第二十四話:空襲
前回のあらすじ!
(前略)この地で行われた戦闘の記録を、可能な限り記述した。
此処から先は民の救助に専念しよう。
――ベネディクト・オーリオーンの手記 730年ごろ、オリオン商店街大規模再開発工事中に発掘。
※彼の視点から書かれたニケやソロン、アルバートの戦闘や、反帝国連合軍と女神率いる不死の軍団との戦いが詳細に記述されている。
エクスカリバー。俺の光魔法の元となった、アーサーの剣。
アストライアは奪ったと喜んでいるようだ。もしかしたら奴の弱点なのか?
この国を奴に奪われるくらいなら、娘が改心することに賭けてやる。
アポロンの血を甘く見るなよクソ女神。
――アポロン四世の手記 百年祭の戦いの最中と思われる。
「ふむふむ。なるほど。西側諸侯の軍人たちとニケ叔母様があの女神に奪われて、エクスカリバーも持っていかれた……と」
首都近郊に着陸したアトラースの艦内で、ニキアスとアルバートが言い訳を述べる。
アレクシアは艦長席に座って、しきりにイライラしたように肘掛けを叩き、その真っ白な額に小さく青筋を立てて。
努めて冷静に振る舞おうとして、若干失敗していた。
「アルバートはまぁ良いでしょう。客人ですし、好きになさいな。それでニキアス」
ニキアスは心臓を鷲掴みにされたように感じて膝をつく。
知らなかったんだからしょうがないだろ。という気持ちもあったが、結果として巻き込みたくなかったニケを最悪の形で巻き込んでしまった。
「分かってるさ。あっちがろくでもない魔法を使うんなら、こっちもろくでもない兵器で対抗してやる」
彼は不敵に笑って、アレクシアに向かって顔を上げると、返答も待たずに踵を返す。
特に止める気もなかった彼女だが、苛立っているのはニケのことばかりではない。
「やられましたわね……天気が良すぎますわ」
「……?」
ボソッと呟いた一言に、アルバートが首を傾げる。
女神の魔法で春のように穏やかな気候に塗り替えられた真冬の首都は、彼女にとって実に不都合なことに雲ひとつない快晴。
試しに雷の一つでも落してみようと思ったが、自分の手から出せる以上の事はできなかった。
「まぁいいですわ。アルバート、さっさとエクスカリバーを取り戻しますわよ」
首を傾げたままのアルバートにそう言い放つと、彼女は席を立ち。
「食事くらいはしておきなさい。明日は長い一日ですわ」
去り際にそう言って去っていく。
アルバートは近くに居た兵士に案内されて、アトラースの食堂に行くことにした。
――食堂
食にうるさいアレクシアの指示で、ペルサキス城と全く同じように作られた厨房。
兵士に出される食事もちゃんとしたもので、焼きたてのパンに肉、彼女の温室で作られた野菜など嬉しいものばかりが並ぶ。
「……うまい」
今日の献立はパンと牛肉のステーキ、芋のスープにチーズとサラダ。それと紅茶。更に小さな砂糖菓子。
アルバートも美味いと唸って、若干の悔しさを覚えながら舌鼓を打っていたところ。
背後から肩を叩かれて振り返る。
「アル。待ってましたよ」
「ミラン……お前も乗ってたのか」
なぜ。と問うアルバートに、まぁ。とはぐらかしたミラン。
灰色の髪が揺れて、向かい側に座った彼女はパンをちぎる。
「連合国との連絡役です。北部港にアルフェラッツ経由で大軍が来てますし。貴方のお友達のシェアトさんも向こうに居ますよ」
「通りでここに居ないわけだ。彼らには城壁から中に入るなと伝えたか?」
「そりゃあもう。包囲は済んでます。ただ、女神の魔法の範囲は日毎に広くなってますし、そう何日もグダグダとやるわけにはいきません」
「アレクシアは、明日やると言ってたが」
まだ伝えられていなかったようで、ミランは少し驚いた顔をした。
しかしすぐに表情を戻して、何切れかパンを口に運びながら言う。
「妥当です。私は貴方の……エクスカリバーを取り戻す援護をしましょう」
「……それに関しては、ニキアスと打ち合わせがある」
「ご一緒しますよ。アレがないと、女神を斃せませんからね」
食事を終えて食器を下げて。
二人はニキアスを探した。
――飛行甲板ブロック
「遅かったな」
翼竜大隊を監督しているテオ将軍と話をしていたニキアス。
アルバートの顔を見つけると、遠くから手を振った。
