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第十三話:仮面の男

前回のあらすじ!



万病に効く薬?

 帝国首都や連合国にて最近販売されており、あらゆる病に効くという『新薬』。我らがペルサキスでも販売されているとの噂を究明しに本誌記者が調査に向かった。

 中心街某所にて販売しているAさん(仮名)に話を聞いたところ……


――『週間ペルサキス』帝国暦99年2月2週発行



アレクシア様、『新薬』の一般取引及び単純所持の禁止を発表。

 最近出回っている『新薬』。アレクシア大学の研究チームによると、人体へ著しい危害を及ぼす可能性が発見されたとのこと。それを受けた我らがアレクシア様は直ちに一般取引を禁止。今後は専売業者としてリブラ商会が指定され、認可を受けた医者のみが購入可能となる。終末医療のみの使用に限定されるとのこと。違反した場合の罰則は……

 

――『ペルサキス新聞』帝国暦99年2月18日発行



 エリザベス=ランカスターの右半身に刻まれていたという入れ墨のスケッチ。

 帝国暦末から実に800年以上もの間世界各国の研究者たちを悩ませ続けた永遠の課題は、近年になってやっと解明されました。

 入れ墨や漢字の魔術に造詣の深い和泉国の研究者チームの研究結果、及び再現実験によると、あれは何重にも重ねて刻まれた象形文字のようなもので(中略)しかし、ランカスター王家の一族が一体どうやって根本原理にたどり着き、どうやってそれを刻んだのかは資料が残っていません。


――『伝説とその現実』 天秤新聞社 852年

――帝国暦99年2月中旬、ペルサキス貴族住宅街


 

 アルバート夫妻が訪れた頃にはすっかり日も落ちた。

 貴族住宅街、という名前の通り、ここに住居を構えるのは貴族たち。

 中心街の四角いコンクリートの家ではなく、帝国らしい石やレンガで作られ、ちゃんと庭も備えた家々が立ち並ぶところ。そこの外れの方に下級貴族であるボレアスの屋敷も連なっている。


「まさか直接訪ねてくるとは。連絡をよこせなくて悪かったよ。色々あってなぁ」


「いや、気にするなよボレアス。そっちの事情は分かってるが、こっちも退屈でな」


 退屈なのはいいことだよほんと。とボレアスが中に招き、夫妻は屋敷に入って行く。

 ボレアスの妻と子どもたちに迎え入れられた二人。直接会うラングビの大スターに興奮した子どもたちから質問攻めを食らうアルバートを見ながら、アンナとボレアスは紅茶を啜っていた。


