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第十六話:反乱日和

前回のあらすじ!



アレクシアに渡す報告書が出来上がった。

友人たちとはこれからも良い関係を築けると信じたい。

願わくばランカスターと、アレクシアが手を取り合っていけるように。


――シェアト・アルフェラッツの手記 帝国暦末頃



ランカスターの負け犬ども。誰が飼い主か思い知らせてやる必要がある。


――ニキアス=ペルサキスの手記 帝国暦末頃 ※なぐり書き

――作戦決行当日



 アレクシアはペルサキス城の私室で、ゆっくりと目を覚ます。

 いつもどおり大きく伸びをして、侍女たちに髪をとかされ服を着替えさせられ、何度もあくびをして。

 彼女は今日が何の日だったかを思い出してやっと覚醒した。


「そういえば今日がゼノン最期の日でしたわね。こちらもあれを出迎える準備をしておきませんと」


 この準備が無駄になればいいな。と思いながら、アレクシアは新作のドレスを身につける。

 見た目は帝国らしい豪奢なだけのドレス。しかし新作である理由はそこではない。


「重っ! これ失敗作かもしれませんわ!?」


 自分の雷魔法を、暴走しないように最小限の威力で放った時でも活かせるように。

 なるべく完璧に自分の身を守れるように。そのために設計された新作の、全身に純金の糸と骨組みが張り巡らされたドレス。さらに全身をゆったりと包むフリルの中や膨らんだスカートには爆薬と共に多数の鉛玉の入った小袋が仕込まれている。


「あとはこのナイフをっと」


 両袖の中に二本、自分の手のひらほどの刃渡りのナイフを隠す。

 こちらも彼女の新作。護身用具として自らの最も得意な形のものを。


「んまぁ、行軍訓練よりはマシですわね」


「アレクシア様、軍にいたことありましたっけ?」


「あー、いえ、こっちの話ですので」


 彼女の独り言に、侍女たちが首を傾げる。

 アレクシアはなんでもないと慌てて手を振って、自分の装備を点検した。


「よし、ですわね。あとはニキアスとランカスター軍の対決を楽しみましょうか」


 無事に終わってくれればいいのですけれど。でもきっとゼノンはエリザベスの狙い通りに……



 きっと、自分ひとりを殺しに城に来るだろう。



 アレクシアは母の顔を思い出して、そっと目を伏せた。



――ペルサキス中心街、裏路地



 中心街に広がる裏路地の一箇所、アルバートが怪しい男と出会ったところから少し離れて。

 協力を取り付けた宿屋にランカスター軍は詰めていた。


「ほ、本当にウチには手を出さないんだな!?」


 震え上がる宿屋の主人。白昼堂々と、ここで寝泊まりする労働者たちが出ていった隙を見計らって押し入ったエリザベスが、彼を椅子に縛り付けながら呆れた声で話す。


「出さないわよ。今日一日縛り付けられてるだけでいいって言ったでしょ。縄に切れ込み入れてあげるから頑張って千切りなさい」


「ふざけもがっもがっ!!」


 口に金貨を包んだ布切れを詰め込まれた主人が苦しそうにもがく。


「ほら帝国金貨いれとくから。盗まれる前に両替しなさいよ」


「もがっ!? ……もごご……」


 彼は口の硬い感触を確かめて、はっとした顔で静かになる。

 さすが商売の国、みんな正直ね……とエリザベスは苦笑いをして、自分を見つめる軍人たちに告げた。


「さあ、最終確認よ。正午の鐘がなったら工作隊は各所の爆弾に点火。捜索隊は所定の建物の近くで監視。陽動隊は『アレクシアを殺せ! ニキアスを殺せ!』って思う存分叫びながら走り回ってね」


 アルバートとアンナから報告を聞いたエリザベスは、仮面の男がゼノンだと確信していた。

 奴はおそらく、自らアレクシアを賛美して過激な行動をとることで彼女の評判を傷つけようとしている。それに便乗した貴族もいると聞いているから、これから始める大規模な破壊活動には必ず顔を出す。そう言ってニキアスを焚き付けた。


「アルバートはアンナと一緒に別行動ね。屋上から仮面の男に狙いを絞りなさい。奴らは音や気配を消せても、透明になるわけじゃないんでしょ? それなら不自然に静かなところを探せばいいんだし」


 楽しそうに話を続けるエリザベス。

 兵士たちが散らばり、宿屋に残るエリザベスとアルバート夫妻が残されたところで、アルバートは疑問に思っていたことを聞いた。


「エリザベス様、なんというか……雰囲気、変わりました?」


 横のアンナがうんうんとうなずく。

 元々かなりざっくばらんで堂々とした性格の彼女だが、久しぶりに出会った彼女はそこに妙な落ち着きが加わったように感じていた。


「あー、色々あったのよね。まぁいいでしょ? それよりコールブランドは持ってきたわよね」


 強引に話をそらしたエリザベス。はぐらかされた二人は首を傾げた。


「あれを見せつけて、さっさとゼノンの心を折るわよ」


 アーサーを退け、入れ墨として刻まれた怨霊たちの遺志を受け継いだエリザベスは、既に神の力の正体を把握していた。

 ゼノンが本当に犯罪者たちの王であるなら、彼も彼を崇める罪人たちの意志の力を使うことができる。それに対抗するにはあの剣の力が必要だと、彼女はアルバートに話していた。

