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第二十二話:理解

前回のあらすじ!



アンナを背負って歩く。もう5日になる。時折視線を感じる。大荷物を背負う俺を怪しんでいるのだろう。

まだ寒い。きっと、綺麗なまま帰ることができる。


――アルバートの日記 帝国暦99年2月28日 ※寒さのためかひどく震えた文字



彼は私のもとを去り、手札の一枚を失った。致し方のないことだろう。

彼は優しすぎるから、いずれ私の目標の障害になっていたかも知れない。

アンナの死は悲しい、悲しい筈なのだが、心の底から悲しめない。

この世で唯一彼を人間という枠に繋ぎ止めていたものがニキアスに殺された。

それは我々にとって最も都合のいい出来事ではないかと、私の心が冷酷に問いかけるのだ。


――エリザベス=ランカスターの日記 帝国暦99年2月25日 

――ペルサキス城庭園


 崩落した天守の瓦礫が散らかり、薬で眠らされていた者たちはやっと起き上がり、休みを与えられていた者たちは何事かと様子を見に。

 反乱の鎮圧をあらかた終わらせ、後詰めをボレアスに託したニキアスと、彼に連れられたシェアトが戻ってきた時。

 全員の視線の中央に、座り込んで涎とうわ言を垂れ流す男を従えて、アレクシアは立っていた。


「さて、無事に反乱の首謀者を摘発しましたわ。この者、ゼノン=オーリオ―ンに関して、わたくしのペルサキス領内での完全自治権、並びに緊急事態発生時の略式裁判権を行使し……死刑としますの。罪状に関しては長すぎて面倒なので後日書面で公示しますわ」


 ゼノン、とその家名を聞いた官僚が青ざめた顔でアレクシアを見る。

 皇帝の異母弟、そしてアレクシアの叔父。皇室の人間を処刑する、などと皇帝位にあるもの以外が宣言したことはない。そう口々に震えた声を上げる官僚たちを一瞥したアレクシアは、軽く目を細めて、彼らを軽蔑したような声で語った。


「で? それがどうしたんですの? 正統な権利の行使、それ以上でも以下でもありませんわ」


「……裁判に関しては、皇帝陛下の心象を損なう可能性がありますが」


 ペルサキス家で最も古株の文官がアレクシアを説得する。

 しかし彼女は聞く耳を持たず、吐き捨てるように告げた。


「それがどうした? という話ですの。この男がわたくしの暗殺を図った、ただの皇室内のトラブルですの。た……いえ、皇帝陛下がどうお考えであろうと、曲げるつもりはありませんのよ」


 たかが皇帝が。と喉元まででかかった言葉を無理やり飲み込んで、アレクシアは不機嫌そうに眉をひそめる。彼女の深蒼の瞳がゆらゆらと歪み、真っ赤に変わっていくのが見えた老文官は、その迫力に気圧され、ただただ頷くしかなかった。


「分かりました。……仰せのままに」


「他に異議のあるものは? いませんわね?」


 不機嫌さを隠すこともなく威圧する。

 このままだと雷が飛んでくるなと判断した官僚たちは逃げていき、やがてニキアスとシェアトだけが彼女の前に残った。


「あら、二人共おかえりなさい。その様子だと反乱は無事に終わったようですわね」


 少しだけ機嫌を戻したようで、アレクシアの声が軽くなる。

 シェアトは悲しそうな表情で、ニキアスは仏頂面で、無言を返答とした。


「無事では無いみたいですわねぇ……まぁ外で話すわけにもいきませんし、もうすぐ日が落ちますから、続きは部屋で」


 これを、地下牢へ。と近くの兵士に声をかけ、ゼノンの背中を蹴り飛ばし転がす。

 アレクシアの蹴りをあびてすら何かを喋り続ける彼の姿に、ニキアスは鳥肌を立てていた。


「ひどいなこれは。何があったんだい?」


「……オーバードーズってやつですの。知らなくて結構ですわ」


 引きつった顔のニキアスはそれ以上を詮索するのをやめて、黙ってアレクシアについていく。

 執務室で茶を用意させ、三人はテーブルを囲んだ。


「さて、まずはわたくしからですわね。ゼノンは無事こちらで逮捕して、彼の手下は全員消し炭になりましたわ。あとは反乱などなど最近の罪はすべて彼に被ってもらいますので。中央や皇室への報告はわたくしにお任せいただければ」