「穏やかな顔してるじゃあないか。腹が膨れたか? 食事が美味かったなら、アレクシアに感謝しておけよ」
彼はそう軽口を叩き、ミランに顔を向けた。
「んで、ミラン。こいつに手を貸すって言う訳かな?」
彼女は頷いて、ニキアスに微笑みを返す。
「もちろん。エクスカリバーの奪取と女神の討伐。彼ひとりでは難しいでしょうし」
「だろうな。あの忌々しい結界魔法も解除できるんだろ?」
「それについても、もちろん。と答えさせていただきましょう」
実際、彼女には勝算はあった。
ペルサキス軍の空爆やアルバートの強襲で首都の中の民がひどく傷つけられれば、アストライアは対抗するために結界魔法よりも洗脳した人間を操ることに意識を注ぐはず。
そうなれば、通常の戦いに持ち込むことは出来る。
そんな彼女の考えを知ってか知らずか。ニキアスは半信半疑の表情を浮かべて。
ただ彼は、二人を惜しむ必要はなく。
「大した自信だよ。じゃあ、こちらの作戦を説明するから、二人はついてきてくれよ?」
翌朝行われる首都空爆作戦と、大量に投下する爆弾に紛れての降下作戦を指示した。
「以上。がんばれよ」
「……酷い奴だなお前は。少しは協力者に対する礼儀とか無いのか?」
「勝手に着いてきただけだろう?」
話を終えて水を飲むニキアスに、アルバートは呆れた顔をして。
ミランはどこか楽しそうに、二人のやり取りを眺めていた。
「失敗しても構わんが、成功を祈るよ。ふたりとも」
「嫌な指揮官だ。いつか殺してやる」
「僕を殺せなかった奴の言う台詞じゃあないな」
歯を剝き合う二人。いつの間にか袖をまくって、殴り合いでも始めそうな雰囲気になったところ。
間に入ったミランはまぁまぁとなだめて、アルバートの腕をつかむと引き下がらせた。
「それでは明日の朝。食事はしっかり取らせてもらいますよ」
「……食べ放題じゃないぞ」
おどけた顔をして冗談を言う彼女。
ニキアスは苦笑しながら返答して、「アレクシア以外は」と小さく付け足した。
――艦長室
非常に兵士満足度の高いアトラースの食事ではあったが、艦を全て金属で作ることが不可能だったため、火災時に簡単に消火できない油は調理に使えない。炭火もかまどから飛び出さないように設計されている。
……ということで、アレクシアだけは食べ放題だというのに不満を漏らしていた。
「揚げ物を食べられるように何か発明しなくては、ですわねぇ……」
山と積まれたパンと肉を頬張りながら、行儀悪くも食べかすのついた手を作戦書類で拭いている彼女のところ。
戻ってきたニキアスはそんな妻の姿に呆れた顔をした。
「君がそんな風にだらしないとは思わなかった」
「合理化ですの。戦場に礼儀もクソもございませんのよ」
適当に言い訳を見繕ったアレクシア。
ふんふんと頷いたニキアスはいたずらっぽく笑った。
「それについては同意するね。それで、アルバートとミランに降下作戦は指示したよ」
「結構ですの。結界が解けたらわたくしたちも出ますのよ」
「……君も行くのかい?」
「ウチの自称味方達は全員大手柄を狙っていますし、厄介なことこの上ないですので」
心底憂鬱そうな顔をして、アレクシアは難しい顔で目を閉じた。
アルバートやセルジオスといった西側諸侯軍が力を付けるのは非常に困る。
ミランが所属していて、ペルサキスから支援を要請したアンドロメダ連合国軍が、ペルサキスより手柄を挙げられるのも結構困る。
元より反帝国というだけでつながった絆でしかない。そう考えると結局、首都を落として帝国を滅ぼすのは、自分たちでなくてはいけなかった。
「美味しいとこだけ欲しいんですけどねぇ」
「みんなそう思ってるよ」
ですわよねぇ。とため息をついたアレクシア。
彼女は戦後のことも考えながら、とりあえず目の前の厄介事を片付けるために。
「さ、準備を終えたら今日は食べて寝ますわよ。一般兵には酒も許可しますわ」
「それは嬉しい……ん? 僕は飲めないのかな?」
「ダメに決まってますのよ?」
可愛らしく顎に指を当てて首を傾げて、ニキアスにとって残酷な言葉を紡ぐと。
アレクシアは伝声管に口を当てて。
”艦長ですの!! 今夜は一般兵のみ酒を許可しますわ!! さっさと仕事を終えなさい!!”
