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第75話 里への扉

想定よりスローペースですみませんっ!

まだしばらくこんな状態が続きますがお付き合いいただけると幸いです。

「じゃあ早速行こうかな」

「今からですか!? 私はいつでも準備が出来ていますが、セシル様の旅支度が必要ではないですか?」

「うん? いや手ぶらで大丈夫よ」

「そ、そうなんですか。では馬車を呼んでまいります。魔法通信で指示しますのでちょっとお待ちを……」

「いや、馬車は要らないわ」

「もしかしてあのオフロードバイクですか? あれはたしかに速そうですが痛いし埃っぽいしで山脈越えが大変ではないですか。何日も野宿になりますし」


 ギルドから黄金の止まり木亭の間だけで埃が目や口に入るわ振動でお尻が痛いわと散々な目にあったアルフィリアである。

 岩だらけのガウゴーン渓谷や枝葉だらけの森のなどバイクで幾日も走ったらどうなるか。

 それだけは避けてほしいとアルフィリアの目が訴えていた。


「ああ、バイクでもないわ。問題ない。行くわよ」


 セシルがそう言ったとたん、二人は夜空に浮いていた。


「落ちる!」


 アルフィリアが空を掴もうともがく。


「大丈夫よ」

「え? あ、あれ? 確かに足元に地面があるような……」


 セシルの空間転移と重力制御は自分以外を対象とする場合も精度や機能が向上している。

 時差で東の大森林が夜間なのはわかっていたので、見通しの悪い地上ではなく空中に出現位置を固定したのである。

 そして仮想的な平面を足元に作り出している。ふわふわと浮いているというより、透明な地面を踏みしめているような感覚だ。地面の反発を斥力を用いて再現している。

 魔人たちが空中を走る動作をしていたのを思い出したのだ。慣性制御で滑空するのもアトラクションか新種のスポーツのようで面白いが、足で立つ方が人型生物にとっては自然で動きやすい。階段を昇り降りするような動作をすると仮想地面が追従するので高度を変えることも出来る。


「ここは東の大森林ですか? ……。転移に空中歩行……。さすがは神子様! 凄い魔法です!」

「いや、魔法じゃないわ。結果は似ているけど。そんなことよりエルフの里はどっち?」


 まだ宵の口である。腕時計を見ると午後7時半だ。セシルの時計はいつの間にか自動的に時差を補正して現地時刻を表示するようになっていた。ちなみに日付も出るようになった。セシルがこの異世界に来てなんだかんだで1月近くになり、この星の公転周期を把握したからだろう。1年は366日で地球とほぼ同じである。


 月が雲に隠れていてあたりは薄暗いが、森の姿が見えないほどの闇ではない。

 曲がって見える地平線まで木々が生い茂っている。遙か西にかすんで見えるのはマルチ山脈だ。広大である。東の大森林と呼ぶにふさわしいスケールであった。


「ええと、あれが霊峰ガルダだから……。もう少し東にヘンザンの大木があるはずです。ここからはまだ見えませんね」

「わかった。24キロ先まで東に飛ぶわ」


 二人が浮かんでいるのは高度40メートル。この惑星は地球とほぼ同じなので地平線までの距離は約24キロである。

 衛星リンクシステムにより未知の場所でも高精度で転移出来るようになった。

 勿論高度を上げても見渡せる範囲は広くなるが、どうせエルフの里に行かねばならないのでセシルは水平移動を選択した。


 一瞬で24キロ東に転移する。眼下の風景は変わらず森がどこまでも広がっているが、西に見えるマルチ山脈が少し低く小さくなった。


「あ、あれです。あそこにある高いフェグナックの木。あれがヘンザンの大木です」


 フェグナックは日本語に変換されなかった。この世界固有の樹木のようである。近縁種がいる場合は『ハダカコウモリ』のように固有名詞も和訳される。


「あの木の下に里があるの?」

「いえ、少し向こうにももう一本同じようなフェグナックの大樹がありますでしょ?」

「ああ、確かに。丘に半分隠れてるけどあるわね」

「あれはデンソンの大木。フェグナックの大樹が2本あることを知らないと迷うようになっています」

「あー、何か聞いたことある。昔のお城にも侵入者を迷わせるためのそんな仕掛けがあったような……」


 歴史に疎いセシルであるが、建築学には興味があるので記憶に残っていた。


「あの2本の大木のちょうど中間点に結界の入り口があります」

「わかった。ちょうど中間点ね。転移するわ」


 衛星センシングで2点間の距離を測り正確に中間点を割り出した。

 地形情報も得たので転移先は地上50センチに設定した。視界が一瞬で切り替わり、そこは森の中である。

 空中ではあまりわからなかったが、森林の中は葉がすれる音や動物の鳴き声などがあちこちから聞こえる。気温が高く空気も蒸れている。動物園でよく嗅ぐ、藁と糞尿が混ざったような発酵臭もキツい。


