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死神ボランティア  作者: とりぷるぺけ
相沢 栞(あいざわ しおり)
6/8

第一章 死ぬならもっと楽しく死にませんか?

 

 何処にでもある普通の一軒家。その一室で二人の少女は重なっていた。


 ピンクを基調とした、所謂可愛いものが並んだ部屋のベッドは淡い桜色で、女子が好みそうな花の装飾がついていた。その上に乗っている布団も派手すぎないハート柄で、女の子が好きそうな見た目である。


 そんなベッドも布団も踏みつけて、仰向けに寝転んだ少女とその上に跨る少女は見つめ合い、悲しそうに表情を歪めていた。部屋の愛らしい雰囲気とは不釣り合いなその顔には、悲愴といった感情が窺える。


「本当にいいのね?」


 上に乗った少女が聞く。すると下にいる少女はゆるりと頷いて、目を閉じ顔を上に向けた。白く細い首が晒される。力を込めれば折れてしまいそうなその首に、跨っている少女の両手が添えられた。


「お願い、みのり


 横になる少女にそう呼ばれた上の少女は、その黒く丸い瞳に涙を浮かべて頷いた。


 ぐっと力を込める。苦しそうな息遣いが耳朶に触れた。それに構わず両手の力を強くする。気道を塞ぐように、息の根を止めるために体重をかけて喉を押しつぶす。


 稔の視界の端で少女が布団に爪を立てるのが見えた。ハートの柄が歪み、布がギチと悲鳴を上げる。それでも稔は首を絞めるのをやめなかった。それが彼女の、妹の切なる願いだったから。


 母親にも父親にも頼めない。他の誰でもない自分しか出来ないことだから。そう言い聞かせて妹の首を絞め続ける。


 トクントクンと脈打っているのが分かる。温かい肌が妹の命の存在を伝えてくる。まだ生きている。妹はこの手の中で生きている。それを今、自分は。


 そこまで考えてしまうと、稔は耐えられず手を離してしまった。


 せき止められていた空気がなだれ込み、少女は激しくせき込んだ。稔はその体の上から退いて、ベッドから降りて膝をつく。大きく呼吸を乱し喘ぐ妹を背に、稔は首を絞めていた両手で顔を覆って涙を零した。とても出来そうにない。この手で、自分の手で妹を殺すことなど、とても。


 せき込んでいた少女の呼吸が落ち着くと、稔の小さな嗚咽だけが部屋に響く。少女はゆっくりと起き上がるとすぐ近くにある姉の頭に触れて、そっと撫でた。


しおり……私、やっぱりできない」


 震える声で告げられた拒絶の言葉に、妹の栞は落胆した。姉の稔だけがこの地獄から救ってくれると信じていたからこそ、その救世主から拒まれた事実は栞の胸に大きくのしかかる。


「お願い、今度はちゃんと我慢するから」


 ダメだろうと思いながらも救いを求める。けれどやはり、栞の言葉に稔は頷かなかった。死ぬなら大好きな姉の手で殺されたい。誰よりも信頼できる姉の手で死にたい。そう願っていても当の本人が無理だという。


 あぁ、やはり私は救われないのだな。と栞は絶望した。もう涙は枯れてしまっていたが、その黒い瞳から光は失われた。もう後は自分で死ぬ方法しか残されていない。誰にも知られず、どこか遠くで一人寂しく死ぬしかない。誰にも看取られず、見送られず、一人で。


 栞の瞳から涙が溢れる。救いはどこにもない。


 やはり一人で死ぬしかないんだ。そう思ったその時だった。


「お困りですか?」


 聞いたことのない声だった。栞も稔も、揃って顔を上げて声がした方を見る。


 パタンと後ろ手にドアを閉めたのは等身大の人形だった。

 クリーム色の波打つ長髪。アメジスト色のたれ目。白い肌はシミ一つない。

 ゲームのキャラクターのような現実離れした衣服を纏い、そこに立っていたのは美しい人だった。

 胸の辺りに膨らみがないところを見ると男だろうか。


 いや、今はそんな事どうでもいい。問題なのは彼がここに居ることだ。家の鍵は閉まっていたはず。この部屋の鍵だって施錠したのを確認した。それなのになぜ彼がここに居るのか。

 困惑する姉妹に青年は優しく微笑んだ。


「そう警戒しないでください。私はただの死神です」


 澄んだ声が突拍子もない事を告げる。死神? それは架空の存在だろうに、この人は何を言っているのだろう。この時ようやく、栞と稔は危機感を覚えた。


 見たこともない美青年につい唖然としてしまっていたが、不審者が自分たちの領域に入ってきたことを自覚したのだ。よく見れば青年の手には大きな鎌が握られている。それこそ物語に出てくる死神が持っていそうな凶悪な大鎌だ。凶器だ。


「誰? 警察呼ぶわよ!」


 稔は咄嗟に栞の前に立ち、妹をその背に庇う。栞は困惑した様子ではあるが、ベッドに放置されていたスマホを手に取り、警察に通報しようと指を動かした。その指の先で突然スマホの電源が落ちた。


「え……なんで」


 電源を入れなおそうとしてもスマホはうんともすんとも言わない。稔のスマホは彼女のポケットの中だ。不審者と対峙している状態では取り出せない。連絡手段がない。その事実に栞は背筋に冷たいものを感じた。


「落ち着いて。私は貴方にお願いがあってきただけなんですよ」


 困ったように微笑む美人は、何もしないというように大鎌を置いて両手を上げた。降参のポーズにも見えるその姿に、けれど稔は警戒心を解かなかった。相手は成人している様子の男、対するこちらは二人とはいえただの女子高生。力の差は歴然とは言わないが、こちらの方が劣っているだろう。


「出てって!」


 叫ぶように警告する稔を一瞥し、青年はその後ろにいる栞に視線を移した。その紫水晶の瞳に捕らわれた栞はビクリと肩をはねさせる。


「相沢栞さん」


 何故自分の名前を知っているのか、不審に思った栞は姉の背に隠れて死神の視線から逃れる。ここ最近家族以外に名前を呼ばれていない。その事も緊張させる要因の一つであった。


「死ぬならもっと楽しく死にませんか?」


 爽やかな笑顔を浮かべた男が告げたのは、胡散臭く信用に値しない言葉であった。


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