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第九話:結婚前夜

前回のあらすじ!



アストライアは答えようともしなかった。

娘が居た? そんな話は一度も聞いたことはない。

なぜ神祖がそれを遺さなかったのか。なぜアストライアが答えようともしないのか。

実に不愉快だが、奴の機嫌をあまり損ねる訳には行かない。

奴こそが帝国の守護神であることに、疑いようがないのが癪に障る。


――アポロン四世の日記 帝国暦99年4月ごろ



「アルバートを指名手配するかだと? ふざけるな。このワシが二度も敗れたと認めるかアホが。それに皇帝陛下が直々に出られて取り逃した、というのは名誉の問題だ」


「ならば、ペルサキスからの賠償で手を打ちましょうか」


「それしかないだろう。奴らが素直に払うとも思えんから、アルフェラッツからはできる限り絞っておけ。そちらはペルサキスから口を出す名分がないからな」


――帝国議会議事録 帝国暦99年5月



父に見放された。と私が感じたのはいつからだったか。

アレクシアが五歳の頃には、既に神童であった彼女に両親ともつきっきりだった気もする。

私は一体、何なのだろうか。皇帝アポロン五世として、何をしたら良いのだろうか。


――ベネディクト=オーリオーンの日記 帝国暦100年1月11日

――帝国暦99年5月、ペルサキス城執務室



「…………明日の結婚式、お父様は怪我の治療で来ませんって」


「暗殺する気はなかったんだけどね」


 半年後に思いっきり戦争をふっかけるつもりでいながら、アレクシアはしゅんとした表情で話す。

 ニキアスは物騒な事を言いながら、少し残念そうに相槌を打った。


「まぁ、それはそれとして……ソロンからのこれ、どうしますの?」


「ウチは無関係だしなぁ今回は本当に。アルフェラッツ王が謝罪に行ってうちの無関係を弁護してくれたし、一応リブラの撤退で手を打ってくれたけど……まぁアルバートが絡んでたらこうもなるよねぇ」


 シェアトの事情とは別に、アルバートが連合国人と手を組んで首都で大暴れしたこと。

 その責任を引き受ける格好となったペルサキスは、法外な額の賠償を請求されていた。


「……支払いを徹底的に遅らせて、戦争して踏み倒す。もうこれしか無いですわ」


 アレクシアはため息をついて、首を振る。

 

「うーん……どうしようかなぁ。ちょっとアルフェラッツ王のところ行ってこようか。最悪ハイマ大河で小競り合いして、支払いできないとか言っておく?」


 まーた自作自演か。とニキアスは苦笑いで考えを話す。

 アレクシアはしばらくそのアイディアが適正かどうかを考えて、何も思いつかなかったようで首を縦に振った。


「んー。シェアトの容態を聞く限りでは、アルフェラッツ王が激怒してふっかけてきて……ペルサキスが盾になっていて忙しい、というのは筋が通りますが……どうしましょうかねぇ……」


 一旦頷いたは良いものの、どうかなと逡巡するアレクシア。

 救出されたシェアトの容態について、彼女は実際に見ているから理解もできる。

 

 ペルサキスの港に到着した彼女の様子はひどいもので、直ちに城の医者に診せた診察結果を彼女は所持していたが、ニキアスに話せる内容ではなかった。



―― 一週間ほど前、ペルサキス城医務室



 ぼーっとしたようにベッドに座り込むシェアトと、その横で診断書を読むアレクシア。

 唐突に扉が開き、アルフェラッツから急ぎ来た王妃が彼女の横に立つ。


「…………王妃、これが診断結果ですわ」


 シェアトについて、ペルサキスの女医がまとめた診断書を渡す。

 先に読んでいたアレクシアが絶句するような、凄惨な記録を見せられた王妃はこめかみに青筋を立てて、怒りを噛み殺した表情で彼女に礼を言った。


「失明、難聴、記憶障害、それに全身に噛み傷、暴行の痕……悪いんだけどアレクシアちゃん、これをやったのはあなたのお父さんよね?」


「……お父様は暴行はしていないと思いますが……まぁ牢の兵士については……」


 一応皇后陛下が亡くなって以来浮いた話の一つも聞いたこと無いし。と父親の行為について最低限の弁解だけをしたアレクシアは言葉少なく、怒りに震える王妃から目を逸らす。


「そう、そうね。ディミトラちゃん一筋だったものね。ってそんな事はどうでもいいわよ!!!」


 王妃の飛ばす唾を黙って浴びて、アレクシアはシェアトの身に起こった不幸を悲しんでいた。

 いや、生きていただけ良かったのだろうと考えてみても、それでも悲しみと怒りが押し寄せる。


「もういいわ。帝国との和平は白紙よ。旦那が戻り次第再戦するわ」


「以前言っていた、ペルサキスとの秘密協定については……」


「あなたたち帝国人を信用しろと?」


 何も言い返せず、アレクシアは押し黙る。

 

