第9話 ダブル討伐
「じゃ、いってくるね!」
セシルがギルド出張所からかららんと出ていくとバララッド所長は隅にいた男に声を掛けた。
「ミルム」
実に影が薄く、先ほどからのギルド内の騒ぎにあまり関わっていなかった三人目の職員。
「エルフ姫とはいえ、ハンターとしては初心者だ。いざとなったら、必ず護って無傷で連れて帰れ」
「承知」
すっと姿を消した。セシルなら『これぞニンジャ・ウォーリア!』と叫んだろう。
研修も免許もないハンター稼業である。加減が分からず無茶をしてすぐに死んでしまう、または死なないまでもハンターとして再起不能になるケースが数多くあった。
そんなことが続けばハンターになりたい者がいなくなる。
そこで生まれたのがエルダー制度とチューター制度だ。
エルダー制度は先輩ハンターが半年程度パーティーを組みマンツーマンでハンターのノウハウを教える制度だ。有料だが、報酬分割が1割程度エルダー側に増えるという形なので新米ハンターに大きな負担はない。生存率や成功率を考えると安いとすらいえるだろう。
チューター制度はマンツーマンではないが、分からないことに先輩がアドバイスをするというものだ。これは質問内容によって無料から銀貨1枚程度というところだ。
エルダーは実践、チューターは座学ともいえるだろう。
今セシルを追っていったミルムは優秀なチューターだった。ハンターランクは鉄、しかも隠密スキル持ちである。
保護もさることながら、所長の本音はセシルの戦闘能力を知ることだった。セシル自身に気づかれず、万が一の時はその身を護る。その役にミルムは適任であった。
セシルは意気揚々とハンターカードを掲げて街の入り口にやってきた。露店の市場を抜け木の棒、もとい標識が立っている場所である。
が、そのカードを確認する門番はいなかった。そもそも門がない。獣除けの柵が途切れ途切れにあるだけで、街を出ると荒地。その先はもう街道だ。
セシルが目覚めた丘は街道のそばにあり、丘の向こうは林が、更に向こうにはマルチ山脈が連なる。
外から見ると、アドセットの街が平地の端に貼りつくように存在しているのがよく分かる。
そういえば、昨夜街に入るときにも門も身分の確認もなかった。
せっかく作った新品のカードを使う機会がなくがっかりするセシル。
すべての街に関所があるわけではない。隣のカミラの街の方が大きく、そちらにエトアウル王国とモーリス王国との関所が設けられている。二つの街はエルベット街道でしか行き来出来ないので、両方で身分を確認するのは手間が二重になるだけだからだ。
(2キロか……)
実際にマルチ山脈に続いている街道を見ると、かなりの勾配がある。山地に向かうのだから当たり前だが、数字よりも距離を感じた。
(ちょうど誰も通ってないし、いいか……。いいよね! オフロードバイク、出ろ!)
出た。
250cc2スト単気筒エンジン。長いフロントフォークに太いブロックパターンのタイヤを履いたトノサマバッタのような細身のスタイリング。カラーリングは赤。
セシルは理数系女子だけあって、メカニズムは大好物である。衛星放送でカーレースやバイクレースなどよく見たし、エンジンをばらすだけのマニアックな番組とか超好みだった。
この点、ちょっと悦郎に似ている。厨二に感染する前から心の底にはオタク魂が宿っていたのかもしれない。
オフローダーにまたがり、キック一発。
アクセルを回すと2スト独特の強い破裂音が噴き上がる。クラッチを繋いで、発車した。
バリバリバリババババババギュギュギュギュアアアアアァァァァァァァァんんんンンン……
うっすらと白い焼けたオイルのガスを残して、セシルの姿はあっという間に見えなくなった。
やがて、ガスが薄まった標識のそばで、すうっと姿を現した人影。
口をあんぐりと開けたままのミルムだった。
しかし、すぐに首を振って真顔に戻ると、ガウゴーン渓谷に向かって駆け出し、また姿が見えなくなった。
街道を外れ林の中を登っていくオフローダー。
さすがにガウゴーン渓谷の切り立った壁は登れない。早めに山に入ったのだが、林の中は見通しが悪く方向感覚が狂う。枝が顔や腕に当たって邪魔することもあったが、黒剣でパスパス斬り落としながら走っているのでそれはたいした問題ではなかった。
一応コンパスは作ってみたものの地磁気が弱いのかくるくる回ってあてにならない。道も登りを走ればいいというわけでもなく、急に下り面に出たりする。
セシルはそのたびにいったん停まり、ひょいひょいと木に登って周囲を確認しながら進んでいるので、バイクの速度を活かせず、目的の渓谷上部に着くまでにかなり時間を要していた。
デスストライカーの生息地自体は簡単な地図を討伐受注の際に貰っているのでめぼしはついているのだが、そこに至るまでがこんなに面倒だとセシルは思っていなかった。
原生林おそるべし。
それでも何とか目的地付近に到着した時には既に午後1時を回っていた。ギルドを出発してから2時間以上掛かったことになる。
林と岩山の境目の少し開けた場所。やや肌寒い風が吹いている。この近くに巣があるはずだ。やつらの縄張りに入れば襲ってくる。セシルはバイクを降り、剣を抜いて歩きだした。
(レーダーかアクティブソナーみたいなの! 出ろ!)
