第80話 救援
12月飛んでしまいました。すみません。まだしばらくこんなペースですが、ご了承ください。
ガリッ。ガリガリッ。
プリンセス・アレー号二世の艦首にピース・ワールド号の超電磁バリアが押されてる。集束させオーバーブーストを掛けているにもかかわらず、アレー号に付与された破壊のギフトの力が若干優っているのだ。
プリンセス・アレー号自体に武器はないが、その表面はギフトでコーティングされていた。いわば船体自体が破滅をもたらす巨大な刃なのだ。バリアを突破されれば、ピース・ワールド号の艦橋は一刀両断されてしまうだろう。
「思ったより硬いな。さすがセシルの作った艦だ。ではこれを試してみるか」
悦郎の拳が輝きだした。手の甲に何か紋章のようなものが浮かんでいる。
「なんかやべーことはじめたダガ!」
タブレット経由で監視カメラの様子を見て焦るダガル。まもなく艦橋基部に着く。リアルでは悦郎が艦橋の壁に貼り付いている様子がほぼ直上に見えている。
「戦術長! 警備ドロイドを緊急起動するダガ! 数で抑え込むダガ!」
大規模戦闘が前提のピース・ワールド号には人間サイズの敵に対応した攻撃手段が少ない。警備ドロイド程度では悦郎をどうにもできないだろうが、物量を投下すれば多少の時間稼ぎにはなるかもしれない。
タブレットの電話アプリは一向にセシルに繋がらない。『お掛けになった番号は電波が届かない場所にあるか電源が入っておりません』という応答メッセージが流れるだけだ。だがこの騒ぎにセシルが気が付かないはずはないのだ。仮にタブレットが故障していたとしても(セシルのギフトを考えればあり得ないことだが)1600基の衛星リンクメッシュとセシルは直結している。
だからセシルが来るまで時間を稼げばなんとかなる。
そうダガルは考えていた。
艦橋の壁面から無数の直方体のブロックが泡立つように押し出される。集合体恐怖症の人が見たら卒倒しそうな絵面だが、一つのブロックは150センチ×60センチ×60センチの金属の塊だ。ところてんのように壁から押し出されると同時に変形し人型のロボットになる。ブロック玩具で組んだような武骨な警備ドロイドだ。それらが悦郎の周りからウエーヴのように艦橋や甲板からわらわらと立ち上がる。その数およそ三千。手足の電磁石で装甲に貼り付き壁を駆け潮が寄せるように悦郎を包囲する。艦橋表面の電撃機構は既に解除されている。悦郎には何のダメージも与えられないので無意味だからだ。
「なんだあ。こんなもので俺を止められると思っているのか。わはははは!」
輝く拳をふんと突き出すと、光が伸びた。軸線上のドロイドが瞬時に消滅する。破壊のギフトが光線になったようだ。そのまま腕を振り回すと平面上にドロイドが消えていく。ドロイドだけではない。艦橋の装甲も光線に触れた場所が消滅する。
「こりゃいかんダガ! CIC急速降下! 艦橋から艦体中央に移動ダガ! その他の乗員も艦体中央に避難するダガ!」
破壊光線恐るべし。光線というより超ロングレンジのビームサーベルだ。
「戦術長! 主砲の一部を東方の魔人に照準!」
『主砲で人を撃つのですか!』
「やむを得ないダガ! 艦橋から全員退避次第、撃つダガ!」
『しかし、あの方はセシル様のご親戚!』
「わかってるダガ! でもほかに方法がないダガ!」
戦術長カルダス皇子はまだ6歳。皇族たるもの、人の命を奪う選択も時には必要と頭では理解しているが、その覚悟が固まっている年齢ではさすがにまだなかった。
突然悦郎が浮いた。真横に飛んで艦橋から離れていく。いや、これは横に落ちていっているのだ。
鳥のような羽をもつ巨大なモンスターが現れた。瞬間移動してきたフェンスリーだ。
悦郎はフェンスリーの重力制御に囚われ、ピース・ワールド号から離れるように地平線と平行に落ちていく。
「フェンスリー! 助かったダガ!」
「これはセシルの眷属か! 面白い!」
悦郎はフェンスリーの重力制御を破壊し、さらに元々の星の重力も破壊して、物理法則を無視した挙動でピースワールド号に戻って来る。
慣性や万有引力や空気抵抗を一切合切破壊して生まれる高速機動だ。
だが、フェンスリーがピース・ワールド号の前に出て盾となる。
悦郎の拳がまた光り、腕を振る。ビームが三日月状となり手前のフェンスリーめがけて飛ぶ。背後にピース・ワールド号があるフェンスリーは避けられない。光の鎌がフェンスリーの半身に食い込む。
「フェンスリー!」
ダガルが叫ぶが、フェンスリーは体の中央部分が光と共に消滅し左右に羽だけが残る。が、次の瞬間再生した。セシルに付与されたギフトの力である。そのまま悦郎に向かって突進する。
「ぬ!」
フェンスリーの拳が悦郎を捉える。同時に悦郎も輝く拳を突き出す。ぶつかり合う巨大な拳と小さな拳。雷龍をも倒した巨大な拳が小さな拳に打ち負ける。鍵爪が砕け、腕も粉々になり消えていく。
