第十四話:王家の怨霊
前回のあらすじ!
皇女アレクシア、反逆罪の疑い
先日、ペルサキスにて発生した貴族屋敷襲撃事件の犯人と見られる男が皇女アレクシアと関係があるという証言を得た。
ペルサキス家は報道を否定しているが、アポロン4世皇帝陛下並びにソロン宰相閣下によると、ペルサキス家による最近の専横は許しがたく、この件に関しては徹底的に調査をする。とのこと。
彼の地の復興発展に尽力し、多大な成果を上げた皇女ではあるが、皇位簒奪を狙っているとすれば処刑は免れない。
――『帝国新聞』 帝国暦99年3月発行
――ペルサキス城医務室
アルバートたちがボレアスの屋敷で戦っていた頃、日が落ちて静かになった城の一室。
ずっと昏睡状態にあったエリザベスが、その意識を取り戻した。
「んあ……ここは……」
『エリザベス、我らが娘よ。ようやく目が覚めたか』
不自然に気絶したように眠りこける医者、むくりと起き上がったエリザベス。
急にどこからか声をかけられた彼女は、あたりを見回して怪訝な顔をした。
「え? え? なに? 誰?」
『我らはランカスター家の』
慌ててベッドから飛び起きたエリザベスは、窓に映った自分の姿に悲鳴を上げた。
「ぎゃああああああああああ!! なにこれ!? 気持ち悪い!!」
『お前の祖霊でありエクスカリバーに宿った』
混乱して右腕をこすり、刻まれた文様を落とそうとして。
無駄だと気づいた彼女は諦めたようにベッドに座り込んだ。
「えぇ……なによこれ……確か……エクスカリバーを使った時に……」
『邪神アストライアを滅ぼすために』
自分の最後の記憶を思い出そうとする。
真紅の輝きを放ったエクスカリバーの炎に焼かれた自分が確かアルバートに止められて……とまで思い出したところで、不自然さに気づいた。
「ひょっとして、あたし死んだんじゃ? あれどう考えても生きてないでしょ?」
『…………』
あぁここは死後の世界か~と諦めてベッドに大の字に寝転がり、右腕を持ち上げてみたり、焼けたはずの顔を撫でる。
ふと、涙がこぼれた。
「結局、何も出来なかったわねあたし。王国復興どころか領地を売り渡して、しょうもないところで死んで。ほんとダメな君主だったわ……死後もこんな牢獄みたいなところに閉じ込められて、永遠にボヤいてればいいのね……」
めそめそと嘆いていると、ふと自分の隣に、精悍な顔つきの美青年が立っているのに気づく。
どうせ死神かなにかだろう。なんとなくアルバートに似ているとかタチが悪いな。と思った彼女は、彼から顔を背けて目を閉じた。
そんな彼女に青年は困ったように頬をかきながら声をかける。
「エリザベス。頼むから話を聞いてくれないか?」
「あぁん? 誰よあんた。このダメな女を笑いに来たって言うんでしょ?」
「俺はアーサー、君の遠い先祖になるんだが……まぁ、確かにウチの娘だね君は本当に……人の話を聞かないところとか特に……」
はぁ? とエリザベスは一度アーサーを睨みつけて、大きなため息を吐いた。
「ご先祖様まで不甲斐ないあたしを怒りに来たってこと? それならもっとマシな国を遺して逝って欲しかったわ。どっか行きなさいよ。ランカスター家は断絶したんだから」
完全にふてくされたエリザベス。
アーサーに背を向けるように寝返りを打った彼女を、彼は呆れたような目で見て、諦めずに説得した。
「まず、君の認識は間違ってる。俺と違って、まだ生きてるんだよ君はね」
「……え、今なんて?」
不思議そうな顔をして起き上がったエリザベス。アーサーは彼女の目を見つめ、ゆっくりと言葉を続ける。
「君はエクスカリバーに選ばれなかった。しかし、あの剣の封印が解けたことで、俺たちが君の命を助けることが出来た。身体がちゃんと治ったのはシェアトと言ったか……騎士の子孫のおかげだがね」
「封印……? 選ぶ……?」
全く理解の追いつかないエリザベスに、アーサーは過去を語る。
アストライアの呪いのこと、そして帝国の神祖アポロンに敗れ、呪われたエクスカリバーが封印されたこと。
そして、その剣に自分たちランカスター家代々の霊が宿っていたこと。
あっけにとられ、口を開けたまま聞いていたエリザベスだったが、だんだん理解が追いついてきた。
「つまり、その邪神アストライアってのを倒すのがランカスター家の、あたしの使命ってこと?」
「それが俺たちの望みだ。君も理解してくれると思うが」
真剣な顔のアーサーに、エリザベスは少し考えて返答する。
「使命、っていうのは断るわ。あたしの望みはランカスター人が帝国から独立して、豊かになること。その邪神アストライアってのが誰だか知らないけど、そいつの討伐に人生を賭けろなんてお断りよ」
その強い瞳を見たアーサーは少し頬を緩めてうんうんとうなずき、拍手を贈っていた。
そして彼は誰も居ないはずの周囲を見回して、誰かに呼びかけるように声を張る。
