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死神ボランティア  作者: とりぷるぺけ
石村 亨(いしむら とおる)
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第二章 好き勝手に死なれると困るのです


 死神を名乗る美人――アキヒトに特売日の時に買った安い茶を出す。


 するとアキヒトはあろうことか優雅な所作で湯呑を持ち、出されたお茶に口をつけてそれを飲んだ。この不審者は本当は人間ではなかろうか。亨がそう思うのも無理はなかった。


 いつ部屋に上がり込んだのかは知らないが、多分玄関は施錠していなかった。無施錠の扉から入ってくるのは簡単だろうし、部屋の主である自分は死ぬことばかり考えていて他に注意が向いていなかったから、気づかれずに入ってこれたのだろう。


 そう考えるとやはりコイツは、アキヒトは変なコスプレをした不法侵入者ということになる。あとで警察に突き出そうか。いや、盗られるものなどないし面倒だ。さっさと追い出してさっさと死のう。


 亨は一つ頷くと口を開き、アキヒトが発した声で閉口した。


「自殺するのは構わないのですが、好き勝手に死なれると困るのです」


 変なことをいうものだ、と亨は思った。自殺するのは自由だが、勝手に死ぬな。


 なんといえばいいのかわからない複雑な感情が渦巻く。怒りに似ているが噴出するほどではないし、抗議するほどではない。どちらかといえば、何を言ってるんだこいつは、という呆れの感情の方が強い。


 アキヒトは静かに湯呑を置くと、どこから取り出したのかA4ほどの大きさの白い紙を取り出して差し出してきた。


 そこに書かれていたのは死亡届。だが市役所にあるようなものではない。『自殺者死亡届』と書かれている。名前・年齢・性別・死因……ほかにも項目はあったが特に変だと感じたのは『担当死神』という項目だった。


「これは自殺した方に書いてもらう書類なのですが、最近これを書かずにあの世へ行ってしまう人が増えているんです」


「はぁ……」


 ほとほと困り果てたと言わんばかりの様子のアキヒトに、亨は気の抜けた返事しか返せなかった。


 突然死神が目の前に現れて自殺を止めたかと思えば、書類を書いてもらえなくて困ってると話されてもどう反応していいのかわからない。亨は自分に淹れたお茶をすすり、アキヒトの言葉の続きを待った。


「これを書いてもらわないと、冥府の管理人から怒られるのです。『職務怠慢』とか『貴様らの目は節穴か』とか……毎回怒られる身にもなってください」


「知りませんよそんなの……」


「まぁ確かに、貴方に言っても仕方のない事ですね」


アキヒトは正論を聞いたとばかりに目を瞬かせ、納得したようにうなずいた。


「それで、私達は思いついたんです。死んだ後に書いてくれないなら、死ぬ前に書いてもらえばいいって」


 ズズ、とお茶を啜る。本当に、何を言ってるんだろうかこの不審者は。


 亨は頭を押さえて深々とため息をついた。こんな訳の分からない相手に自分は自殺を止められたのかと思うと、なんだか情けない気持ちになってくる。これでも自分はそれなりの葛藤と覚悟を決めて首を吊ることにしたのだ。それが今はよくわからない不審者と茶を飲む状況になっている。


 人生何が起きるかわからないものだが、ここまで意味不明な事態は予測していないし、初めての事であった。


「というわけなので、石村亨さん。記入をお願いします」


 差し出された紙を見下ろす。なぜ自分がこんな訳の分からないものを書かねばならないのか。そもそもアキヒトのお願いを聞く必要はあるのか。甚だ疑問ではあるが、断ったことで変に付きまとわれても困る。仮に個人情報が悪用されてもこれから死ぬ人間には関係ない事だ。


 ペン立てに刺さっていたボールペンを取れば、それで早速名前を書き始める。それから年齢、性別……死因はなんだ? 窒息死とでも書けばいいのか? まぁこんなものを正確に書く必要はないだろう。適当に書き込んでおけばいい。すらすらとペンを走らせている間、アキヒトは静かにそれを見守っているようだった。


 ふと、自殺を止められた時の彼の言葉を思い出す。


「あんた、死ぬなら楽しく死にませんかとかなんとか言ってたよな」


「あ、そうそう。思い出しました」


 話を振ってようやく思い出した、といった様子でポンと手を合わせたアキヒトにため息が出る。言った本人が忘れているとはどういう了見なのか。とりあえずそこは追及せずアキヒトの言葉を待つ。


「どうせ死んでしまうんですから、財産はすべて使ってしまいましょう。一人旅行なんてどうですか?」


「そんなめんどくさい……」


「最期に見たい景色とか食べたいものとかありませんか? 死んだら見れませんし食べれませんよ」


「興味ない」


 淡々と切り捨てるようにそう言ってやれば「面白みのない人間ですね」と不満そうに顔を歪められた。面白みのある人間だったらこんな事にはなっていないと何故気づけないのだろうか。もはや指摘する元気もなく、何も言い返さずにいた。


 書き終えた書類をアキヒトに返せば、アキヒトはそれを受け取り目を通し始めた。紫水晶の瞳が右から左へ、左から右へ移動し、少しずつ下に下がっていく。そして最後の文字を読み終えると、スッと目を閉じて満足そうにうなずいた。


「亨さん」


 名前を呼ばれる。そう言えばこの不審者はどうして自分の名前を知っているのだろう。そんなことを考えながらアキヒトの言葉の続きを待った。


「書き直しです」


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