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第十五話:聖女の左手

前回のあらすじ!!



神祖の遺した文献を全て漁ったが、女神の娘についての記述は一切なかった。

アストライアに直接聞いても、はぐらかすように笑うだけで……


――アポロン4世の手記 帝国暦末頃



子共に遺していないなら、私が教える義理もないでしょう。

彼は最期まで誰にも言いませんでしたから。

ディケーが私の予備の身体でしかないと気づいたことを。

呪いさえ弱めれば安全に彼女を葬ることができると賭けに出て、自分の命を失ったことを。


――隻腕の聖女アストライアの手記 同上



アルバートの価値も分からずにランカスターの再興だけを夢見ている、エリザベスのような愚か者の下で彼を働かせるよりも、彼が我々とともに行く事がどれだけこの帝国の未来にとって良いことか。

彼は新しき国の象徴になるべき男だし(中略)

……恥ずかしながら理想を長々と書き連ねてしまった。しかし一番の問題は、共に戦うペルサキスか。

敵の敵とはいえ、価値観を共有しない味方というのは厄介なものだな。


――セルジオス=ガブラスの手記 同上

――ミランが開けた袋の中身は。


「……お前、これをどこで」


「ペルサキスですよ。大事に保管されていたので、まぁちょいちょいと」


 開けられた中身に、セルジオスが顔をしかめ、アルバートはミランを睨みつける。

 薬指に金の指輪が嵌められた女の左腕。生きていたときのような瑞々しさを持ち、触ると体温すら感じる。


「趣味が悪いな。何だこれは」


 セルジオスが聞くと、ミランは冷静な顔でアルバートの方を一度ちらりと見てから言葉を返した。


「隻腕の聖女の左腕ですよ。アルにとっては、別のものでしょうけれど」


「……まるで生きてるみたいじゃないか。気持ち悪い……」


「そりゃあまぁ、本人が生きてますからね。ともかく、これは役に立つと思いますよ」


 アルバートは黙ったままミランを睨みつける。

 便利な道具だと言わんばかりのミランの口調に苛立ちを隠せない彼は、つま先で床を叩きながら二人の話を聞いていた。


「これが何の役に立つ?」


「この左腕を通して、彼女の奇跡の一部が使えるでしょうね。非常に大きな魔力を持ったものですから」


「聖女のか。治癒の奇跡とかいうやつだな。この手に触れれば……」


「ダメですよ勝手に触っちゃ。これはアルの奥さんの腕なので、彼の許可がないと」


 ん? と首を傾げて、アルバートの方を向くセルジオス。

 アルバートは仕方ない、といったふうに話を始めた。


「隻腕の聖女は俺の妻だ。正確には、俺の妻の死体を操っている女神だがな」


「……君の口から、それを聞いたことはなかったな」


「その必要はないと判断しただけだ」


 口にしたくもなかったからな。と前置きをして、アルバートは話す。

 途中でミランが、隻腕の聖女アストライアがミラクで信仰されている女神本人だと補足して、セルジオスは納得した表情で頷いた。


「なるほど。いや、私には手の届かない話だね。君の役割だろうから、それは任せるよ。私達は生きている民の未来を作るために行動しているのだからね」


 セルジオスはあっさりと理解を放棄した。彼にとっては女神だの皇帝だのは心底どうでもいいことで、帝国が滅んだ後の未来にしか興味がなかったからだ。

 彼はアルバートの肩を叩くと、明るい顔で責任を押し付けた。


「私達が革命を起こす相手は帝国という政治体制そのものであり、皇帝の取り巻きだからね。一番上を倒すのは君に任せるさ」


「元々そのつもりだ。ガブラス公、感謝する」


「もちろん皇帝や女神を倒すってなら箔が付くし、君がやってのけることに関しては最大限尊重するよ。勇者様」


 セルジオスは笑い、アルバートは頷いた。

 全く興味がないのだろうな。ガブラス公は。とアルバートはこの現実至上主義者が、ある意味で一番ありがたい協力者だと理解した。

 ただセルジオスはアルバートの表情を読み取って、弁明するように自分の考えを述べる。


「おいおい、別に私も女神の奇跡だとかそういうものを嫌いなわけじゃないよ。ただ、これからは民が、我々が自分自身で国の行末を決めていくと言うのだから、そんなものは不要だというだけの話だ。その左腕も、アルバートがどうするか決めたらいい」


