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エピローグ

――紀元12年4月


 ランカスター平定十周年の催事が終わり、アルバートとアンナの墓の前で祈りを捧げる。

 あれから十年血を流すこともなく、経済と外交によって緩やかな大陸統一を果たしたアレクシアは、なんとなく物思いにふけっていた。


「ふぅ……もう少しですわねぇ。まだ若いうちに形になって良かったですの」


 父であるオーリオーン帝国皇帝への逆恨みから、いや母が暗殺されてからだろうか。

 彼女の波乱の人生は、若干三十歳に差し掛かる所で一度大団円を迎えるところ。

 数多の血を流し、悪行も散々してきた。しかしそれ以上に大陸に恩恵をもたらした女傑は、二人の墓に魔法の文字を刻む。


「ふたりとも、永遠におやすみなさい。もう誰も来ないようにしておきましたので」


 墓荒らしに遭わぬように何重にも結界を張って。

 のそのそと立ち上がり、迎えの馬車に歩いていこうとした所。

 十年も経って少し目尻に皺の目立つ、アルフェラッツ女王にしてアレクシア教団の大神官となったシェアトが、直々に迎えに歩いてきた。


「あら、女神アレクシア様。こんなところにいらっしゃって……」


 アレクシアはすっかり敬われ、今やヴィクトリア大陸唯一の神として信仰の対象になっていた。

 古代の女神……もとい自ら倒した邪神アストライアと同一視されていたのを嫌ってか、肩書はペルサキス女王のままで良かったのだが。とは本人も愚痴っていたようだ。


「その呼び名、ホント嫌なんですのよねぇ。”女王アレクシア=ペルサキスと女神アレクシアは同一人物。しかし合衆国の国家元首は女神アレクシアであって女王アレクシア=ペルサキスではない”……これクッソややこしいんで止めて欲しいんですの……将来の受験生が困りましてよ……」


「まぁ、共和国の方々が貴族が上にいるのは絶対に嫌だとゴネましたし、ペルサキス王家だけが国政を担うのに反対の旧連合国貴族も多いですよ。仕方ないでしょうに」


「めんどくせぇ奴らですの。殺した女神の肩書を名乗れと言われる気持ちになってみろってんですのよ」


 大陸諸国はペルサキス王家による専横を許さず、”女神アレクシアの下に大陸中の君主たちが跪く”という体で合衆国は成り立っている。

 セルジオスが率いるデュシス共和国だけは、”神の名のもとに集合した合衆国と友好的で対等な関係を結んでいる”という体で加入しているのだが、実質的には完全に支配下にあった。

 そういう微妙な事情をグチグチと話すアレクシアに、シェアトは愛想笑いで話を続ける。


「女神アストライア……まぁあなたも話してくれましたが、末裔なら女神を名乗る資格は十分あると思いますけれど」


「それが! 嫌ですの! だいたい神の力なんてこの十年一度も行使してませんのよ!」


 この十年、飢饉の際もなるべく人間としての力で解決するように頑張ったり、災害からも救わなかった。

 一応神の力でなんとかなったことにして信仰による統一の維持をしつつ、一人の人間には過ぎた力を排除しようと、神の力はもう人間には不要なものだと地道に捨てていこうと考えていたのだが……。