 わかった。とニキアスが答えて。シェアトも納得したように頷いた。


「ゼノンの連合国難民に対する仕打ちについてはお父様……アルフェラッツ国王陛下も把握しています。もし皇帝がアレクシアを疑うようでしたら、こちらから外圧をかけることは可能かと」


「助かりますわ。まぁペルサキスと連合国が繋がっている、ということは公然の秘密ですし、再び戦争を始めたら我々に裏切られるリスクを負う……まぁそう簡単に動けないはずですの」


 ペルサキスとの戦争だけならば、帝国本邦が圧倒的に有利。

 しかし連合国が絡んでいれば話は変わってくる。ハイマ大河という天然の城壁をペルサキスが彼らに明け渡せば、帝国が大きな痛手を負うのは確実。つまりシェアトが味方についている以上、連合国民に危害を加えたゼノンの処刑に皇帝が口をだすことは絶対にできない。

 

「ゼノンはどうやら皇帝とペルサキスの間だけの戦争にしたかったようだが……連合国、というよりシェアトとアレクシアの繋がりを甘く見ていたようだねぇ」

 

 ニキアスがそう感想を述べると、アレクシアは呆れたように小言を言った。


「まぁ、そのコネも使えなくなるとこだったんですけれどね? わたくしの名前を使って連合国の難民を襲うとか、貴族の家を襲撃して回るとか労働者に薬をばらまくとかとんでもないことをやってくれましたし……危うく連合国と帝国軍の二正面作戦になるところでしたの」


 自分がやっていることを棚に上げてアレクシアは憤る。

 彼女からしたら濫用は危険だと散々注意書きをした上で売っているんだから自分は悪くない、そうとしか思っていないのだが。


「もしそうなっていたら、わたしやペルサキスの民がいくらアレクシアのことを信じていてもあまり意味を成さないですし。そういう意味ではゼノンの逮捕は喜ばしいことです」


 アレクシアの小言をシェアトが補足して、とりあえずゼノンについては一件落着。

 といったところで、今度はアレクシアが二人に話を促す。


「それで、さっきは随分話しづらそうでしたが、あまりいい報告は無いようですわね」


 お酒でも出しましょうか? と彼女は気を遣ったが、ニキアスはそれを断る。

 代わりとばかりに葉巻に火を点け、煙をくゆらせると、仕方ないといった表情で話始めた。


「まず、そうだな。ランカスター軍への奇襲は完全に失敗した。数人しか殺せなかったという意味でも、数人も殺してしまったという意味でも」


「最悪ですわね。全滅か、無損害か。それ以外は全て最悪ですわ」


 全員殺すか、誰も殺さずランカスターへ還すか。

 誤解で始まった奇襲作戦をなんとか収めるには二択しかなかった。

 まぁほぼほぼ最悪の結果になるだろうと思っていたアレクシアであったが、ニキアスが数人しか殺せなかったと言ったことに引っかかった。


「ん? あの魔法鎧は使わなかったんですの?」


「アルバートが想像以上だった。以前君が解読したエクスカリバーという剣を使っていたんだが、あれに鎧が破壊されてね。奴一人に手こずったのが原因で中途半端になってしまった」


 は? とアレクシアの口がぽかんと開く。

 エクスカリバーについてはまぁおいといて。自分が丹精込めて作った魔法鎧が破壊された? と耳を疑った。

 材質こそどこにでもあるような青銅に着色しただけのものだが、それに刻まれた刻印はこの世界に存在する魔法や物理の法則を書き記し、ニキアスの類まれな精神力と自分の科学的な分析を融合させた理論上最強の鎧だったはず。


「いやいや、冗談きついですわよ? あの魔法鎧はあらゆる魔法を分解吸収するのはもちろん、衝撃に関しても理論上、帆船一隻分の火薬の爆発まで耐えられるはずですのよ?」


「残念ながら事実だ。僕は無傷だから鎧は仕事をしたんだが……あのエクスカリバーという剣は理解を越えていたな」


 ふぅむ……と顎に手を当てて考え込むアレクシア。学者として気になることは非常に多いが。

 首を振って話を先に進める。


「いえ、そこの考察は後にしましょう。ともかく彼らは完全に敵になった、という認識で合ってますわよね?」


 それならそれで仕方ない。気は進まないがランカスターと一戦交えるしかないな。と彼女はため息をつく。まずニケ叔母様を逃さなくてはいけませんわねぇ……と考え出したところで、ニキアスが少し明るい表情で語った。