 

「持ってきています。しかしエリザベス様は……」


 前みたいに……と言いかけて、アンナがいることを思い出して止めたアルバート。

 エリザベスは笑いながら返事をした。


「あんたが使うに決まってるでしょ。あと敬語やめなさいよ。もう領主じゃないし家も離れたあたしより、あんたのほうが金持ちだし」


 あぁ、それで吹っ切れたのか。とアルバートはとりあえず納得して。

 普段のような言葉遣いで彼女と向き合った。


「……エリザベス。あとアンナも聞いてほしいんだが。ゼノンは恐らくこの作戦を既に読んでいると思う」


「私達や、ニキアス様の側近に内通者がいる、ってことですか?」


 アンナが尋ねる。アルバートが顎に手を当てて、自分の推察を述べた。


「内通者じゃなくて。俺たちは陽動されてる気がするんだ。最初から、あいつに」


 それなら、何故あの場で進言しなかったのか、とアンナが聞き返す。

 アルバートは、確証が持てないことを言えないだろ。と返事をして。

 エリザベスはあっけらかんとした顔で、残酷な言葉を放った。


「どっちでもいいわよ。こっちで捕まえられたら終わり、皇女が捕まえても終わり。別に皇女が殺されようがニキアスの失態であってウチには関係ないし。こっちはこっちの仕事をするだけね」


 エリザベスは冷静な口ぶりでそう言いながら、アルバートに読み当てられたことを驚いていた。

 ゼノンが役に立つなら使う。そのためにニキアスの側近は全て外に連れ出して、自分たちのアリバイも作った。皇女が唯一人残されているという事実を、彼が気づいていればいいのだが。


