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死神ボランティア  作者: とりぷるぺけ
相沢 栞(あいざわ しおり)
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第二章 自殺者死亡届


 一先ず、対話する姿勢になった二人の少女にアキヒトはホッとした。死神としていろんな人間に出会ってきたが、この二人の少女は比較的警戒心が強く骨が折れそうだった。それがいくつかの条件をのむことで一応会話する気になったようであるから、一歩前進である。まぁたまにこの努力も無駄になる事があるのだが、それは一先ず置いておこう。


 大鎌は姉妹の背後に隠され、自身は両手を縛られているがこれからの仕事に支障はない。大切なのは会話すること、そして書類を書いてもらう事だ。


「では改めまして、私は死神のアキヒトと申します」


 両手を前で縛られている為、姿勢に苦労はなく正座したまま軽く頭を下げる。自分の身分と名前を明かしては、ここにきた目的も話そうとして、しかし目つきの険しい稔に言葉を遮られた。


「死神なんて嘘。そんな架空のキャラクター信じると思ってるの? 馬鹿にしないで!」


 すっかり嫌われてしまった様子である。アキヒトはこれは難しそうだな、と他人事のように考えながら困ったように眉をハの字にした。


 そもそも今回相沢稔に用はないのだ。用があるのは栞の方であり、肝心の栞はベッドの上でクッションを抱いて縮こまっている。前情報として人見知りが激しく警戒心が強いと聞いていたが、これでは話が進みそうにない。かといって無理やり、なんてことができるわけでもないので根気よく話すしかなさそうだ。


「私は栞さんに用があるのですが……」


「部外者は引っ込んでろって言いたいの? あんたみたいな不審者と二人きりにさせるわけないでしょ!」


 言葉を選び間違えたようだ。稔の赤い顔がさらに赤くなり、顔が般若のように険しさを増す。妹想いの優しい姉というのは知っていたが、第三者にここまで辛辣だというのは知らなかった。まぁ自分が不審者であるのがいけないのだが、死神が普通の人間のふりをして時間をかけて関係を築きそれから仕事に当たる義理はない。死神も多忙なのだ。一人一人丁寧に相手をすることは出来ない。


「いえ、二人きりになる必要はありません。他に誰がいても私は構わないのです。こちらの書類を書いていただければ」


「……書類?」


 アキヒトは稔から栞に視線を移す。ようやく自分の言葉に反応してくれた。目が合うとすぐにそらされ、間に稔が入ってきたがまた一歩前進したようだ。


 アキヒトが目を閉じると、なにもない空間からヒラリと一枚の紙が落ちてくる。それはスルリとピンク色の折り畳みテーブルの上に乗って、その全体像を二人の少女の前に晒した。


「なにこれ、『自殺者死亡届』……?」


 見たことのない書類に稔と栞は顔を合わせる。普通の死亡届だって今はまだ見たことが無い。両親が健在の今、使う日はまだ遠いだろうが、このまま栞が死ねば稔は嫌でも本物の死亡届を目にするだろう。稔はぐっと下唇を噛み、ギッとアキヒトを睨みつけた。


「なんのつもり? これを書けっていうの?」


「はい、相沢栞さんに書いていただきたいのです。これは自殺する人に書いてもらっているものなんですよ」


「……こんなもの、自殺する人は書いてるの?」


 何をするにしても噛みついてくる稔の背後で、栞が何かを期待するようにか細い声を出した。

 アキヒトのある言葉に反応したのだ。“自殺する人に書いてもらっているもの”。


 つまりそれを書けば簡単に、楽に死ねるのではないかという期待が栞の胸を満たした。その栞の心の変化に敏感に反応したのは稔だった。


 声のトーンか、瞳の輝きか。ともかく言外の変化を見抜いた姉は『自殺者死亡届』から妹を守るように体をずらし、栞の視界からその書類を隠した。


「帰って! 出て行きなさいよ!」


 これ以上頭のおかしな相手に付き合ってられない、と稔は叫んだ。

 稔は必死だった。栞に歩み寄る死から妹を逃そうと無我夢中だった。


 しかし、何よりもそれを求めているのは栞本人なのだ。

 栞はスルリと腕を伸ばして、姉の体の向こうに隠されていた自殺者死亡届の紙を手に取った。


「これ…書いたら…」


「はい、死んでもいいですよ」


 両手で大切な花を抱えるように、一枚の紙きれを抱く栞にアキヒトは笑顔で頷いた。

 オブラートに包んでいない、むき出しの言葉が栞の耳に届く。


 死んでもいい。それは他の誰にも言われなかった言葉であり、この時栞が何より欲していた言葉だった。


「…分かった、書きます」


「栞!」


「邪魔しないで!」


 栞の大きな声に稔はビクリと体を跳ねさせた。


 子供の時以来、聞いたことのない妹の大声に思わずひるんでしまう。年齢を重ねるにつれ、栞は物静かになり寡黙になっていった。そんな妹が今、自分に対して怒鳴った。

 まるで差し伸べた手を払いのけられたような、抱きしめようと近づいたら突き飛ばされたような。明らかな拒絶の反応に稔は言葉を失い戸惑うばかりだった。


 栞は棚の上に置いてあったペン立てからボールペンを取り出すと、分からないところをアキヒトに聞きながら『自殺者死亡届』を書き始めた。


「この、立ち合い神っていうのは…?」


「それは自殺に立ち会った死神の名前を書くんです。栞さんの場合は私になるので『アキヒト』と書いていただければ。あ、カタカナで大丈夫ですよ」


 苗字はないんだな、と栞は思った。名前から察するに男性なのだろうか、とも。

 しかしどちらもこれから死ぬ栞にとっては関係のない話であり、栞は特に追及することもなく自殺者死亡届を書き終えた。


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