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第七話:救出

前回のあらすじ!



議会は金を選んだ。まぁ無理もないことだが。

アレクシアの育てた金のなる木はさぞかし魅力的だったことだろう。

ただ娘のあの早すぎる動きと、リブラが扱っていた商売を鑑みるに……いずれ撤退することは想定済みだったのだろうな。


――アポロン四世の手記 帝国暦末頃



「確かにペルサキスは君におんぶにだっこではある。

 ただもう少し君主としての自覚があってもいいんじゃないか?

 君は商売人で、研究者でもある。しかしそれ以前に君主だろう。(机を叩いて立ち上がる)」


「(うめき声)今回ばかりは謝りますが、貴方ももう少し政治の方に関心を持っても良いのでは?

 軍事の事は任せていますから、いざという時の政治的な即断は貴方の仕事でもあるでしょうに(立ち上がり、指をさす)」


『記録より削除』

※数十行に渡る黒塗り


「それなら今まではなあなあでやってきた部分を体系化する。異論はないな?」


「ありませんが、先に医務室に行ったほうがいいと思いますわ(笑う)」


「それは君もだろう(笑う)」


――ペルサキス議会速記記録 帝国暦末頃。※仲睦まじい夫婦として知られる二人が喧嘩をしたとされる唯一の公式な記録。

――帝国首都、オーリオーン城


 

 真夜中。牢に繋がれたシェアトの前に、皇帝が座る。

 ろくに食べ物も与えられず、数時間おきに牢の前で爆音を鳴らされ、時折水をかけられ、空腹と寝不足で立ち上がる気力もない彼女に目線を合わせて、彼は話しかけた。


「もう少し直接的な拷問でも良かったのだがな。連合国の人間など」


「……アレクシアの父とは思えないセリフですね。彼女のほうがよっぽど……」


 それはそうだろうな。と皇帝は自嘲する。

 自分は娘と比較して才がないのは理解している。ただ、自分は自分の手の届く範囲の人間だけ救うことができれば、それでいい。


「俺は帝国のことを第一に考えている。それだけだ」


「それならあの、アストライアという聖女に騙されていると思わないのですか?」


「騙す? あれにそのようなことはできんよ。あれは帝国にとって利用価値のあるものだ」


 馬鹿馬鹿しいとばかりに手を振る皇帝。

 シェアトは彼の話と、盗み聞きした会話からやはり二人はお互いの立場を理解し、利用しあっている関係だと確信した。

 その彼女に、皇帝は咎めるように告げる。


「貴様らも同じことをしているであろう。アレクシアという新しき女神を造り出し、それの庇護下に自らを置いて救ってもらおうなどと」


「アレクシアには、その資格があります」


「人の理から外れ、民の機嫌を取らなければ生きていけない哀れな神で我慢できるほど、あの娘は無欲ではないぞ」


 自分の娘について、愛情と憎悪が入り混じったような声で皇帝は話す。

 その顔を見たシェアトは、はっとした顔で問いかけた。


「本当は……アレクシアを皇帝に据えたかったのですか? しかもあなたは、その哀れな神にならないようにするための何かを知っているのでは……?」


「……今更ではある。娘は悪魔の薬でこの帝国を汚した。その不始末は父である俺がつけなければならん」


 どこか悲しそうに言葉を続ける皇帝に、シェアトも悲しそうな顔をした。

 本当は、この親子は戦う必要などなくて。偶然が噛み合っていれば、きっともう既にアレクシアが皇帝アポロン五世としてこの帝国を総ていたのかも知れない。

 ただ、そうなっていたら自分たち連合国は一方的に蹂躙され、支配されるだけだったかも知れないな。と、ある意味でその偶然に感謝した。


「シェアト・アルフェラッツ。話は終わりだ。残念ながら貴様を生かしておかなくてはならないが……その記憶は消させてもらう。だからここまで実験に付き合ってもらったわけだが」


