第十七話:それぞれの思惑
前回のあらすじ!!
エ……ベス様! 勇者アル……ト様! 帝国軍を撃…せしめる!!
帝国軍による…………の襲撃を返り討ちにしたお二人。
近いうちに帝国との………予想されるにあたり、志願…を募る。希望者は王都…………まで。
――『ランカスター瓦版号外』 帝国暦98年10月ごろ?
謎の新兵器開発か?
先月開校したばかりのアレクシア大学からの情報によると、魔法を転用した兵器が開発されているとのこと。既に我らがペルサキス軍に配備され、最終試験の最中だという。詳細は不明だが、かの大学には鍛冶屋組合、ヘパイストス組から大量の鉄の筒が届いているらしい。鉄の価格の高騰が懸念される。
――『ペルサキス新聞』 帝国暦98年9月4週発行
渡せなかった。アンナに会いたい。
――アルバートの日記 帝国暦98年秋ごろ?
――帝国暦98年10月上旬、ランカスター城
収穫祭を襲ったソロンの息子、アイオロス。彼を捕らえたアルバートとエリザベスは、彼の尋問と今後のランカスターの身の振り方について会議をしていた。
軍や民兵達は既に彼女の指示で北部領境を中心に防衛線を張りに向かい、別地方の住民たちは南部の港に避難を終えている。
「それで、貴方はソロン宰相閣下からランカスターの反乱について聞いた、と」
頬杖をつくエリザベスが、アイオロスを見つめてため息をつく。
彼は深くうなずき肯定した。
「そうだ。最も……今はそうとは思えないが」
「当たり前じゃない!! 秋の税だってきちんと納めたのよ!! 八割よ八割!! 分かってんの!?」
机を叩き憤慨するエリザベス。横で見守るアルバートは彼女を宥めながら聞いた。
「まぁまぁエリザベス様……アイオロス。お前は父に騙されたとか思わないのか?」
「騙された……としても私は軍人で、しかも父さんに無理矢理継がされただけだからなぁ……逆らえないよ……」
通りを奇襲した時と比べてやけに弱気なアイオロス。無理してたんだな……とアルバートは少し前の自分を思い出して少し同情した。
「お前のやったことは許せないが……帝国人も連合国人も巻き込んだんだぞ」
「なんだって? ランカスター人しかいないって父さんは……」
驚くアイオロスに、エリザベスがランカスター軍からの報告書を渡す。
彼の破壊した通りではペルサキス人の商人達が出している店、最近ペルサキスや南部の港を通り観光に訪れ始めた連合国人も犠牲になっていた。さらに火薬の商売に来ていた西側諸侯の貴族の名前すらある。
それを読んだアイオロスは深くため息をつき、頭を抱えた。
「嘘だろ……」
「どうしてくれんのよこれ。ウチだけなら戦争して終わりかもしれないけど、これがバレたらあんたの親父は帝国全土に連合国からも責められるわよ」
「そんな……」
「だいたい、反乱の鎮圧なんて言うならやり方が馬鹿なのよ。たった五十人で……」
「……すぐ出せるのがそれくらいで……」
まぁあんまり少なすぎたし、収穫祭の時期だから警備も手薄で王都まで簡単に来れたんだろうけど……とエリザベスは警備を強化することを決めた。
最近は主にペルサキスの商人たちが大勢通り抜けるので、彼らに便利なように検問も減らし人を減らしたが、たった五十人に不意打ちされた程度で通すようでは、やはり失敗だったなと悔やむ。
エリザベスはため息をつくと、八つ当たりのようにアイオロスに説教した。
「はぁ……士官学校落第ね。ハゲ親父に焚き付けられて焦った? もっとちゃんと準備して数千は軍動かさなきゃ駄目よ。こっちの戦力把握してる?」
「暴れているのは広場の民間人だけだと……」
「馬鹿じゃないの? あんた、中央警察隊しかやったことないでしょ」
「そうです……」
「向こうと違ってこっちは人口全員が反乱してるくらいの覚悟はしておくべきだったわね。本気で反乱してたらあんた領境で殺されてたわよ」
