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第十三話:アルバートの新婚旅行、アレクシアの新興宗教?

前回のあらすじ!


ソロン=クセナキス閣下、宰相就任!

 皇室と上級官僚議会からの共同発表によると、ソロン=クセナキス上級官僚を『宰相』に昇格することが決まった。現皇帝陛下が宰相位を廃し親政に当たられて以来15年ぶりの宰相位の復活になる。主に内政を担当することが発表されており……


ベネディクト皇太子殿下、芸術家への支援を発表

 庶民の娯楽に多大な理解を示し、帝都臣民の支持も篤いベネディクト皇太子殿下は、芸術家への支援策を発表した。支援の一環として行われる第1回の芸術作品コンテストは11月中を予定。募集要項は……


――『帝国新聞』 帝国暦98年10月発行より抜粋。

――帝国暦98年9月上旬、ペルサキス領



 秋のペルサキス領もまた見事な黄金色。

 北の海から大河を遡るにつれて広大な麦畑が現れ、はるか遠くに豆粒のような人々が忙しなく働いているのが見える。

 やがて降り立ったペルサキスの中心都市は、今まさに繁忙期といった風情で人や馬車が行き交い、その目の前に作られた港では今まさに到着した船便からアルバートを始めとした選手団が降りてきていた。


「久しぶりだな。ペルサキスは。前より街が広くなった気がする」


 大きく伸びをするアルバート。長旅の最中、大部屋で雑魚寝させられた選手達は疲れを隠せていなかったが、終戦を迎え更に発展を続ける街の活気に目を輝かせていた。


「お、我らがランカスターの紋章だな、あの箱。ウチで作ったものも連合国までいくんだなぁ」


 勿論ランカスターで生産された南部の作物や鎮痛剤などを載せた馬車も多く乗りつけ、ここで船に積み替えられて大河を渡る。

 試合は数日後ということで各自繁華街へ遊びに繰り出した選手たちを尻目に、ジョンソンがアルバートに話しかけた。


「アルバート、ここでは講演会はないからお前も遊んできていいぞ」


「え、そうなのか?」


「そりゃそうだよ。今この地で崇拝されてるのは皇帝じゃなくてあのアレクシア様だぞ? もし睨まれたらランカスターは貿易もできないし冬の食料も入ってこない。彼女は味方だってエリザベス様も言っている」


「……あぁ、そうだな」


 アレクシアの名前を聞いてしばらく前に感じたあの悪寒を思い出したが、確かにこの数ヶ月ペルサキスは非常に協力的だった。

 それが彼女の意図であるなら、本当に味方なのかもしれない。と思いながらも疑念を隠せないアルバートの肩を叩き、ジョンソンが船から最後に降りてくる女性を指差して笑う。


「ほら、アンナが降りてくるぞ。新婚旅行してこいよ!」


「おい、ジョンソン! お前!」


 彼女へ向けてアルバートの背中を突き飛ばし、笑いながら走って逃げるジョンソン。船着場に残されたアルバートとアンナの二人に少し気まずい沈黙が訪れた。頭をかきながら照れる彼と、それを見据える彼女。

 長い船旅の間、どこから伝わったのかアルバートとアンナはチームメイト達から散々結婚を祝われていたが、たまたま方便で言い出したアルバート本人だけがまだ慣れていなかった。


「……アンナ……ええっと……」


「私はもう慣れましたが。行きましょうか」


「いや、君は部下だし……ってどこへ?」


「はぁ……シェアト様の屋敷に招待されていたでしょう。まずは湯へ行って垢を流して……ちゃんとした服も用意しないと。案内してもらえますか?」


 今ひとつな反応のアルバートにため息をつくアンナ。どうせ夫婦だって言うならもう少し堂々として欲しいと不満顔だ。


「あぁ、わかった。せっかくだし楽しもう」


「えぇ! 行きましょう!」


 せっかくの休みだし、と割り切って返答したアルバートにアンナは笑顔を見せる。財布にはそこそこ遊べるだけの金は入っていた。湯へ入って、ある程度ちゃんとした服を買うだけの金はなんとかあるだろうか。

 彼の記憶では、大河に流れ込む地下水脈から豊富な水が湧くペルサキス領には非常に多くの銭湯が点在するはずだ。

 事実、中心都市であるこの地は特に多く、銭湯は昔から兵士たちの傷を癒したり長旅をする商人達の休息の場として愛されてきた。

 特に今年からはアレクシアが推進する『一日一風呂キャンペーン』(清潔を保ち、貿易で持ち込まれる可能性のある疫病を防ぐために制定したもの)によりかなり格安で利用できるようになっている。

 

 張り切るアンナに手を引かれ、アルバートも街へ繰り出した。



――その頃、アレクシア邸


 

 アレクシアの屋敷……ほとんど毎日城の寝室に寝泊まりする彼女はほぼ帰ってこない。ということで、この古いランカスター王国時代に建てられた宮殿には現在代わりにシェアトが住んでいた。

 昨夜首都から帰ってきた彼女はアレクシアにありのままの出来事を話し、今朝は珍しく帰ってきた彼女をを出迎えて遅めの朝食を一緒に摂っている。

 アレクシア側には蜂蜜を練り込んで薄く焼いたパンに甘く味付けした卵焼きを載せ、果物のシロップ漬けを掛けたものと香辛料を利かせた甘い紅茶。大の甘党のアレクシアの好む謎の朝食はシェアトからすると信じられなかったので、普通に塩で味付けした卵焼きとパンに牛乳を頼んでいた。

