第74話 アルフィリアの心変わり
「氏族っていくつあるの? そもそもエルフ族は何人いるの?」
「七氏族だ。故に氏族長の集まりは七賢者会議と呼ばれている。エルフが全部で何人なのかは私も知らぬが、我がハイデアーノ族はおよそ50人だ」
「じゃあざっと350人ぐらいってこと? エルフってそれだけなの!?」
「長生きだからな。私は200歳を超えたところだが、氏族長は800年以上生きておられる」
「ふーん。魔族みたいね」
「魔の者とと同じにするな。というかなぜ私が質問される側になっているのだ。聞いているのはこっちだ」
「あ、そうだっけ? でもわたしエルフじゃないし」
「いやいやいや。どこからどうみてもエルフじゃないか。トカゲ族がトカゲ族じゃないというよりひどい冗談だぞ」
「だって耳尖ってないし」
「尖り耳? 何を言っているのかわからんが、私だって尖ってないぞ、ほら」
アルフィリアが髪をかき上げ片耳を露出した。
「あ、ほんとだ。フツーの耳だ」
「エルフの特徴は整った容姿と青い髪だ。耳が尖っているなんて聞いたことがない。誰に吹き込まれたんだ」
そういえば全世界記憶にもエルフの特徴は蒼髪と美貌とあるだけで、耳の記載はなかったことをセシルは思い出した。
日本のゲームやアニメの影響で思い込んでいただけだった。
「それに聖遺物を自在に操れるのが何よりの証拠だ。伝承を知る我ら以外に使いこなせるはずがないのだからな」
「いや、おかみさんたち調理器具普通に使えてるし。第一ここのトイレや風呂もみんな使えるでしょ」
「貴様が教えたからだろう。取扱説明書があれば普通に使うことぐらいは出来る」
そういえば、ハルド王国の宝物殿にある聖遺物も何に使うものかわからないとアレー王女が言ってたっけ、とセシルは思い出す。
ABS樹脂で出来た何からしいけど。
「我らエルフは聖遺物の扱い方を魂に受け継いでいる。だから教えられなくても使えるのだ。それが伝承だ。貴様は法都の空中船といい、さっきのオフロードバイクといい、乗り物の類型の氏族であるハルファ族のようだな」
「いや違うし。そもそもエルフじゃないし」
「まだいうのか。我がハイデアーノ族は医の類型。治療が専門だが、苦痛を与えるのも得意なのだぞ。正直に話すのだ。オフロードバイクのことは聞いていなかったのでよくわからないが、あの空中船は索引にないと氏族長がおっしゃった。どうやって隠していたのだ」
「ああ、あれ。そもそも聖遺物じゃないからよ。私が創ったの」
「は? そんなばかなことが。あ、いや、もしかして工作の類型のジーニアス族だったのか? いやしかしいくらジーニアス族でもさすがに空中船は無理があるか」
「違うし。でも製造の専門家がいるのね。興味あるかも」
「どうも話が噛み合わんな。なぜ出自を隠すのだ」
「いや何も隠してないし。じゃあちょっと見ててよ」
そういうとセシルはテーブルの上にタブレットを創造した。
「うおっ! 急に鏡が! どういうことだ!」
「鏡じゃないし。これはタブレットという情報端末よ。地図やお店の検索も出来るし、電話も出来る。ほら」
セシルはタブレットの電源を入れて、ガルリア大陸全土のマップを表示しアルフィリアに見せた。さらにズームしてアドセットの街の3D俯瞰図を一画面に表示する。
「これが、地図だと! ううむ、なんとわかりやすい……」
アルフィリアがセシルの真似をして指先でマップを拡大したり縮小したり、スワイプしたりしながら目を剥く。
「まだ全部はカバー出来てないけど、場所によってはお店やルート検索も出来るわ。ね、聖遺物じゃなくてわたしが創ったって、わかった?」
「いや、確かに動く地図なんて話にも聞いたことがないが……。ああ、それに電話と言ったな。電話は我が里にあるが、これは線が繋がっていないようだが」
「エルフの里には電話が敷いてあるんだ。これは無線の電話なのよ」
「そんなばかな。通信には銅線が必要なのは知っているぞ」
「古いわね。今は光ファイバーよ。でもその方法は面倒だったので衛星通信にしているわ。この星のどこでも電波さえ届けば通話出来る」
通常技術なら打ち上げひとつも大変だが、セシルには軌道上にコピペするだけなのでケーブル敷設よりも人工衛星を配置する方が楽だったのである。
「しかし、これが電話とはにわかには信じがたい……」
「初めてケータイを見るようなもんだもんね、実演が必要か。法都にお仲間がいるって言ったわね。フェンスリー!」
(マイマザー。お話は聞いておりました。法都のエルフ族にタブレットを渡せばいいのですね)
(話が早くて助かる。探せる?)
