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第二十話:皇女アレクシア

前回のあらすじ!



私の影。私を利用した者。アレクシアは渡さない。


――シェアト=アルフェラッツの手記 日付不明 

――何かがおかしい。



「……なんだ、この違和感は」


 眠っている門番をどかしたゼノンが城門をくぐった瞬間。

 何か背筋が痺れるような感覚に襲われた。


「全て計画通り行っているはずだ。これは予定通りのはずだ」


 部下たちは各所の裏口や城壁の上から忍び込ませた。彼らは今頃、アレクシアを逃さないように玉座の間の周りを固めてくれている。

 自分は城の正門を堂々と突破して、あとは昼間アレクシアのいる玉座の間へ一直線に進んでいけばいい。それだけでいい。


「嫌な予感がするな。静か過ぎる」


 誰も居ないのか? この城に? と疑問を浮かべながら庭を突っ切り、いよいよ城の玄関先。

 買収した協力者すらいない。何の音もしない。

 ゼノンは最大限に警戒しながら、それでも皇女が自分に敵うはずがないとまだ信じている。

 前皇帝の息子の一人として連合国との戦争にも従軍し、かつての将軍ニケの下で大きな戦果を上げた自分が、ただの素人にそうそう遅れをとるとは思っていなかった。


 だが、その彼の勘が告げる。


「待っている……アレクシアが……俺を……」


 玉座の間が近づくにつれて、まとわりつくような悪意が彼の息を詰まらせる。

 母を殺した自分に復讐しようと、たった一人で待っている。

 

「なるほどな。随分余裕があるようだが、俺を舐めているのか?」


 彼は若干の怒りを覚えた。

 どうやったらのうのうと皇室の鳥かごの中で生きてきた、ただの魔法使いのお前が、この俺に勝てるっていうんだ? たった一人で俺を殺せるとでも言うのか? と、彼は悪意を振り払って駆け出す。


 玉座の間の扉を開け放ち、その正面に座る女を睨みつけ、彼は声を掛けた。


「待たせたな。アレクシア」


「あら、お待ちしておりましたわ。叔父様。お茶でも淹れましょうか?」


 しかしアレクシアは涼しい顔で、頬杖をついたまま挑発的に語尾を上げる。

 なんだこの余裕は。とゼノンは周囲を観察する。

 

「掃除をしていないのは客に対して失礼だぞ。母親に教わらなかったのか?」


 母親、という単語にアレクシアの頬が不機嫌そうに震える。

 灰? いや、炭か? 何だこれは。と、ゼノンがあたりに散らばる塵に目を奪われた瞬間。


「お気になさらず。叔父様もそれになりますので」


 ゼノンが反射的に飛び退く。

 ここまで貯蓄した魔力を全て足に集中させて飛び上がると、アレクシアが面倒くさそうに上げた左手から放たれた雷が、彼の立っていた大理石の床を焦がした。

 

「……!? なんだ、その魔法は」


 雷だと? 屋内だぞ? 奴は一体……どこから? なぜ? と混乱するゼノン。

 アレクシアは挑発するように不敵な笑いを浮かべて言い放つ。


「盗んでみたらいかがかしら?」


 不意打ちは効きませんのね。流石ですわ。と呟いて、彼女は立ち上がる。

 金属音のような足音を立てて、彼女がゆっくりと近づいてくるのを見て、ゼノンは懐から短剣を取り出した。

 皇室の紋章が掘られた短剣。彼が兄を、父を守るために戦っていた時に授けられたもの。

 その紋章が目に入ったアレクシアの目が鋭く光る。


「大事なものなんですわね。皇室を裏切っておいて」


「……俺は、裏切ってなどいない。兄貴のために、帝国のために、お前には死んでもらう」


 うん? とアレクシアはゼノンをまっすぐ見据えて、眉間に皺を寄せる。


「はぁ。やはりお父様の差し金でしたのね。分かりましたわ」


「いいや、兄貴の目を覚まさせるためだ。お前に夢を見て、お前に裏切られた皇帝を、今度こそ俺が救ってみせる」


「どの口がそれを言うんですの。だいたい先に裏切ったのはお父様の方ですわよ!」


 これ以上話すことはない。と言わんばかりに、アレクシアの左腕が上がる。

 迸る紫電。ゼノンは彼女の視線から落雷位置を推測して躱し、一気に距離を詰めた。


 やっぱり素人か。と彼がアレクシアの肩を掴み、短剣を振りかざす。

 しかし彼女は迫る刃を前に不敵に笑う。


「踏み込みが足りん、ですわよ」


 掴んだ肩が爆発した。


「ぐぁっ! その服、何を仕込んでッッッ!」


 強烈な爆風に吹き飛ばされたゼノンは転がって、しかしあの爆発ではアレクシアも相当な深手を負ったはずだと冷静に考える。

 爆薬に仕込まれた鉛玉で片目を潰され、彼女を掴んでいた左手は手首から先がどこかへ吹き飛んで。幸い焼け焦げたせいで止血の必要はないし、強化魔法と消術のおかげで致命傷は避けられた。

