第76話 アリス
めちゃくちゃ間が空いてしまいましたすみません!
もはや月一ペースになってます。
今後もしばらくはペースが上がらないと思いますが、気長に見捨てずお付き合いいただければ幸いです。
美形の男女が十人まとめて跪いている図というものはなかなか壮観である。
えっちゃんがやってたギャルゲのハーレムエンドのようね。まああれには男はいなかった……、いや、そういえば女装してる男子はいたわね。オトコの娘とか言ってたっけえっちゃん。
さすがに美青年はいなかったけど。
悦郎のPCを盗み見してた時のことをセシルが思い出していると、美青年の一人が立ち上がった。出迎えの言葉を発した男だ。
「貴方がアルフィリアが言ってたブラボーリーダー?」
「エルジェントと申します。神子様」
「周りで頭下げられてると落ち着かないわ。楽な姿勢になって」
「承知しました。神子様がお許し下さった! 全体休め!」
残りのエルフたちも立ち上がり、軽く足を開いて腕を後ろに組む。なんだが小学校の朝礼みたいだ。
立ち上がると、エルフ族は総じて高身長の美形で、男性はバレエダンサーのようにしなやかな筋肉に覆われた細マッチョであり、女性はアルフィリアもそうだがかなりのグラマラスボディであることがよくわかる。美しい肉の壁に囲まれたようである。美の暴力だ。
肌の色は白に近いものから褐色まで幅広いが、髪の色は全員セシルによく似た蒼髪だ。青い髪がエルフの特徴なのは間違いない。
しかも全員セシルに熱い視線を送っている。瞳から発射されるビームが見えるほどの勢いである。
背後からも視線を感じる。アルフィリアが仲間と競うかのようにセシルを見つめているのだ。最初に会ったのは私、だから一番は私! と顔に書いてある。
これなら跪いたままの方がましだったかもしれない。余計に落ち着かなくなり、セシルはちょっと後悔した。
「ここに来たのはいくつか聞きたいことがあったからなんだけど」
「私からお話しするより、氏族長からの方がよいでしょう。まもなく到着されます」
「え? こっちに来るの? 貴方たちハイデアーノ族のドームまで行くんじゃないの?」
「本当ならここで神子様を氏族長がお迎えする予定だったのです。が、その、あまりに早く来られまして。準備が間に合わず……」
「あ、そうか。普通は何日もかかるはずだもんね。なんかごめん」
「いえ、神子様のお力であれば、世界を一瞬で駆けることなど造作もない。そのことを考えていなかったわれわれの落ち度です。まことに失礼なことを致しまして」
「別に謝らなくてもいいわ。待たせてもらうわよ」
「ではこちらへ。まだ宴の用意も済んでおりませんが、ひとまずお座りいただきたく」
「そうね。玄関先で立ち話も……、落ち着かないし」
「ご案内いたします」
そう言ってエルジェントが先に奥へと歩き出す。その後にセシルが続き、残りは左右に分かれセシルを囲い、アルフィリアが殿についた。
建物は案外奥が深かった。カーブしている廊下をしばらく進むと、行き当たりに大きな二枚扉があった。エルジェントが扉の横のボックスを操作すると、扉が自動で左右に開いた。
観音開きかと思ったが、ナンバーロックのスライド式自動ドアである。
(電気……)
先ほどから気になっていたが、建物の中も外も明るい。スポットライトや蛍光灯などはっきりした照明装置があるのではなく、廊下の壁や天井、外のドーム全体が発光している。そういう魔法効果が付与された素材だとセシルは思っていたが、電気があるのなら案外エレクトロ・ルミネッセンスパネルなのかもしれない。テレビに用いられている有機ELや発光ダイオード等ではなく真性ELである無機ELなら大きさや気密の制限もないから建材として使用出来る。
(科学でやった方が簡単なことは科学でってことかな。聖遺物も科学技術の産物のようだし)
エルフ族の通信は魔法であったが、唯一神とやらは移動体通信が未発達な時代の出身なのかもしれない、とセシルは考えた。
部屋の中にはU字型の大きな木製テーブルがあった。さすがに一枚板ではなく接ぎ合わせだが、継ぎ目がすぐにはわからないほど加工精度が高い。
U字のセンターの席をエルジェントに勧められ座った。左のカーブから直線に切り替わる場所にエルジェントが、右の対称の位置にアルフィリアが座る。残りのエルフも二人に続き着座するが、数名はさらに奥の部屋に引っ込んでいった。
