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二章終話:神と人

前回のあらすじ!!



……実在したというのはいいんだが、僕の日記にまで現れるとは。

ただ、アレが本当にすべてを見ているのなら、なぜ知らないことが多いんだ?

シェアトになりすました時は、アルバートと彼女が仲が良いことすら知らなかった。

つまりアレは、見ようとしないと見ることができないのではないか。

というわけで今日も書いてみる。出てこいアストライア。疑問に答えてみろ。

(中略)

期待通りというか期待はずれというか。どうやら当たっていたようだ。


――ニキアス=ペルサキスの日記 帝国暦99年2月25日~3月2日。



アレクシアが女神の存在を信じるのに、実に数日間説得しなければならなかった。

科学、というものや新しい魔法にはすぐに順応する割に、幽霊とか神とか目に見えないものの意志というものを、彼女はあまり理解したくないようだった。


――シェアト・アルフェラッツの日記 帝国暦末頃。※劇中で説得はすぐに終わったが、実際は神の力と集団魔法に関する研究論文を数日の間読み漁り、その後に渋々納得したと言われている。

――帝国暦99年3月、ランカスター地区、共同墓地



 柔らかな春の日差しが降り注ぐランカスター地域の早い春。

 草木に緑が芽生え、早咲の木々はピンクの花をつける。

 農作業が慌ただしさを増す頃、似つかわしくない黒いフードで顔を隠した男二人が、シャベルをついて一息ついていた。


「……すまないジョンソン。付き合ってもらって」


「気にするな。俺とお前の仲だろアルバート」



――数日前の夜中、たった一人で何か大きな荷物を背負ったアルバートが訪ねてきた時、彼は妻とともに暖かく迎え入れようとした。

  しかし彼は頑なに中に入ろうとせず、ただ一言だけ告げる。


「アンナが死んだ」


 それを聞いたジョンソンは言葉少なく、アルバートに家に帰って喪に服すように告げ、遺体を保存できるように大金を払って雪を買って届け、墓を手配した。

 準備ができた今朝早くに彼の家を尋ねると、そこには一昼夜泣きはらした大男が座り込んでいた。


「……立てるか?」


 安易に慰めの言葉をかけていい状況ではないな。とジョンソンも悲しみに暮れて彼の手を取る。

 力なく起き上がるアルバートの顔を直視できず、彼は黙って喪服を渡す。


「すまない」


「妻を入れてもいいか? アンナに化粧をしてやりたいとさ」


「頼む」


 チームの皆に事情を話すか悩んだジョンソンだったが、結局は言わないことにした。

 遅れて帰ってきたエリザベスやワシムになにか知っているのかと尋ねたが、彼らはアルバートの口から言うまでは何も言えない。と一点張りで、ジョンソンもそれに習うことにしたのだった。