 もくもくと上がる黒煙の中から現れた彼女を見るまで、彼はまだ勝てると信じていた。


「無様な姿ですわね。さて、まだやりますの?」


 とっさに短剣を握り直す。

 消術の放出? いや、違う。それなら手応えがないことに気づいたはずだ。

 つまり今のは只の火薬で、しかし何故呪文もなしに、ドラグーンのような事前動作もなしに炸裂させた? 


「不思議そうですわね。消術の応用編ですの。貴方が触れたエネルギーを変換して起爆しただけの、リアクティブアーマーといったところで。まぁ本来の意味ではないのですが」


「……なぜ、お前は無事なんだ」


「あぁ、そっちでしたか。この世界の魔法って便利ですわよね。ベクトルも制御できるんですから。予め火薬の量から威力を算出しておいて、それに合わせたイメージさえできれば容易いことですの」


 こいつは何を言っている? とゼノンは聞いたこともない単語ばかりがアレクシアの口から流れるのを聞いていた。


「んふふ。わたくしの夢日記を読んで、貴方も科学に触れたと思っていましたが。そうでもなかったようですわね」


 彼女は口だけで笑いを作る。

 そして両袖からナイフを取り出し逆手に握り、正面に小さく、顔を隠すように拳を構える。

 その見たこともない構えと、明らかに素人でない動きに、ゼノンの額に汗が伝った。


「うああああああああああああ!」


 恐怖をかき消すように喊声を上げて飛び込む。

 アレクシアはその子供のような仕草に目を見開いて、正確に短剣の軌道に合わせて拳を伸ばす。

 

 どんなに強化していようと、関節の動き方は変わらない。軍格闘技の達人であった前世と、今世での魔法研究を元に彼女がアレンジしたナイフ技。

 呼吸を合わせてゼノンの腕をひねり上げ、触れた袖の金糸から電流を流して短剣を落とさせ、ついでに脇の下をえぐる。

 更にもう片手で太ももを突き刺し、足払いを掛けて仰向けに転がす。

 わずか一瞬の攻防でゼノンを制圧して、アレクシアは彼の腹を鉄板入りのブーツで踏みにじり、不敵に笑った。


「これでも前は特殊部隊にいましたのよ。素人と侮られるなんて、流石に傷つきますわよね」


「悪魔が……!」


 まだ悪態をつく余裕があるとは。とアレクシアは笑顔で足に力を入れる。

 肋骨の砕ける感触がブーツ越しに伝わり、思わず口角が上がる。

 だんだんと興奮した彼女の瞳は赤く輝き、髪が美しい虹色の輝きを放ち始めた。


「お母様も苦しんでいましたから、その分は苦しめるつもりですの。公開処刑までは手足をもいで、舌を抜いて、歯を砕いて、目を潰して生かしてあげますけれど」


「殺すときは……」


 ん~? とアレクシアが、命乞いでもするのかと笑ってゼノンの声を聞く。

 楽に殺してくれ? そんな事するはずがないでしょう? と返答しようとした時、彼の身体が跳ね上がった。


「さっさと殺すんだよアレクシア!! でないとこうなるぞ!!」


 おっと、と涼しい顔をして後ろに飛んで、アレクシアは身構える。

 ゼノンは懐から笛を取り出して思い切り吹き鳴らす。

 これであとは忍び込んでいる仲間が、味方が来る。

 多数で掛かれば、なんとでもなる。


 そのはずだった。


「あぁ、お仲間を呼びましたのね。残念でしたわ。さっき貴方が掃除しろと言った塵、よく見てくださる?」


 虚しく響き渡る笛の音に、呆れたとでも言うようにアレクシアの咎めるような視線。

 それを受けて、ゼノンは周囲を見回す。

 よく見ると炭や灰かと思ったものの中に、やけに大きな人の形を留めたままのものが何体かあった。

 