出た。
拡張現実ゴーグルを装着したかのように視界に各種サインが一斉に投影される。
『周囲の生物を探知』と脳内で指示したら視界がマーカーで埋まった。草木や昆虫をはじめ細菌なども判定したようだ。慌てて、大型動物または危険な動植物に変える。一気にマーカーが減って3個になった。赤、紫、緑。
赤のマーカーは毒キノコ『マッドシュラウド』。食すと消化器系が破壊され数日で死に至り、触れただけで皮膚がただれるとテキストが表示されている。日本のカエンダケみたいなものねとセシルは思った。
紫のマーカーは同じく毒キノコ『レッドホットマッシュ』。強い神経毒を持ち、食べると失明したり手足が麻痺したまま回復不能になってしまうことがある。触ってもかぶれることはないので赤マーカーにならないようだ。
しかし、この自分も知らない知識はどこから得られているのか?
セシルは疑問に思ったが、そもそも夢のような世界なのだ。自分の不思議な力を含めていろんな謎が合理的に説明付くとは思えないので深く考えるのをやめた。
緑のマーカーは『人間:男性29歳』だ。山賊かな? デスストライカーの縄張りの近くで? あ、緑か。安全ということよね。
(フォーカスアップ)
詳細な情報を得るべく意識を集中する。あれ? ギルドカード持ちだ。『ミルム:アドセットの街ギルド登録ハンター兼ギルド職員』。ギルドプレートも持ってる。鉄だ。
ああ、あれか。新米の様子を見に来たのね。関西弁の所長、心配性だなあ。でもそれなら道を教えてくれたらよかったのに! 先回りしてたってことよねこれ!
あっ! もしかしてバイク見られた!? やばいかも!
うーん、口封じするか。
いやいやだめでしょ! 何怖いこと考えてんのわたし!
ま、まあそんなことは依頼完了してから考えよう。ギルド職員ならハンターの個人情報は守ってくれるはずだしね。
ハンターとしての心得やギルドへの貢献義務などはすでに一とおり確認済みだ。
ミルムは無視して、しばし付近をうろつくが、目当てのデスストライカーがいない。
狩りにでも行っているのか……。
が、しばらく付近を探していると、やや深い茂みに紫マーカーが付いた。
『デスストライカー:幼体。雌。生後18日目』
デスストライカーの子ども。これは!
子デスストライカーと遭遇した直後、範囲外から急速に近づく赤いマーカーが2つ。
デスストライカーの雄と雌だ。この子の親ね! めっちゃ速い!
数百メートルの距離を一気に詰め二体が時間差で草むらから飛び掛かってきた。3メートル近い巨体。巨大なあご、全身を覆う金属のように鋭い鱗、鋭利な爪を持つ太い前足、筋肉が盛り上がった後ろ足、長いしっぽ。
それらが一度に目に飛び込んできた。
ティラノサウルスと熊が合体し全身センザンコウのうろこで覆ったような怪物。
ギルドで貰った似顔絵(?)はウーパールーパーみたいなのだったじゃん! 全然違う!