「シェアトがああなった以上、アレクシアちゃん、貴方はこちらではただの敵よ」


「わたくしだって! シェアトの友人ですのよ!? しかも初めて、わたくしと同じ歳で、わたくしと同じ立場にいてくれた……だから手を貸したんですのよ!」


 王妃の糾弾に、アレクシアは思わず感情的になって言い返した。

 本来なら少しの得も無いのに船を貸して、それに治療までしたと怒鳴り散らし、王妃と睨み合う。

 その本気の瞳を見据えた王妃は冷静になってため息をついた。


「ごめんなさいね。あなたにとってもそうだもんね。年を取ったらすぐ感情的になって良くないわ……」


「ですので王妃、帝国との戦争はもう少し待ってほしいんですの。百年祭で反乱を計画しているので、そのときに。必ず勝ちますので」


 正直現時点では勝ち目は薄い。ただ準備さえ整えば。とニキアス以外には初めて包み隠さず話し、アレクシアは信用を得るために懇願する。

 自分でも珍しいほどに、他人のために怒っているんだなと感じた彼女の顔を、王妃はじっと見て、納得した。


「……珍しいわね。あなたが計算してなさそうなの。わかったわ。旦那にはそう話しておくから、シェアトの身柄を渡して頂戴」


 その発言に、えっ、と声が漏れる。


「ペルサキスで治療したほうがいいのでは。物資も薬も豊富ですのよ」


 その不思議そうな顔への返事を、王妃は笑顔ではぐらかす。


「医療についてはね。こちらのが進んでいるの」


 自分の魔法については一切を言わず、困ったような視線を送るアレクシアの手を振り切り、シェアトを連れて去っていった。



――



 一週間前の出来事を思い出し、アレクシアの顔が曇る。

 シェアトはちゃんと治療されたのだろうか。とはいえあんな状態では寛解するまで何年かかるかと鬱々としていると、執務室の扉を叩く音がした。


「んえ、誰ですの? 今結構重要なはな……」


 そちらに目線を向けたアレクシアは、入ってきた人間の顔に驚き、座ったまま机にへたり込んだ。


「お久しぶりです。どうやらご迷惑をかけたようで……あまり覚えていなくて申し訳ないのですが……」


「シェアト!? あえ、なんで? あの傷で?????」


 一週間しか経ってませんのよ!? とアレクシアが驚愕のあまり立ち上がれなくなっていると、シェアトが後ろから彼女を抱き上げた。


「お母様から聞きました! アレクシア、そんなにわたしのことを! これはもう運命……明日の結婚式、今からでもわたしを隣に!!」


「いやちょっと待てシェアト。僕の結婚式だよ!?」


 とんでもない発言に、ぽかんとしていたニキアスが止めに入る。

 しばらくわいわいとシェアトの回復を祝っていた三人だったが、とりあえず冷静に戻って。

 一旦首都での話を聞けるだけ聞こうと、アレクシアが聞いた。


「……覚えている範囲では、ですが」


 ①聖女がアンナにそっくりだった。②皇帝と聖女が何か話していた。

 ③『あれくしあのにっき』と書かれた書物を皇帝が持っていた。

 という三点しか覚えていない。あとは話したくない記憶しかない。

 そう、机の上に紙を広げて書き記す。


「話したくないところは……まぁわたくしも女ですし。ニキアス、聞いたら殺しますわよ」


 ニキアスは察して押し黙る。

 三点の記憶について、推理していくことにした。


「まず①ですわね。これは……なんでしょ? 全く同じ顔をしていたということですの?」


「えぇ。全く同じ顔でしたし……アンナさんの亡骸はわたしも見ましたが、聖女と同じで左腕がありませんでした」


 彼女の左腕を飛ばし亡骸にした張本人は、依然参加しづらそうに黙っている。


「ふむ……②の皇帝と聖女が何か話していた、ってところを考えるに……うーん」


 飛石の件で、よく考えたらここは自分の常識で図れる世界ではないのだと理解していた彼女。

 むしろ役に立つ知識は違うところにあると踏んで、前世での記憶を引っ張り出す。

 一応、思い当たる物があった。


「お父様がアンナの死体を操って聖女として使っている?」


「まさか。腐るだろうに」


「もう暖かいですしね。それにランカスターまでわざわざ行きます?」