「それがそうでもない。エリザベスは僕が奇襲することになった原因のシェアトの偽物、女神アストライアについて気づいていた。そのおかげで和解できたんだが……彼女は彼女の目的のために、皇帝打倒までは協力をするってさ」


「……エリザベスには感謝ですわね。ところで女神アストライアとは? なんの話ですの?」


 ここからはシェアトに話させたほうがいいな。とニキアスは話を促す。

 それを受けた彼女は一口茶を飲んで、静かに話し始めた。


「天秤の女神アストライア……わたしがアレクシアをそう例えてしまいました。きっと、彼女があなたの、神の力の源です」


 アレクシアの頭に疑問符が浮かぶ。

 連合国の伝承、そして帝国では焚書されてしまった伝承。

 無論アレクシア本人は自分が同一視されているというその女神について調べていたし、絶世の美女であるという記述に若干の満足感を覚えていた。


――数時間に渡り、アレクシアは時々相槌を打ちながら彼女の話を聞いていた。


 時折アルバートやエリザベスが伝えた話をニキアスが補足して続けられる話。

 当初は信じがたいと思っていたアレクシアも、自らが見た夢と一致する単語が出始めるとともに真剣な表情になっていく。

 あらかた話が終わった頃には、彼女は納得した表情を浮かべ、若干の怒りが混じった声色で感謝を述べた。


「なるほど、なるほどなるほど。感謝しますわシェアト、それにニキアスも。まさかあの夢に出た女が本当に神だったとは。……神というものが実在する、というのも驚きを隠せませんが」


 信心深いシェアトは一瞬眉をひそめたが、続くアレクシアの言葉に耳を疑った。


「全く……女神ごときがわたくしに成り代わろうってんなら、逆にわたくしがそれに成り代わるってこともできますわよね?」


 やっと理解した。前世での常識に囚われるべきではなかったことに。

 そもそも精神力、つまり魔力と呼ばれているものが物理的に影響を及ぼすこと自体おかしいのだから、もっと柔軟に考えればよかった。とアレクシアは自分を笑い飛ばした。


「んふふ、神の力ねぇ……集団魔法と理屈は一緒でしたか。アストライアとやらはたまたま辿り着いただけ……先駆者に敬意は表しますが、世界の黒幕気取りの老害ババアは成仏させてあげませんとね」


 なーにが神の器だ、神の力だ。と思わず笑顔になる。

 結局自分を信じるものが多ければ多いほど、自分で行使できる魔法が大きくなる。投資銀行と同じ仕組みじゃないか。と彼女は理解した。

 それがある一定以上に達した人間を、勝手に神の器と呼んでいるだけにすぎない。

 つまり女神アストライアが自分を乗っ取ろうとしていることがわかっていれば、いくらでも対策は取れる。


「ふたりとも、皇帝打倒の前にやることを思いつきましたので、ご協力いただけると」


 まずは女神を倒し、力を奪い取る。そして皇帝を倒すための同質の力を得る。

 彼女はシェアトに、女神がどこに祀られているか、そしてどこで信仰されているのかを詳しく調査するように指示した。

 シェアトが真剣な顔で頷き出ていくと、残ったニキアスに話を続ける。


「古の女神も新しき皇帝も倒して力を奪い、この帝国を再統一しますわニキアス。それに最適な場は何だと思います?」


 不敵な笑みを浮かべながら話す彼女に、彼は唾を飲み込んで心当たりがあると返す。


「皇帝が祀られる機会……それも一番信仰が集中する機会……そうだな。百年祭か」


 彼の言葉に、アレクシアは笑顔で何度も頷いた。


「十ヶ月。あまり時間は残っていませんわねぇ。帝国と本格的に戦争をできる準備を。連合国も含めての大陸統一、貴方とわたくしでやり遂げますわよ」

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