「みんな! こいつは俺たちよりよっぽど王にふさわしい! 力を貸したいと思わないか?」
いつのまにか虚空から現れていた何人もの男たち。彼らは一様にエリザベスを見て笑顔を浮かべている。
その様子に彼女は怪しいものを感じて、少し引いていた。
「いや、ご先祖様……力を貸すって言われても、エクスカリバーはもう……」
多分、本当の持ち主になったアルバートしか使えないはずだとエリザベスがうつむく。
アーサーはそれを肯定して、しかしまだできることがあると彼女の肩を叩いた。
「あれは所詮道具。俺の魔法の本質じゃあない。『光』と『熱』だ。お前の右半身に刻まれた入れ墨は俺たちの遺志、存分に燃やし尽くせ。使い方は教えてやる」
そう言って、アーサーは話を続ける。
しばらく彼の魔法の本質の説明を受けたエリザベスは、それが想像以上に単純で、かつ聞いたこともない理論で組み立てられていることを理解した。
「……とまぁこんなもんだ。理論を知っていれば実践しやすいが、大事なのはできると信じることだ。やってみよう」
「はい、ご先祖様」
エリザベスは試しに教えられた呪文を小さくつぶやき、医務室の燭台に手を翳す。
火の魔法とは逆に、まず彼女の入れ墨から暖かな光が発生し、ろうそくに火が灯った。
「光を熱に、そして火に……なるほど……」
驚いたように頷くエリザベス。アーサーは一度で成功させた自分の遠い孫の才能に満足し、優しい声で語りかけた。
「俺たちは所詮死者でしかないから、ここまでだ。アストライアは、アレクシアという娘の中に既に入り込んでいる。君の望みのために、娘が邪神に乗っ取られる前に殺すんだ。アルバートとも協力してな。頼んだぞ、エリザベス」
アーサーの話を、エリザベスは静かに聞いていた。
なるほど、アレクシアの超常的な魔法は既に邪神とやらの力を使っているということかと合点がいった。
しかし、彼女はその力によって帝国軍を退けてランカスターを守っている。
だからこそ、エリザベスにはアーサーの優しい言葉の端々から溢れる嫌悪や殺意が理解できなかった。
「ご先祖様、悪いんだけどその約束は出来ないわ」
「ここまで教えてやったというのに……なぜ!? 我らランカスター家の宿敵だぞ!? 神から人の手に世界を取り戻した俺たちに呪いをかけた仇だぞ!?」
優しい笑顔を浮かべていたアーサーが急に豹変し、怒りに震えながらエリザベスを怒鳴りつける。
しかし彼女は涼しい顔をして、凛とした声で告げた。
「だから、あたしはランカスターの独立と繁栄のために戦うって言ったでしょ。別にアストライアなんかどうでもいいわ。あたしがアレクシアと戦うとしたら、それはいずれ帝国を統一するだろうあの女から独立するためだけよ」
そう言ってまくし立て、今度は煽るように目の前の美青年を指差し、エリザベスは高らかに笑う。
「別に邪神だろうが宿敵だろうが、あたしの知ったこっちゃないわ。さっき断ったから上手いこと誘導しようとした感じ? そんな下らないことに引っかかってたら君主なんか出来ないわよ。情けないわね初代ランカスター王。死者は死者らしく黙って寝てなさいよね」
エリザベスはアレクシアに領地を奪われたあの日既に、自分の家のことなどどうでもいいとしか思っていなかった。
そもそもあんな貧乏貴族の家なんか継いだのだって国と民を愛しているから。帝国から独立してやろうという手段の一つに過ぎない。
それなのに目の前のご先祖ときたら過去の復讐に囚われて、まるで小物じゃないの。と彼女からしたらアーサーの言葉など聞く価値を持っていなかった。
その煽りをまともに受けて引きつった顔の彼は、その彼女を指差して怒り狂う。
「い、命を救ったのは誰だと思っている!! この俺だぞ!!」
「あいにくね。命なんかとっくにランカスターに捧げてるわ。家じゃなくて国のほうにね。じゃあねご先祖様。この力とあんたの魔法は有効に使わせてもらうわ」
「なら直接俺がお前の身体を……!」
そう言って手を伸ばすアーサー。エリザベスは不敵に笑うと、彼の腕を跳ね除けた。
実体のない自分が弾かれたことに驚愕した彼は絶句し、唇を震わせて彼女を見つめる。
「信じることが大事、でしょ? あんたと同じで、アストライアってのはアレクシアに倒されるかもね」
「どうして!? 何故俺が……お前の魂のほうが強い? まさか、俺は何百年も……」
「成仏しなさいよ。いつまでも昔の女に未練がましくつき纏うとか情けないわ」
まぁ、そんな関係ではなさそうだけど。とエリザベスは少し笑って、窓の外に昇る朝日にアーサーの身体が溶けていくのを見送る。
彼が消えていき、自分の身体の入れ墨がまだ残っているのを残念がって。よいしょ、と大きく伸びをした彼女は、とりあえず復帰してアレクシアからの仕事の続きをしようと立ち上がった。