「……着方はわからんか。手伝ってやろう」


 喪服などそうそう着たいものではない。

 アルバートがもたもたと着替えていると、それが終わった頃にジョンソンの妻が声をかける。


「アルバートくん、できたわ」


 化粧を施されたアンナの顔を見て、頬にそっと触れて。

 まるで結婚式や、新婚旅行でおめかしした彼女のような美しい姿に、アルバートは再び涙をこぼした。

 ジョンソン夫妻はしばらく彼の背中を見守って、そっと肩を抱く。


「事情は知らない。お前が悩んでいたらいくらでも力になる」


「……ありがとう。でも大丈夫だ」


 大丈夫には見えねぇよ……と心の中で呟いて、ジョンソンは彼の肩をぽんと叩いた。


「行くぞ。そろそろ日が昇る」


 妻に留守番を頼み、アンナの遺品をまとめた袋を持っていく。

 遺体を背負ったアルバートは後ろをついて歩く。


――小一時間の道中、二人は少し話をした。


「……スコルピウスは、ペルサキスと共闘するそうだ」


「あぁ、エリザベス様に聞いたよ。お前は……」


「俺は行けない。トゥリア・レオタリアも引退させてもらう」


「……無茶なことはするなよ」


 短い言葉を少し交わして、ジョンソンはペルサキスでアンナに何が起こったのか、薄々感づいた。

 きっと、ペルサキス家とトラブルになり、それに巻き込まれたのだろう。だからアルバートは……


「……過去への復讐に囚われるな。お前に未来を見た人間は大勢いる」


「忠告はありがたいが、このままじゃ俺は前に進めない」


 そうか。と返答したジョンソンは言葉を発しなかった。

 後ろのアルバートが時折鼻をすするのを聞きながら、黙々と歩く。

 やがて共同墓地に着き、用意してもらった墓の中央の棺を見下ろしたふたり。


「ゆっくり降ろせ。深いからな」


 アンナをその中に寝かせ、遺品を一緒に置いていく。


「それじゃあ、親父の墓参りしてくる。ゆっくり戻ってくるよ」


「あぁ」


 ジョンソンはいよいよ最期となる別れの前に二人の時間を置いて。

 アルバートはアンナの顔に触れて。


「アンナ。ごめんな。俺が不甲斐なくて」


 彼女の髪を少し切り取って、自分の薬指から金の指輪を外してそれに絡めて。

 

「きっと、そう遠くないうちにそっちへ行く。待っていてくれ」


 悲壮な決意とともに蓋を閉じる。



――戻ってきたジョンソンと一緒に棺を埋めて、額を流れる汗を拭ったアルバート。

  少しだけ穏やかになった表情で、ジョンソンに告げた。



「俺は西側諸侯の所へ行く。ペルサキスとやり合うにはまず皇帝から力を奪う必要がある」


 神の力を得ているアレクシアと、それに守られているニキアスを殺すのであれば。

 自分が彼女と同質の力を得る必要があるとアルバートは理解していた。

 そのためにはアレクシアも皇帝も崇拝していない西側諸侯で力を付け、更にペルサキスの目指す皇帝討伐に乗じて自らが力を奪う。

 しかしジョンソンは当然それを理解できず首を傾げた。


「……? いや、味方を増やすのは良いことだと思うが……」


「必要なことだ。ランカスターやスコルピウスの邪魔をするつもりはない」


 そう言って彼は懐から金貨の袋を取り出し、ジョンソンに突き出す。


「何から何までありがとうな。俺の家、良ければ好きに使ってくれ」


「……ちゃんと手入れしとくぞ。お前が帰ってきたときのために」


 ジョンソンの返答にアルバートは笑顔を返して。


「それじゃあ、生きていたら百年祭で会おう」


 軽く手を振ると力強く走り出した。



――数時間後、ランカスター王城、エリザベスの私室


 

