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第十九話:聖女の本性

前回のあらすじ!!



結局、俺は貴族と何が違うのだろう。

奪って殺して、仲間に配る……それしかしていない。


――アルバートの日記 帝国暦99年8月頃



 帝国暦末の猛暑は、新暦3年の冷夏よりは遥かに被害が少なかったという。

 ただし、飢饉で支持を失った皇帝アポロン4世と、その後の大飢饉を乗り越えたアレクシアには大きな違いがある。

 彼女の食料配給は実に計算しつくされていて、栄養が偏らないように配慮されていた。

 試しに著者も当時の記録を再現して3日ほど生活してみたのだが、味付けの物足りなさと空腹をひどく感じはしたが、少なくとも体調に問題はなく過ごせたのだ。


「だいたいのものは煮るか焼くかすれば食べられますの」


 木の根を齧りながらそう豪語したというアレクシア。自分で様々なレシピを開発し、あらゆる物を食材とした彼女のおかげで、合衆国は最初で最大の危機を乗り越えたと言っても過言ではないだろう。

 事実、今我が国でも一般的に食べられているキノコや山菜、山芋などは、ほとんどこの時代に調理法が考案されたものだ。

(中略)

 当時配布された彼女のレシピ本にはこう書かれている。(何故か彼女を模した可愛らしい女の子の妖精が調理法を教えるという独特な形式で、著者は何度か吹き出したのだが。)


”かつての帝国は、未知のものに価値を見出しませんでした。これからの人類は、あらゆる可能性を自ら確かめるべきなのです”


 今では法に触れるレシピも多数あるのだが、彼女の度胸と合衆国人の探究心には敬意を表したい。


――赤羽 早苗著『悪食帝国~合衆国料理の裏事情~』 和泉出版 895年 132~140頁より抜粋

――帝国暦99年9月中旬


 大くの餓死者を出した西側諸侯。

 9月に入って少し涼しくなると魚がとれるようになり、余るほどとれたモロコシの支援を受けてある程度立ち直った西側諸侯。

 アルバートら密輸部隊は民からの尊敬と敬愛を受けて。それと同時にクセナキス家や中央の商人たちに命を狙われて。

 ただ彼は身を隠すことなく堂々と帝国からの独立を謳い、そのために団結し命を賭けようと訴えかけている。

 今日の演説が終わり、広場で人々に読み書きを教え、日が沈んだ頃にやっと家に帰ったアルバートは一人つぶやいた。


「シェアト様には感謝だな。船乗り病だから、果物は必須だし。アレクシアにも今回ばかりは……」


 素直な感謝の気持ちはありつつも苦い顔をする。

 彼も漁師の心得はあるからアレクシアの気遣いを理解できてはいたが、領民はあまり理解していないようだった。

 特に職業柄普段は塩を多く摂る鉱夫たちを中心に、甘いものばかりでなくパンを食べさせろと訴える民も居て、彼は閉口していた。


「文句言える立場でもないんだがな。まぁ、アレクシアは皇族だし、何をするにもケチを付けたいんだろうが」


「いずれ感謝する日が来ますよ」


 アルバートが愚痴っているといきなり家の戸が開き、シェアトが入ってきた。

 そちらの方に視線を向けると、彼女はため息をついて言葉を続ける。

 

「ちゃんと扉は叩きました。それで、どうでしょうか調子は」


「シェアト様。支援に感謝はしていますが、俺個人の決意は別ですよ」


「……そうでしょうね」


 シェアトはがっかりした顔をして、彼の決意は変わらないんだろうなと改めて理解した。

 とはいえ彼女も説得しに来たのではなく、西側諸侯との会談をした帰りに顔を見に来たところ。


「セルジオスさんは、我々やペルサキスとの付き合いに前向きでしたよ」


 どうかな。とアルバートは鼻を鳴らす。

 いずれにせよアレクシアの庇護下に入ることを、セルジオスは満足しないだろう。

 それを確信していた彼は、シェアトの言葉を笑い飛ばした。


「良き隣人としての付き合いでしょう。それはシェアト様も分かっているのでは」


「……否定はしませんけれど」


 こんな非常事態でもなければ、西側諸侯は独立しても食べていける。

 皇帝や中央貴族から鉱山を取り戻せば、その豊富な鉱山資源でペルサキスや、鉱山地帯のアディルを噴火で失った連合国とも対等にやりあうことはできるだろうと、シェアトも理解している。