「冗談ですよ、アレクシア。しっかし、本当にあなたは変わりませんね。わたしやユースさんだって、すっかりおばさんになったのに」


「……それ、割と気にしてるんですのよ……」


 シェアトに指摘されて、思わず自らの頬に手を当てる。

 二十歳の頃と変わらず、皺もシミもなく張りのある、白磁のような滑らかな肌。

 最近肌が無限に水を吸うようになったと発狂していた、自分に瓜二つだったはずのユースの姿を思い出して、彼女は大きくため息をついた。


「ミラン=ミラクの日記から考えて、まぁ不老不死にされたんでしょうねぇ……」


「アレクシアったら絶世の美女ですし、いつまでも若いのは良いじゃないですか。それに、この国を出れば神の力も無くなるかも知れませんよ」


「あーまぁ、そうですわねぇ」


 孤独に耐えきれなくなったらどうしましょうかねぇ。と思いつつ、アレクシアは相槌を打つ。

 永遠に生き続けるというのがいかに恐ろしい事か、死ぬ手段を求めて世界中を旅したというミランの、膨大な数の日記帳を読んだ彼女は青ざめて。

 アストライアほど生に執着できる人間は凄いなと、肩を落とした。


「多分、子供ができないのも神になったせいでしょうねぇ……これ。人間のまま不老不死になったミランが少しだけ羨ましいですわ」


「……ニキアスさんとは、まだ?」


「ぜーんぜんダメですの。ユースはもう三人も産んだのに。オーリオーン一族の血筋は残念ながらクソ兄様の方しか残りませんわ」


 平たい腹を撫で、ペルサキス城で待つ子どもたちの顔を思い出す。

 養女としてペルサキス家に入ったユースは、ニキアスの側室として元気な子供を産んだ。

 もはや女王の影武者ではなく、女神アレクシアに仕えるペルサキス王家の一員として立派に歩んでいる。


「ベネディクトさんも、最近はいい噂ばっかりですよ? いい加減仲直りしたらどうです? ただ一人の肉親なんですから」


「嫌ですのー。呪い殺さないだけ感謝してほしいもんですわ。クソ兄貴には」


 そして現存する唯一の彼女と同じ血筋、オーリオーン一族は更生したベネディクトの下で旧帝国首都、オーリオーン市をしっかりと運営していた。

 最近はニキアスと和解し、一緒にラングビ事業の再興をしたとかなんとかでスポーツの神だと崇められているらしく。


「ったくアレだけまともに政治できるなら最初からやっとけですの。帝国滅ぼす必要なんかなかったかもしれませんのに」


「一応、ちゃんと評価してるんですね」


 頬を膨らませ吐き捨てるアレクシアと、安心したようにクスクスと笑うシェアト。

 実際彼女が口に出したと記録に残っている兄への評価は辛辣なものばかりだが、オーリオーン市の市政を数十年にわたって任せたことや彼の葬儀の際に直々に弔辞を読まれたことから、本当は非常に高く評価をしていたと言われている。


「……国家元首ですし。さ、行きましょ。ペルサキス城に帰りましてよ」


「はい。お手をどうぞ、女神アレクシア様」


「はぁ……シェアトとニキアスくらいは、わたくしの事を呼び捨てにしてくれて欲しいもんですわ……」


 なんだかこう、数少ない友人がすっかり遠くなったような。

 いずれ、不老不死の自分は現世に置いていかれてしまうんだろうな。

 アレクシアはそっと目を伏せて、シェアトの手を取った。



―― 一週間後、ペルサキス中心街



 わざわざ遅い馬車を選んだランカスターからの一週間の旅路は、実に楽しかった。

 久しぶりに友人とする旅行のようなもので、全くもって自由のないアレクシアには良い気分転換になった。

 その旅も終わりだと、この頃生み出された高層建築の真新しいコンクリートビルが目立つペルサキス中心街が迫ってきて、アレクシアは思わず天を見上げる。


「あ~、ペルサキス見えてきちゃいましたわ……」


「全くアレクシアったら、昔のほうがやる気に溢れてた気がしますよ」


「だって何もできないですし……せっかく官僚や議会育てたのに最終承認だけは全部わたくし、大学に引き籠もりたくてもすぐ呼び出し。ほんとつまんないんですのよねぇ。どうせ大した仕事させる気がないなら少しは自由にさせてほしいというか……」


