第73話 インデックス
「エルフ族……!」
フードを脱いだ青い髪の美女の登場にホールがざわつく。背格好はセシルによく似ている。セシルよりも鋭角で彫刻的な顔立ちなのと、きつい表情のせいで年齢はかなり上に見える。セシルが10ほど歳を重ねればこの女性のような印象になるかもしれない。
「貴様と話がしたい。ここでは人目がある。私の宿に来てくれないか」
「ひとのことを貴様と呼ぶ人とご一緒したくないんだけど」
「ふっ。氏族が不明なものは貴様と呼ぶしかなかろう」
「なにそれ?」
セシルは以前全世界記憶で『エルフ族』について調べたことがある。初対面の時ダガルやテレスピンらにエルフと間違われ、またシュバルからは未だエルフ姫と呼ばれるからだ。
だからエルフが実在し、妖精族とも呼ばれる希少民族で、青い髪と美男美女であることが外見的特徴であることは知っていた。
自分の蒼い髪と、異世界パネマジ加工が加えられたファンタジー超美少女化は自覚していたので、エルフ族に勘違いされるのも無理ないわねと納得し、調べるのはそこで打ち止めにした。トカゲ族やウェアウルフ族には解剖学的にも、他の人族とも交配可能と聞いて遺伝子学的にもどうなっているのだろうかと多少関心が湧いたが、エルフ族は人口が少ないというだけで普通の人間だ。歴史学や民俗学的な興味はセシルにはない。
それよりもギフトの原理や高次空間操作、慣性制御や平行世界の重ね合わせ、魔のエネルギーや魔法など理系的興味をそそられる事象が連発し、全世界記憶はもっぱらそれらの解析に集中して使っていたのである。
その過程であることにセシルは気が付いたのだが、今はまだ語る場面ではない。
セシルはアルフィリアの氏族が不明という言葉の意味が分からず、再び全世界記憶で『エルフ族』を検索、情報の階層をドリルダウンし『氏族』に関する事柄にアクセスしようとした。
だが、氏族に関する事象が見当たらない。それどころか、エルフ族の起源や故郷がどこなのかすらわからない。まるで黒塗りされた機密文書のごとく、エルフに関する情報のかなりの部分が抜け落ちていた。
全世界記憶の情報が隠蔽されている。
つまり過去未来現在の事象の重ね合わせに高次空間から干渉出来る何者かの力が働いている。
セシルは俄然エルフ族に興味が出てきた。
この間0.01秒。
「……うん、わかった。話を聞くわ」
「ついてこい」
二人が動き出すと、ハンターたちがささっと道を開けた。
伝説のエルフ(一人はそう思われているだけだが)が二人。
周囲を圧倒する美の暴力であった。
「で、宿ってどこ?」
「うむ。黄金の止まり木亭だ」
「は? あ、そう」
従来比3倍の高級宿になっているが、食事、セキュリティ、清潔、お風呂とトイレ、どれ一つとってもオーバーテクノロジーな施設である。
そりゃあそこ以外に泊まる気にはならないわね、とセシルは納得した。
「わかったわ。ちょっと距離あるからあれで行くね」
「あれ?」
アルフィリアはギルドの中で待っていたので、バイク騒ぎを知らなかった。
支部を出ると、道路の角でハンターたちが団子になっている。
「はいはいどいてー」
セシルが声を掛けると素直に散らばる。強面のハンターたちがまるでよく躾けられた羊のようだ。
「おい、これはなんだ?」
「オフロードバイク」
「ちょっと待て。これに乗れというのか?」
「早いし楽だから」
「え、ええー? ちょっと待……!?!」
力でセシルに勝てるはずもなく、パッセンジャーシートに嫌がるアルフィリアをちょこんと乗せ重力アンカーを解除し即発車した。
屈強な男たちが束になってもびくともしなかったバイクが爆音と共に走り去る。ハンターたちの多くが自信を喪失した。
「うおっ!」
「ちゃんとわたしの腰掴んでて! 落っこちるわよ」
「あつっ! ひっ!」
「がに股! 膝広げて足ステップにのっけて! ふらふらしないで真っ直ぐ背を伸ばして荷物になりなさい!」
アルフィリアは腿がマフラーに触れてしまい軽くやけどした。そして生まれて初めて乗った機械の車なのにセシルは容赦がない。
「え、えらい目にあった……」
黄金の止まり木亭に着く頃には髪はぼさぼさ、涙目になっていたアルフィリアであった。ヘルメットもゴーグルもなしでバイクに乗れば当然の結果である。セシルは自動防御が働くので平気だが。
「おや、お帰りセシルちゃん」
宿の玄関先にいたおかみさんに声を掛けられる。温水洗浄トイレやキッチンやホテル仕様の客室に慣れたおかみさんにとってはバイク程度では特に驚かなくなっていた。
「お帰り?」
「わたしもここが定宿なのよ」
「なんだそれは! じゃあここで待っていても良かったってことなのか! あんな臭くてごみごみした場所で3日も我慢した私はバカみたいじゃないか!」
「知らんがな……。てか、あんたハンターじゃないの?」
「エルフの私がハンターなわけがあるか! 貴様が異常なのだ!」
「それも知らんがな……」
エルフはハンターにならないとはどういうこと?
