上に『神殿に近づけさせるな』としか命令していません」
「……そのようだな」
神殿の入り口で佇む少女を見ながら、二人は話し合う。
少女は命令通りこちらに目を光らせながらも、動く様子はなかった。
「そして次にやるのは、結界を暴走させて、影響下の民を完全に暴走した不死の民として作り変えることです」
「……」
「それでこれが困ったことに、女神の命令すら聞かなくなる上に、灰になるまで暴れ続けるんですね」
「本当に困ったことじゃないか……」
あんな事するから、ランカスター軍に三日三晩凌辱されるほど憎まれるんですよね。と思いながら、ミランは本当に困った顔をした。
アルバートも眉間にシワを寄せて、強烈な頭痛に頭を抱える。
「アレクシアの神の力ならまぁ中和できるかもしれないんですが、それは希望的観測なので。まず阻止する努力をしましょう」
「俺にも分かりやすくて助かるが、エクスカリバーはどうすれば良い?」
「エクスカリバーは元々アルを持ち主として認めていますから、剣の柄に触れられればなんとでもなりますよ。それに貴方、女神の腕を持っていますよね?」
なるほど。とアルバートは一言呟いて。
上着を脱いで、背中から包帯で厳重に梱包したアンナの左腕を取り出すと。
「アンナ。君に頼るのは、できれば最後にしたいな」
そっと床に置いて祈るように跪き、意識を集中して、この空間に漂う魔力を大きく吸い込んで。
彼の黒髪がきらきらと虹色の輝きを放ち、やがて瞳すら虹の輝きに染まる。
何度か深呼吸して、女神の為に集められた大いなる力の奔流を抑え込むと、彼は立ち上がる。
「エクスカリバー。確かに手放したのは悪かったが……お前が選んだのは俺だろ?」
そして少女の方を向いて、圧倒的な力からくる余裕の表情で笑いかけた。




