第四話:最愛の人
前回のあらすじ!
800年前に漂着した大スピロを牛王才蔵が救ったことに始まる我が国と和泉国の交流には、時に繁栄、時に苦難もありました。
三度に渡る世界大戦では共に困難な道程を歩み、特に103年前の世界大戦ではカンブリア大海東西の覇者として袂を分かち、恐ろしい破壊を世界にもたらしたこともあります。
ですが、その歴史を経て再び手を取り合った我々は、ついに、宇宙への永住という偉業を成し遂げます。
この第一号コロニー『オリオン』には、我が国の偉大なる母神アレクシアの研究の賜物たる『消術』、和泉国の偉大なる天帝タケルノミコトが発見した『飛石』が用いられ、まさに両国の永遠の友情の証と言っても過言ではありません。
――ヘリオス・クセナキス第142代大統領、衛星軌道上コロニー第一号『オリオン』竣工式のスピーチ 800年
――帝国暦99年4月中旬、西側諸侯地域=帝国中央部街道
朝の霞が晴れ始める頃、帝国中央へと続く山道を、春になり再び開いた鉱山からの馬車がゆく。
昨年アルバートが起こした大騒ぎで待遇はわずかに改善されていたものの、労働環境については大して変わっていない。やつれた顔の鉱夫たちが積み上げた金銀を載せた馬車が一列に、軍の護衛を伴ってごとごとと走っていた。
それを少し離れた山の頂上から見下ろして、二人の男が話し合っている。
「……アレか。イクトゥス。ざっといくらになる?」
「まぁ当面の活動資金には困らないだろうねぇアルバート。しかし君がこんな山賊みたいな真似をするとはね」
「笑いたければ笑え。俺には時間がない」
アルバートは真剣な表情で告げる。
時間がない。百年祭で皇帝の威信を台無しにし、その場で民衆に自らの力を示し、神の力を奪い取る。そのために手っ取り早く、大金を得つつ皇帝に打撃を与えるという行為に出る。
「兵士は皆殺しにする。打ち洩らしは任せた」
アルバートが音もなく崖を下る。
残されたイクトゥスが手に持ったランプを何度か点けたり消したりすると、近くの山々から同じように明かりの点滅が返ってきた。
「時間がない、ね。君はいつの間にか遠いところへ行っていたようだ」
先月、南西辺境伯……今は黒色火薬の主要生産主である自分を突然訪ねてきたアルバートの悲壮な顔を思い出す。
一年前と違い一切笑わなくなり、時折泣き出しそうな悲しい目をする彼を、イクトゥスは黙って支えていた。
一緒に西側諸侯地域で活動し、ここ一ヶ月で既に三人の皇帝派貴族を叩き潰した。その財産は全て庶民にばらまき、表向きは帝国からの指名手配を受けながら逃げ回っている。
「まぁ手配書は私の名前で出させたが……私は将来、世紀の大悪党として歴史に残るかな?」
イクトゥスの持つ田舎の漁村……もとい南西辺境領……という名前だけは国境を任された格好のいい領地については、既に取り潰されて吸収されたことになっている。
しかし依然として拠点として使っているし、黒色火薬の鉱山も工場も今だに自分が動かしている。妻と子はこうなる前に避難をさせた。
全ては皇帝を欺くための、西側諸侯貴族たちによる反乱の事前工作であった。
「アルバート、派手にやってるなぁ」
ふと目線を下げると、霞の中から時折覗く虹色の輝き。
兵士たちの断末魔が山間に響き渡り、必死に逃げるように走り出す足音が響く。
「さっさと逃げるのか。良い判断だな。……あまり使いたくなかったが」
イクトゥスの視線の向こうで呟いたアルバート。
死体の山を踏みつけ、馬の首をへし折って殺し続ける。
おそらくそこそこ優秀な指揮官なのだろう。荷物を諦め、すぐに遠ざかろうとする足音に向かって、死体の首をちぎって思い切り投げつける。