「ふふふ、それだけあなたの育てた民が優れているんですよ、女神様。また今度遊びに来ますから」


 そして口を開けば無限に愚痴が溢れてくる。

 お飾りの仕事など昔はユースにやらせておけば良かったのにと悲しんで。

 やがてペルサキス城に到着すると、ぽんぽんと肩を叩き先に馬車を降りたシェアトの、少し節が目立ち始めた手を取った。


「はぁ。シェアトに不老不死の呪い掛けられないかしら……」


「その時は、若返りの魔法もお願いしますよ」


「ですわね」


 冗談めかして笑い、彼女に背を向ける。

 またいつものつまらない日常に戻るのかと鬱々として、アレクシアは口を開いた。


「次はマルカブくん連れてくるんですのよ。そろそろ五歳ですわよね?」


「ええ、近いうちに。それでは女神アレクシア様、お元気で」


 終戦後結婚したシェアトの息子の名前を呼び、衛兵たちが掲げた矛で作られた花道を歩いて行く。

 後ろで馬車が出る音がして、友人と気軽に逢えない悲しみを堪え。

 とぼとぼ歩いて執務室に向かうと。


「おかえり、アレクシア」


「あらニキアス。毎回このお出迎えっていうのも気が引けますわね……一応自宅なのに……」


「あはは、まぁしょうがないね」


 以前の若々しい青年軍人ではなく、すっかり老練の大元帥のような長い髭を湛えた隻腕の国王。

 口調だけは昔から変わらずに明るく、愉快そうに昼間からグラスを傾けていた。


「わたくしが居ないのを良いことに昼間っから……」


「アレクシアが居ないと寂しくてね。ムラトもいないし、テオも大学教授だし、ソフィアは自分の店が大繁盛で……戦友が皆忙しいと、暇な自分がつらい」


 一昨年亡くなり、盛大な葬儀を上げたムラト。

 アレクシア大学で気象の研究を始めたテオ、中心街で大衆料理屋を開いたソフィア。

 ペルサキス軍の顔ぶれもだいぶ入れ替わり、片腕を失い軍政から退いたニキアスは以前より暇していた。

 という訳で、飲んでいた酒瓶を差し出す。


「君も飲むかい? これヘルマンが持ってきた海外のお酒で……」


「あら! ヘルマンったら会長辞めてから全然顔見せに来ないと思ってたら、ニキアスには会ってるんですの!?」


 言い訳を述べる夫が出した名前に目を丸くする。

 アレクシアが自身で立ち上げたリブラ商会会長だったヘルマン。

 ペルサキスにおいて今やニキアスに継ぐ名士として知られている彼は、数年前に隠居生活に入ったらしい。

 築いた財産で田舎に学校を建てて教師をしているとは聞いたが、来たなら挨拶くらいしろと少し憤った。


「いやいや、三日くらい前、偶然街に来てたんだ。生徒さんたち連れて社会科見学とか言ってたかなぁ。せっかくだしこの城に招待したら皆大喜びでねぇ」


「……ヘルマンったらほんと貴族より貴族ですの……ほんとあいつってば平民なのかしら?」


 にこやかに笑うニキアスに、アレクシアの頬も緩む。

 せっかくだしと自分もグラスを取った彼女が酒を注ぐ中、彼は続けた。


「アレクシアを見習って、築いた財産は稼がせてくれた人々のために使うってさ。そうそう、娘さんのサリアもリブラの取締役になったの知ってた?」


 娘……あぁ確かいたような。

 最初にヘルマンが建てた学校に通っていたはずだから……今二十歳半ばくらいかしら? と首を傾げた。

 ただ、自分の知っている商会の名簿にそんな女の名前はなかったような。


「えっ? サリアの名前なんか見たことなかったんですが」


「すごいよ。七年前に偽名で商会に入社して、先週自力で取締役まで登ってからネタばらし。親の七光りと言われるのが嫌だったってさ」


「ふぁー、すっごいですの。ヘルマンの娘ですわそりゃ」


 最初に会ったのが十二歳の頃だから、十八年の付き合いになるだろうか。

 たった一代で大富豪になって、その娘も実力だけで商会を治める側に回るとは。

 彼を見込んで取り立てた自分の目が確かだったことに喜びつつ、感慨深げに少しだけ飲んだ。


「あら、結構美味しいですわね」


「君にとっては、ヘルマンは戦友だろ? 思い出話は酒を美味しくするよ」


「ですわねぇ。ペルサキスの発展は彼なしには無理でしたわ。勿論、商会全員の手柄ではありますが」


「だよねぇ。まぁ気が向いたら訪問してやりなよ。学校の視察って公務に出来るだろ?」


「そうしましょうか。サリアにはどうせ仕事で会いますし、その時お話するとして……」


 暫く二人は思い出話に花を咲かせていたところに、扉を叩く音がした。


「女王陛下! お帰りだと聞きました!」


「あらユース、元気そうですわね。子どもたちは?」


 がちゃりと扉が開き、アレクシアが文字通り十歳ほど歳を重ねたような女の顔。