「地面、ぬかるんでいるわね。念のため浮かせといてよかった」

「少し前に雨が降ったようですね。この辺りは降ると豪雨ですから」

「熱帯雨林かあ。それにしちゃ緯度が高いけど、確かにこれだけの森林が成り立つには大雨も必要よね。で、どこに入り口があるの?」

「ああ、ちょっとお待ちください。里に連絡します。まさかこんなに早く着くとは思ってもいないでしょうし……」

「そりゃそうか。じゃよろしく」


 二人は宙に浮いたまま会話している。二人の主観では地面に足が付いている感覚なので浮いている違和感はない。

 その体勢のままアルフィリアは魔法通信を使った。


「こちらブラボーツー。ブラボーリーダー、どうぞ」

『こちらブラボーリーダー。ブラボーツー、状況に変化ありか? どうぞ』


 魔法通信にもスピーカーモードがあるようだ。セシルにも相手の声が聞こえる。


「ブラボーツー、対象と共に転移魔法にてベースに到着。隠蔽解除を請う」

『なに! ……ブラボーリーダー承諾。対象と共に入られたし。どうぞ』

了解した(アイコピー)


 魔法通信が終わるとすぐにセシルの目の前の森が歪み始めた。


「光学迷彩? 違うか、この感じは高位空間経由でトンネルを繋いだような?」

「神子様のおっしゃることはよくわかりませんが、里への扉が開きました」

「あの歪んだ空間に入ればいいのね」

「私が先導します。こちらへ」


 アルフィリアがぬかるんだ大地に降りて歩き始めた。

 セシルはその後について微妙に地上から浮いたまま里への扉へ進んでいった。


「ああ、やっぱり」


 扉の内側は合わせ鏡のように幾重にも空間が重なっていた。セシルとアルフィリアが何十人、何百人もいるように見える。巨大な万華鏡のようだ。

 高次元から4次元世界を見ているのだ。平行して存在する無数の世界が同時に感知される。高次空間の扱いに慣れたセシルだから平気だが、普通の人間がここに足を踏み入れたら身動き取れないだろう。高次空間では4次元時空における位置や時間が意味をなさない。自分自身の認識すら出来なくなるかもしれない。

 セシルの転移門のように入り口と出口を直結せず、間を高次空間のチューブで繋いでいるのも侵入者対策であろう。

 その意味ではアルフィリアも大したものである。すたすたと迷いなく歩いていく。


(そういう風に設計されたってことよね、エルフ族は)


 セシルはかつてこの世界に現れ、聖遺物(アーティファクト)を造り、エルフ族に管理を任せた()()()に思いを馳せた。ほんの僅かな時間であったが。


「ここが出口です」


 全ての平行世界が極座標に収束するようにすぼまっている場所があった。ぱっと見ブラックホールのようだが、漏斗状に歪んでいるだけで実際に吸い込まれているわけではない。

 重力に吸引されるような気配もなく、その場所を歩いて通り過ぎる。


「明るい……?」


 高次空間のトンネルを抜けた場所は森の中ではなかった。きわめて人工的な空間である。ドームに覆われた近未来都市、というのが一番しっくりくるだろう。直径2キロ近いドーム天井の中に、3階建て程度の四角い建物が間隔を開けて並んでいる。セシルの立っている場所はちょうどドームの中心のようだ。 

 周囲は丸い広場になっており放射状に広い道が四方に伸びている。建物は道に沿って立っている。区画整理された整然たる街並みだ。

 自然発生的な街ではなく、人が住むより先に造られたものであろう。


「ここが里なのね」

「厳密には氏族の里はまだ先です。道の端に7つの氏族の里への出入り口があり、そこから自分の氏族の里に入ります」

「ポータルというかハブというか、そんな場所なのね」

「ブラボーリーダーがこの先の会議場にいます。ご案内します」

「場所さえ教えてくれれば転移するけど」


 衛星との接続は切れていた。ここがどこなのか不明である。

 もしかすると、あの星の地上ですらないのかもしれない。惑星全周マルチセンシングでも引っかからなかったエルフの里である。高次空間のトンネルなら宇宙のどことでも繋ぐことが出来る。その可能性はあるわね、とセシルは思った。


「いえ、歩いてもすぐですから。行きましょう」


 実のところ、アルフィリアは会議場の場所をどう説明すればよいのかわからなかったのである。似たような建物が数多く特徴がない。そして彼女は道案内に疎いのだ。

 東西南北は知っていて地図は読める。ただ距離の認識は徒歩で何日、馬で何日のスケールだ。荒いのである。この世界の標準的な距離感ではあるのだが。

 街中のような小さなスケールで説明するのは困難である。それでも何歩目で右に曲がる、何歩目で左、そのまま真っ直ぐ何歩、とでも説明すればセシルの自動翻訳機能で完璧なナビマップに変換出来たであろうが、そんな案内は思いつかなかったのである。


 会議場にはほんの5分ほどで着いた。そもそも直径2キロ程度だから、端から端まで歩いても半時間もかからない街である。


 「神子様、お待ちしておりました」


 建物に入ると、十人程度のエルフ族が玄関ホールの床に膝をついていた。

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