第78話 ギフトが及ばない場所
「待て、神子殿。わしも神子殿の話がわからなくなってきた。この宇宙ではない宇宙とはなんのことじゃ?」
「うーん。平行宇宙は同じ宇宙の少し違う世界、というか可能性の集まりよね。パラレルワールドとかマルチバースもそう。この集まりを仮に『宇宙集合』と呼ぶことにする。そこにはちょっとずつ異なるガルリア大陸がある。もしかしたら温暖化で大陸ごと水没してたり、早く恒星が燃え尽きて赤色巨星に呑み込まれてこの星ごとなかったりするかもしれないけど、それは可能性としてありうる世界。わたしが憑依者との戦いに敗れて死んでいたりするかもしれないけど、それもありうる世界。だからそれらの宇宙はみんな同じ宇宙集合の要素ね。ガルリア大陸のある宇宙だから宇宙Gとするわ。宇宙Gの様々な平行宇宙は宇宙集合(G)の要素宇宙ということになるわね。ここまではいい?」
「ふむ」
「別の宇宙とは、この宇宙Gとは生まれが違う全く別の宇宙……、宇宙Xの平行宇宙の集まりである宇宙集合(X)のことよ。宇宙Xは、物理法則も重力定数も光速度もなにもかも違う、かもしれないし、あんまり変わらないよく似た世界かもしれない。けれど、宇宙Gからは決して生まれない宇宙。それが宇宙集合(X)」
「別の宇宙Xと、宇宙集合(G)のうちにあるけれど極端に異なった宇宙と、どう違うんじゃ? この星がそもそも誕生しなかった世界だって宇宙集合(G)の中にはあるじゃろう? それこそ物理法則がちょっと違う宇宙だって宇宙集合(G)のなかにあるかもしれん。同じ宇宙集合と、違う宇宙集合の違いはなんじゃ?」
「そうね。どこまでいってもあり得る可能性の範囲に存在しているのが同じ宇宙集合。別の宇宙Xとは、宇宙Gのいかなる極限状態とも重ならない、宇宙Gからは絶対に生まれない宇宙。そしてそれはわたしの高次空間操作が及ばない宇宙でもある」
「うむ? どういうことじゃ?」
「この宇宙集合(G)の中でわたしが使っている高次空間操作能力。平行世界や過去と未来から物質や情報を得ている力。それが届かない世界。そんな宇宙が現実に存在しているわ」
「うむ? ますますわからんのじゃが。そんな宇宙があるということをなぜ知れる? 力が及ばないのなら、そんな異なる宇宙を感知することもまたできないじゃろ?」
「……わたしはニホンという世界からここに来た。そしてニホンの過去にアクセスすることはできない。私が経験した世界にもかかわらず、情報を巻き戻せない。もしパパとミサママが亡くなる時間に行くことが出来れば二人を救えるのに。それはできないの。全世界記憶にもニホンの事象は一切記されていない。それはニホンが、この宇宙集合(G)とは違う別の宇宙集合に属しているからに他ならないわ」
「なんじゃと!」
「それがわたしのギフトの別の限界でもあるわ。つまり私の能力はこの、ガルリア大陸のある宇宙集合(G)の範囲でしか発揮できない。ニホンがある私のもといた宇宙では働かないの」
「だから神子殿は平行世界ではない別の宇宙というものがあることに気が付いた、というわけじゃな。なるほどのう……」
「そうよ」
「神子殿は別の宇宙から来なさったのか……。そのことはひとまず置いておくとして、このエルフの里で神子殿のギフトが働かない故に、ここが別の宇宙に属していると断定したと」
「里に来るまでは仮説の一つだったけど、ギフトが働かないから確信に変わったわ。わたしのギフトの力では、決してニホンに戻れないことを知ってしまったということでもある。だからこの異なる宇宙を繋ぐ里の扉、『宇宙際』を創り出した唯一神は、わたしをはるかに超える力を持っているわ。アリスはわたしを神と同様と持ち上げてくれたけど、そんなことはない。神様はやっぱりすごい」
「そうですか。それは良いお話です」
エルジェントがほっとしたように肩の力を抜いた。
目の前の娘が神と同じ器と氏族長に断定され、彼なりに緊張していたのだろう。
「別のいい方をすれば、このエルフの里では神子殿の力は何もないということじゃな」
「そう。ここではわたしはただの人。いえ、ガルリア大陸世界基準ではただの人以下ね。亜空間に収納した剣1本取り出せないし、取り出せたところで重くて持てない」
「言葉は通じているようじゃが、それはどうしてじゃ?」
「ああ、タブレットの自動翻訳システムが動いているからよ。機械に固定したものは使えるわ。その辺はもう無意識レベルになっているので、自分の自動翻訳の能力なのかタブレットが発動しているのか最初気が付いてなかったの」
「なるほど、そのようなものか。なら、万一のために武器と防具も機械に固定しておいた方が良いじゃろう。神子殿のギフトも案外弱点が多いようじゃからの」
「そうね。奪われたこともあるし、気を付けるわ」
あの時は大魔王を緊急バックアップにしてギフトを復活させたが、その後フェンシリーズにギフトを複写したのは同様の事態への備えだ。しかし、エルフの里のような異なる宇宙にいたのではフェンシリーズと連絡すら取ることができない。
異なる宇宙集合を繋ぐ『宇宙際』に唯一神がアクセスできることが分かった以上、偽神も同様のことが出来ると考えるのが自然だ。
憑依者との次の戦いの場がギフトが使えない異なる宇宙になるのは十分想定される。
早急に対策が必要であった。
「エルフのことが全世界記憶にほとんど存在しない理由も、エルフの里が別の宇宙にあるのなら当たり前よね。どうやって隠蔽しているのかと思ってたけど、別の宇宙の情報は得られないのだから」
