第77話 インターユニバーサル
ギリギリ8月更新!
しかもセリフで説明ばっかりで話は進んでませんスミマセン!
「神子殿の話をまとめると、法国と帝国の騒乱は憑依者が教皇や皇子などに憑りついたため起きた。そして騒乱をなかったことにするために大魔王らに一芝居打たせた。さらに幕引きのために空中城、いや『宇宙戦艦』か。あれを顕現させ魔族と人族に講和を強いた。そういうことじゃな?」
「そうよ、アリス」
セシルはこれまでのあらましをアリスらに語った。ギフテッドであることが知られており、既に神子扱いなのでエルフ族に隠すようなことは何もない。
「……なんというか、その……。嘘は大きい方がバレにくいというのは確かに一つの真理じゃろうが、ごり押しでやりきるとはの」
アルスは驚くというより正直あきれたが、憑依者のことを明らかにするわけにはいかなかったことには納得できた。
ここは神が実在する世界である。唯一神と戦った『別』の神が今もどこかに存在し、そのしもべが現れた。それだけでも恐怖である。
そのうえ、親しい隣人が、愛する人や子が今この瞬間にもしもべに乗っ取られてしまうかもしれない。しかも別の神の目的はこの世界の殲滅、唯一神が創造したあらゆるものの抹殺なのだ。
そんな事実が知られれば、世界は大混乱に陥る。相手は神と同格だ。大聖会への信仰も役に立たない。そのうえ誰も信用できない。そこにいるのは隣人の皮を被った憑依者かもしれない。
憑依者がどうして自らの存在を明らかにしなかったのか、その理由はわからないが、表舞台に登場する前に無力化できたのは幸いだった。人外どころか創造された神すら異なる存在ゆえに、この世界の人々の心理を理解していなかったのかもしれない。
「そして憑依者の切り札だった世界の終り、いや『ギガント』も太陽に焼かれて消滅した。かくして憑依者が企んだ世界戦争は回避され、それどころか魔族と人族の間で貿易や交流までが始まった。魔人騒動の裏にあった神話級の戦いはひとまず決着がついたということじゃな」
「そうもいかないのよ。えっちゃんには奴らの一つが憑りついたままだし、ハルド王国はモニターできないから憑依者の生き残りが潜んでいる可能性があるわ」
「行って確認すればよいではないか。高次元空間経由で瞬間移動出来るのであろう?」
扉に高次元空間を利用しているエルフの氏族長だけあって、アリスには現代科学の素養があるようだ。
「いやあそのお、確認したいのは山々なんだけどお、なんかわざわざ見に行くのって鬱陶しい女みたいな感じでえ、気が引けちゃうっていうかあ、えっちゃんにそんな風に思われたらやだなあってえ」
「いきなりグダグダになっておるの。宇宙戦艦まで持ち出して戦争回避に尽力したやり手の神子殿と思えんが」
「……真面目な話をすると、えっちゃんの『破壊』のせいで瞬間移動の座標が固定できないのよ。それにおかしなことに、明らかにえっちゃんは俺様モードなのに憑依者自体の反応はないの。アレー王女も急に大人びたうえ隷属紋を刻まれてなんだか喜んでるし。何がどうなっているのやら」
「隷属紋か。そういえばそんな術式が古代にあったのう」
「アリスも知っているのね」
「聞いたことがある程度じゃがな。わしが生まれた頃すでに神話伝承の範疇じゃった」
ロリババアとはいえ高々800歳。2万年生きている大魔王らとは比較にならない。
「しかしそれは本当に隷属紋なのか? もともと王女はえっちゃ……弟君を好いていたのであろう。わざわざ王女を支配する必要はないと思うのじゃが」
「そ、そうなのよそんでもって手ずからお情けいただいたとかとんでもないことを口走ってアレー王女! 身も心もとか! どういうことなのよっ!」
「神子殿、弟君のことになると冷静さを失うようじゃの」
「あ……。ごめん」
「しかし、わしらも無力じゃ。聖遺物の目録の管理者などとうそぶいておっても、憑依者とやらの襲撃ひとつにも気が付けん。ましてやその撃退など、術すら思いつかんよ。離散的領域の檻といったかの、神子殿。それはもう聖遺物を超える、神そのものの力のように思えるよ。わしには」
「氏族長!」
エルフ族の責任を放棄するようなアリスの物言いに、それまで黙って聞いていたエルジェントがさすがに声を荒げた。