 彼女は少し考えて、話を打ち切った。


「止めましょうか。今日は世間話をしに来ただけですし」


「本当にそうですか?」


 すんなり諦めたシェアトの様子に、アルバートが尋ねる。

 彼女は短くため息をつくと、仕方なくとばかりに話しだした。


「あなたには諦めて貰いたいんです。恩人であり、友人ですから。でも仕方ないですし、首都の様子を少し教えておきますよ」


 そう言って、彼女は言葉を続ける。



――帝国暦99年8月、オーリオーン城



「頃合いでしょう。貴方の手下は、随分良くやってくれました」


 貴族商人の暴走による、西側諸侯への極端な圧力。

 飢饉の夏を過ごしているというのに不満一つ漏らさない庶民。

 不気味なほど静かな玉座の間で、皇帝アポロン四世はその理由をついに知った。


「アストライア!! 貴様!! 裏切っていたのか!!」


「裏切った、というのは適切ではありませんわね。できることをしていた、というところですわ」


 聖女の胸ぐらを掴んで怒鳴る皇帝を、涼しげな顔で見つめ返して。

 城外から聞こえる喧騒が届く中、二人は玉座の間に居た。

 周りの兵士は皆生気のないうつろな顔。そしてかすかに聞こえる民衆の声。


「「アストライア様、万歳!! 皇帝を殺せ!! オーリオーンの末裔を根絶やしにしろ!!」」


 帝国軍の兵士すら混じったその顔ぶれは、皆焦点の定まらない瞳で。

 血反吐を吐くほどに声を張り上げても意に介さず、亡者のような民衆が城を取り囲んでいた。


「んふふ。治癒の奇跡なんて、何の代償もなく受けられるものでもないのですわ」


「……貴様への信仰は俺の力でもあるのだぞ!」


「だから、首都の民衆を操ってあげたんじゃあないですの。まぁ、ちょっと壊れてしまいましたが」


 アストライアはそっけなく言い放つ。

 皇帝は彼女の首を締め上げて怒鳴り続けた。


「悪魔の薬と何が違う!!」


「わたくしが解けば、元通りですわ。アレクシアを釣るための餌として、皇帝陛下にはまだ健在で居てもらわなければいけませんし」


 首を絞められて尚涼しい顔で、聖女は微笑む。

 皇帝は彼女の真意を全て理解して、愕然とした顔で彼女を落とした。


「……貴様は、最初から協力する気など……」


「現人神は一人でいいのですわ。それに貴方は厄介ですので、力を傾かせておこうと」


 厄介だと言われ、皇帝は思い出す。

 神祖アポロンの書の記述にあった、アストライアが天秤の女神とされる所以。


「わたくしは公平でないといけないので。本当に面倒なことに。まぁつまり……今この首都で皇帝陛下は……」


「民の意志を使って天秤を傾かせたのか……! 俺に不利なように!」


 ニタニタと笑って、立ち上がったアストライアは頷いた。

 今は自分が民を背負っていて、本来民を背負うべき皇帝は何も無い。

 つまり皇帝であるためには何かを差し出さなくてはいけないと迫る。


「というわけで、貴方にはわたくしの人形になっていただくと言うことで。百年祭の成功、お祈りしておりますわ」