 珍しく一緒に並んでの朝食だと言うのに、アレクシアは眠そうに、重たそうに口を開く。


「ふぁ……昨夜は報告をありがとうございました」


「いいえ……大したことは」


 昨夜、彼女は報告を受け取るとすぐに激怒した様子で自分の執務室へ戻り、大量の書類の山と格闘していた。

 鬼気迫る憤怒の表情を見せる彼女にシェアトもニキアスも触れることができず、そっとしておくことしかできなかった。

 彼女の髪を見るに今だに怒り続けているようで……彼女が激怒している時は特にキラキラと虹色に光り、とてもわかり易い。


「……アレクシアは、感情が昂ぶると髪が光るのですね」


「え? いきなり何を?」


 全然違う話題にしたほうがいいかな、とシェアトは思った。 

 アレクシアはそんな彼女の気遣いが少し嬉しく、喜んで雑談に応じる。


「その髪の色、時々虹色に光りますし……不思議に思っていたのですが……」


 あぁ、と自分の髪を持ち上げるアレクシア。既にその光は収まっていた。


「魔力が流れると髪の表面が持ち上がって細かな溝ができて……構造色というのですが……いや、貴女に説明するのは難しいかもしれません」


「そんな、わたしの頭が悪いみたいに!」


「これは今の科学では……そうですね。そのうちわたくしの大学にご招待しましょう。面白いものが見られると思いますわ」

 

 怒ったように頬を膨らますシェアトに慌ててフォローをするアレクシア。

 月初に開校したばかりの彼女の大学では、いわゆる自然科学研究の他にも最近普及し始めた金属活字を用いる活版印刷の改良に、それを応用して鍵盤と組み合わせて文字を直接紙に打ち込む速記用器具、黒色火薬を用いた大砲や持ち運びができる火砲などなど現在様々な発明品が研究されている。

 大学というよりは研究所といったところではあるが、広く才能を集めて研究に役立てたいという彼女の希望から来年の春から学生も募ることとして準備も進められていた。


「大学……?」


「知識と技術を集めた場ですわね。連合国にも修道院があると聞きますが、まぁ似たようなものですわ。神を受け入れるか、神を理解するか……といったような違いはありますが」


「まぁ! 神を理解するだなんて! そんな事を考えている司祭は居ませんでした」


 やっべぇ……地雷踏んだかな……とヒヤヒヤするアレクシアだったが、彼女を心底敬愛するシェアトにとって彼女の言葉は信仰する神々の教典と同等に重かった。


「素晴らしいです! 神々を理解する……確かにそれは不敬です。しかし女神であるあなたが! その御業の理解を助ける! なんと素晴らしいことなのでしょう!」


「だからわたくしは神などでは……まぁいいですわ。神への理解をわかりやすく……そうですわね、貴女もこの間乗ってきましたし。連合国は船をよく使うでしょう?」


 航海は天の星々や風、海の動きを観測して行う。それは神を理解しようとすることと同じ。それに当然のように海の神の領域を通るそれは不敬には当たらないのか。

 そう質問をすると、シェアトは静かに考える。


「言われてみれば……航海の無事を祈り海の神に捧げものをしますが……確かに航海、つまり怒りに触れるようなことをする、というのは不敬ですね」


「ふふっ、そんなものですわ。わたくしたち人間は常に神の領域を踏み荒らしながら生きている。だからこそ理解することが敬意に繋がるのですわ」


「なるほど……」


 納得したようで何度も頷くシェアト。

 なんとか言いくるめられた、とアレクシアは安堵する。連合国の一部の学者が神々の領域に足を踏み入れると自然科学研究に頑固に抵抗してきたらしいが、シェアトに説得してもらおうと思いついた。

 安堵した彼女が気分良く食事を進めていると、シェアトがぽつりと呟いた。


「ということは……背教者を神の怒りに触れさせれば……」


「ん? あぁ内戦のことね。そうですわねぇ……それで終わるんじゃないかしら。貴女たちは随分信仰心に篤いですし」


 何気ないアレクシアの一言に、シェアトは手を打った。


「それはいい考えですね! うふふっ」


 彼女は少し笑うと食事の手を止めて、その純粋な瞳で向かいに座る彼女の女神を見つめる。


「……シェアト?」


 なんかすげー嫌な予感がしますわね……と妙な寒気に包まれたアレクシアを全く気にせずに、シェアトはいきなり話題を変える。

 アレクシアも何を考えているのかよくわからない彼女が心底面倒そうなので一旦忘れることにした。


「あ、そうです。アレクシア」


「なんですの急に」


「今日、アンナとアルバートが来るのです。先日のお礼に」


「あー、別に屋敷に入れて構いませんわよ。自由に使っていいとは言いましたし。寝室で寝ていますからそっとしておいてもらえると」


「えぇ、当日急に言ってごめんなさい。迷惑はかけませんので」


 ほとんど帰ってこない屋敷ですし良いのですわー。 とあくびをしながら席を立ち、寝室へ向かうアレクシア。

 中央貴族への嫌がらせ計画を一晩で立ち上げ、早朝からニキアスや官僚たちと打ち合わせして手はずを整えていた彼女は、寝室に入るなり着替えもせずに布団に倒れ伏した。

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