 帰ってきたエリザベスはニケから以前使っていた私室を返却され、そこに住むことになった。

 既にランカスター家はペルサキス家の監視の下で税を徴収して給料を与えられるだけの公務員と化しているし、その中で彼女は無職と言っても過言ではない。

 その現状を少し嘆いて、しかし彼女はアレクシアとニキアスの協力者として暗躍することに妥協する。

 ジョンソンからアルバートの去就について報告された彼女は、悲しそうに呟いた。


「そう、アルバートは西側諸侯ね」


「えぇ。何をするかは聞いていませんが」


「見当はつくのよねぇ。無茶しないでほしいけど。それでニキアスのクソ野郎からの仕事がこれ」


 悪態をつきながら地図と分厚い書類を手渡す。

 アレクシアの新商品の実験とどっちがいいか、と言われたらこっちよねぇ。とため息をつく。

 結局物分りの良いふりをしやがって所詮帝国人なのよね。ランカスター人の扱いが。


「……なんですこれ? 整地と……陣地の設営?」


「暗号通信とか言ってたわ。火を付けたり消したり、あと木組みを入れ替えたりして遠くに合図を送って、それを文章に変換して情報を伝えるとかいう話よ。正直画期的ね」


「これ、普通にペルサキス領だけじゃないみたいですが」


 帝国国内を等間隔に、蜘蛛の巣のように張り巡らす情報網を作る。

 しかも帝国中央の貴族に隠れて。などと書いてあるそれは、当然のように国中に通信拠点を作るように記されている。

 これを、自分たちで? とランカスター人が外へ出られないことを知っていて押し付けたペルサキス家の意図がわからず、ジョンソンは尋ねた。


「だーかーらーあたしたちなのよ。ペルサキスの連中が勝手に外でなんかして捕まるよりも、あたしたちランカスターのゴミカスが捕まったほうがマシでしょ。命の値段が安いのよねあたしたち」


 自嘲気味に鼻を鳴らしたエリザベスは、ふてくされて背もたれに体を預ける。

 ジョンソンは苦笑いで彼女に言葉を返した。


「分かりました。やってやりましょう。我々にも必要なものです」


「スコルピウスの協力の対価として自由に扱えるようにしてくれるみたいだし。やるしかないのよね。不本意だけど。気に食わないけど」


 どうせ首輪つけるのも狙いだろうに。とニキアスの意地の悪さに悪態をついて、エリザベスはさっさと取り掛かるように指示を出す。

 次の冬までに完成させろとかほんと冗談じゃないわ。とつぶやき、ジョンソンが出ていったことを確認してから自らの考えを練り直す。


「次の冬……あいつら百年祭で皇帝に殴りかかることしか考えてないのよねぇ。ニケも出ていくだろうし……その間ランカスターは空き家になるわよね」


 空き巣なんてほんと反乱軍もいいとこだわ。慣れてるけど。と思わず笑った。



――共同墓地



 アルバートとジョンソンが去り、墓の管理人も昼食に出ていった。

 真新しいアンナの墓の前で、一人の女がニタニタと笑いを浮かべながら立っている。


「……神の器の愛を受けた肉。ありがたく使わせてもらいますのよ」


 彼女は何やらブツブツと唱えると墓石に手を伸ばす。

 アレクシアの肉体を奪い取るために、シェアトの姿を利用したのは少し失敗であった。

 霊体である以上アレクシアの神の力に曝された状態では、自らが名乗る天秤の公正さと公平さを示すことができなければ力を保てず弱ってしまう。

 ただし肉体という鎧を持つことができればある程度の緩和はできるし、それがもう一つの器の力を受けているのなら尚更アレクシアへの抵抗力を持つことができる。

 アルバートがアンナを運び歩いた一週間、そう考えたアストライアは彼女が腐らぬように力を注ぎ続けていた。


「抜け殻よ。仮初の主に我の名を。ネキオマンティア」


 墓石が暖かな光を放つ。

 土が盛り上がり、左腕を失った女の死体が、まるで操り人形のようにぎこちない動きで這い出る。

 アストライアは墓の下から呼び出したアンナの死体の、その唇に口づけをした。


「少し腐ったかもしれませんが……まぁ治せる範囲でしょう」


 途端にアンナの唇に血の色が戻り、土気色の肌はみるみるうちに淡紅色を取り戻す。

 その彼女に、アストライアは体を重ねた。


「アルバート、この女に愛を注いでくれて感謝しますわ」


 しばらく自分の体を軽く動かして、右手を握ったり開いたりと試してみる。

 満足の行くものだ。と自らの力に耐えうる体を作ってくれたアルバートの愛に感謝をして。


「おっと、埋め直しておきませんと」


 指を弾くと持ち上がった土が瞬時に墓に還っていく。

 試しに使った魔法も上出来。相当鍛えていたであろう体もよく動く。と、心の底から嬉しそうに笑った。


「さぁ生きましょう。この世界に。わたくしの本当の肉体を手にするために」


 久しぶりの肉の体に少し戸惑いながら、彼女は歩き始めた。

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