「ッ! ソロン!! 手伝え!!」


 腹心であるソロンを呼ぶ。

 しかしのそのそと歩いてきた彼はうつろな目で皇帝を見ると、抑揚のない声で言い放つ。


「アストライア様。皇帝陛下はお疲れのようです。別室にご案内致します」


「彼もわたくしの力を分け与えられていますのよ」


 その声に、皇帝は一度目を閉じて。

 もうすでに味方は誰も居ないと確信して。


「仕方ない。俺がやるしか無いか」


 静かに魔法を唱える。


「天空の柱。大いなる輝き。神の一振り……」


 大気が震え、周囲の兵士やソロンが床に転がる。

 皇帝は手を天に翳し、虚空から剣を引き抜くように構えた。


「聖剣、コールブランド」


 その虹色に輝く光の剣を見たアストライアは、笑いながら手を叩く。

 皇帝の気迫を意にも介さず、彼女は挑発するように嘲った。


「まがい物の聖剣ごときで、わたくしは斬れませんのよ?」


「やってみなければ分からんだろうが!」


 嘲る声を一喝して、皇帝が飛ぶ。

 聖女は事も無げに光の剣に右手を伸ばすと、穏やかな声で告げた。


「おやすみなさい、アポロン4世。貴方の帝国はもう、わたくしが継ぎますので」


 光の剣が砕け散り、皇帝は床に崩れ落ちた。



――



 その一部始終を、城に隠れていた皇太子ベネディクトが見ていた。

 彼は大急ぎで城を抜け出すと、ソロンの息子アイオロスの屋敷を訪ねる。

 春に帰ってきて以来絵描きに熱中していて、外の事情を全く知らなかったアイオロスは息を切らして現れた彼に驚くと、茶を用意した。


「お前は聖女の顔すら見ていないから、彼女の影響はないと思ってな……」


 安堵のため息をついて、ベネディクトの話を聞く。

 一通り聞き終わったところで、アイオロスは穏やかに笑った。


「ふぅむ。なるほど。とりあえずここから逃れたほうがいいかと」


「どこへ行けと言うんだ。私だって皇族だぞ、次期皇帝だ。どうやって立ち向かうかが……」


 焦ったように早口でまくしたてるベネディクト。

 アイオロスは彼の顔に手の平を向けて、それを制した。


「生きているだけで十分でしょう。私だって痛いほどそれをよく知っておりますから」


「それでも貴族か!」


 自分のせいで何千人も死んだ。

 それを理解しているし、目の前の次期皇帝が元々父の傀儡であることを知っていたし。

 アイオロスの心には、ベネディクトの焦りなどどうでも良かった。


「失礼ながら殿下、貴方に私を叱る資格は無いと思いますがね。支配者が代わる程度、もう芸術の道を歩む私には関係のないこと……馬車を差し上げますから、ご家族を連れて行くとよろしいでしょうな」


 まるで父がそうするように、ベネディクトの心をえぐって。

 穏やかな表情のまま、アイオロスは帝国を見限った。


「……わかった」


 彼を動かすのは無理だろう。

 そう確信したベネディクトは歯を食いしばり、素直に馬車に乗って。

 