 三人も子供を産み、少し丸くなった身体をゆったりとしたドレスで包んだ優しそうな風体。

 ああ、幸せそうだな。とアレクシアはなんとなく目を細めた。


「学校と、お昼寝です。……実の子ではないのに、可愛がっていただいて本当に……」


「いいんですのよ~。わたくしにとっては大陸の民全員子供みたいなもんですわ」


 ユースが産んだ子だが、愛する夫の子どもたち。

 アレクシアは自分で産めないことはさておいて、ペルサキスの家を継ぐ子どもたちに別け隔てなく愛情を注ぐ。

 最も、女神となってしまった今ではもう、大陸に暮らす全ての人々に愛情を注いでいるのは事実だった。


「流石です、女王陛下……ではなく女神アレクシア様。これからも、この大地をお守りください」


「そんな神格化されるほどでもないんですけれどねぇ。まぁ、信仰が尽きて消え去るまで、末永く見守りましてよ~」


「先に逝って待ってるからさ、ゆっくり来なよ」


「おファック! あんまり長いこと置いてかないでほしいんですのよねぇ」


 いつか、誰もが自分のことを歴史の片隅に追いやって、忘れてくれるのを祈りながら。

 やがて民主主義に緩やかな移行を遂げ、自分の仕事をどんどん減らし露出を減らし。

 彼女は静かに穏やかに、自分がもたらした平和を楽しんでいく。





――そして月日は流れ





――900年、8月 リブラ社所有『恒星間航行船アトラースⅤ』、名誉会長専用客室


 ”オーリオーン帝国を継ぎ、ついに千年帝国となった我らがアストレア合衆国建国の歴史、いかがだったでしょうか。女神アレクシア様は現代でも我々合衆国人の事を……”

 ナレーションの声が流れ、アレクシアはぶっ続けで観ていたドラマを止める。

 この役者あんまり似てませんわねぇ。プランクトン合成じゃなく本物のエビフライが食べたいですわねぇ。などとぶつぶつモニターに文句を言いながら、やっと観終わった彼女は大きく伸びをした。


「ぜんっぜん死ぬ気配がないんですけれどもぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


 なんだかんだ信仰は維持されたまま。

 なんだかんだ合衆国は続いていて。

 結局忘れ去られることもなく、存在が歴史になることもなく。

 人類が宇宙に進出した今、彼女は暇に耐えきれずに無限の寿命を生かした仕事を引き受けている。


「女神様、どうかなされましたか?」


「あーいえ、こっちの話ですの。てか貴方がたは冷凍睡眠でいいんですのよ? 危険な連続ワープとは言え、わたくしが起きてますし完全自動航行ですし、片道一年以上ありますし……」


 戦闘用の宇宙服に身を包み、胸元にリブラ商会のエンブレムが輝く男が声をかけた。

 さっきまで大昔のドラマを見ていて、懐かしさに少しだけ目をうるませた彼女は目元を拭い、これから始める新事業の事を考える。


「いえ、そろそろN92星に到着ですので。土着の知的生命体の活動が確認されたということで、念のため護衛に就かせて頂きます」


「うっげ、知的生命体いるってバレたらまた議会に開発権剥奪されますのよ?」


「ですので、女神様……」


「異星人にも人権を? 知ったこっちゃねぇですの!」


 開発され切って一欠片の自然も残っていない母星に代わり、別の惑星を天然の自然豊かな観光地にする。

 とんでもなく昔になってしまった前世の漫画で読んだ、実に自分勝手な計画だが。

 今の彼女が出来る、合衆国人民のための最大の事業。


「N92-797の彼らはどうやら人型ではないようなので、知的な存在であることは隠蔽しようかと。前回の惑星放棄で予算も残り少ないですし」


 そのためにこの数十年調査と探査を繰り返してきた。

 前の惑星で人型知的生命体が見つかり、異星人への人権がどうこうと放棄させられて以来二十年、次が予算的にラストチャンスだとわかっている彼女は、男の提案に大きく頷いた。


「……それが良いですわ。真っ先にリゾートスタッフ用のクローン人間を大量にばら撒いて、知的生命体と思われる活動記録はクローンによるものの誤認だと……」


 アレクシアが途中から、”これもしかしてアストライアより悪質ですわね?”と本気で悩むのは、百年近く後になる。




【完】

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― 新着の感想 ―
[良い点] 読了しました! 前世の記憶を持っていても、記憶は記憶として、意識を乗っ取られず、今生のまま。記憶が融合しても、性格は今生が優勢で、たまに影響を受けるくらい、という素晴らしいバランス。特に…
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