誰かの上げた悲鳴と足音から正確に位置を特定し、アルバートはエクスカリバーを構えた。
「エクス……カリバー……!」
方角を定め距離を測り、イメージを剣に宿す。呪文を唱え、その名前を呼ぶ。
横一閃に薙ぎ払われた虹の刃が、進路上のあらゆるものを斬り裂いた。
「馬車を半分も潰してしまったか……」
小さくため息をつき、打ち洩らしがなかっただけ十分か。と呟いた彼は、エクスカリバーを真上に上げて煌めかせる。
その合図を受けたイクトゥスの配下が、我先にと金銀馬車に群がった。
やがて彼自身も山から降りてきて、アルバートの肩を叩く。
「お疲れ様。回収はこちらでするから、先に帰ってていいよ」
「いや、この先の……領境の関所を襲撃してくる。俺の後を追わせろ」
アルバートは全く無表情で疲れた様子もなく、淡々と続ける。
たった数分、たった一人で五十人以上も殺しておいて、息一つ切らさない彼は静かに駆け出した。
脳裏に浮かぶのは妻の顔、殺すべき仇の顔。
俺はこの復讐の中で、どれだけ多く憎しみの種を撒くのだろう。親のいない子供を何人産み出すのだろう。と自問自答する。
それでも彼は、殺し続けることを選んだ。
「自分勝手な勇者様だ」
ふと呟いて、久しぶりに口角を上げる。
虐げられた人々を利用して、祖国ランカスターまで利用して。
「アレクシアのほうがよっぽど善人だろうな。奴は復讐の先まで考えている。俺は……」
普通であれば数時間はかかる距離を僅か数十分で駆け抜けた彼は、何事かと出てくる関所の兵士たちを一瞥して、表情を消した。
――小一時間後
逃げようとする最後の一人が、アルバートの投げた石を受けて弾け飛ぶ。
彼は足元に倒れる関所の所長を踏みつけ、話しかけた。
「……あまり良いものを食べていないようだな」
世間話ではなく、少し気になった。
本来帝国の中心部は肥沃な大地と穏やかな天候に恵まれた豊穣の地。食料も豊富で、兵士の栄養状態は良いはずだ。
しかしこの関所の兵士たちはやせ衰え、あまりに士気を欠いていた。
「見えざる悪魔のせいでな。俺達みたいな末端の部隊までは配給もロクにこないのさ」
所長は死を覚悟して、この侵入者に醜態を晒したことを自嘲する。
アルバートは無言でうなずき、話を続けるように促した。
「……その訛り……貴様は……ランカスター人か。あぁ、その強さ……勇者アルバート……なるほど、お前がそうか。運が悪かったな俺たちは」
肋骨が折れたために時折咳き込む彼は、自分に訪れた不幸を分析して、悲しそうに笑った。
「隻腕の聖女様が、お前たち反逆者に天罰を下す……」
「隻腕の聖女?」
「アストライア様……皇帝陛下の見出した……我らが救いの神……聖女様……」
アストライア。その名を聞いたアルバートの顔が強張る。
怒りを溢れさせた彼は所長の胸ぐらを掴み持ち上げると、彼の顔面に向けて怒気を振りまいた。
「アストライアと言ったか。聞き間違いではないな?」
「……知り合いか……? ふふっ、あのお方は帝国臣民すべての希望。お前ごとき破壊の勇者とは違う」
希望。その言葉にアルバートは体が熱を帯びていくのを感じる。
しばらく凍りついていた感情が燃え上がる。
「奴が……奴が希望なものか……!! 俺からアンナを奪っておいて!!」
怒鳴り声とともに、持ち上げた所長の首を締め上げる。
抵抗する力もなかった彼は、少しだけ苦しそうな顔をして。
アルバートはだらんと垂れ下がった体を投げ捨てた。
「奴がいるのか。皇帝のもと……つまり、首都に」
隻腕の聖女と言っていたな。と、尋問する前に殺してしまったことを悔いる。