「……アレクシアのところへ行くしかないか」


 家族を連れて、ペルサキスへ向かった。



――十日後、ペルサキス城、玉座の間



 いつもどおりの謁見を終えて、ぼちぼち執務室で仕事を……と思っていたところの二人。

 ベネディクトが来た。との知らせを受けて、思わず水を吹き出した。


「どぉぉぉぉぉぉのツラ下げてここに来たんですの!?」


「まぁまぁアレクシア、家族連れて来るなんて相当なんだからさ……。まぁ僕としても殺したいとこだけど」


 ものすごい顔で怒鳴るアレクシアを、ニキアスが真顔で止める。

 切羽詰まった様子らしいし、話くらいは聞いてやるかと仕方なく応接室に通してしばらく待たせて。


「本当に会いますの? 嫌ですのよ? 殺しちゃうかもしれませんし」


「ちゃんと僕も行くからさ……武器は置いてくよ。殺しちゃうかもしれないし」


 扉の前で困ったように話し合う二人の声を微かに聞いて、ベネディクトは震え上がる。

 恨まれるだけのことはしていると、項垂れて待つ彼の元へ、妹夫妻が現れた。


「……」


「……妻はお話したくない、とのことで。私が代わりに話しますよ殿下」


 むすっとした顔で睨みつけるアレクシアと、鋭い目線を送るニキアスに居心地の悪さを覚えつつ、ベネディクトは床に身体を投げ出すと、頭を地につけた。


「ペルサキスご夫妻に、お願いがあります。隻腕の聖女を倒してほしいのです」


「え、今なんて?」


「隻腕の聖女アストライア。奴は皇帝を騙す毒婦でございました。首都の民を操り、皇帝を操り、帝国を奪った彼女を、なんとかして殺してほしいのです」


 彼から全てを聞いた二人は、心底驚いていた。

 皇帝と聖女はグルで、お互いの利益のためにアレクシアを狙っていたはず。

 それが……


「回答については、こちらで裏を取るまで保留しますよ殿下」


 ニキアスが話す。

 ずっと黙って考え込んでいたアレクシアに、兄が恐る恐る声をかけた。


「アレクシア。本当は、皇帝陛下はお前に継がせたかったんだとだけは言っておく。だからお前には……」


 帝国の民を救う義務がある。そう、ベネディクトは言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 いきなりアレクシアの髪が虹色に輝きだして、彼の声を封じたから。


「お兄様。わたくしは怒っていますのよ。貴方さえ居なければ、わたくしが円満に皇帝を継いで。貴方さえ居なければ、心に傷を負うこともなく。貴方さえ居なければ、お父様がアストライアとかいう害虫を帝国に引き入れることもなかった」


 段々と輝きを増していく髪。

 彼女の周りで紫電が弾けて、ニキアスは彼女対策の木の板を横に置く。

 ベネディクトは彼女の表情が曇っていくのを見て、背筋が凍った。


「それに、どのツラ下げてここに居ますの? 次期皇帝が臣民を見捨てて、追い出したわたくしに助力を請う? 滑稽ですわ。貴方、何ならできますの?」


 問い詰めるアレクシアに何も言えず、ベネディクトはただただ頭を擦り付ける。

 しばらく見下ろしていたアレクシアは、つまらなさそうにため息をついて言い放った。


「もういいですわ。……ニキアス、こいつを適当な土地に。家族は保護してやりましょう」


「……分かった」


 怒っているアレクシアには何を言っても無駄だと分かっている彼は、ベネディクトに頭を上げさせて。

 兵士に支えられて去っていった彼を見送ると、妻の横に腰掛けた。


「怒っていると言っていたが……雷を落とさなかっただけ、君は冷静みたいだけどね」


「一応、兄ですし」


 短く言うアレクシア。

 彼女の美しい横顔が、怒りというよりも悲しみに溢れているように見えて、ニキアスは俯いた。


「皇帝陛下のことは、そんなに嫌ってないみたいだね」


「ずっと、不思議に思っていたんですの。わたくしを自由にさせて、帝国に反乱ができるほどの力を付けさせたこと。あの薬を目にしてやっと、ゼノンを送り込んできたこと」


 あぁ、これはやはり逆恨みだったのか。と、アレクシアは泣き出しそうな声で顔を覆う。

 父は本当は、帝国を兄と共に再興する事を望んでいたのかもしれない。そのために自分を戦争で疲弊したペルサキスに送り込んで、力を付けさせようとしたのかもしれない。


 ただ自分はその意志を裏切っていて。


 この二年程ずっと、頭の片隅に引っかかり続けたその考えに気づかなかったことにして、父の鼻をあかしてやろうとしてきたのに。


「今更手遅れですのよ……」


 どうしてこんなことになるのか。

 弱々しく嘆く彼女の肩に手を回して、ニキアスは静かに囁いた。


「やることは変わらないだろう。君は帝国の簒奪者から後継者になるわけで、むしろ都合がいいんじゃないか」


 普段の自分なら、その言葉に喜んでうなずいただろう。

 しかしアレクシアはそう考えていても、感傷的になっている今は無理だと彼の手をどけた。


「今は、気分が良くないですわ。食事をしてから考え直しますの」


――


(……今更、どこに戻れると言うんですの? それにお父様はもう……)


 満腹になってから気を取り直した彼女は、すぐにシェアトとエリザベスを呼びつけて事情を説明すると、西側諸侯との会談を命じた。

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