だいたいアルバートに勝てると思ったの? と罵倒しながら早口で捲し立てるエリザベスに、俯き小声で返答するアイオロス。
二十五年ほど前のランカスター大反乱。それを僅か二百人で王都に現れ鎮圧した暴風将軍ソロンはランカスター人の恐怖の象徴に近い。今大人しく重税に耐えているのも、彼の恐怖が染み付いているからだった。
ソロンはその後ベネディクトと組み、ラングビにランカスターのチームを参入させ、庶民のガス抜きと一攫千金の機会を与えて上手く懐柔していた。
しかし自らが仕掛けた八百長事件の失敗で癇癪を起こしてしまい、鎮痛剤などのランカスター利権をアレクシアに奪われてしまう。
そんな自業自得の失態を取り返そうと、適当に焚き付けて派遣したアイオロスを奪われた、というところだろう、とエリザベスは後年振り返っている。
「……ソロンは、お前が自分くらい強いと思ってたんじゃないか……?」
「だと思う。父さんはそういうところあるから……」
アルバートが口を挟むと、意気消沈したように項垂れるアイオロス。
エリザベスは呆れた素振りで茶を少し飲むと、深くため息を吐いて彼に尋ねた。
「それで、あんたが失敗して……連絡寄こさなかったらハゲ出てくるでしょ? どれくらいで来ると思うのよ」
「帝国軍は私が戻らなかったら……二週間くらいだろうか。父さんはどうだろう……今忙しいからそれよりは遅いと思う」
二週間……それより少し短い想定で動く必要があるな、とエリザベスは眉間に指を当てる。
ペルサキスに頭を下げて仲裁を頼むのは有りだろう。アイオロスのせいで商人が殺されたとあれば帝国軍に対して強く出られるはず。しかし彼らは動くだろうか。彼女は先日ペルサキスを見てきたアルバートに聞いてみた。
「んー。アルバート、ペルサキスはどうだと思う?」
「そうですね……商人達と連合国人……あそこには多くいますから、ニキアス様やアレクシア様も彼らの死を見逃すことはできないかと」
「正直に話せば力を貸してくれるかも知れないわねぇ……前の帝国軍だけならなんとでもなったけど……ソロンが出てくるなら追い返すのも無理だし……でもペルサキスもどうせ帝国の一員だから、責任はウチに求めてくるだろうし……」
ランカスターの地形を把握し尽くした彼らがしっかりと準備して迎えれば、帝国軍とて簡単に攻める事はできない。だから何度鎮圧されようと滅亡は免れてきた。
しかし今回は連合国との和平を迎えたおかげで、帝国軍は以前の倍以上の戦力を持っている。その上帝国歴代屈指の怪物、暴風将軍ソロンが復帰したとあれば絶望的。
考えていくにつれ、どの道ランカスターはもう駄目かも知れないな、と二人の間に沈黙が訪れた。
結局返り討ちにしたのは事実。正当防衛を訴えようが帝国に対して歯向かったと言われて終わりだろう。怒りに駆られて手を出したのが間違いだったのか、とアルバートは後悔が先に立つ。
「エリザベス様、すみません。俺が……」
「撃ったのはあたしよ。悪かったわね。こんな君主で」
「いえ、そんな事は……」
「まぁ、あたしの首で終わるならいいわ。ペルサキスはウチと比較的友好的だし、帝国に対しても強く出れるでしょ」
アルバートの言葉を遮り、さて、ペルサキスへ頭を下げに行きましょうか。そうエリザベスは口調を直して言った。
去り際にエリザベスは振り返り、アイオロスに笑いかけた。
「アイオロス、城を出なければ自由にして構いません。貴方がランカスター家最後の客かも知れませんから」
「……客だなんて、私は貴女達の民を殺したのに」
「こちらも帝国兵を沢山殺しますから。お互い様でしょうよ」
覚悟を決めたその悲しく美しい笑顔。去っていく彼女の背中をアイオロスは潤んだ目でじっと見つめていた。
――そのころ、首都、上級官僚議会
「あのボケが! なぁぁぁにを焦っている!!」
