第二十一話:百年祭前夜
前回のあらすじ!
空中要塞アトラース。
第一次世界大戦の主役であった空中戦艦の先駆けであり、現代を飛び交う恒星間航行船の先祖とも言える、世界最初の巨大兵器。
直径約1キロ、全高200メートルにも及ぶ巨大な鉄と木の円盤である。重さは推定130万トン。
これを重力下で1時間浮かべるのに必要な電力は、当時原石のまま用いられていた飛石で変換すると約30MWhと、ちょうど自然界で起こる雷一発分の電力に相当する。
アレクシア様は自在に動かしていたと記録に残っているが、現代の魔法使いや魔力発電機では不可能な領域であり(中略)
ペルサキスの民は、アレクシアになら動かせると思っていた。
そう信じていたから、彼女は本当に動かせたのだろう。そうでなければ説明ができない。
――『世界の七不思議を現代科学で暴く』飛山出版 900年 30頁。
本当に悪いと思っている。
ただ、僕には大義があるんですよ。ニケ叔母さん。
――ニキアス=ペルサキスから孫娘エリス=ペルサキスへ。 50年頃。
※晩年、認知症を患った彼が何度も言っていた言葉。エリスは特にニケに似ていたとされ、後年は合衆国海軍初代元帥として遠征に向かい、数々の国を侵略し植民地化した。
裏切り者め!! 地獄に落ちろエリザベス!!
――ムスタカス砦跡の壁に書かれた血文字 帝国暦末頃? 327年、塗装の下から発見。
※現ペルサキス州とランカスター州の境にある重要文化財。当時はニキアスが張り巡らせた暗号通信網の、ペルサキス中心部への送信拠点でもあった。エリザベスは一番最初にここを制圧し、アレクシアやニキアスにランカスターの正確な情報が入らないよう工作したと考えられる。
――帝国暦99年12月、西側諸侯鉱山地帯
「このように。やはりこいつらは、女神に操られた人形。我々意志を持った者たちの、強い心で奴らを打ち倒し、皆で帝国を滅ぼそう」
アルバートの訓示を、西側諸侯の民兵が厳かに聞く。
肩慣らしにと攻め込んだ皇帝直轄の鉱山を簡単に落とし、そこにいた兵士たちを縛り上げた。
思ったより遥かに手応えがなかったことに少し拍子抜けしつつも、それだけ皆が育ったのだと喜んだ彼。
後僅か一ヶ月。新年とともに始まる革命を成し遂げようと、拳を握りしめる。
――
ガブラス領に帰ってきたアルバートが、セルジオスの城を訪れる。
勇者の活躍を聞き及んでいた彼は出迎えると、素直に讃えた。
「素晴らしい成果だな。案外楽勝なんじゃないかこれ」
「あぁ、セルジオス。そうでもないかな。この兵士を見てくれ」
「ん?」
アルバートが背負った袋を下ろす。
水分雑な捕虜の扱いだと閉口したセルジオスであったが、その兵士を観察しようと触れると。
「死体じゃないか。もう見慣れたが、悪趣味にもほどが……うわぁっ!!!」
その冷たさに手を引っ込めて文句を言おうとした彼の腕を、死体が握りしめた。
驚いて震え上がるセルジオスに、アルバートはそっけなく答える。
「女神は死体を操るのが得意と見える。殺した兵士が立ち上がってきた時は俺も流石に驚いたがな」
「ま、まずは助けてくれないか!?」
あぁ。と兵士の頭を握りつぶす。
思わず後ろを向いて嘔吐するセルジオスの背後、その死体は砂になって崩れた。
「文字通り、命の絞りカスになるまで……悪趣味なのは女神の趣味だな」
「勘弁してくれよ。私は君とは違って普通の人間なんだから」
服についた砂を振り払って、まだ嘔吐感の残る気持ち悪さにツバを吐き、セルジオスは心底嫌そうに語る。
それを聞いたアルバートは、彼を諭すように穏やかな声で言った。
「俺も含めて皆、普通の人間だよセルジオス。そもそもお前は『普通の人間』が人間らしく生きられるように、スコルピウスを立ち上げたんだろうに」
「まぁそれはそうだが。思っていたよりも、現実は恐ろしいものだとよく分かった……」
「現実といえば、アレクシアからも独立を保つんだろ。女神よりよっぽど狡猾だぞあいつは」
アルバートはアレクシアを素直に評価する。
単純に圧倒的な神の力だけではなく、彼女は商売を通じて敵を拘束するし、次々と見たこともない発明品を放り込んでくる。
傍らのニキアスだって、本気で殺そうとした自分からも逃げおおせたほどの実力者であり、大軍の運用であれば恐らく帝国で右に出る者はいない。
「……アレクシア様のがよっぽど楽さ」
「何か、策でもあるのか?」
力で対抗することしか考えていなかったアルバートは、セルジオスの意図を理解できなかった。
しかし、セルジオスはアルバートに説明はしない。勇者に神話になってもらえれば、その後は生きていようが死んでいようがどちらでも構わないのだ。
(女神に負けたら終わりだが、アレクシアになら、君は負けてもいいんだよ。アルバート)
「君には悪いが……アレクシア様は力で倒す必要のない相手だからさ。なんたって名君だからね」
自分の目的はあくまでも民主主義を成立させること。アレクシアにとっては疫病も同然だろうが、彼女が名君であればあるほど、一度流れができたら逆らえない。
