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第十六話:強襲、旧王国の収穫祭

前回のあらすじ!



皇女が出てきた。エリザベス様と割と似ている気がした。案外仲良くなれるのかもしれない。


――アルバートの日記 帝国暦98年10月ごろ。



・集団魔法について

 人々の意志を集める?←難しい

 薬を使う?←制御できない

 理論を知っていれば?←知ってる奴が狂人か変人

 信仰心を集める?←どうやって?


――アレクシアのものと思われる走り書きのメモ 年代不明 74年ごろペルサキス城改装工事中に発見。



我が娘アレクシアは、妻の命を持っていったのだ。やがて俺の命も持っていくだろう。

愚帝の子である俺が、あの美しく苛烈な女の腹からあの傑物を産んだ。それだけで十分だ。

娘の落書きは読めないが、あの絵だけは俺にも分かる。道を残さなくては。

やるべきことを考える。悲しみに暮れている暇はない。


――アポロン四世の手記 帝国暦88年ころ? ※グライダーや金属活字、そして水蒸気機関モデルなど、彼による模写が多数続けて描かれている。

――帝国暦98年、10月上旬、ランカスター王城、エリザベス執務室



 先月ペルサキスにて行われたラングビでトゥリア・レオタリアにボロ負けしたポタモス・アイギス。

 それもそのはず、彼らの主力だった徴兵軍人たちは自分たちの田舎へ帰り、連携もなにもないガタガタの試合運びで、やたらと張り切るアルバートになすすべなく敗れ去った。彼らのオーナーであるニキアスは目の前で行われた虐殺の当然の結果に軽く涙していたが、ファンは仕方ないと受け入れていたようだった。

 そしてその知らせは、遠征に出向いていた選手たちの凱旋とともにランカスターにも伝わっていた。これから南部の暖かい冬を迎えるランカスター地方で帝国各地のチームを招いてのホームゲームが続く。暑い夏を耐えたランカスター人にとってはここからがついにラングビシーズンの開幕と言っても過言ではなく、秋の収穫祭とともに街は一層活気を見せる。


 その喧騒が微かに聞こえる王城の執務室ではここ数ヶ月、エリザベスもちゃんと仕事をしていた。

 黒色火薬を用いた道路工事に、ペルサキスの大学建設が終わって余った金型やコンクリート原料を格安で譲り受けての宅地造成。本当は武器を買いたかったが家臣全員に拒否されたので仕方なく挑んだ公共事業は一定の成果を出しつつあった。


「……だいたい、新型の軍艦なんてどこに使うんですか。東廻りはペルサキスと連合が抑えてて、西廻りは海が荒れるのに馬鹿じゃないですか」


「ぐぬぬ……」


 ここ数ヶ月、もう無礼とかそういう問題でもなく為す術もない家臣たちに、エリザベスも唇をかみしめて黙るしかなかった。

 ことごとく否決され、残った予算でアレクシアの大学で作られた手持ち用の小火器(商品名:ドラグーン)の試作品を購入していたのたが。


「これ、やっぱり身体強化使った投石のほうが威力出ますよ。わざわざあんなにうるさい火薬使わなくても……専用の鉛弾だって大した量ないですし……」


「これは……これは絶対に使う時が来ます!」


 裏庭で試射を済ませた家臣が帰ってきてエリザベスに報告する。実際に売りに来た商人が実演してみせた威力よりずっと低いことに彼女は不満だった。

 アレクシアの自信作でエリザベスにとっても有用に見えたのだが、残念ながら理解してもらえなかった二十丁のドラグーンは届いてすぐに倉庫に寝かされていた。

 まもなく大量に送りつけられ大活躍するのだが、それには少し時期が早かった。


「どうしましょ……ワシムー! ちょっときてー!!」


「へいエリー姫、なんの御用で」


 ワシムと呼ばれた男。アルバートが捕まえてきた海賊のリーダーの彼は、すっかり言葉を覚えてランカスターに馴染んでいた。

 技術者としてランカスターの公共工事によく参加し、現場の職人たちから言葉を学んだ彼の敬語はとても怪しいが、外国人だし……とエリザベスは特に気にしていなかった。

 むしろ領主としての畏まった口調ではなく割と素で話せる分気楽にすら感じている。


「これ、あんたの国にあった?」


 手渡された一丁のドラグーンをくるくると回しながら見つめるワシム。鉄の砲身に木を組み合わせた先込め式のシンプルな小火器。

 火魔法で火薬に点火し発射するこの小火器には引き金のような発射装置はない。アレクシアの魔法理論では本来不要である呪文詠唱を省略すること、それをどう納得させるか考えた彼女の案で、詠唱代わりに銃身に彫られた火の神への祈りを指でなぞることで火魔法を発動して発射する。