「氏族長が来るまでここでお待ちください。今お茶をお持ちします」
奥に行った数名が用意をするのだろう。
「エルフの里って、エルフしかいないの?」
「どういう意味ですか?」
「いや、召使いとか、単純な労働とか、そんなのは他種族にやらせてるんじゃないのかなって」
「エルフの里に入れるのはエルフ族だけです。よって、全てはエルフ族自身で行っています」
「案内がいてもあの高次空間トンネルは通り抜けられないということ?」
「ええ。エルフ族以外は扉に阻まれます」
「なるほどねえ」
ということはわたしの身体はエルフ化しているってことなのとセシルは思う。蒼髪も容姿がグレードアップしたのもエルフだから?
この世界に転移したのが唯一神の思惑なら、神が自分の遺産の管理を任せているエルフがSランク種族ということかしら。つまりこの体も初期装備のボーナス特典だったってこと?
強くてニューゲーム?
「エルフ族って、人種の中では多種族よりも優れてるの? 特別な能力があるの?」
「神子様自身がその証明ではありませんか」
「いやわたしは別にして、普通のエルフはどうなの?」
「なるほど、神子様は格別の存在ゆえ一般のエルフのことは逆にご存知ないということですな。ふむ、ではお話ししましょう。扉を通過出来ることはエルフ族の大きな特徴ですが、その他では、まずなんといっても長命です。しかも成長が早く、老化は遅いため身体能力のピークの状態が長く続きます。力ではオーガ族、素早さではウェアウルフ族に匹敵します」
「ああ、そうなんだ」
ゴズデズ並みのパワーとジック並みのスピードかあ。エルフ族は総じて華奢に見えるのに、とセシルは思うが、一番外見と中身が合っていないのはその当人である。
「また知恵では人間族を、魔法適性はオーク族を超え、病気や怪我への耐性はトカゲ族に匹敵します」
「いいとこどりなのね! 弱点はないの?」
「そうですね。強いていえば繁殖能力でしょうか。長命のせいか子作りに関心が薄いですね。神子様の子孫はぜひたくさん遺していただきたいですが!」
「それセクハラ!」
「せくはら?」
セクハラという概念はないらしい。
そこにワゴンに載せて白い磁器のポットとティーカップが運ばれてきた。ドライフルーツのような茶菓も添えられた、アフタヌーンティーを彷彿させる本格的なセットである。運んできたのは男性エルフなので執事カフェみたいねとセシルは思った。
所詮庶民の女子高生であるセシルの経験値ではその範囲の感想である。フランスの有名女優だった母親が生きていれば本物の英国貴族の茶会に臨席する機会があったかもしれないが、もはや望むべくもない。
執事エルフがポットを高く捧げ、片手に持ったティーカップに細い糸のような茶を注ぐ。優れたパフォーマンスであることはセシルにもわかった。
ゲストであるセシルに最初にカップがサーブされた。
「東の森のファルマン茶でございます。お口に合えば光栄です。どうぞ温かいうちに」
「あ、ありがとう」
ハンターや魔族らを主に相手にしていたので、こういう異世界の優雅な文化に触れる機会がなかった。法王や帝王相手の時は憑依者事件のもみ消しでそれどころではなかったし、最も貴族文化の体現者であるはずの帝国皇子皇女はジャージ姿で寝転がっていた。
「美味しい……」
「ニホン料理のお茶に優るとも劣らないでしょう。ファルマン茶はエルフの里でも高級銘柄です」
アルフィリアが自慢げだ。
ピンポーン。
チャイムが鳴った。セシルもなじみ深い呼び鈴の音だ。
「氏族長が着かれたようです。玄関まで迎えに行ってまいります。神子様はどうぞそのままお茶をお楽しみください」
本当にドアベルだったようだ。エルジェントと数人のエルフが立ち上がり出ていった。部屋の扉が閉まる。セシルは部屋の一番奥にいるので扉が真正面の位置だ。
「わたしここで座って待ってていいのかな? 氏族長って偉いんでしょ?」
「神子様が遥かに格上です。神子様のおもてなしが出迎えよりも優先です」
執事エルフが言い切った。
まあそう言うならいいか。セシルはファルマン茶を味わうことにした。
アルフィリア達もちゃっかり飲んでいる。まあ、もったいないもんね。スタッフがおいしくいただきましたってやつ?