宰相としての激務をこなし、茶と菓子を摘みのんびりと午後の休息を取っていたソロンが頭を真っ赤に染め上げながら机を叩き、息子の出征を知らせにきた将軍に怒鳴り散らしていた。
そもそも反乱の準備をしているから出征の準備をしろとは言ったが、すぐに出ろとは一言も言っていない。ちゃんと準備して、ランカスター人しかいなくなるのを見計らい、暖かい冬の間に決着を着けるように促した筈だ。
それが何故収穫祭の真っ只中、各地の商人や観光客が集まる場に殴り込んだのか。彼には全くもって理解できなかった。
「貴様も!! どうして止めなかった!!」
「それは……その……宰相閣下の命だと御子息が……」
「命令しとらんわ!! 連れてったのはたった五十だと? 無理だろうが!! このワシが三千連れて行って二百しか帰せなかったんだぞ!!」
ソロンの脳裏に二十五年前の大反乱の悪夢がよぎる。鬱蒼とした真夏の密林。暑さと水不足。昼夜問わず死も恐れず襲いかかるランカスター人。王都にたどり着くまでに半数以上が殺され、更に残りの殆どが王都で殺された。
なんとか自身の全力の魔法で王城を吹き飛ばし当時の君主であるエリザベスの祖父を屈服させたが、それでも二度とあの死地に赴きたくはない。
拳を震わせながら悪夢を見るソロンの、その目の前の将軍はアイオロスが先走るのを止めなかった。ソロンの息子として鳴り物入りで入隊したが、魔法にも軍事にも才能がなく警察隊司令官に回された彼。初めて父からの命令と喜び出征していくのを微笑ましくすら思っていた。
「だいたい今の帝国はランカスターを甘く見すぎだ!! 奴らが何故今まで残っているのか? ラングビが上手いから? 鎮痛剤? 南部の特産品? 違うわ!! 単ッッッッッ純に、強いからだ!!」
「はい……仰る通りで……」
「だから入念に準備をして今度こそ根絶しろと言ったのだ!! それを援軍を当てにして先乗り? 馬鹿かあいつは!!」
その後もくどくどと説教するソロン。息が切れた頃、すっかり冷めた茶を飲み干すとそのコップを叩き割り、深呼吸をした彼は落ち着きを取り戻して命令した。
「……ペルサキスから戻った軍人全員出せ。確か一万はいただろう。ワシも皇帝直轄軍を借りる」
「そんなにですか!? 向こうせいぜい二千でしょう!?」
「ランカスターの地形、戦闘民族ランカスター人の軍才を舐めるな。兵站の手配は多少遅れてもいい。中央平野の奴隷共から接収する。急げ」
「はい!!」
走り去る将軍の背中を睨みつけ、ソロンは椅子に座り直すと腕を組み、どうしたものかと考え込んだ。
「馬鹿息子め……ワシはお前を救わんぞ。帝国に大損害を与えおって。これだけ動かすのにいくらかかると思っておるのだ……」
脳内で試算した額を考えたくもない。そもそも宰相の自分が直々に動く、という事自体が既に大損害だというのに。これから全力で抵抗するランカスター人に何人殺されるか……考えるだけで頭痛がする。
「隠居したニケに力を……ぐぬぬぬ、奴の手は借りたくない……」
自分並みに有能な軍人、または貴族を想像して真っ先にニケの顔が思い浮かぶ。まだ若い頃、ディミトラ皇后陛下を慕って中央へ戻った自分を散々嘲笑してきた奴の顔。
それにニケ……つまりペルサキスに助力を願えば、奴らは喜んで力を貸すだろう。しかし利益は全て奴らに持っていかれる。それを考えるとなんとか自力で片付けなくては。
そう決めたソロンは長いため息を吐いた。
「……アレクシアに気づかれる前に……可能な限り早く……」
この時、まだ彼は知らなかった。暴走したアイオロスの起こした襲撃事件はペルサキス商人、アンドロメダ連合国からの観光客に西側諸侯の貴族すら巻き込んだ大事件になっていた事を。
一年三ヶ月後、百年祭での悲劇に直接繋がる一連の事件はここから始まっていた。