 半信半疑で試射したエリザベスの家臣が誤解したのも無理はない。ドラグーンはその威力を信じてさえいれば、魔法に使われた余剰の力が爆発のエネルギーに指向性を持たせ、石壁すら軽々貫通するほどに火力を増し、命中精度も格段に向上させるものだからだ。


 母国でその原理を理解しているワシムは全く同じものだと直感し、ため息をついて答える。

  

「……デカイものならあったですね。こんなちっちゃいものは……筒は鉄!? どうやって作ったんです!?」


「冶金に関してはペルサキスの職人が大陸一よ。あんたらが家造りに使ってる頑丈で精巧な金型も作れるしね……」


「すごい! 国に持って帰れば金持ち!」


「逃げたらアルバートに追わせるわよ」


 大はしゃぎで素直に感想を述べるワシムを睨みつけ、脅しをかけるエリザベス。

 しかしアルバートの名前を聞いた彼はもっと喜んでいた。


「……ってことはアルバート様、帰ってますか! 久しぶりにお会いしたい!」


「そうねぇ……それじゃあこのドラグーンはあんた達とアルバートに預けようかしら。運用方法は思いついたから後で説明するわー」


「へいエリー姫。了解しました」


 ん? なんかアルバートの方が尊敬されてない? ドラグーンを抱えてアルバートの所へ走り去るワシムの背中を見ながら、エリザベスは首を傾げた。



――ランカスター王城外、軍教練場


 

 アルバートが一人訓練に励んでいる。チームは午前の練習を終え収穫祭へ繰り出す中、彼は汗を流していた。

 そこへワシムが先程貰ったドラグーンを抱えて訪れる。


「アルバート様! 久しぶりです!」


「ん? あぁワシムか。随分言葉上手くなったなぁ」


 いえいえそれほどでも……とワシムは続け、アルバートの留守中にあった出来事を語る。


「……なるほどなぁ。真面目に働いてくれてありがとう」


「一度死にましたから。それよりこれこれ」


 うんうんと満足そうに頷くアルバートに、ワシムはドラグーンを差し出す。

 説明を受けたアルバートは疑いの表情でそのドラグーンを手にとった。


「これが……ふーむ……」


「エリー姫の家来、わかってませんでした。これはすごい兵器です」


「……? 石投げたほうが強いんじゃないか?」


「あぁ……アルバート様もなにもわかっていない……」


 そんなアルバートの反応に、頭を抱えるワシム。

 アルバートは彼が何故ここまで評価をしているのかさっぱり分からず、解説を求めた。


「いいですか、これ。誰でも使えます。投石より弓より狙いが簡単。火薬と弾を込めて向けるだけ」


「いや、それに手間かかるじゃないか」


「予め込めとけばいいです。これ、弓より訓練がいらない」


「そういうことか。 でも平民や奴隷だと魔法の訓練なんて受けてない人も多いし……難しくないか?」


 その質問にニヤリと笑うワシム。高い技術力を持った彼の国では、魔法に依存しない火砲の研究も行われていた。

 そこで技術者として働き……どういうわけか海賊に身をやつしていた彼には考えがあった。


「このドラグーンに発射装置、付けれます。銃身が沢山あれば私、作ります」


「確かに使えそうだが……」


「なんでアルバート様、この筒だけ沢山、沢山ほしい」


「わかった。進言してみるよ。リブラ商会に行く用事はあるし」


 半信半疑ではあったものの、アルバートはワシムの提案に乗ることにした。

 エリザベスに進言するとラングビの賞金からなら充てても良いとのことで、ラングビ実行委員会名誉会長ベネディクト皇太子の名で贈られたアルバート個人宛の莫大な給料の大部分が購入に当てられることになった。