「記憶を消す? 実験? 何を……?」


 さて、と皇帝は何か手帳を開く。

 シェアトはその表紙に書かれた、『あれくしあのにっき』という、子供の字で書かれた文字を見て、首を傾げた。


「記憶を消すには、極度のストレス状態にある被験者に強い光を浴びせると良いそうだ」


 ニヤリと口角を上げる。

 それがどこかアレクシアの面影を感じて、やはり親子だな。とシェアトは場違いなことを思った。

 皇帝はシェアトの顔を持ち上げると、両手で彼女の目を開かせて、歌うように呪文を口ずさむ。


「天光の煌めき、太陽の輝き。フラッシュボム」


 強烈な閃光がシェアトの目を焼き、気を失った彼女は床に崩れ落ちる。

 皇帝はその体を蹴り転がして独り言を呟いた。


「明日また見に来るか。どこまで消えたか、効果の程を調べなくてはな」



――石畳に響くこつこつとした音が遠ざかっていくことを確認して、動き出した一つの影があった。



「……なにやら話し込んでいたようだが。さっきの光はエリザベスの魔法と同じだったな」


 一度食らって昏倒した事はある。しかし今回は物陰に隠れていたおかげで、あの光を直接見ずに済んだことは幸運だったなとホッとした。

 夜警の門番の視線をかいくぐり、ミランに渡された見取り図を元に地下牢へと侵入して。

 皇帝の後ろ姿を見かけた瞬間、アルバートは息を潜めて暗闇に身を潜めていた。


 聖女の居場所は、恐らくシェアトなら正確に知っているであろうことを推測して先に助けに来たのだが。


「この環境では、話を聞くのは難しそうだな……」


 出ていった皇帝と入れ替わりに戻ってきた兵士の顎を殴りつけて意識を刈り取る。

 彼を椅子に座らせて、腰にぶら下げられた鍵を奪う。

 他の囚人はいない。それなら騒がれる心配もなさそうだと安心したアルバートは、シェアトの元へ向かった。


「シェアト様。うっ……これは酷いな」


 彼女は僅か数日の間にやせ細り、酷いストレスで少し白髪が混じっている。美しかった着物も汚れ、見るも無残な寝姿。

 一体この少女に何をしたのだと憤るが、まず彼女を救わなければアストライアを見ることも、首都から逃げることもできない。

 頬を軽く叩いてみるが意識はなく、なんの仕草もない。胸に耳を当てて呼吸があることを確認しホッとした彼は、とりあえず彼女を担ぎ上げた。


「起きて暴れなきゃいいんだが」


 冷静に見て、アストライアの偵察は後回しだな。悔しいが。そうアルバートは苦い顔をして、シェアトを助け出すことに思考を集中する。

 地下を出て、外まで出られれば、あとは自分の足に追いつける兵士は居ないはず。ただこのオーリオーン城の周囲には皇帝、アストライア、そしてソロンと、アルバートを捕まえることのできる者が三人もいる。


「ソロンは宰相の仕事に忙しいはず。皇帝はもうすぐ寝るだろう。アストライアが読めないな」


 そう考えている彼は、まさか自分の思考の外の人間が驚異になるなどとは思っていなかった。

 シェアトを担いだまま地下を出る。耳を澄ませて巡回の兵士の足音を探り、彼らの居ない方居ない方へと選んで歩く。

 夜間は誰も居ない大食堂の、厨房の搬入口から外へ出て、壁に背中を預けながら息を殺して城門を探す。


「あった。足音は……ないな?」


 ベネディクトの住む離れの前を通る道。ここから身を隠しながら逃げるのは難しい。

 だが、外に出ることに執着していた彼は焦って飛び出すと。離れの門前で佇んでいた影に呼び止められた。

 

