第二十三話:不本意な共闘
前回のあらすじ!
ニケとソロンが戦っている間、私はずっと身を潜めているのに精一杯だった。
臆病者と罵られても仕方のないことだ。結局何もできなかったのだから。
そこに現れたもう二人……アルバートとニキアスには更に格の違う力を感じて、私は結局、瓦礫の中で首都の戦いをやり過ごすことになってしまった。
――ベネディクト・オーリオーンの手記 帝国暦末頃
――エクスカリバーがソロンを襲う。
直撃を受けて吹き飛んだソロンを見て、アルバートは首を傾げた。
一撃で斬ったと思ったんだがな。と苦々しく頬を持ち上げる。
「女神の加護か。厄介だな」
「アルバート!? 貴方、なぜここに?」
呟いた彼の声にかぶせるように、ニケが声を上げた。
彼は老婆を引き起こして、短く告げる。
「百年祭を邪魔しに、ですよ」
「奇遇ですね。手伝いましょうか」
皇帝を殺しに来た、なんて言ったらこの老婆はどういう反応をするだろうか。
恩のある身として、戦うことに気が進まないアルバートは、どう答えたらいいものかと困っていると。
ガチャガチャと鎧を揺らして、鎧馬に乗ったニキアスが現れた。
「やっぱり来てたかぁ……ニケ叔母さんも」
その顔を見て、ニケは嬉しそうに目を細め。
「皇帝陛下をお救いするのですから、貴方も来なさい」
そう言われたニキアスは、一度目を閉じて悲しそうに深呼吸をして。
「叔母さんってば……なんで僕らがここに来るなと言ったか、ご理解いただけていないようで」
馬を降り立ち、ハルバードを手に取ると。
「仕方ない……アレクシアに殺させるわけには行かないからね」
切っ先を自分の叔母に向けて言った。
ニケは目を丸くして、理解が追いつかないとばかりに口を開く。
ニキアスはそれを制して、アルバートに言った。
「君は、ニケ叔母さんを守る理由はないよな?」
「……お前の家の事情は知らん」
アルバートはそう吐き捨てて、ニキアスを睨む。
彼から視線を切ったニキアスは、叔母の目を見て告げた。
「来るなと言ったのに、来たほうが悪い。叔母さん。ここで死んでもらうよ」
決意を込めた視線を浴びて、ニケの周りの空気が歪む。
怒りに燃えながら身体強化を唱え直し、目の前の裏切り者を潰そうと呼吸を整えた。
「お前も女神の手先か」
「違うよ。帝国の敵さ」
短く言葉を交わし合い、飛びかかるニケを見据える。
静かにハルバードを揺らしてタイミングを図り、拳に合わせて受け流す。
受けた瞬間に柄に書かれた呪文が光ると、ニケの拳が燃え上がった。
「無理だよ。叔母さん」
ニケは舌打ちをして軽く手を振り拳の炎を振り払い。燃え上がった袖を破り捨てて。
瓦礫を蹴り飛ばし、土煙の中に姿を消した。
「……アルバート、ソロンを追えよ」
土煙の中からニケの気配を察知したニキアスはハルバードを構えながら。
ここは任せろとアルバートに言うと、彼は鼻で笑って、皮肉っぽく答えた。
「あぁ。お前はちゃんと死んでおけ」
「お前に殺されるまでは死なないさ」
皮肉に軽口で返し、ニケの突進を待つ。
帝国最強の将軍でも、歳の上に手負いではなぁ。と、余裕そうに力を測った。
「叔母さん、どう見ても無理だよ。降伏してくれ」
返答はない。
やはり駄目か。と、ニキアスは一度目を伏せて。
瓦礫の山の中から大槌を携えて出てきた叔母を見つめた。
「あぁ、ここベネディクトの屋敷だったね。武器くらいあるか」
「……ニキアス。アルバートも、アレクシアもか?」
帝国を裏切ったのか? と問う。
ニキアスは言葉を選んで、話しづらそうな声で。
「アルバートは元々帝国の敵だよ。ランカスター人だしね。アレクシアは……どうかな」
「貴様が、アレクシアを騙したのか」
「……そういうことにしておいてくれ」
そうか。とニケは返す。
彼女も薄々感づいていた。
帝国に反旗を翻そうとするアレクシアの野心。ランカスターでこそこそと何かをやっている、ニキアスの策謀。