街の店の看板の絵。この世界の絵画力は推して知るべきであった。
セシルは黒剣を水平に振るった。先端から三日月のような風の刃がぎゅんと飛ぶ。
硬い鱗には簡単に弾かれてしまいそうな薄い空気の刃。
デスストライカーもそう思ったのだろう。避けもせずそのまま突っ込んでくる。
そして。
上下にすっぱりと別れた。二体同時に。
三日月の刃はそれにとどまらず背後の木々をすぱすぱと次々なぎ倒し、崖の上から空へと飛んで、ふっと消えた。
大きく開いた顎からしっぽまで見事に上下に切断された2体は、死んだことに気が付かないようにしばし疾走し、やがて体がずるずるとずれていくと同時に歩みがゆっくりとなり、セシルのそばでどうと倒れた。
大量の血液や内臓がどっと吹き出し、あたりに血肉の濃密な臭いが溢れる。
しばらくびくびくと反射のようにしっぽや手足が動いていたが、それもすぐに止まった。
セシルは上半分の首に黒剣を突き刺し、頭部を切り離した。
(討伐の証明に頭部がいるってことになってたわね。半分しかないけど、脳がなきゃ死んでるから、これでいいよね。でも頭だけでもでかいなあ)
作業をしていると後ろの紫のマーカーが赤に変わり近づいてきた。
子デスストライカーだ。
親を目の前で殺されて激昂したようだ。速度を上げて突進してくる。セシルが振り向く。
その瞬間、子デスストライカーの瞳が金色に輝き、光の矢のようなものがセシルの額を貫いた。
いや、貫いたかのように見えた。光の矢はセシルの額の表面で鏡のように反射し、飛んで来た道をたどって戻り、逆に子デスストライカーの額を貫いた。
「ぎゃおおお!」
子デスストライカーはのけぞり、どぉっと仰向けに倒れた。が、がばと起き上がり、低く這って油断なくセシルをにらむ。
(うーん……。親を殺されたら魔獣だって怒るよねえそりゃ……。でも依頼だからなあ。ごめんね!)
セシルも子どもに手を出すのははばかられ、しばしにらみ合いすること十数分。
突然、子デスストライカーが口から黒い血を吐いて倒れた。
「があああっ!」
眼球からも、鼻からも黒い血が噴き出る。しっぽの付け根あたりからも湧き出しているのは肛門からか。
しばらく黒い血を拭きながらゴロゴロと地面を転がっていたが、やがて動きが緩慢になり、そして止まった。
死んだ。
『死の呪文』で自らを滅ぼしたのだった。自分の魔法なのに耐性がなかったのはまだ幼いせいなのか、そういうものなのか。
(苦しんで死ぬんだったら、もっと早くに直接手を掛けても良かったかなあ。ごめんね)
と思いながら、子デスストライカーの首もあっさり刎ねる。討伐したのには違いない。人間ならためらわれるが、魔獣だし、依頼だし。
ん?
視界の端に上向き矢印で警告が出た。空を仰ぐと赤いマーカーが3つ。急速に降下してくる。
肉眼でも見えた。翼をもった竜?
マーカーをフォーカス。
『サイバーン:雌。飛竜の一種。肉食』
司法制度みたいな名前だけど、ゲームに出てくるワイバーンもどきよね。血の臭いにつられてきたのかな。サメみたい。
うーん、でも空中戦かあ。出来るかな?
セシルは鉄の柵を出してその中に首3つを入れた。討伐証明を喰われたらかなわないからだ。
そして、おもむろに駆け出しながら言ってみた。
「スリー・ツー・ワン・ゼロ、発射ー!」
可変翼とジェットエンジンを合体させたような機械がセシルの背中に合体し、そのまま空高く飛びあがった。
まんま黒鉄の城な空飛ぶスーパーロボットである。
セシル的には不良っぽいその主人公より、二つ後の宇宙人の青年の方が好みだったが。
3体のサイバーンは度肝を抜かれた。地べたをはいずり回ることしかできないはずの白い猿が、飛んだ!?
どゆこと!!??
サイバーンが呆けて動けないでいるうちにセシルは急接近し、1匹を翼で引っ掛けるようにして斬った。
胴体を真っ二つにするつもりだったが、空中機動ではサイバーンに分がある。翼をわずかに裂いただけでかわされた。
人間が空を飛ぶという異常事態に対応が遅れたが、本来空中はサイバーンのホームである。セシルが考えたとおり3体はデスストライカーの肉をかすめに来たのだが、狙いをセシルに絞った。
特に翼を傷つけられた1匹は怒り心頭の様子である。
いったん上昇すると、急降下してきた。サイバーンの頭部には硬い角がある。これで突き刺そうというのだ。衝角戦である。
空中では足場がない。剣を振るうのはやめ、セシルは両手を広げた。
自由落下より早く急降下してくるサイバーン。光る角がセシルのいた位置を超高速で通り過ぎていく。
セシルはそのサイバーンの頭を抱え共に落ちていた。いや、ジェットを噴かせて加速する。
先ほどまでのサイバーンの速度よりも、もっと、もっと加速していく。
急激に地面が近づく。
え、うそ、まってという声が聞こえたような気がした。
ずどどどどおおおおおんんん!