(衛星センシングで既に特定済みです)
(オーケー)
フェンシリーズはセシルから上位権限が付与されてるので衛星リンクもお手の物である。ただフェンツー、ファンスリーは魔王ヴュオルズとも繋がっているのでみだりにアクセスすることは禁じていた。
今回はエルフ族一人の位置情報であり、特段機密に属する事項ではないので問題ない。
「どうした急に」
「あ、ちょっと念話で指示を。しばらく待っててね。電話が掛かってくるから」
そう言い終わるや否やタブレットが着信した。着メロが流れ振動する。
「うわっ! なんだ! 警報か!」
「電話よ。お仲間さんから」
受話ボタンを押し、スピーカーに切り替えた。
『アルフィリアか! 急に小さな竜が現れて、これで話せと脅されたんだが!』
「貴方フェイラーなの! どういうこと!?」
『聞きたいのはこっちだ! なんで俺が竜に睨まれているんだ!』
「あーもしもし。わたしセシル。今アルフィリアさんに無線の電話の実演してます。あ、アドセットの街でありフィリアさんと会ってますのでフェイラーさんは任務終了でいいですよ」
『電話!? 確かに話が出来ているが! アドセットの街!? アルフィリアがいるから確かなんだろうが、そんな離れたところと電話が繋がってる!?』
「いや、離れたところと話せるから電話の意味があるんでしょ」
「フェイラー、そんなことより貴方は大丈夫なの! 竜に睨まれているってどういうこと?」
『ああ、竜に言われたことはこの番号に電話を掛けろということだけだ。奴は今もこっちをじっと見ている。すぐさま襲ってくる気はなさそうだが』
「フェンスリーは協力してくれてる限り何もしないから安心していいですよ。これで電話だとわかりました?」
「録音か合成音声という線は……」
「アルフィリア、なかなか疑い深いわね。何事にも疑問を持つ姿勢は嫌いじゃないけど。じゃ、ビデオ通話に切り替え!」
画面に青い髪の青年の顔が映った。美形だが、半泣きになっている。背景の大半をフェンスリーが占めている。3メートルぐらいのサイズになっているようだ。どこかの部屋の中のようだが、確かに部屋ギリギリサイズの竜と同室では恐怖しかないだろう。
「フェザードラゴン! 空想の生物じゃなかったの!?」
「この世界にも空想ってあるんだ!」
『アルフィリア! 横にいるのがセシルか! この竜を何とかしてくれ! 圧がたまらん!』
「これで電話だって理解した?」
「わかった! わかったから、フェイラーを助けてやって!」
「わかればよろしい」
唐突にビデオ通話が切れた。
フェンスリーがタブレットごと瞬間移動したのである。
通話が終わったのでアルフィリア達にはわからないが、フェイラーは唐突な竜の出現と消滅にちょっと失禁した。
「そう。そしてタブレットは私が創造した物よ。神が創ったものじゃないわ」
「あの空中船も、オフロードバイクとやらも……、か!?」
「さっきのフェザードラゴンもね。ここのホテルの部屋もそうだし。って厳密には二つ目以降はフェンが複製したんだけど。そのほかいろいろ創っているわ」
アルフィリアが急にぴょーんと後ろに跳ねた。そしてそのまま両膝をついて手と頭も床に着ける。
見事な後方ジャンピング土下座だ。
「失礼致しました! 貴方様はギフテッドであらせましたか! 数々の失礼、面目次第もございません!」
「え、急にがらっと態度変わるのね」
「ま、誠に申し訳ございません! 神に選ばれしギフテッド。神子様に私はなんという不埒なふるまいをっ! 平に平にご容赦をっ!」
「別に怒ってないわよ。逆にいろいろ教えてもらったし。顔上げて」
「いえいえっ! 恐れ多いことでございます!」
そう言いながら食堂の床にぐりぐりと額を擦りつける。
「ホントに気にしてないから。それよりもっと教えてよ。エルフも、ギフテッドも。アルフィリアが知ってること、みんな教えて」
「は、はあっ。しかし私が知ることはさほど多くはありません。氏族長なら聖遺物にも歴史にも詳しいのですが」
「氏族長はどこにいるの?」
「七賢者会議の都合もあるので、大体はエルフの里におります」
「床に顔を付けたまま喋らないで」
「申し訳ありません」
アルフィリアが顔を上げた。額が赤くなっていた。
「じゃあ、エルフの里に連れて行って」
「え、よろしいのですか。そもそも私の目的はきさ……、神子様を里に連れて戻ることでしたが」
「セシルでいいわよ。じゃあ利害一致じゃない。よかったわね」
「そうともいえますが、セシル様が神子様であったとは、氏族長らも知らぬこと。念のため連絡をしてみま……。あ、ちょうど里から魔法通信が入りました」
「出ていいわよ」
「ありがとうございます。……こちらブラボーツー。……、……、了解しました」
「その通信符牒はエルフの伝統なの?」
「はい、代々受け継がれております。なにか?」
「じゃあやっぱり、神ってのは……。いや、まだいいわ。エルフの里に行けばはっきりするかもね」
「あ、ブラボーリーダー、じゃない、里からの通信の内容でございます。フォックスワン、じゃない、フェイラーが先に里にセシル様との遭遇の件を知らせておりました。フェイラーもセシル様がギフテッドであることが分かったようです。ただちに神子様を里にお連れするようにとのことでした」
なるほど。エルフなら、タブレットとフェンスリーを見ればギフテッドなのは察するか。セシルは納得した。
「で、エルフの里ってどこにあるの?」
「マルチ山脈を越えた東の大森林です」
タブレットでマップを確認する。
「この辺?」
「いえ、もっと東の、そうそのあたりでございます」
アドセットの街からガウゴーン渓谷を挟んで東にモーリス王国があり東海岸に出るが、そこは大きな湾になっていて大陸自体は南東方向に突き出ており、大森林が広がっている。東端は島国ハルド王国の対岸辺りまで届く。ガルリア大陸最大の森である。
衛星センシングによりセシルも概要を知っているが、鬱蒼とした深い森で魔大陸にも似た生物多様性の宝庫であり、魔獣や野獣、大型昆虫などが大量に生息している未開の地だ。
人族が住むにはかなり厳しい環境である。
少なくともセンサーで確認出来た集落はなかった。
「こんなとこに里が? 気が付かなかったなあ。大丈夫なの?」
「里は結界で護られています」
「次元断層とか、超電磁バリアとか、そんな感じ?」
「はい?」
キリキリ書きますと言いながら月一ペースに落ちて申し訳ありません。決算が終わるまでこんな感じが続きそうです。ぼちぼちとお付き合いいただければ幸いです。