 首をすくめるセルジオス。アルバートはミランの方を向いて言った。


「こういう奴だ。ガブラス公は。一番信用できるよ」


「どうでしょ。力に魅せられれば人は変わりますよ」


 ミランは臆せずに言う。

 かの神祖アポロンのように、強大な女神の呪いを統治システムに組み込んだ者も居る。

 彼以来人間を信用することを止めた女神の娘は、おどけるように首をすくめた。

 その失礼とも言える態度にセルジオスは一瞬眉をひそめたが、後に民主主義の父と呼ばれる彼の意志は死ぬまで変わらなかった。


「で? 話は終わりかな。ペルサキスが裏切る心配がないと言うだけで価値のある情報だった。感謝するよミラン。私は外すから、この部屋は好きに使ってくれ」


「えぇ、今後ともご贔屓に。あぁ、イクトゥスさんにもよろしくとお伝え下さい。彼の火薬は良質なので」


 唐突にイクトゥスの名前を呼んだミランに、セルジオスは目を丸くした。

 帝国中で凶悪犯として指名手配されている彼が何をしているか知っている。その諜報力を見せびらかすように話す彼女に、彼は苦笑いで答える。


「やはり、指名手配ではごまかせなかったな?」


「黒色火薬の製法はウチから流出させたものですよ。ただご安心を。彼が捕まっては我々も貴重な鉱山を失うので」


「連合国でもとびきり嫌われるわけだ、君たちミラクは。将来、敵に回らないことを祈るよ」


 セルジオスの爽やかな嫌味を軽やかに聞き流したミランは、彼が去っていくのを見送ってアルバートと向かい合う。


「さて、ここからがあなたのお話ですね。アル、先に何が聞きたいか話してもらえたら」


「なぜ、アンナの腕が生きている?」


 やっぱりそれですよね。と相づちを打ったミランは、手元の茶を一口飲んで話し始めた。


「あなたの奥様の存在自体に加護が掛かっていますから、そのせいでしょうね。今のその腕は、女神とあなたをつなぐ大事な物。あなたが女神と戦う時、きっと役に立つでしょう」


「お前はどこまで知っている?」


「知っていることだけですよ。それに私は私の目的のために、あなたに情報を売らないという選択肢があるということをお忘れなく」


 何かを示唆するような物言いに、アルバートが眉間に皺を寄せる。

 ミランは彼を挑発するように返して、更に付け加えた。


「この腕を盗み出したのは、一度救われたお礼です。王女の救出の対価はここから先の情報です」


「聞かせろ」


 アンナの腕を大事に抱えて、アルバートは苛立ちを隠さずに聞く。


「今のアレクシアは完全に女神アストライアと同等の力を持っています。彼女を倒さなければ、アストライアを完全に倒すことはできないでしょうね」


「……どういうことだ?」


「言葉通りの意味ですよ。彼女は神の力を……科学的に? というのでしょうか。解明しましたからね。もう既に彼女は女神の器として十分以上に機能していますから、きっとアストライアを討伐しても、彼女が次のアストライアになるでしょう」


