第十五話:自作自演
前回のあらすじ!
個人の復讐に人生を費やすほど、私は愚かではない。
私は民に付けられた首輪と、掛けられた呪いを解く。
そのためだけに生きてきた。
――エリザベス=ランカスターの手記 年代不明
――明け方、ペルサキス城、玉座の間
片付けをしていたところ、いきなり現れた軍人たちによって馬車に詰め込まれ、ボレアスの屋敷から連れてこられたアルバートたちは、アレクシアとニキアスの前に跪いていた。
ニキアスは真剣な面持ちで真っ直ぐに座り、隣に座るアレクシアは何かを言いたそうな、苛ついたような面持ちでしきりに肘掛けを指で叩く。
「さて、仮面の男たちについての報告は聞いている。早速例の作戦に取り掛かりたい。疲れているところ悪いんだが、最後の準備を始めるよう命じる」
「ッ……」
ニキアスの発言に、ボレアスが唇を噛んでうつむく。
中心街の大掃討作戦。ニキアスの側近を中心とした部隊で裏路地を中心に目星をつけた区画を焼き払い、そこに住む民間人ごと制圧する。
臨時の納税監査があると事前に悪い噂のあった軍人に情報を流させて、怪しい動きをした、ゼノンと通じている可能性のある者は全て洗い出した。
あとはそこを焼き払い、元締めであるゼノンをあぶり出す。
もちろん何も知らない民間人も虐殺することになるボレアスは気が気でなかった。
確かに自分たちは命令されれば人を殺す仕事をしている。しかし、この正義のない作戦に付き合う必要があるのか、と彼はずっと悩み続けている。
「ニキアス様、何度も申し上げましたが」
「ボレアス、何度も返答した通りだ。決行する」
顔を上げたボレアスがニキアスと睨み合う。
睨み合う二人の沈黙に耐えかねたアンナが手を上げて、アレクシアに向かって口を開く。
「皇女殿下、抵抗しなければ逮捕で済ませるということでよろしいですか?」
アレクシアは小さく頷いて、彼女に向かって言葉を返した。
「もちろんですわ。市民に関しては薬物中毒者の治療のための保護が目的ですし。もっとも抵抗されて殺してしまうのは仕方のないことですけれど」
深い青の目を伏せて、悲しそうな表情を作りながら、まぁあれに治療法なんてないんですけれど。とアレクシアは心の中で呟く。
その心中を知らないアンナは、素直に了解した。
「分かりました。できる限り保護するよう努力はしますが……」
言いよどんでアルバートを見る。
視線に気づいた彼は少し苦い表情で、アレクシアに進言した。
「正直に申し上げますと、我々ランカスター軍には帝国人に敵意を持っている者が大勢居ます。いくら恩義のあるペルサキスとはいえ、です」
命令であるなら、自分たちの兵士の多くは喜んで市民を虐殺するだろう。と、アルバートはそこまで言わなかった。
無論アレクシアはそれを承知の上で。無言をもって返答とした。
アレクシアが口を閉ざすと重苦しい雰囲気が流れ、沈黙が続く。
ボレアスはニキアスとの無言の根比べに敗れ、準備に取り掛かろうと立ち上がりかけたところで、突然玉座の間の扉が開いた。
「誰も入らぬよう言いつけたはずですが」
「アレクシア様! エリザベス様が!」
叫ぶ医者の声に、あぁ、そういえばいつでもいいって言ったのは自分だったな。とアレクシアがため息をつく。
エリザベスの名前に驚いたアルバートとアンナが思わず後ろを振り返ると、彼女が立っていた。
「ご迷惑を。エリザベス=ランカスター、ただいま戻りました。よろしければニキアス様の作戦をお聞かせ頂けると」
なんか雰囲気変わったような……とボレアスを除いた全員が、彼女の随分とさっぱりしたような凛々しい表情、そして颯爽と歩いて医者を振り切り、ニキアスの目前に来るのを呆気にとられて見守る。
「ふむふむ、ニキアス様。これ修正しますね。準備はこのままでいいですが、こんなに殺さなくてもいけます」
ニキアスの手から作戦用紙を受け取り、少し読んだエリザベスは彼の目を見て言い放つ。
彼はその入れ墨だらけの顔に浮かぶ血のような深紅の右目に気圧されて、思わずつばを飲み込んだ。
「異論があるなら聞こう」
「首謀者は割れているし、逮捕すべき者も把握できていますよね。街を破壊する悪役は我々ランカスターが。それを倒しに来た正義の味方がペルサキス軍と行きましょう。こちらが反アレクシアの暴動を起こせば、建前としてアレクシア様を賛美する奴らは出てこないといけませんし」
さらっとした発言に、ニキアスは納得してうなずき、アレクシアはぽかんとした表情で見つめる。エリザベスはアレクシアの方を向いて、爽やかな笑顔で問いかけた。
「皇女殿下ならそうしたんじゃないでしょうか? ニキアス様、我々に気を遣うのはありがたいですが、こちらはいつでも反乱してやろうと思っていましたので」
「はぁ。その発言は聞かなかったことにしますわ」
アレクシアが彼女の発言の真意に気づき、ため息をついて首を振る。
ニキアスはエリザベスに対して引きつった表情を浮かべて、その堂々とした発言を讃えた。
「それでこそランカスター家だな。いいだろう、それなら演技は無しだ。ゼノンの逮捕が第一だが、ついでに君たちランカスター軍を叩きのめしてやろうか」
「民間人は極力傷つけないよう善処しますし、ゼノンの逮捕については我々も尽力します。ただ、反乱を起こした一般市民という扱いでお願いしますね。そういう工作は皇女殿下の方がお得意かと思われますが」