 彼が大通りにある商会の支店へ向かうと、そこに居た商人は彼の話を聞き喜んで契約を交わした。


「それとなんだが……」


「……あぁ、勿論持ってきていますよ!」


 商人に小声で耳打ちすると、彼は小物入れから小さな箱を取り出した。


「ありがとう、恩に着る」


 にこやかに笑う商人にアルバートは深々と頭を下げる。

 手を振る商人を背に支店を出た彼は重要な決心を胸に、一緒に収穫祭を回ると約束したアンナのもとへ向かう。

 もうすぐ待ち合わせの夕方。祭りはいよいよ盛り上がりを見せていた。



――ランカスター王都、王城前大通り広場



「この季節は良いですね、アルバート」


「あぁ……」


 仲良く腕を組んで歩くアルバートとアンナ。プロポーズこそまだだったが、誰が見ても夫婦に見える二人は以前より多少は綺麗になった王都を歩く。

 昨年と比べてペルサキス商人が多く訪れるようになり、収穫祭の後はいよいよラングビのシーズンということでアンドロメダ連合国からの観光客すら訪れている。

 言葉少なく、何やら懐をずっと気にしながら歩く彼を不審に思ったアンナが口を開いた。


「先程からどうしました? 様子が変ですが……」


「……なんでもない」


「さっきからずっと黙って、せっかく一緒に歩いているのに」


 昼間、給料の大部分が消えていったアルバート。彼が商人から購入したのは小さな金の指輪だった。

 アンナに渡そう、あの夜の責任をとってちゃんと正式に結婚しようと思い立ち、ペルサキスから帰る前に注文してきた。

 しかしどこで渡したものかと考えるにつれて、口数も少なく、歩く足もぎこちなくなってしまう。

 

「…………楽しくありませんか? やっぱりペルサキスと比べると……」


 アルバートの顔を少し見上げながら、アンナは不安そうな声で言う。

 彼は全力で首を振ると、しどろもどろになりながらも返答した。


「いやいやそんなこと! いや……なんだ……こう……」


 季節外れの汗が首を伝う。背中にびっしりと汗をかくのを感じる。アルバートは急にアンナの腕を振りほどき正面に回ると彼女の両肩を掴んだ。

 祭りの出店が並ぶ大通りを歩きながら二人の姿を遠巻きに見ていた人々も、彼の動きに目を奪われた。


「え……あの……」


 目を丸くして驚くアンナ。緊張した面持ちで見つめるアルバート。

 言葉に詰まって押し黙る彼の脳内では永遠に近い時が流れる。


「あ……アンナ……俺と……こう……」


 あぁ、もしかしてついにプロボーズか。と気づくアンナ。西側諸侯領でとっさに妻だと言われて、いきなり意識し始めて。

 元々彼のプレーには勇気を与えられてきた。彼の部下になったことは光栄だった。彼には言えなかったが、妻と言われて嬉しかった。

 ペルサキスの街を二人で回ったのは一生の思い出。そして皇女アレクシアの屋敷で夜を明かしたことも。


「私も……あの……」


「それで、これを……」


 受け入れようと彼の腕に手を当てるアンナの素振りに全く気づかない程に緊張したアルバートが、彼女の両肩から手を離すと懐から小箱を差し出す。

 開けようとする彼の震えた手が、彼女にはとても愛おしく思えた。



――その瞬間、収穫祭に賑わう大通りに耳をつんざくような爆発音が響き渡った。



「なっ!?」


 二人とも感情や表情が吹き飛び、音のした方を向く。

 するとそちらからも、後ろからも続けて鳴る巨大な爆発音。先程まで歩いていた街の人々が物を言わぬ瓦礫の一部と成り果てる。そしてガチャガチャと大きな鎧の音を立てながら隊列を組んで乗り込んでくる兵士たち。

 馬に乗った、指揮官と見られる若い貴族が剣を抜き高く掲げると、血を流し怯える民衆に向けて高らかに宣言した。


「我は帝国軍司令官が一人、アイオロス=クセナキスである! 反乱を企てるランカスターの民よ! 平伏すが良い!」


 アルバートの血が沸騰した。歯を食いしばり、呪文すら唱えずアイオロスに近づく彼の黒髪が、まるでアレクシアのそれのようにきらきらと虹色に煌く。

 それを見たアイオロスは剣の切っ先をアルバートに向けると、挑発するように言葉を続けた。


「んー? 恐れ知らずの平民がいるようだな。見せしめとして丁度いい……」


 値踏みするように舌なめずりをしながら馬上から見下ろすアイオロス。アルバートは一度深呼吸をすると言葉を返す。


「俺はアルバート。ランカスター軍の士官だ。帝国軍が何をしに来た」


「アルバート……? あぁ、父上……じゃなかったソロン宰相閣下が好きなラングビとか言うお遊戯の奴か。確か貴様は……勇者とか呼ばれていたな」


 ソロンの名前を聞いて驚くアルバート。ウラニオ・トクソティスの経営者で、確か官僚のトップ。

 しかし宰相と名乗り、軍を動かせるほどの立場だとは思っていなかった。考えを巡らせたアルバートは必死に冷静を装い問いかける。


「反乱を企てている、だのとソロンに聞いたのか」


「閣下を付けろ平民が。無論、我々は皇帝陛下の剣。皇帝陛下に全権を任せられた宰相である我が偉大なる父、ソロン様が嘘を言うはずがなかろう」


「……なるほどな」

 