「アンナも元気そうで何より。子供ができたら見せに来て、という距離でもないんだけどな」


「子供ができたらこっちに引っ越したいくらいですけどね。学校もありますし。ボレアスさんも、奥様もお子さんも幸せそうですし」


「まぁこっちは仕事ならいくらでも……アルバートが来たらニキアス様が大喜びだろうなぁ」


 離れたところから、茶菓子を用意してくるとボレアスの妻の声がして。

 リビングで寛ぐ彼らはまだ異変に気づいていなかった。


「アルバートおにいちゃん……ぼくねむくなってきた……」


「もう夜だしなぁ。よ~し、お兄さんが布団まで運んであげよう」


 しばらくじゃれていて、一番小さな子どもが眠くなってきた頃。

 彼を寝室に運ぼうと抱き上げて、アルバートは食卓にいる皆を振り返る。


「ボレアス、アンナ、ちょっと行ってくるぞ」


「ん……あぁ……頼む……」


「すぅ……すぅ……」


 紅茶を飲んでいた二人がやけに眠そうに、アンナは食卓に突っ伏して既に寝息を立てている。

 疲れてるんだなぁ。とアルバートは微笑んで、はっと我に返った。


「ボレアス! 起きろ! お前の奥さんが居ない!」


「あぁ……茶菓子を取りに……いつだ!? 行ったのは!?」


 アルバートの怒鳴り声を聞いて、ボレアスが慌てて立ち上がろうとして椅子から転げ落ちる。

 彼は食卓に手をついて立ち上がり、ふらついた様子でうめき声を上げた。


「うぅ……クソ! 眠り薬か……体が動かん……!!」


「お前は子どもたちと、アンナを頼む。奥さんは俺が見つけてくる」 


「……すまん」


 アルバートは素早く身体強化を唱え上げ、全力で集中して音と気配を探知する。

 家の庭からボレアスの妻の気配を感じた。


「おかしい。他に足音がしないのにもがいている音がする。罠か?」


 同じ感覚を覚えたはずだ。あの妙に愛想のいい男。あいつと同じ。

 アルバートの頭に嫌な予感と寒気が走り、彼の身体が自然に背後を殴りつけていた。


「がっ!!」


 確かな手応えと悲鳴。背後に急に現れた男がアルバートの裏拳をまともに喰らい、壁に叩きつけられて気を失っている。

 その様子に、彼は確信した。


「気配と音を消す魔法だな? 厄介だが……相手が悪かったな!!」


 また背後から寒気。アルバートが回し蹴りを放つと悲鳴が上がる。

 

「ボレアス! アンナ! 壁を背にしろ! 聞こえないだけだ!」


 アルバートが叫ぶ。叩き起こされたアンナとボレアスが黒ずくめの男たちと格闘しているのが見えて、彼は少しホッとした。

 よかった。軍人がそうそう簡単に賊にやられるはずがない。そう彼は安堵して、屋敷の外へ出る。扉の外で待ち伏せをしていた数人を瞬殺して、彼は叫んだ。


「そのご婦人を離してもらおうか!!」

 

 なるべく大声で、近くの家々に伝わるように。

 近隣から様子を見に顔を出す下級貴族達と、普段着のままで走ってくる軍人であろう貴族。

 誰か警察を呼んでくれよ……? と思いながら、彼はボレアスの妻を担いで馬に乗ろうとする男を呼び止める。


「この御婦人がどうなっ」


 男が言い終わる前に、その頭が弾け飛んだ。

 アルバートの本気の投石をまともに浴びた、その顔だったところから血を吹き出して、男の身体が崩れ落ちる。

 

「殺しても構わないそうだ。悪いな」


 余裕たっぷりにアルバートは呟き、その凄惨な光景に気を失ったボレアスの妻を抱き上げようとして。

 背後からの多数の殺気に振り返る。


「……マズイな」


 小さな筒をこちらに向けた黒ずくめの男たちが十数人、二人を取り囲んでいた。


「良くも仲間をやってくれたなクソ野郎! 殺してやる! 打て!」


 ドラグーン! とアルバートは直感して、ボレアスの妻をかばうように覆いかぶさる。

 聞き慣れた轟音と共に背中に激痛が走り、手放しそうになる意識をなんとか繋ぎ止めた彼は、舞い上がる土埃と硝煙の中から立ち上がった。


「今のは効いた」


 その彼を見た男たちが腰を抜かして尻餅をつく。

 虹色に輝く髪と瞳。普通の身体強化程度では止められないはずの弾丸の雨から立ち上がったアルバート。


「ば、バケモノ!」


 口々に悲鳴にも似たうめき声が漏れる。

 アルバートはむしろその声を心地よく感じて、一歩ずつ歩み寄った。

 しかし、その彼の前に立ちはだかる、仮面で顔を隠した一人の男。

 

「やってくれたなアルバートくん。だが君の妻を人質に取らせてもらった。この場は見逃してもらいたいんだが」


「それなら、お前ら全員殺してアンナも救う」


 睨みつけるアルバートに、それは困ったな……と仮面の男は顎に手を当てて、近くの男になにか耳打ちをすると小瓶を渡した。

 男は狂喜の叫び声を上げてその小瓶の中身、真っ白な粉を飲み干すと、恍惚とした表情で、虚ろな目をアルバートに向ける。


「君の妻は置いていこう。俺を恨まれても困るからな。だがこいつと戦ってもらおうじゃないか」

 