「やぁアルバート。そういえば試合日だったな。官僚議会に招かれていたのかな?」


「……ベネディクト皇太子殿下。えぇ、そんなところで」


 穏やかに笑うベネディクト。アルバートはよく知った顔にぎょっとして、歩みを止めてしまう。


「そうか。よかったらこちらで酒でもどうだい?」


「遠慮しておきます。これからご婦人と楽しむところでして」


「部屋なら貸してもいいよ。それにご婦人は寝ているようだがね。君は無理やりする男じゃないだろう?」


 やけに食い下がるな。とアルバートはどことなく嫌な予感がした。

 このお人好しの皇太子を甘く見ていた彼は、なんとか丁重に断ろうとして、周囲の警戒を怠った。


「どうしても来たくないようだね」


「いえ、殿下、そういうわけではないのですが」


「穏便に済めばよかったんだけどな」


 ベネディクトは辛そうな顔で呟いて、右手を挙げる。

 魔法かとアルバートが身構えた次の瞬間、彼の体が宙に浮いた。

 一度放り出してしまったシェアトを抱え、背中から地面に叩きつけられた彼を、松明の明かりに照らされた禿頭の老人が笑う。


「少女を護って格好がいいなぁ? 勇者殿。ランカスターでは遅れを取ったが……」


「ソロン……お前も居たのか……!」


 肺から抜けた空気を吸い直し、身体強化の魔法を更に強くかけ直す。

 しかしなぜ、自分が潜入したことを誰が? ミランが裏切ったのか? という疑問は一旦おいて、逃げ出すことに集中する。


「大いなる風、叩きつける嵐! ダウンバースト!!」


「うぐっ……がっ……」


 ソロンが叫び、天から風が吹き下ろす。

 強烈な圧力にアルバートは立ち上がれず、シェアトに覆いかぶさってこの嵐が過ぎるのを待つ。


「ソロンとて、そんなに長くは使えない……!」


 数分だろう。一度に起こせる嵐は。

 それで集まってくる兵士ならどうにでもなる。皇帝も間に合わないはず。

 しかし、この近くに住んでいる者は。


「ベネディクト様、ソロン様。信じていただきありがとうございました。わたくしが見かけたのは、たしかにあの男でしたわ」


「あぁ、こちらこそ感謝だよアストライア。まさかアルバートがね」


「聖女殿。やはり貴女は皇帝陛下の見込んだ方にございますな」


 ベネディクトとソロンが優雅に頭を下げ、アストライアは嵐に囚えられたアルバートの所へ歩く。

 嵐の中、吹返しの暴風を物ともせずにつかつかと近づいてきた彼女に対し、彼は苛立ちを向けた。


「……その顔。今度はアンナか。今すぐにでもその仮面を剥いでやりたいところだが」


「え、本物ですわよ?」


 本物? と疑問が浮かぶアルバート。しかし突風が彼女の上着をはためかせ、その引き締まった美しい腹が顕になったところで、彼は気づき、激怒した。

 ニキアスに斬られた傷。こぼれた腸を詰め直し、自分で縫い合わせた不器用な痕。

 違う、これは姿を借りてるだけじゃない。こいつは、アンナの、アンナの死体を。


「貴様……貴様ああああああああああああああああああ!!!!!!」


「そんなに怒るところですの?」


 嘲っているわけでもない。アストライアからすればちょっと借りているだけ。

 アルバートに対しては仮初の肉体を用意してくれたことに感謝すらしている彼女は、心底不思議そうに、唇に指を当てて首をひねる。


「貴様はどこまでも人間を馬鹿にして!!!」


「この肉体の御礼に、その娘を置いていけば貴方は生かして返しますのに」


 断る。とアルバートは怒りのままに立ち上がる。嵐が弱まった一瞬でシェアトを抱え上げ、城門にむけて走り出した。

 アストライアが取引を持ちかけるほど。つまりシェアトは、重要な何かを知ったはずだ。今戦ったところであの女神を倒すことはできないから、今はシェアトを救うことだけを考えるべきだ。と、彼は理性を保ち、アンナの死を侮辱されたことに対する壮絶な怒りをねじ伏せた。


「なっ! 逃げるか貴様!」


 彼の実力を考えて、逃げ出すとは思っていなかったソロンがとっさに魔法を放つ。

 アルバートは風の圧力を背中で感じ、紙一重で躱す。

 ん? アストライアが魔法を使わない? なぜだ? そう疑問に思い振り返ると、彼女は自分を指差しながら、引き攣った表情で口をパクパクさせているのが見えた。

 

「困りましたわね……皇帝との約束のせいで、魔法が使えませんわ」


 シェアトが首都にいる間、彼女の前で魔法を使うな。

 そういえばその言葉に従ったな。とアストライアは思い出す。彼女は少しだけ考えて、自分のせいじゃないから仕方ないか。と諦めた。


「ソロン様、お願いいたしますわね」


 それでもできることはある。とソロンの肩に触れる。

 触れられた彼は、全身にまるで若かった、全盛期の頃のような気力が充実してくるのを感じて、思わず笑顔になった。


「聖女様、素晴らしい!! 力に満ち溢れるこの感覚!! 数十年ぶりですな!!!」


「それは良かったですの。それでは、わたくしはこれで」


 アストライアが背中を向ける。

 アルバートはその理由がわからなかったが、逃げていく彼女の背中を怒鳴りつけた。


「逃げるのかアストライア!! お前はアンナを愚弄した!! 次会うときを覚えておけ!!」


「はぁ? 逃げているのは貴方でしょうに。まぁ、覚えておいてあげますのよ」


 涼しい顔で去っていく女神を見送って、アルバートはソロンとの再戦に立つ。

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