「エルジェント、そう怒るでない。聖遺物が神の御業であることには変わりはない。しかし、神に造られたものと神そのものでは器が違う。聖遺物でもどうにもならぬことはある。事実、神子殿が創造した宇宙戦艦はわしらが知るいずれの聖遺物よりも脅威じゃし、そのようなものでなければ、世界の終わりに打ち勝つことなどできん」
「ギガント戦にピース・ワールド号は使ってないけどね」
「もののたとえじゃ。御身一つで偽神の神兵を倒すなど、まさに神威そのものじゃよ」
「エルフ族こそ神に最も近いSランク種族じゃないの?」
「Sランク? ……神に最も近いのは神子殿自身ではないか。そうか、最初に憑依されたという弟君こそ偽神の最大の敵だったということなのかもしれぬな」
「えっちゃんとわたしは対になるギフトを持ってるからね。特にえっちゃんの『破壊』と『簒奪』は敵にすると厄介だし。別のギフテッドのヴュオルズも潰されかけたしね」
「しかしそうなると乗っ取られているはずの弟君の行動が不可解じゃな。やはり憑依者は消えておるのではないか? 何らかの理由で影響だけが残っているとかではないのか?」
「うん、私もその可能性が大きいような気はしてる」
「早めに直接確認する方が良いと思うぞ」
「いやあ。でも~、だってぇ。しつこいとか、いい加減にしろとかい思われても困るしぃ。でもアレー王女とあんなことやこんなことされたらもっと困るしぃ。ああー、もー、どうすればぁ」
「ホント弟君のことになるとグダグダじゃな!」
「それよりもエルフ族のことよ。全世界記憶に情報がほとんどない」
「全世界記憶?」
「高次元空間に蓄えられたこの世界の情報」
「いや、そんなものは知らぬが。……ふむ。しかしわしらは隠された民なのは間違いない。里の扉もそうじゃしフェグナックの2本の大木もそういうことじゃな」
「神が隠蔽した?」
「そうじゃ。だからわしらはこのエルフの里にこもっておるのじゃ。聖遺物の定期的な確認の業務があるから時々数名が里を出るが、基本的にこの中で暮らす」
「業務って……。まあいいわ。ここから肝心。このエルフの里の場所はいったいどこなの?」
「神子殿もやって来ただろう。東の大森林の中心じゃ」
「違うわ。こんなドームは森にない。これだけの大規模施設がサテライトリンクに捉えられないはずがない」
「ふっ。さすが神子殿じゃの。これも禁忌なのじゃが、神子殿になら話してかまわんだろう。このエルフの里はガルリア大陸にあるのではない。地上と天界の間……、というのは宗教的説明で、神子殿風にいえば別の宇宙じゃな」
「やっぱりね。ここに来た時衛星リンクが切れたのには気づいたけど、高次空間との連結も途切れてる。全世界記憶にもアクセスできない」
「どういうことじゃ?」
「わたしの高次空間操作能力にはそもそも限界があるのよ。空間的には、そうね、0.1立体光年の範囲ぐらいしか把握できないわ。同じように時間軸もひと月遡るぐらいが限界。未来はもっと短くてはっきりわかるのは数秒先。ぼんやりとでも数分先ぐらいまでしかわからない。過去は自分のたどった時間軸をまっすぐ遡るだけだけど、未来は量子的な並行世界を確率的に予測する必要があるからでしょうね。同じ理屈で並行世界も、自分が経験した時間軸とよく似た世界にはアクセスしやすいけど、そうじゃない世界、たとえばわたしが憑依者に殺された世界などにはそもそもアクセスできない。そこにはわたしがいないから量子的な干渉が全くないからかもしれない」
「ふむ。すべての事象は確率的に存在するから、神子殿の近傍は濃く、空間や時間、世界が離れるにつれ級数的に薄れていくということじゃな。そしてある一定の距離で干渉できなくなると」
「うん。さすがエルフの族長、理解が早い!」
「わたしにはさっぱり」
エルジェントは頭を抱えているが、まだましだ。アルフィリアは既に舟を漕いでいる。
「だけど、このエルフの里はその限界とは異なっているわ。わたしはここにいる。なのにわたしの近傍の高次空間にアクセスできないのはおかしなことなのよ」
「確かにそうじゃな」
「別の宇宙、といったわね。並行世界、パラレルワールドとかマルチバースというのはひとつの宇宙の量子的な多世界だけど、ここは宇宙そのものが違うのよ」
「うむ?」
「里の扉は、宇宙と宇宙を繋ぐドアなんだわ。つまり宇宙際、インターユニバーサルなのよ」