ただ、アストライアが首都にいるのならば、一度確かめておく必要があると感じた。
――アルバートは遅れてきたイクトゥスの部隊に短く説明し、首都への街道を走る。
「馬をもらう。首都では全力が使えないからな」
「……分かりました。アルバート様、ご武運を」
「偵察だけだ。今回は」
――二日後、帝国首都城下町
首都に着き、スコルピウスの隠れ家で食事と睡眠をとったアルバートは、早速隻腕の聖女の調査に向かう。
協力者にもらった最新の地図を見ながら、あまり変わっていないことを確認して歩いていると、昨年最終戦を戦った帝国立競技場に人だかりが見えた。
外に構える屋台や出店、今日は試合日なのかと気づく。大きく掲げられた三頭の獅子の紋章を見て、ジョンソンたちの顔を思い出した。
「ラングビか。……懐かしいな」
ほんの数ヶ月前までは選手としてあの舞台に立っていたのに、随分遠く感じるな。
そう彼は感傷的になって、なんとなく会場へ向かった。
入場券が買えないものたちが競技場の外で賭博の入札をしているのを横目に、彼はガラの悪い男に声をかけた。
「お、兄ちゃん。買うかい?」
「あぁ、一枚。どの席でもいい」
「トゥリア・レオタリア戦は高いぞ~? 払えんのか?」
一見みすぼらしい服装のアルバートに、男は入場券を見せびらかしながら嘲るように話しかける。
それを聞いたアルバートは膨れ上がった財布を振ると、その重厚な音に魅了された男は笑顔で、手に持っていた偽物をしまい、懐から正規の入場券を取り出した。
「あいよ。あんたには本物だ。……しかしあんた、どこかで」
「他人の空似だろう」
ダフ屋の男に銀貨を渡して、奪うようにチケットを取る。
客席へ向かうと試合までは少し時間があるようで、前座に子どもたちのラングビ大会が行われているのが目に映った。
「……」
いずれは自分の子も。なんて考えていた彼がしばらく立ち尽くしてそれを眺めていると、眼下に小さくジョンソンらチームメイトたちの姿が映る。
「……何をしに来たんだったかな、俺は」
まぁいい。たまには。祖国の応援をするのも。
そう自分に言い訳をしていると、会場のアナウンサーの拡声魔法が響き渡った。
「「さぁ本日は我らがウラニオ・トクソティスと宿命の強敵、昨年王者トゥリア・レオタリア!! 帝国最強の精鋭たちと、ランカスターの末裔たち!! 伝統の一戦にございます!!」」
彼の声とともに、観客が大歓声に太鼓を打ち鳴らし、大旗を千切れんばかりに振って選手たちを迎える。
観客席からはこう見えるのか、とアルバートが目を細めて、楽しそうに見守る。
両チームが整列して試合前のセレモニーを行うというところで、アナウンサーがもう一度絶叫した。
「「本日の試合は!! ラングビ協会名誉会長ベネディクト皇太子殿下、及び我らが隻腕の聖女、アストライア様の御前試合となります!! 一同大きな拍手を!!」」
穏やかになっていたアルバートの目が険しくなり、反射的に遠見の魔法を唱えた。
聖女をイメージして作ったのであろう、全身純白のドレスに、繊細に編み込まれたレースのヴェール。顔を隠していても分かる超然とした、全身から悪意を放つ人ならざるもの。
しかしアルバートの目は、彼の直感と逆のことを告げていた。
よく知った、その体。
よく知った、その立ち姿。
あれは、俺が知っている人。まさか、おそらく俺の最愛の……
ベネディクトが挨拶を終えて、アストライアが彼女に対する大歓声に右手を振って純白のベールを取ると、彼は愕然とした。
「…………アンナ…………?」
自らの手で埋葬した最愛の妻と同じ顔をしたモノが、にこやかに微笑みを振りまいていた。