「ゼノンはどう出るかしらね。奴が賢ければ、思い通りに動いてくれると思うんだけど」


「それは、どっちの意味で?」


 アレクシアの暗殺を助けるために、この作戦に手を貸したのか。

 それとも、ニキアスに告げた通りの作戦なのかとアルバートが聞く。

 エリザベスは知らん顔をして、短く告げた。


「さぁね」


 二人の間に一瞬、険悪な雰囲気が流れる。

 アンナは少し考えて、既に動き始めた作戦を進めることにした。



――ペルサキス中心街大通り



「連合国民は全員連行しろ! 教会で改めて監査を行う! 逃亡するならその場で脱税とみなす!」


 ニキアスの側近たちの掛け声に渋々答えて連行されていく連合国民たち。これから行われる凶行に彼らを巻き込んでしまえば、非常に面倒なことになる。

 臨時の納税監査、という名目で部隊を配置し、通りに並ぶ数々の店に役人が押しかける。

 ニキアスはその様子を眺めながら、隣のボレアスと打ち合わせをしていた。


「ニキアス様、連合国民の排除は完了し、予定通り納税監査を進めています。部隊の配置も完了です」


「別に監査は程々でいいんだが、連合国民は一人も逃がすなよ。それで、ゼノンは発見できたか?」


「いえ、残念ながら。奴の物と思われる屋敷に、人の気配はありませんでした」


 消術か。とニキアスは顎に手を当てて考える。

 アレクシアの開発した魔法鎧を着込んだ彼は、苛ついたように何度もつま先で地面を叩く。


「仮に逃げられていたとして、行く宛はあるのかな」


 自分で聞いておいて、ニキアスにはもうおおよその見当はついている。

 ゼノンがペルサキスに行ったことは既に首都の貴族たちも気づいているはず。

 それなのにこちらに対して何の行動も起こそうとしない。


「まさか皇帝陛下と仲直りした、なんてあったりしてねぇ」


「は? ゼノンの所業は聞き及んでおりますが、流石にそのようなことはありえないと思いますが……」


「だとは思うんだけど。僕なら、妻が殺されたら一生を掛けて復讐するが。あのヘタレではね」


 ニキアスは冷静さを欠いていたし皇室の人間を侮っていたせいで、最初から読み間違えていた。

 ゼノンと皇帝が組んで、アレクシアを反乱の首謀者として処罰するのが目的だと判断していた彼。

 アレクシアは彼の判断が誤っていることに薄々感づいていたが、彼が見事に陽動されるのを止めなかった。


「まぁいい、正午からが本番だ。気を引き締めろ。僕も戦うからには負けは許されない」


「存じております」


 ランカスターの連中もついでに何人か大怪我でもさせて、心をくじいておこう。

 エリザベスを負傷させたのはこちらの不手際だが、それと彼女から受けた侮辱は別。

 ゼノンも殺して、エリザベスにも楯突いた事を後悔させてやる。

 拳を握りしめる彼の肩を、少女が叩いた。


「あの、ニキアスさん。アレクシアからの言伝を」


「ん? あぁ、シェアトか。何かあったのかい?」


「えぇ、スコルピウスの人たちについて、あなたも知っておいた方が良いと言われまして」


 こっちもこっちでそれなりに情報は得ているつもりだが……と心中で疑問を浮かべたが、アレクシアからの言伝と言われた彼は素直に耳を傾ける。 

 しばらく話を聞いていた彼は、何度も頷いた。


「……なるほどね。感謝するよ」


「いえいえ、わたしもアレクシアのために、という気持ちは同じですから」


 アルバート派が貴族の排斥を企み、アレクシアに楯突くというのなら彼を殺さなくてはいけない。

 わざわざアレクシアがそれを伝えるように、とシェアトを遣わしたのなら、この場で排除しろということだろう。しかしこの少女も彼らとは親しかったはずだが、と気がかりなニキアス。

 何故、こんな彼らに不利になるような情報を自分に、そしてアレクシアに渡したのかと疑問に思う。


「君の友人、手にかけるかもしれないよ?」


「わたくしの……友人……?」


 少し驚いたようにシェアトは顎に手を当てると、少しして落ち着きを取り戻した口ぶりで話す。


「……そうでしたね。そうでした。ですが、お気になさらず。アレクシアの為ですので」


 ニキアスは違和感を覚えたが、まぁ普段からこんなもんだったっけ? 新薬の中毒者だし。と頷いて視線を切って、拳を握りしめた。


「そんな事を聞かされたら手は抜けないな。ランカスター軍には全員、ここで死んでもらおう」


 彼の背中に向けて、ニヤリと笑ったシェアトの姿が一瞬で掻き消えた。



――そして、決意を新たにしたニキアスのすぐ側にゼノンは居る。



「臨時の監査にしちゃあ軍人が多すぎるぞ? ニキアスくんは素直でちゅねぇ」


 ゼノンは窓から中央通りを見下ろしながらニタニタと笑う。

 数日前にボレアスの屋敷を襲撃して、それからアレクシアのために貴族を粛清すると触れ回って。必死にペルサキス家が火消しをしているようだが、既に従来の利権を奪われ続けた彼らは領主に対して疑心暗鬼になっている。


「監査の噂、やはり偽装だったようですね。ニキアス本人も武装していますし」


 彼の側近であり妾の女が感心したように声を漏らす。

 ゼノンは上機嫌で、彼女に対して饒舌に語りだした。


「皇帝の盾であり剣のペルサキス家の人間は真面目で脳筋。ニキアスは少し頭がいいほうだが、根っこは変わらんのだわ」


「ランカスター軍がこそこそと何かやっていましたが、それも同じだと?」


「ランカスターのエリザベスはすこーしだけ賢いけどな。大方ニキアスの指示だろ。ほっときゃいいさ。奴らが取り締まる予定の所は全て、中毒者と消術使いしか残してない。まぁ俺たちを捕まえて反乱の噂を消すことが目的だろうからな。しかーし」


「しかし?」


「今日、アレクシアは死ぬ。それでペルサキスの詰みだよ」


 アレクシアが死んだ事を理由に、皇帝に懲罰戦争を仕掛けさせてもいい。

 流石にないとは思うが、兄が何もしないのなら徹底的に反皇帝派を煽って、絶対に勝てない戦いを仕掛けさせてやる。

 

「ペルサキスの勝ち筋はニキアスくんが俺の企みに気づいて、城に残っていることだったんだがね。まぁ残念だがここで終わりのようだ」


 ゼノンは実に思い通りに事が運んで、嬉しそうに酒を煽る。

 ニキアスや側近の精鋭たちがいれば話は違ったが、今城にいるのは皇女一人。いくら魔法の才能に長けているとは言え、産まれて一度も戦ったことのない彼女が自分より強いはずがない。

 だからしっかりと護衛を引き剥がした。自分の側近以外は信用できないと印象を植え付けて。

 

「皇女は雷を操ると聞いているのですが……そこは大丈夫でしょうか」


「大丈夫だよ。あの魔法は雷雲が無いところでは使えない。城内から逃がさなきゃ問題ない」


 心配そうに聞く妾に、ゼノンは問題ないと笑う。

 電気、というものが発見されてないこの時代。彼女の雷がどこにいようと落ちてくると知っているのは、よく怒られる大学の研究者と金融官僚くらいであった。

 雲の中にいる雷を取り出して操作していると思っているのは彼だけではない。


「さ、城へ行くぞ。買収は済んでるんだろうな?」


「無論ですゼノン様。薬で今頃は夢の世界でしょう」


 思わず高笑いしそうになるのを咳払いでごまかして、外に出たゼノンはニキアスをあざ笑うように彼の直ぐ側をすり抜けて。


「ん? 誰か通らなかったかシェアト? あれ、もう帰ったのか」


 消術で消した音と気配を自らの魔力として蓄えながら、アレクシアを殺しに向かう。

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