だが、フェンスリーは多次元の自分を重ね合わせていた。あらゆる可能性宇宙でフェンスリーの拳は破壊されたが、わずかにその位置座標が違う世界があった。そしてその世界のフェンスリーの拳は、悦郎の拳を量子的にすり抜け悦郎の身体にヒットした。
「おおっ!」
悦郎の身体が吹き飛ぶ。
「やるな。さすがセシルの眷属だけはある!」
悦郎にダメージはない。相手の攻撃力をも破壊してしまうのだ。逆の見方をすれば防御力無限大ともいえる。
『全員艦体中央ブロックに避難完了!』
船務長のフーシィ皇女から通知が入る。
「いや、俺がまだダガ(汗)」
ダガルはようやく艦橋基部の入口からエレベーターホールに向かい始めたところだ。フェンスリーと悦郎の戦いはタブレットで見ている。
「けど今のうちダガ! 東方の魔神とプリンセス・アレー号を振り切って逃げるダガ! 魔大陸に向かって全速発進ダガ! 同時にアレー号に再度主砲一斉射撃ダガ!」
『『了解!』』
カルダス戦術長、リキテン航海長から同時にコールが入る。そして音もなくピース・ワールド号が滑り出した。バリアの位置がずれプリンセス・アレー号二世が斜めに傾く。そこに超電磁砲の一斉射撃。同時に瞬間的に亜音速まで加速し法都を離れる。
ダガルが魔大陸を目標方向にしたのは特に意味はない。海上に出た方が被害が少ないし、海を目指すとなると他の場所を知らないからだ。
「あ、待て。いや、追え!」
フェンスリーと戦いながら悦郎がそう呟くとアレー号二世がピース・ワールド号を追って加速した。
瞬時に音速を超える。
ソニックブームが軽減される構造とはいえ、セシルは陸上でプリンセス・アレー号が音速を超えることを禁じていた。その制限はピース・ワールド号にも引き継がれていた。ピース・ワールド号は衝撃波減衰機構がそもそもないので当然ではあるが。巨大構造物が市街地で音速を越えたら地上は壊滅的被害を受ける。
亜音速対音速では振り切れない。アレー号二世はピース・ワールド号にただちに追いつき接舷した。アレー号二世は重力アンカーを飛ばし、二隻が固定される。
アレー号二世の舷側ハッチが開いて人が出てきた。フード付きのマントを被った男女のようである。その数8人。ピース・ワールド号の甲板を高速で走り艦橋に向かう。ダガルのEバイクよりうんと速い。
「新たな追手が来たダガ! ドロイドで応戦するダガ!」
『艦長代理、CICでも確認。全自動白兵戦モードに移行します』
「了解ダガ! 戦術長!」
主砲で撃つのは余りにオーバーキルだが、ドロイドでの白兵戦ならイーブンな対応である。カルダス戦術長の心は落ち着きを取り戻した。
ダガルはようやくエレベーターに乗って降りているところだ。まだCICには着かない。タブレット越しの指示である。
(だが、あいつらの格好はなんダガ?)
タブレットに映し出された新たな敵兵の奇妙な姿をダガルはいぶかしんだ。すっぽりと上半身を覆うフードとコートもさることながら、裾から見え隠れする彼らの肌には、何か呪術めいた模様がびっしりと描き込まれていたのだ。
一方、法都上空ではフェンスリーと悦郎の戦いが続いている。
が、明らかに悦郎が押していた。フェンスリーは高次空間制御により確率を上げて悦郎に攻撃を入れるも、ダメージが破壊され実質悦郎に届かない。
一方悦郎は破壊のギフトを光線や拳に載せるだけでフェンスリーを瞬殺出来る。再生のギフトで即復活するものの、もう何度殺されたかわからない。
セシルとのリンクが切れているのも致命的だった。フェンスリーのギフトは所詮セシルに付与された複製品である。フェンスリー単体ではいずれ効果も使用回数にも限界が来る。そしてそれはもうまもなくであった。
もう何度目の打ち込みか。フェンスリーと悦郎が交差した瞬間、フェンスリーの翼がちぎれて消えた。そして再生しない。
重力制御で飛んでいるので即落下することはないが、空力での機動性が極端に低下した。そして悦郎がフェンスリーの心臓を狙う。
その瞬間、悦郎を超重力が襲い地上に叩きつけた。ドゴンと大地が揺らぎ、真下の大聖堂の中庭に人型の穴が開く。
フェンスリーが2体になった。いや、分身ではない。フェンツーだ。帝都から瞬間移動してきたのである。
フェンツーはただちにフェンスリーの翼を再生する。セシルに命ぜられた帝都警戒よりもフェンスリーの救助を優先したのだった。
(助かった! ありがとうフェンツー!)
(セシル様に怒られるかなあ)
(その時は一緒に謝ってあげる! でもセシル様は許して下さるよ!)
念話でやり取りするフェンシリーズだが、2体になっても旗色は良くない。
地上の穴から悦郎がすっと浮かび、フェンたちと同じ高度に戻り相対する。
ダメージは全く受けていないようだ。
「眷属が2体か。面白い」
また悦郎の拳が光る。