セルジオスはそこまでは口に出さなかったが、アルバートの顔は曇った。
名君とは、その通りだろう。とアルバートは思いつつも、話題を切り替える。
「……まぁいい。とりあえずお前たち貴族は百年祭への招待を受けるんだろ」
「勿論。首都のスコルピウスはもうダメだろうが……君が女神のところまで行けるように時間を稼ぐ努力をしよう」
「助かる。こちらの兵は二手に分けて……イクトゥスに西部の制圧……俺が中央への侵攻を見る。寄せ集めの民兵ばかりだが、ペルサキスから武器の供与も来てるから大丈夫だろう」
そう言って、アルバートは手を差し出す。
セルジオスと固く握手を交わすと、二人は革命の成就を祈った。
――その夜
遅くまで打ち合わせをして、家路を急ぐアルバート。
一人の女が声をかけた。
「アル。いい夜ですね」
「……ミランか。何をしに来たんだ」
「食事のお誘いですよ。夕食がまだでしょ?」
確かに、そうだな。と、空腹を覚えた彼。
素直に彼女の提案に乗ると、近くの料理屋に入った。
「……干物しかないんですね」
「贅沢を言うな。食べられるだけでありがたいと思え」
がっかりしたように呟くミランに、アルバートが釘を刺す。
睨まれた彼女は渋々魚の干物を口に運ぶと、美味しくなさそうに食器を置いた。
「しばらくペルサキスに居たんですよ」
向こうの食事は良かったんですよねぇ。エビフライとか。と愚痴る彼女を、彼は再び睨みつける。
その視線を受けて、やれやれ……とぼやきつつ彼女は続けた。
「ペルサキスは、とんでもない兵器作ってますよ」
「……とんでもない兵器?」
アルバートが聞き返す。
彼女は身振り手振りでその巨大さを表現しようとして諦めて、目撃したアトラースについて語る。
「文字通り空に浮かぶ城ですよ。そこからプテラノドン部隊が飛び立ったりしてて。設計図は写せたんですが、まるで意味が分かりませんでしたし……」
「空に浮かぶ城、ねぇ……確かにとんでもないが、それで女神に勝てるのか?」
「……あれはアレクシアなりの回答ですよ。女神の本拠地に乗り込む上で、自分の本拠地をぶつけてやろうっていう」
神の力を行使する上で、自分を崇拝するものは多ければ多いほど都合がいい。
だからこそ、象徴である城を持っていくのだ。と、ミランは語った。
「貴方のエクスカリバーみたいな派手なものは無かったわけですし。あの城が浮かんでいる所は彼女の本拠地である、という魔術的な意味が大きいでしょうねぇ」
「……なるほどな」
「とはいえ貴方にはエクスカリバーに加えて、聖女の左腕もあります。民の力も女神の力も得られる貴方が一番強いことに変わりはありませんよ」
ミランは笑顔を向ける。
アルバートはしばらく考え込んで、ふと浮かんだ疑問を尋ねた。
「左腕を俺が持っていることは知らないのか?」
「勿論。偽物を置いてきましたし。どう考えてもバレる要素ないですよ」
似たような魔力を持っている、似たようなもの。
今のペルサキス城の保管庫にはミランが自ら切り落とした、彼女の左腕が置かれている。
当然アルバートはそれを知らないから、自信満々に語る彼女の話を眉をひそめて聞いていた。
「……まぁいいんだが。女神を倒したら……彼女に向かっていた神の力はどうなるんだ?」
「良い疑問ですねアル。左腕を渡したのは、行き場を失った力が貴方に向かうようにした……という理由ですよ。貴方はそれを悪用できそうにないですし」
現に女神の奇跡を使ってませんしね。と続けると、アルバートは心底嫌そうな顔をした。
「使ってたら、こっちだって呪われてただろ。とんでもない物を渡しやがって、ランカスターに行った時に埋葬しておけばよかった」
「結果論ですよ。そこまでは知りませんでしたし……」
言い訳をするミランに、アルバートは軽く舌打ちをして。
「革命が終わったら、ミラクとの手は切りたいもんだな」
代金を置くと、もう寝ると言って席を立つ。
その背中に手を振って、ミランは呟いた。
「嫌われちゃいましたねぇ」
――同時期、ペルサキス城
「……なんか違くない? ですの?」
「僕には違いが分からないんだが……」
隻腕の聖女、ニキアスが切り落としたアンナの左腕を保管庫から出してきて、首をかしげるアレクシア。
これからの決戦に備えて使えるものは全て使うと、記憶の彼方にあったそれを思い出して出してきたのだが。
「んー。言葉にするのは難しいのですが……違う気がしますわ?」
女神の呪いに触れた彼女だけが、その違和感を覚えていた。
確かに神の力を感じるのだが、弱いというか……違う、というのがふさわしい。
「腐らない死体が、そう何個もあったらおかしいんじゃないかな」
「そうですけれど……うーん」
「来週には出発しないといけないんだ。今から研究している時間はないよ」
「もうちょっと早くやっておけば良かったですわねぇ……」
ニキアスはあまり気にしていないようだったが、アレクシアはひたすら首を傾げる。
結局その違和感の正体に気づいたのは百年祭が終わってからだった。