 またソロンか。どうせこの帝国軍を倒しても倒さなくても、控えている本隊がやってくるんだろう。とアルバートがアイオロスを睨みつける眼光が厳しくなった。

 ――この司令官は人質に使う。ここで捕らえる。拳を握りしめたアルバートは、アイオロスに向かって真っ直ぐに殴りかかった。


「アルバート! それは駄目!」


 手を出したら貴方が処刑されてしまう、とアンナが止めようと大声を上げるが、激怒した彼には届かない。

 はち切れんばかりに怒張した豪腕を振りかざし、たった一歩、大きく足を踏み出した彼。その一瞬でアイオロスの鉄の胸当てが砕け散り、彼の身体が大きく弾け飛ぶ。

 アルバートはぎりぎり死なないように手加減をしたが、倒れたアイオロスに見向きもしなかった。反応すらできずに立ち尽くす護衛の兵士たちを睨みつけたまま、アンナの方を見ずに声を掛ける。


「アンナ、避難を頼む。……お前ら、民が避難するまで動くなよ。動いたら殺す」


「分かりました。……貴方も逃げて」


 彼女の声に答えず、勇者は兵士たちの前で立ち尽くし睨み合う。たった一人の気迫に飲まれた兵士たちは動くことも出来なかった。

 先遣隊の出鼻は挫いてやった。ここで全員潰し、ソロンの息子を人実に獲れば帝国軍もランカスターへの侵攻を躊躇するだろう。

 


 睨み合ったまま避難の時間を稼いで暫くの間。やがて静かになった大通りを見回し、いよいよ戦おうと彼が距離を詰めようとにじり寄ると、後退りする兵士たちの後方の狭くなった通りの出口から炸裂音が響き渡る。

 後方からの攻撃を受けて後ろの兵士たちが急に倒れ、将棋倒しのように隊列が乱れた。


「アルバート様! 助けに来た!!」


 声の主はワシムだった。ドラグーンの使い方を自らの部下……かつての海賊たちに説明していた彼は爆発音を聞きつけると、全員で通りに駆けつけていた。

 それを追いかけてきたエリザベスは指揮官用の鎧を着た男がアルバートの近くに倒れているのを遠見の魔法で見て頭を抱えたが、どうしようも無いことを悟るとすぐに射撃の指示を出し、自暴自棄になったのか自らドラグーンを構えながら叫んだ。


「交代! 次鋒、前へ! ……射て!!」


 通りに散らばった瓦礫を遮蔽物にして横並びに陣を構えるエリザベス。最初に射撃した部隊が隠れて弾を込め、もう一部隊が射撃をする。彼女がとっさに思いついた作戦。


「アルバート!! 動け!!」


「……エリザベス様、助かります!」


 エリザベスが発破をかけると、アルバートも慌てる帝国軍に襲いかかった。  

 前方には勇者、後方にはドラグーン部隊、ついでに領主。指揮官を失い挟み込まれた兵士たちは次々と崩れ落ちた。

 一人も生かして帰さないという彼らの気合に絶望すら覚え、苦悶の表情を浮かべて動かなくなった死体を踏みつけながら、エリザベスは息を切らして勝利を誇る。


「ぜぇ……ぜぇ……やったわ! 帝国軍に勝った! みんな! 勝ったのよ!!」


 大通りから避難した人々が彼女の大声を聞いて恐る恐る顔を出す。

 少しの間があって、勝利を確信した民衆、そして元海賊たちは勝利の雄叫びを上げ、アルバート、そしてエリザベスに群がった。


「(やっちゃったやっちゃった!! これからどうしよう!!!???)」


「(ソロン……中央貴族の……絶対に倒さなければ……)」


 わっしょいわっしょいと胴上げをされながら、二人はこれからの事を考えていた。


「あれが……エリザベス……エリザベス=ランカスター……」


 辛うじてアルバートの打撃から生き延びたアイオロスは、民とともに喜ぶ彼女を目に焼き付けていた。

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[良い点] 雪原天己さま 江倉野風蘭です。 ここまで拝読いたしました。 冒頭部のあらすじがただの「あらすじ」ではなく後々発見された史料という形になってるっぽいのがいかにも戦記っぽい風情を出してて好…
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