しかしそれを身内だからと見なかったことにしてきたツケが、自らが信奉する皇帝の暗殺という最悪の形で支払われるとは。
少し微笑んで、ニケは諦めたように穏やかな顔を向ける。
「帝国には確かに、問題ばかりありましたからね」
「それを理解していたなら、少しは正してほしかったな」
「皇帝陛下ならばやってくれると、今でも信じていますよ」
「信じるだけでは救われないんだよ……これが最後だ。降伏してくれ」
ニキアスは武器を構えたまま、老婆と言葉を交わす。
彼はまだ殺さずに済むかもしれないと、少しだけ期待して。
老婆は既に命を燃やし尽くすことを決意して。
「無理ですよニキアス。どうしてもと言うなら、私を越えていきなさい」
「わかった」
言葉を返しながら走る。
大槌とハルバードが交わって、耳を裂くような金属音が何度も飛び交う。
ニケは自分の槌が全く通用していないように見えて、痺れる手を軽く振って言った。
「いい槍ですね。アレクシアの発明品ですか」
「そうだよ」
返答したニキアスは、更に激しくハルバードを振るう。
更に強力な消術に改良した魔導鎧の下で、彼の筋肉が唸りを上げる。
ニケの凶悪な一撃一撃を吸収した身体強化魔法で放たれた一撃は、穂先が音速を超え、弾けるような音を立てた。
「手加減は不要ですよ」
しかしそれすら軽く受け止めて、ニケは微笑む。
ニキアスの頬を冷や汗が流れ、彼は大きく飛び退いた。
「なんで普通の武器で受け止めれんのかなぁ……」
「鍛え方の違いですね」
うーむ。とニキアスは息を整えながら考える。
ソロン相手に相当消耗してると思ったんだけどなぁ。と、セルジオスから聞いた情報を振り返る。
しかもここに来るまでにソロンに負けそうになっていたというのに。
皇帝を守るという意志だけでここまで強くなれるのか……。と舌を巻いた。
「……悪いけど、そろそろ終わりかな」
「まだまだですよ小僧」
ただ、本人はいくら強くても。と視線を下に向ける。
ニキアスの攻撃を受け続けて、衝撃を逃がすために踏ん張り続けたニケの義足は既に限界を迎えている。
見るからに歪んでいるそれは、すぐに折れるだろうと彼は考えた。
「アルフェラッツ王、よく片足斬れたもんだ」
呟いて走る。
姿勢を低くし迎撃をくぐり、彼女の義足を蹴り飛ばす。
ばきっ! と音がして義足を失い、バランスを崩したニケの腹を思い切り殴り飛ばす。
「流石にもう立てないだろ?」
「……よく、やりましたね……」
直撃させた。身体強化の防御も、既に切れていた。
仰向けに転がり血を吐くニケを見下ろし、ハルバードの切っ先を向ける。
「言い遺すことは?」
「……情けはいりませんよ、ニキアス」
そっか。と何度か頷いて、ニキアスはハルバードを振り下ろす。
返り血が彼の鎧を濡らして、彼は叔母の顔に手を当てた。
「……帝国の崩壊を見せずに済んで良かった、と思うことにするよ」
やるせない気持ちで死体の目を閉じて。
少し感傷に浸っていると、その目が急に開いた。
「うげっ!?」
驚いて思わず尻餅をつく。
心臓を貫いたはずだぞ!? と、自分の心臓が飛び出るほどに口を開けて、必死に後ずさろうとバタバタしていると。
ニケだったものは片足でフラフラと立ち上がり、砕かれた義足が逆再生するかのように組み上がる。
「……アストライア様をお守りしなくては」
「叔母さん!? ちょっと!! どこ行くんだよ!?」
ニキアスが必死に呼びかけるが、ニケだったものにはその声は届かない。
抜けた腰をなんとか持ち上げたニキアスが立ち上がろうと四つん這いになっていると、その死体は城へ向かって走っていく。
「嘘だろ? 夢見てんのか僕は?」
残された彼は自分の頬をつねってみるが、たしかに痛い。
とりあえずあっちは……アルバートが行ったほうか? と首をひねって。
「……アレクシアの到着を待つか。アルバートはどうにでもなるだろ」
撤退を決めた。
――その頃
城の正面でエクスカリバーを掲げるアルバート。