「……もう、既に……」


「基礎の基礎の基礎の基礎、くらいしか知らない消術ごときで、このわたくしから身を隠せると? 魔法の力があれば探知など簡単ですの」


 彼は今度こそ全てを理解し絶望して、恐怖に怯えながらアレクシアに背を向け走り出した。


「あら、今度はわたくしが追いかける番かしら? お待ちなさってぇ~」


 少女のように笑いながら、鼻歌を歌う彼女は彼を追いかける。


 

――



 血を滴らせながらゼノンは逃げる。

 入り組んで広大なペルサキス城の中、どこかで一旦止血して、呼吸を整えて、早く逃げて、と思考が逸る。


「兄貴に教えなきゃいけない……あいつは既にこの世の人間じゃなかった……! あの夢日記を書いた日から? いや、産まれたときから既に……! があああああ!!」


 玄関の扉を開けようとして、そこに走る電流の刺激に手を引っ込める。

 後ろから聞こえてくるアレクシアの鼻歌。彼はすぐに諦めて上に向かった。


 天守まで引きつけて、そこから飛び降りて撒く……まだ魔法は使える。ぎりぎり生きていられるはずだ。と彼は逸る思考の中でなんとか判断して、太ももの傷から流れ出る血を押さえつけて走る。


「……上に? 自殺ですの?」


 その動きを探知して、アレクシアは天守までの階段を昇る。

 玄関で捕まると思っていましたのに。面倒ですわねぇ。と、目を閉じて意識をレーダーに切り替えながらこつこつ歩く。


「はぁ……はぁ……これでも喰らえや!」


 眠る見張りの横に、備蓄物資の樽を見つけたゼノンがヤケクソで木樽を転がす。

 塔の螺旋階段に沿ってごろごろと転がっていくそれを見送って、再び歩き始めた時。

 ぎゃああああああああああ!! と遥か下の方でアレクシアの悲鳴が聞こえた。


「あ? 効いた? ……いや、確実に罠だ。まずは逃げることを第一に考えなければ」


 よろよろと歩みを進める。追いつかれる前に、早く。と血と汗を滴らせて、ゼノンは逃げる。


「……やぁぁぁぁぁぁぁぁってくれましたわねゼノン!! 絶対にぶっ殺してやりますわ!!」


 探知できなかった木製の樽に転ばされ、階段の一番下まで落とされて、アレクシアは仰向けのまま手足をバタバタさせて激怒する。

 起き上がり、踵を返して玄関を出て、天守を睨みつけた。


「雲が少ない……ですが十分ですわ。さぁ、ゼノン叔父様。わたくしの怒りを味わってくださいな」


 その頃、天守から顔を出したゼノンが、遥か眼下にアレクシアの姿を認めた。

 小さく見える彼女はこちらに向かって大きく手を広げ、何かを叫んでいるように見える。


「届くのか? いや、雷雲はない、ってことは手からだ。迂闊に飛び降りたらやられ」


「ブロンテー!! ヴァリア!! スィエラ!!」


 ゼノンの言葉が途切れる。

 残された片目が閃光を浴びて真っ白に染まり、全身を貫くような轟音が駆け抜ける。


「外したかアレクシア! あ?」

 

 自分はまだ生きている。雷に焼かれたわけじゃない。と安堵した彼が叫ぶ。

 だが、彼は不思議な浮遊感を覚えた。


「落ちてるのか!?」


 ゼノンはなんとか状況を理解し、精神を統一して身体強化と、衝撃を少しでも逃がそうと消術も重ねて掛ける。

 強烈な衝撃とともに一瞬意識を手放した彼はすぐに目を覚ましたが、そこには既にアレクシアが立っていた。


「やっべーですわこれ。修理代いくらになるかしら」


「修理代の心配とは、お前は本当に……」


 あら、目が覚めましたのね。とアレクシアはそっけなくため息交じりの言葉を吐いて。


「ゼノン=オーリオーン、貴方をわたくしの暗殺未遂容疑とペルサキス市内での反乱容疑、それと新薬の不正取引容疑、えーとあとは……まぁ、逮捕ですわ。弁護士も黙秘権も、裁判もありませんけれど。死刑ですわね。せいぜいそれまで、うっかり生きていたことを後悔して頂けると」


 倒れたまま動けないゼノンに、袖から取り出した紙袋の中身を。


「やめろ! それは悪魔の薬だろう!?」


 にやにやと笑いながら彼の口をこじ開けて。


「すぐ、楽になりますのよ」


 さらさらと流し込んだ。

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