 二人に全否定されたアレクシアは、せっかく常識を取り払った推理をしたというのにと悔しさに震えた。

 じゃあ……ともう一つ思い当たるフシを。


「この世界の幽霊といえばあのクソ女神ですわ。奴がアルバートについていって……アンナの死体を奪った……とか……?」


 途中で言ってて自信がなくなってきたアレクシアの声がしりすぼみに小さくなっていく。

 二人もピンと来ないようで、揃って無言で俯いたが。


「ありえる……女神っていうくらいだし……いや、でもそんなことが……?」


「仮にそうだとすると、皇帝が女神と何か話していたという事になりますね」


「それも理解できねーんですのよ。女神はわたくしの体を奪うのが目的なのに、なんでお父様に取り入ってんですの? 今親子喧嘩の真っ最中ですし、お父様を餌にわたくしをおびき寄せるのは無理だと思いますけれど……」


 親子喧嘩って規模でもないけどね。とニキアスがぼそっと呟いて。

 あ。とアレクシアが口を開ける。


「……なるほど。お父様に取り入って、ペルサキスを攻め滅ぼす気ですわね? 卑怯なことを」


「こっちも不意打ちで攻め滅ぼす気だけどね帝国」


 ニキアス、さっきから貴方はどっちの味方ですの? とアレクシアが眉間に皺を寄せて問い詰める。

 彼はもちろん、横で聞いていたシェアトも一緒に苦笑いでごまかした。


「……まぁいいですわ。そういうもんだとして動きましょう。それで③ですが……」


 アレクシアは渋い顔をして、話しづらそうに口を動かす。


「わたくしの夢日記について言わなければなりませんわねこれは」


 そう言って、一旦執務室を出ていったアレクシア。

 しばらくして戻ってきた彼女の腕の中に、数冊の日記帳が抱えられていた。


「これ、ですわ」


 そう言って見せられたもの。

 ニキアスとシェアトが揃って開いてみるが、なにやら変な文字で書かれた文章がみっしりと書かれたそれを、二人は全く読むことができなかった。


「こっちが原本ですの。本当はもう百冊ほどありますけれど……お父様の持っているのは帝国語に翻訳した、この世界で手っ取り早く使えるものが数冊……ですわね」


 ???と首をかしげる二人。

 彼女は観念した様子でため息をついて、自分の夢のことを話し始めた。


――数時間後


「……なるほどね。君の知識は全て、ここからか」


「……やはりあなたは……あなたこそが女神……」


 ニキアスはなんとなく納得したようなしてないような顔で、シェアトはやはり自分は間違っていなかったと言ったような興奮した顔で感想を述べる。


「だから言いたくなかったんですのよぉぉぉぉ……」


 アレクシアは赤裸々に語った後、頭を抱えて。

 しかし二人はその肩を抱いて微笑んだ。


「君のおかげでここまで来たんだし。何の文句もないよ。だいたい知識があったところで実践できなきゃ意味がないわけだからね。そういう意味で君は素晴らしい統治者だと思う。大学で研究者たちにやらせていることにも納得がいった」


「えぇ。ニキアスさんの言うとおりです。知識は使ってこそ……一生をかけて添い遂げます」


 アレクシアの表情が一気に明るくなって、やっと自分の居場所を見つけられたとでも言うように。

 彼女は二人をそれぞれ抱きしめた。


「じゃあ、というのもアレですが。百年祭まではうまいこと乗り切って、お父様もクソ女神もその場で仕掛けてくるという仮定のもとやっていきましょう」


「ところで目下の問題は、明日の結婚式と、首都への賠償だが」


「うふふ、賠償なんか踏み倒しますし、無理に払わせようなどと考えたらどうなるかと露骨に挑発しますわ。連合国の王族貴族たちは皆呼んでありますしね!」


 連合国の面前で、彼らの民を襲った皇帝の弟ゼノンを処刑し、新たな平和の象徴として自分たちを祀り上げる。そして今や大陸の東半分は全て自分たちペルサキスとともにあることを皇帝に知らしめる。

 その祝いの場に皇帝が訪れない。それを連合国はどう取るか。

 最終的に誰の味方をすることが得になるかを見せつけてやると、三人は揃って腕を上げた。

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