「……そういう事にしておいてやろう」
お前はアレクシアと比較して劣っている、と言わんばかりのエリザベスの発言が続き、プライドを傷つけられたニキアスが、煮えくり返る腸を必死に押さえつけて言葉を絞り出した。
ありがとうございます。とエリザベスが軽く頭を下げる。彼女は後ろを振り返って、跪く者に告げた。
「ボレアスって言ったわね。アルバートは強いわよ。あたしはそこそこだけど」
「貴女こそニキアス様の本性を知らないようですから。我々の強さを思い知る羽目になりますよ」
二人の挑発合戦に、唐突に名前を出されたニキアスとアルバートが顔を合わせて苦笑いを浮かべる。お互い、正直なところ相手の実力が気になってはいた。ニキアスはニケを驚かせ、革命をしようと企むアルバートの強さを。アルバートは戦争の最前線に立ち続けたニキアスの力を。
蚊帳の外に追いやられたアレクシアとアンナはなんとなく居心地が悪そうにお互いを見て、ため息をついた。
「……結局、相当な被害が出るのでは?」
アレクシアのぼやきは誰も聞いていない。
――
楽しそうに出ていったエリザベスと、それについていったアルバートとアンナ。
絶対に叩きのめすと息巻いて出ていったニキアスと、彼に続いたボレアス。
ひとり置いていかれたアレクシアはのそのそと自分の書斎に戻り、朝食を摂って寝ることにしたのだが。
「エリザベスに詳しく話も聞けませんでしたし、なーんかみんな楽しそうなんですのよねぇ。結構危ない状況なんですが」
自称、領主が手を引いたテロリスト、なんて笑えない集団が出てきたというのに。
ゼノンの逮捕に失敗したら反逆の噂を消せなくて、マジで帝国と戦争ですわよ? 地形に恵まれて領民全員兵士みたいなランカスターと違って、今は職業軍人しかいないペルサキスは広い領境を守れず普通に負けますわよ? そもそも物資だって実質的に握ってるとは言え元々は帝国中央で生産されるもの、市場締め出されたら搦め手も使えませんわよ? とぐるぐると下向きな思考が巡る。
「んで、シェアト。どうせそのへんにいるんでしょうに。連合国民の様子はどうですの?」
「はい、ゼノンという名前は出てきませんでしたが。元よりアレクシアの話は広く知られていますから、あなたのために帝国を倒そうという集団は居ます。帝国内の革命組織、スコルピウスとかいう団体とも連絡をとっている、と伺っていますね」
どこからともなく現れたシェアトが、アレクシアの質問に回答する。
相変わらず話が早い。とアレクシアは少し感心して、彼女に質問を続けた。
「あぁ。そっちも手を回してましたか。彼らがまさか連合国民と仲良くするとは思いませんでしたが。困りましたわね。わたくしと、多分アルバートを勝手に旗印にしようとしてくれまして」
「そうですねぇ。司祭の情報が本当だとすれば、アルバート派は身分の廃止と平等……要は貴族の取り潰しが主目的です。アレクシア派は皇帝や連合国に多数ある王家に代わり、新たな神としてあなたを据えての大陸統一を目指しているそうで」
勝手に神扱いとは。こっちはまだ地盤固めの段階だと言うのに。とアレクシアは脱力した様子で背もたれにもたれかかり、面倒くさそうに食後の砂糖菓子を口に入れる。
「それ一本化出来ませんのー? ペルサキスと同じく実力主義でわたくしが統治するとか」
「無理そうですね。アルバート派はそもそも皇族が大嫌いなランカスター人や連合国の平民が中心。アレクシア派はあなたの下で財産を築いた新貴族や労働者が中心ですから」
「ん? 新貴族ってなんですの?」
「帝国で言うところの大商人ですよ。ほら、リブラ商会のヘルマン会長みたいな、一代で財産を築いた人たちです」
あー。と相づちを打ったアレクシア。確かに富裕層の彼らが急に平等とか言われても困るだろうし、普通の平民からすれば彼らも貴族みたいなもので、財産の剥奪を狙うに決まっている。
やれやれ、とため息をついてばかりの彼女は、少し文句を言いたくなった。
「勝手に担ぎ上げられて勝手に対立していい迷惑ですわ。ともあれ暴走されても困りますし。一応ニキアスにも伝えておいてくださる?」
やはり口火を切ってこちらに混乱をもたらし、帝国軍による制裁を正当化しようとしているゼノンは捕らえなければなりませんわねぇ。とつぶやく。ついでにアルバートもなんとか出来ないかなぁとボヤいて、シェアトにそう告げた。
「それがあなたの望みなら。わたしはそのように。器の……」
「へ?」
器の? 何の話ですの? と聞き返す。
アレクシアが眠い頭でとっさに混乱していると、シェアトはバツが悪そうな顔をした。
「……いえ、アレクシア。おやすみなさい。良い夢を」
「えぇ、おやすみなさいシェアト。薬はほどほどにするんですのよ?」
「ご心配ありがとうございます。わたしは大丈夫です」
音もなく静かに部屋を出ていくシェアト。
アレクシアは疑問を浮かべながらカーテンを閉め、ベッドへ向かう。
枕元の、美しく磨かれた銀の燭台に映る自分の瞳が赤く輝いているのを、彼女は気づいていなかった。
「アレクシア? さっき呼びませんでしたか? あれ、寝てますね……」
がちゃり、と音を立てて扉が開く。
呼ばれた気がしてこつこつと入ってきたシェアトが、すうすうと寝息を立てるアレクシアの頬をつついた。