 やけにあっさりと引き下がった仮面の男を追いかけようとしたアルバートは、恍惚とした表情の男からの突進を受けて転がった。

 反応すらできなかったその速度にアルバートは驚きを隠せず、少し格闘してなんとか組み伏せると、仮面の男の方を見る。


「驚いたか? この、アレクシア様の薬の作用さ。良い感じに禁断症状が出てからこいつを使うと、魔力が暴走するんだよ。そいつみたいに」


 アレクシア様の薬……? と疑問符が浮かぶアルバートに、仮面の男は更に続ける。


「アレクシア様はこの薬をバラ撒いて、帝国を滅ぼそうとなさっている! だから俺たちはそれに協力してやろうってのさ!」


 急に声を張り上げる仮面の男。

 その話を聞いていたのはアルバートだけではなかった。

 先ほど彼が大声をあげて呼んで、騒ぎを聞きつけて見に来た貴族やその召使いたちも、遠巻きに男の声を聞いている。


「アレクシア様がそのような事をお考えだとは! 皇族でありながら帝国に反旗を翻すなどと! これは反逆罪ですぞ!」


 わざとらしい演技で声を張り上げる貴族の一人に釣られて、人々の間に驚愕と、自らの君主への不信が伝播する。

 仮面の男は満足そうに何度も頷いて、彼らに対して声を発した。


「その通りだ! 我々はアレクシア様のために、貴様ら貴族に天誅を下す! アレクシア様万歳!!」


 そう言い残して、仮面の男と黒ずくめの男たちが引き揚げる。

 後に残されたアルバートが我に返って、なんとか組み伏せた男を見ると彼はすでに事切れていた。



――



 ボレアスの妻を運んで屋敷の中へ戻ったアルバートは、壁にもたれかかって休んでいるアンナとボレアスを見つけた。

 目立った外傷のない二人に安堵して、まずは自分の妻に走り寄る。


「アンナ! 無事か!?」


「なんとか。足を引っ張りました。すみません。……それより、あの仮面の男の話は」


「大方、嘘だと思う。アレクシア様が帝国を滅ぼすとしたら、あんな薬に頼る必要ないだろ」


 雷なんて物を自在に操れるあの『雷神』皇女殿下が、わざわざしょうもない悪党なんか使うか? それにペルサキスの民を傷つけるような真似はしないだろう。しかし……とアルバートは逡巡する。

 だが、仮面の男の言葉にはかなりの本音が混じっている。と彼は感じていた。

 それはアンナも同じのようで、彼女は不思議そうな顔で首を傾げていた。


「あながち嘘には聞こえなかったんですよね。ボレアスさんはどう思います?」


 自分の妻をソファに寝かせ、子どもたちを抱きしめていたボレアスは急に話を振られると、バカバカしいといったふうに手を振った。


「自慢じゃあないが俺はニキアス様の腹心で、あの御方はアレクシア様の事を心から愛しておられる。それにご友人のシェアト様の護衛だってやってたんだ。本当に奴らがアレクシア様の手のものだとしても、俺が襲われるとは思わないね」


 自信満々に断言するボレアスに二人は少し笑顔を返して、まずは部屋の片付けをしようと立ち上がった。



――ペルサキス城 執務室



「どういうことですの!! これは!!」


 頭を抱えて項垂れるニキアスの隣で、アレクシアが官僚相手に怒鳴り散らしていた。

 貴族住宅街で起こった事件。その問い合わせがペルサキス城にまですぐに届いていた。


「んなわけねーですのよ!! わたくしが毎日どれだけペルサキスのために働いてると思ってるんですの!?」


「それは重々承知しておりますが……仮面を着けた男、というのが話していた。とのことで……」


「はぁぁぁぁぁぁ??? 何年もこの地を豊かにし続けたわたくしより、そんな男の言葉を信じるっていうんですの!!!???」


 ばちばちと音を立てて紫電が走り、彼女の周りに山と積まれた書類が燃え上がる。

 官僚は滝のように汗をかいて、激怒する雷神の起こした嵐が過ぎるのを待つしかなかった。

 しかし嵐は急に矛先を変えて、彼女の隣に降り注ぐ。


「ニキアス、例の作戦とやらをすぐにでも始めなさい! なんなら一発雷でもなんでも落としてやりますわ!」


「アレクシア、落ち着いてくれ。あと二日で準備が整うんだ。それに仮面の男っていうのは……」


「こんなん考えるのなんてゼノンしかいませんのよ。反乱を起こすのに皇族を担ぎ上げるのが一番いいだなんて、奴が一番良く知っていますわ。……こういうのはすぐにでも鎮めないと帝国と戦争になりますのよ!? 事の重大さを理解してくださる!?」


 わかってる、わかってるから……とニキアスは癇癪を起こしたアレクシアを必死で宥めて、官僚にボレアスと、彼の家で戦っていた者を呼ぶように指示を出した。

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