「わしはそれより神子殿が別の宇宙から来なさったということに驚きを隠せないのじゃが」
「あ、それね。さっきひとまず置いておくって言ってなかったっけ? まあいいわ、この宇宙の人からしたら気になるよね。でもきっと、エルフの里を造り聖遺物を造った、あなた達がいう『神』も私の宇宙から来た者のはずよ。それが唯一神と同じ存在なのかどうかはわからないけど」
「うむ? わしらの神が宇宙を創造された神ではないとはどういうことじゃ?」
「別の宇宙から来たことには驚かないのね」
「そもそもこの宇宙を造られたのが唯一神なのじゃから、神がこの宇宙以外の場所から顕現されたというのは当たり前じゃ。わしらの唯一神が創造神ではないという疑惑の方が重大じゃ。それでは神が複数いらっしゃることになる」
「返答いかんでは異端審問もやむなしですぞ!」
「エルジェント、ややこしいからお前は黙っておれ。なぜそう思う神子殿」
「聖遺物やこのエルフの里には、わたしも知ってる技術が使われている。わたしの世界で普遍的な科学技術。だから、聖遺物やこの里を造った『神』はきっとわたしと同じ宇宙から来た、多分人間よ。わたしと同じような『創造』のギフテッドだったのかもしれない」
「そのお方がイコール唯一神であってもなんの不思議はないじゃろ。神々の戦いに勝ち、この宇宙を造り、星を造り、生き物を造られたのじゃ。そして知恵を授けた。聖典の記述のとおりではないか」
「この世界には魔力がある」
「うむ。それがどうしたのじゃ?」
「わたしのいた宇宙に魔力なんてないの」
「宇宙創造の神じゃからな。神子殿が知らないものを造られたからといって別におかしなことはない」
「そうかもしれない。現にわたしも重力制御や宇宙戦艦という、わたしの世界でも架空の存在を生み出している。それに魔力や魔術を前提とした聖遺物があるのも知ってる。でも宇宙を丸ごと作った力と、聖遺物の間には隔たりがあると思うのよ。さっき宇宙戦艦よりも強い聖遺物はないって言ってたよね。それって、レベル感おかしくない? 宇宙を作った神の遺産なら、神兵の1匹や2匹簡単に仕留められそうなものなのに。宇宙を丸ごと消せるようなものがあっても不思議じゃないわ」
「それは……。そうじゃな、あまりに強力すぎて地上の人族には渡せない、とかじゃないのか? あえて小規模の力に抑えたということでは?」
「それもそうかもしれない。感知出来ないだけで、他の星にはもっとすごい超聖遺物があるのかもしれない。この星の人類はそんな超科学を使いこなせる段階に成熟していないから隠されているのかもしれない。みんな仮定の話だけど。でもね、何か引っかかる。わたしは憑依者の攻撃の直前に、神を騙る者に気を付けろ、という声を聴いたの。それはどこかで聞いた声だった」
「それが唯一神の啓示じゃったのか?」
「神様ってそんなに身近なものじゃないでしょ。だから違うんじゃないかなと……」
と言いながら、悦郎が読んでいたライトノベルに登場する神的存在はギャルだったりショタだったりチャラ男だったり、たいがいフレンドリーでカジュアルな存在だったのを思い出した。
「……いや、そういうこともあるかもね。でも、わたしの知る限り、聖遺物もこの世界の法則も私のもと居た世界とそっくり。トカゲ族やオーク族やあなたたちエルフ族も違うと言えば違うけど、交配可能だから同じ人間。見た目が違うだけで遺伝的には同種だものね。多分今のわたしなら、全部一から創造することができると思う。ただやっぱり魔法は一体どういう原理なのか未だにさっぱりわからない。そしてその派生で魔のエネルギーから生まれる魔物や魔人もね。魔法がわかれば魔物や魔人も理解できると思うけど」
「さらっととんでもないことをゆーたな神子殿」
「まあ、必要に迫られてじゃないとさすがに生命創造はしないけどね。造った責任取らないといけないし。ああ、魔法の原理はわからないけど、この世界には魔法や魔のエネルギーが現実にある。現実にあるものはコピーすることは出来る。実際、新しい魔物を作れたし」
アルフィリアは法都のフェイラーを脅したフェザードラゴンを思い出した。セシルが言っている新しい魔物とはあれのことだろう。空想の生物が実在したと驚いたが、神子様が創造されたものだったとは。
新聖遺物の宇宙戦艦やタブレットどころの話ではない。神に匹敵する御業だ。
さすが神子様。さすみこ!
「でも魔のエネルギーをどう扱ったら何が出来るのかはよくわからないから、あの子たちの能力のほとんどはわたしのギフトのコピー。それも主として高次空間操作能力だけどね。まああの子たちが経験を積めば身体の方が自動的に最適化して、魔のエネルギーも使えるようになって何かの能力に目覚めると思ってるけど。そうなったら魔法の解析ができると思う」
今セシルが語ったとおり、そもそもセシルがフェンを魔物として造ったのは魔のエネルギーを研究するためだった。結果的にそれがフェンツー、フェンスリーを大魔王の眷属にすることを可能にし、憑依者摘発に大活躍したのはすでに実行されたとおりである。
しかもフェンの身体は魔物の構造がよくわからないため、魔のエネルギーがふんだんな大魔王やラルシオーグやアラデらを参考にビルドしたものだ。そのせいで、眷属化する際に大魔王がとんでもなく疲弊するほど超位級の魔獣となってしまったことにセシルは気が付いていない。