怒鳴り散らすと、伝声管の向こう側から大歓声が響いた。
――翌朝
「……測距儀よし。方位磁石よし。非常電源準備よし……チェックリスト完了。艦長、いつでも」
「チェックリスト完了確認ですの。艦首方位零一五、浮上後、高度二千で静止。アトラース、浮上」
テオ将軍からの報告を受けて、アレクシアは静かに力を注ぐ。
艦長席に張り巡らされた銅線から伝わった彼女の雷は、艦底の飛石に到達する。
きしむような音を立てて少しずつ浮かび始める巨大な要塞の甲板で、アルバートは奇妙な浮遊感を味わいながら地上を見下ろしていた。
「……すごいなこれは。感想が出てこない」
「同じ感想でしたよ。初めて乗ったときは」
ミランか。と振り返る。
毛皮をもこもこと着込んで、手にはガラス製のゴーグルを持って。
アルバートに彼の分のゴーグルを差し出すと、彼女は笑った。
「アル、昨日言った通りエクスカリバーは私が盗みます。降りたら陽動を」
「あぁ。頼むぞ」
アルバートは笑顔でゴーグルを受け取って、その時を待つ。
やがて高度を上げたアトラースが完全に静止すると、甲板にわらわらと現れた翼竜大隊の面々は、昨夜散々騒ぎ散らかした兵士たちとは思えない精悍な顔つきを見せた。
「対空戦力はあの結界だけだ。安心して降りろよ、お二人さん」
一人の兵士が二人の肩をたたいて、勇気づけるように笑う。
彼の仕草に、アルバートは自分がガラにもなく緊張している事を理解した。
「……そんなに緊張して見えるか?」
「あぁ。誰だって初めては緊張するもんだ。あんたらもそうだったろ?」
二人の関係を誤解した彼はニヤニヤと笑うが、ミランは口を抑えて苦笑いして。
「残念ですが、彼とは寝てませんよ」
全く裏を読んでおらずに目を丸くするアルバートに目線を送る。
「そういう話だったのか?」
「こういう時はだいたい下世話な話なんですよ」
「俺はそういう話をしたことはないが……」
「次はしてみたら良いんじゃないですか? わりとウケますよ」
さて、と冗談を終えて、眼下に聳えるオーリオーン城を眺めた。
次々と爆弾を手に発艦する翼竜大隊の面々を見送って、いよいよ二人も飛び立つ。
――艦長室
アレクシアは少し疲れた表情で座る。
精密な電力制御を行って、静止状態に移行して一段落。
おやつのチョコレート菓子をつまみながら、彼女は窓の外に映る翼竜大隊を眺めて、側にいるテオに声をかけた。
「テオ、呪文爆弾のデータも取っておくんですのよ。ニキアスとセルジオスが踏み込むまでは、貴方達しか見られないのですから」
「観測隊が結界付近を飛んでいます。問題ありません。……しかし、あれを市街地に落とすのは……どうなんでしょうか」
ドラグーンで実証した魔法の力で効率よく破壊しよう。そんな設計思想のもと産まれた兵器。
火薬を固めた芯に火魔法の呪文を書いた布を何重にも巻いて、起爆した瞬間辺り一面に火魔法を撒き散らし、布が飛び散ったところから更に火を放つ、アレクシア大学が発明した呪文爆弾。
ニキアスが『ろくでもない兵器』と言った言葉通りに、無差別に無秩序に破壊をもたらすものとして、現代では大気圏内での使用を禁止されている。
アレクシアはその凶悪さを理解していて、それでも使用を許可した。
「んまぁ、気は進みませんけれど。ニキアスやアルバートの報告どおりなら、首都人口全てが不死の軍団……割り切ることも重要ですのよ」
「……そういうものでしょうか」
「ペルサキスの将軍でしょう、貴方は。早く終われば、それだけ多くの命が救われることを理解しなさいな」
本当に気が進まないように見えるアレクシア。
テオは黙って頷いて、彼女もあまりしたくない決断だったのだと理解した。
「……貴方の言いたいことも分かりますわ。……投下した兵士たちは相当心を痛めるでしょうから、後に何を言われようが、命令だったとだけ言わせなさい」
まるで自ら体験したように、彼女は憂鬱そうな声で。
彼にはその理由はわからなかったが、妙な説得力を覚えた。
――オーリオーン城上空
市街地や城門に落ちるたびに、次々と轟音と業火を撒き散らす呪文爆弾の威力を見ながら滑空する二人。
建物という建物に布がへばりついて炎を放ち。人間という人間に魔法の炎が燃え移る。
自分たちの、二人乗りのプテラノドンにも飛び散る呪文爆弾の炎を風魔法で撃ち落としながら、ミランは大声で叫んだ。
「なんですかこれ!? 生きたまま燃やすなんて、この国では良いんですか!?」
「絶対良くはないだろうな!! 効率的だが!!」
死体を燃やせば良い、そう言っただけでこんなものを持ち出すとは。
アルバートはニキアスに心底幻滅しながら、着陸できそうなところを探す。
「女神は! この火魔法の海では探知できません! なるべく城の近くに!!」
きょろきょろと見渡すアルバートにミランが怒鳴る。
彼は黙って頷くと、城壁を越えた先の中庭を目標にした。
「降りるぞミラン!! 身体強化唱えとけよ!!」
そう叫んで、自身も身体強化を唱えると。
炎が回り始めた中庭の、かつては美しく整えられていた花畑に突っ込んでいく。
”たかが人間の分際でぇぇぇぇぇ!!!! ふざけんな定命のクズ共がぁぁぁぁ!!!!”
落ちた瞬間城の天守の方から、地獄の底から這い上がるような、地響きのような怒声を聞いた。