 ミランは、協力を求めたアレクシアも、アルバートも欺いた。

 自分の母親を殺すことができるとしたらこの二人しかないし、女神の呪いによって産まれたふたつの神の器が、女神の死後も残っていたらまたいつか蘇るかもしれない。

 自分にかけられた加護が解けないかもしれないと考えた彼女は、憎い母親と同じくふたりを殺し合わせることを選ぶ。


「おかしいな。お前たちミラクは女神の信徒のはずだが」


「ふふっ。それはほとんどの人がそうというだけで、私は違いますよ」


 アルバートの指摘をミランは笑い飛ばす。

 自分はただ不老不死の丁度いい神輿。だから女神の娘であることを理由に女王とされているに過ぎないと、彼女は自分を評価していた。

 しかしミランの正体を知らないアルバートは半信半疑で答える。


「……お前は信用できない。ただ、嘘は言っていないように聞こえる」


 身体感覚が並外れて鋭敏なアルバートは、人の表情や仕草からなんとなく嘘を見抜くことができる。

 ただ彼の勘には、ミランが嘘を言っているようには見えなかった。

 もちろん彼女も嘘は言っていない。真実を隠しているだけなのだが。

 少し気まずく沈黙が流れて、彼女は次の話題に切り替えた。


「それじゃあ、次は皇帝と聖女の関係については聞きたくありませんか?」


「……シェアト様が掴んだ情報か」


「いいえ、彼女は何も掴めなかったようですね。ただ……記憶を消されたようですが」


 記憶を消す? とアルバートが首をひねる。


「皇帝の魔法じゃないですかね。原理は知りませんけど。んで、首都での熱心な諜報活動の結果、やはり皇帝と聖女は協力関係にあると見て間違いないですね。皇帝も聖女も、帝国の民から神の力を得る事に関しては互いの利益になりますので」


「その程度なら俺でも理解できる。価値のない情報だ」


 バッサリと言い放ったアルバートに、ミランは苦い顔をして。

 

「じゃあ、これはどうですか。皇帝はアレクシアを暗殺する気です。皇室周りの貴族たちから掴んだ情報から判断したものですが、今帝国中央では新型のドラグーンが配備されています」


 あれは結構痛かったな。とアルバートが呟いて、痛いで済む代物じゃあないんですよねぇ。とミランは呆れた顔をした。


「皇帝は当然、神の力の出どころについては理解していますから、アレクシアをペルサキスから引き離して、自分の本拠地である首都で暗殺するでしょう。ではアル、それに適切な場は?」


「……百年祭だろ。アレクシアは出なければならないからな」


「その通りです。あなた達が百年祭で反乱を企てていることは知っていますが、大きなチャンスではないですか?」


 完全な神の力を行使できないアレクシアを、百年祭で殺す。

 そして百年祭を台無しにして皇帝や女神の力が弱れば、そこに勝機はある。

 そうアルバートは考えて、ミランの提案の意図を読み取った。


「ペルサキスも百年祭で奇襲を掛ける気で、それにミラクも付き合うのか」


「ウチの議会はペルサキスに協力して皇帝を倒し、女神をミラクに取り戻すことを目的としているので」


「その女神とは、どっちだ?」


「アストライアでもアレクシアでも、どっちでも良いんじゃないですかね?」


 他人事のようにミランは返答した。

 まぁどっちでも良いんだろうな。本当に。自分たちを導く女神を持つことさえできれば誰でもいいんだろうし。と、冷静に分析する。


「ま、あなたにはできれば全て台無しにして欲しいんですよ。アポロンも、アストライアも、アレクシアも全て。そのための力こそがエクスカリバー、神を斬るアーサーの剣ですから」


「…………お前、ただの間者ではなさそうだが」


「あなたにはどうでもいいことで。お互い利用しあうだけの関係でいきましょう」


 そう。そうじゃないと未練が残る。

 情が移って情報を与えすぎてしまっては、きっとアポロンみたいに自分を置いていってしまう。

 ある意味で最も人間を悲観しているミランは、表情を殺して話す。


 その無表情の裏に、泣き出しそうな少女の面影を見たアルバート。


「……それがいい。俺も、お前も」


 アンナの左手を強く握って、ミランの事情を考えないように努力した。

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