轟音とともにサイバーンは大地に叩きつけられ、もうもうと砂煙が舞った。血煙も交じっている。その煙の中から再び大空へと飛び上がるスクラン……、もとい、ジェットブースター付きのセシル。
落ちたサイバーンは、へこんだ地面の上でぺちゃんこのミンチになっていた。セシルにも相当の衝撃が襲ったはずだが、傷一つない。
残った2体のサイバーンをかすめさらに高く昇る。そして黒剣を抜き、まっすぐ伸ばした手に持つと可変翼を後退させ急降下。
サイバーンのラムをパクることにしたのだ。
仲間を失い動揺しているサイバーンを、今度は外さなかった。矢のようになったセシルは1体の胴体を貫通。勢いで上下にちぎれて一瞬で絶命し落ちていく。さらに反転し、残りを今度こそ翼でこれも胴を切断。
地面に2体のサイバーンの血肉が飛び散った。
最初のサイバーンのミンチと、デスストライカーの死骸もそのままなので、周囲は虐殺現場と化していた。
セシルは血に染まっていない場所にそっと着地した。
可変翼がシュッと短くなる。ジェットエンジンにカバーがついて、大型のリュックサックぐらいまでコンパクトになった。後番組のスクランブルなダッシュの機能も取り入れているようだ。
セシルが生み出したものは消せない。
さっきギルドで試したのだが、鉄の剣も卵も消えなかった。
卵にしておいてよかった。犬や猫でも出してたら、老衰で亡くなるまで飼うか、飼ってくれる人を見つけないといけないところだった。
作れるかどうかは別にして、原子力発電所などもまずかろう。核廃棄物を何百年も保管する? いやいや、この世界で無理でしょ。
ちなみに卵も鉄の剣もギルドに即売った。普通に取引が出来るものだったからだ。
(うーん……)
サイバーンの死体を見ながら首をひねっていると、ミルムが背後から姿を現し、話しかけた。
「サイバーンの翼は高値で売れる。最初のは傷ついているから安くなるが、後の2体は大丈夫だ。持ち帰るといい」
「ありがとう、ミルムさん」振り返り、にこっとしながら礼を言う。
「驚かないな。気が付いていたのか。それに名前も」
「はい。知ってます。新人へのご配慮、ありがとうございます!」
「まいったな」
「で、ここで見たことは」
「ハンターは成果で判断されるだけだ。所長には報告しないといけないが、それ以外は秘密を厳守する」
「さすが。重ね重ねありがとうございます!」
ハンターはその性質上対人戦もありうる。ランクは無駄な戦いを避ける意味もあって公開されるが、実戦で使う技や魔術などの情報が敵に漏れたら致命的だ。ハンターギルドがハンターの不利益になるようなことはするはずはないのだが、職員の口からはっきりと聞いてセシルは安心した。
「では」
ミルムは姿を消した。
緑のマーカーが追尾したままなので、隠れたところでセシルには意味がないが、スルーすることにした。先輩を敬うのは新人のたしなみである。
「思いのほか遅くなっちゃったなあ。まあおまけも仕留めたし、さっさと帰ろっと」
ババババババギュギュギュ……。
檻に車輪を付けバイクで牽引しながらセシルは山を下って行った。
(やっべー! なんぞあれ! 地は走るわ空は飛ぶわ、デスストライカーどころかサイバーンもあっという間に始末するわ、魔法反射を使うわ! うっわー! エルフ姫どころかマジもんの女神サマじゃねーの! あの娘!)
ミルムは内心めちゃくちゃ焦っていたのだが、かろうじてセシルの前ではぼろを出さなかった。関西弁のおっちゃんとは違ってポーカーフェイスの達人であった。
が。
血肉に惹かれた魔物はサイバーンだけではなかった。ミルムが我に返った時には、既に周囲は大量の魔獣に取り囲まれていた。
(やっべー! 俺ピーンチ!)
その後、隠密スキルを駆使して何とか無事下山したミルムであった。