彼の眼下には四肢を斬り飛ばされて倒れ込むソロン。周囲にはアストライアの兵士たちの、石畳に焼き付いた人影だけが残されている。
蘇らないように、エクスカリバーの光で燃やされた彼らを見て、ソロンは笑っていた。
「ふふふ……ワシにも頼むぞ」
「操られているところで悪いがな」
「あぁ……気にするな……あの毒婦の為に戦うなど反吐が出る」
エクスカリバーの輝きが一層強くなり、焼けるような熱がソロンを包む。
アルバートは彼との因縁の終わりにホッとして、次は皇帝だと息を呑む。
「もう休めソロン」
操られている彼に、少しだけ同情した瞬間。
彼の後頭部に強烈な衝撃が走る。
「ぐぁッッッ!?」
殴り飛ばされて転がり、視界が歪む。
自分が察知できない攻撃が理解できず、揺れた脳で必死に考えていると。
「……ソロン、寝ている場合じゃありませんよ。アストライア様をお助けしましょう」
「ニケ……お前……」
アルバートの視線の先で、ソロンが目を丸くした。
心臓のあった部分に大きな穴の空いた老婆が、まるで生きているかのようにソロンを担ぎ上げた。
「アルバート、退きなさい。私も居ますし、勝ち目はないですよ」
「……もう負けたんだろう、ニキアスに」
「はて。ニキアスと私が戦う? 意味が分かりませんが」
なるほど。とアルバートは頷いた。
ニキアスはニケを殺して、しかし彼女の死体は女神に奪われたと。
しかもニケが居るということは、ニキアスが負けた可能性もある。
「分が悪いのは事実か」
不本意だが、一度退いたほうがいいのは事実だろうな。と彼は震える頭で考えて。
エクスカリバーを取り落したことに気づいた。
「……!」
どこに落とした? と見回していると。
よく知った女がふわっと現れて、光を失ったエクスカリバーの柄を拾い上げた。
「……これは没収ですわね」
「アストライア!!」
アルバートがその名を呼ぶと、彼女は上品にドレスの裾を軽く持ち上げて一礼した。
「お久しぶりですわ」
いちいち癪に障る態度に苛立つ。
身体強化だけでも、こいつを殴り飛ばしてやると拳を握り、息を整えようとする。
しかし女神は微笑んで、手を前に翳した。
「まだ早いですの。アレクシアを呼んでらっしゃいな」
「お前の思い通りに行くものか!」
「んふふ、エクスカリバーを失えば、わたくしは斃せませんのよ?」
この剣なしでは、この都市で神の力も受け取れないでしょう? と挑発的に続ける女神。
アルバートは歯を食いしばって屈辱に耐えて、決断を下す。
「……クソが!!」
立ち上がり、踵を返す。
走り去る背中に、女神が笑いかけた。
「いいこいいこ、ですのよ~」
――
首都から抜け出したアルバートは、先に出ていたニキアスに合流した。
出会い頭に一発殴りつけると、ニキアスはひらりとそれをかわして、呆れた顔で言う。
「待ってくれ。アレクシアへの言い訳を考えているところなんだ。君も考えたほうがいい」
「お前のせいでニケ様まで操られたんだが」
「まぁそうなんだよね。困ったことに」
困ったことに。と顎に手を当てて、ニキアスは考え込む。
ソロンもニケも操られて、更にこの首都の中の民衆は全員アストライアの支配下。
今はなぜか宴を開いて楽しそうに騒いでいるが、おそらく彼女の意志次第で一斉に暴れだすだろう。
それなら仕方ないか。とため息をついた彼は、アルバートを指して言った。
「セルジオスに言っといてくれ。明日、焼き討ちするって」
「……操られている民を巻き込むのか?」
「仕方ないだろ。手段をより好み出来るような状況じゃあない」
ペルサキスの民ですら簡単に犠牲にするこの男に、聞いた自分が馬鹿だった。
そうアルバートが理解した時。彼の視界の端に城が見えた。
「!? 城が……浮いてる!?」
彼は大きく口を開け、愕然とそちらを指差す。
それを見たニキアスはケラケラと笑った。
「おー、良いねその反応。紹介しよう、あれがウチの新兵器、空中要塞アトラースだ」