部屋の扉が開いた。
先頭はエルジェントだが、その隣に子どものエルフがいた。長い蒼髪を結い上げた美少女だ。小学校高学年くらいにしか見えないが、まさか?
「神子殿。はじめてお目にかかる。わしがハイデアーノ族の氏族長、アリス・ハイデアーノじゃ」
リーダーの隣にいた時点でそうではないかと思ったが、やはりこの美少女が氏族長だった。
「セシルです。えーと、800歳?」
「女子の年齢を聞くとは神子殿も礼儀には疎いの」
「え、ごめん。でもアルフィリアがそう言ってたから」
「はっ! 氏族長、申し訳ありません! つい神子様に聞かれるがままに」
アルフィリアがばね仕掛けのように立ち上がってアリスに向かい頭を深々と下げた。
「勝手に話したように記憶してるけど……」
「まあよい。そうじゃ、わしは今年で確か……812歳じゃったかの」
ロリババア!
そんな単語をとあるゲーム中に悦郎が口走っていたことをセシルは思い出した。
「その割にはずいぶん個性的な外見ですね」
さすがに言葉を選ぶセシル。
「なぜかこの姿で成長が止まってしまっての。しかし、その反動か他のエルフよりもずいぶん長く生きておる。おかげで氏族長に祭り上げられて、もう200年にはなるの」
そう言いながらセシルの隣にアリスが座る。エルジェントや他のエルフも席に着く。執事エルフが新しいお茶を運んでき、セシルやアリスにサーブする。
「それで、神子殿。我らも神子殿にお伺いしたいことがあるが、神子殿も我らに尋ねたいことがあると聞いておる。何かな? 知っていることは何でも話すぞ」
「ありがとうございます。氏族長」
「敬語は要らぬ。神子殿にそのように話されてはこちらが礼を欠く」
「じゃ聞くわアリス」
「一気にフランクじゃな」
「憑依者、神を名乗り精神を操る精神エネルギー体の侵略に気が付いていた?」
「いや、知らぬ」
「そう。ということは憑依者を検知したり対抗出来る聖遺物はないということなのね」
「ないな。しかし神を名乗る者か」
「氏族長、先日の世界の終わりの反応に何か関係が?」
エルジェントが言った。
「世界の終わり、ギガントには気が付いていたのね」
「はい、神子様。グレートピットに沈んでいる世界の終わりは我らの監視対象でした。しかし復活の警報が鳴った後、再び消滅したのです。法都の魔人襲来事件、空中要塞事件の調査の最中でもあり詳細を調べるのが後回しになっております」
「調べる必要はないわ。もう世界の終わりはいない」
「なんと、奴の消滅は神子様の御業でございましたか」
「超界での古の神々の戦い。異なる神の兵が世界の終わりじゃ。その憑依者というのは、唯一神に敗れた異なる神、すなわち偽神が復讐のために放った。……のかもしれぬ、ということじゃな」
「さすがアリス。だてに歳取ってないわね!」
「からかうな神子殿」




