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第十九話:疑念の影

前回のあらすじ!!



ニキアスの乱心は想定外だった。

右目の力がなければ、きっとアストライアに騙されたままだったのだろうか。

碌でもない先祖ではあったが一応感謝しておくことにする。


――エリザベス=ランカスターの日記 帝国暦99年2月23日



不愉快な一日だった。死んだ人間が現世に何かしようなどとおこがましい。

アストライアとやら、貴様が神ならば生きて目の前に出てこいと言いたい。


”出てきて差し上げましてよ。日記帳でぐちぐちと女々しい男ですわね”


――ニキアス=ペルサキスの日記 同日 ※日記帳の途中ではあるが、彼と違う筆跡の文章の後は書かれていない。別の日記帳に翌日の日付が見られる。

――ペルサキス城、玉座の間


 アレクシアにとってはいつもどおりの朝。

 ただ、本日は全ての謁見を拒否。と命令し、静かにその時に備える。

 いつも大食いの彼女も今日は干し肉とパンを一切れかじり、水を少し飲んだだけ。

 体調不良を心配する側近や官僚たちに無理やり休みを与え、彼女は一人静かに玉座に座る。

 隣に座っているはずのニキアス、今はどうしているだろうか。あっちでゼノンを逮捕できていればそれが一番いいのだが。と頬杖を付きながら考えていた彼女。


「割と暇ですわね。待ちぼうけというのも」


「あら、アレクシア。おめかししていますね。よく似合っていますよ」


 扉を叩く音がして、ゼノンが来たかしら? と身構えた彼女のところへ、こつこつと大理石の床を鳴らしながらシェアトが歩く。

 アレクシアは彼女に微笑んで、来なくてもいいと手を振った。


「シェアト、今日は城はお休みですのよ? 貴女もせっかくですしゆっくりしなさいな」


「いえ、昨日はあなたが寝ていらしたので、スコルピウスや帝国の派閥の調査報告書を渡しに来たのですが」


 報告なら受けましたわよ? と言いながら、シェアトから手渡された書類を読む。

 以前聞いたのとだいたい同じ事が記述されている。しかしシェアトはなぜか残念そうな顔をした。


「わたしの他に調べてる方が居たんですね。負けてしまいました……」


「え? 貴女から受けたんですけれど」


「……はい?」


 それに、言ってたことと少し違いますわよ? とアレクシアが指摘する。

 

「アルバート派はわたくしと取引をして、ランカスター地域を独立させてそこで建国したがってるって書いてますけど……それならペルサキスとして、帝国を滅ぼすのに協力するなら当分の間は好きにしろってとこですわ。何故わたくしと完全に対立しているみたいなことを言ったんですの?」


 アレクシアが、睨むような目でシェアトを見る。

 全く身に覚えのない彼女は、狼狽したように声を震わせた。


「あ、アレクシア? ですからわたしはそんな事は言っていません。この報告書だって昨日出来上がったばかりで……」


「んー? じゃあ昨日の貴女は一体誰なんですの?」


「そ、そんなこと、わたしに言われても……」


 アレクシアは妙な違和感を覚えた。 

 このシェアトは嘘を吐いていない……と思う。それならあのシェアトは? 変身の魔法なんて、おとぎ話じゃないんだからそんなのありえない。よく似た者をゼノンが遣わせた? いや、シェアト本人でなければ自分が城で寝ているのか屋敷で寝るのか知らないはずだし、そして部屋の鍵を外して入ってくるなど出来るはずがない。


「シェアト。貴女を疑ったことは謝罪します。どうやら騙されていたようで……そうなると……」


 それでも恐らくあれはシェアト本人ではない。だが非常に不味い。

 エリザベスの挑発から、彼らはニキアスを引き付けてゼノンをガラ空きの城に送り込もうとしているのは分かっていた。しかしそこからの推論が大きく変わってくる。


 ゼノンを利用して自分を殺し、ついでにペルサキスで大反乱を起こしてニキアスを殺し、この地を奪おうとしているとばかり思い込んで、ニキアスに彼らを殺すようにと情報を渡したのに。


「……これではニキアスが奇襲をかけることになりますわね。このわたくしの力を知っているランカスターの連中は恐らく、わたくしがゼノンを直接殺してさっさと終わりだと思ってますわ」


 全く協力できないと判断したから、本気で戦うつもりでいたのに。

 しかしニキアスは確実にランカスターを叩く。そうなったら……


「まぁ、ニキアスにはあの鎧がありますし。ランカスター軍は全滅でしょう。避けられた戦いが泥沼になるのは如何ともし難いですが……困りましたわね」


 独り言をつぶやき続け、ぐぬぬぬぬ……と頭を抱えるアレクシア。

 このあとのランカスター地域をどう治めたものかと、どう考えてみても答えが出ない。


 シェアトは黙って彼女の話を聞いていて。

 しばらくしてから思いつめたような顔で声を上げた。


「アレクシア。わたしがランカスターの友人たちと、ニキアスを止めてきます。わたしの偽物が現れたなら、それはわたしの責任でもありますから。ですからどうか、あなたの敵を見誤らないでください」


「え、貴女に責任はないんですけど。どうにでもなりますわ……たぶん」


 もうランカスターを武力で滅ぼすしかない。どうせエリザベスさえ殺せれば後は大したことはないし。ニキアス次第ですわね。とまで考えが纏まりかけていたアレクシアに、シェアトは頭を下げる。


「わたしの影に、アレクシアを利用させたこと。深くお詫びします。それでは」


 自分が崇拝するアレクシアを困らせたこと。

 それでシェアトの頭はいっぱいだった。彼女は大きな怒りと焦りを抱えたまま走り去る。


 彼女が扉を閉めるのと同時に、遠くから正午の鐘が聞こえた。

 鐘が鳴り終わるとともに爆音が窓を揺らす。

 彼女は静かに息を吐いた。


「……始まってしまいましたわね」


 独り呟き、静かに全身に張り巡らされた純金の糸に電流を流す。

 放たれた電磁波が目を閉じていても周囲の景色を脳に映し出し、動くものは遠くを走っていくシェアトの姿だけ。

 彼女はそれを確認して満足そうに頷いた。


 玉座に腰掛けたまま、意識を広げていく。

 ペルサキス城の城壁までレーダーの範囲を広げて、門番が倒れ込んでいるのを確認する。

 そしてそこからシェアトが出ていって……入れ違いに入ってくる人の形をした影。



「おじさま、みぃつけた」


 

 愉快そうにアレクシアの口角が上がる。

 

 やっと、やっと復讐できる。

 法を犯しておいて法に守られてきたあの男を。

 父を裏切り、母を殺しておいてのうのうと犯罪者の王などとのたまって。

 挙句の果てに自分から盗み出した魔法と、自分の作った街を暗殺の道具にしようとして。


「二度とわたくしに関わらなければ、生きていられましたのにねぇ……!」


 帝国への復讐の前に、彼女は過去の復讐を誓う。

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