氏族がどうのと関係がある?
などと考えながらナチュラルに食堂に向かうセシルに、
「私の部屋は2階だ」
とアルフィリアが腕を引っ張ろうとする。
「ここじゃ食堂がミーティング場所なのよ」
さらりとアルフィリアの手をかわしながらセシルがしれっと伝える。その実、新作のお菓子が食べたいだけなのだ。
しかしアルフィリアはセシルの身のこなしに驚いていた。
(この素早さ。見た目と違って力も強い。聖遺物頼みの小娘と侮ってはならぬな)
そして黙って食堂についていった。
まだ夕食には少し早い時間帯なので、客はまばらだった。厨房からは随分活気のある音がしているが、転送用の食事作りである。
開いているテーブルに座ると、ミーシャがてててと駆け寄ってきた。
「神姉さま、おかえりなさい! 今日は早かったのね!」
「うん、今日は依頼を受けなかったからね。ミーシャちゃん」
「あっ、アルフィリアさんもお帰りなさい! やっぱり神姉さまのお仲間だったんだ!」
「いや違うぞ。少女よ」
「うん、さっき知り合ったばっかりだよ」
「えー、絶対親戚か友達だと思ってたのに―。だって二人ともすっごい美人でお揃いなんだもん」
「それは確かな事実ね」
「そうだな。少女よ」
アルフィリアも容姿を誉められ慣れているのか、特に動じることはない。
「ミーシャちゃん、今日のお勧めスイーツは何?」
「フルーツタルトとガトーショコラ!」
もはや洋菓子店の域に達した黄金の止まり木亭である。魔大陸からの輸入品も加わり、カスタードクリームやチョコレートをはじめ、パイ生地やケーキ生地、ナッツやコンフィチュール、リキュール類など必要な各種食材が既に開発済みであった。
「じゃあ両方二つずつ持って来て。ミルクティーもお願い」
「ご注文ありがとうございまーす!」
「おい、私は何も」
「食べるでしょ。奢るわよ」
「そ、そうか。それなら……」
奢るといってもセシルは永久無料である。店に払いを押し付けただけだが、そもそも原材料はセシルがここに送っているものばかりである。ミーシャに文句はない。むしろ新作の味見をセシルにしてもらいたくて仕方がないぐらいであった。
ケーキと紅茶を配膳するとミーシャはすっと厨房に戻っていった。
「美味しい……」
「ここに泊まっているのにスイーツ食べてないの?」
「だって高いじゃないか。金の余裕がない。貴様に会うのに何日掛かるかわからなかったしな」
「宿を他のとこにしたらよかったんじゃないの?」
「ここの部屋は3倍以上の価値がある。それに晩はニホン料理をしっかり食べているぞ」
「お財布の選択と集中ね。まあいいわ。それで、わたしに何の用なの? 話って?」
「うむ。もう少し味わわせてくれ」
「いいわよ。ゆっくりで」
アルフィリアがケーキを食べ終わるまでセシルは待っていた。アルフィリアはひと噛みひと噛みをじっくりと堪能し、セシルはパクパク食べたので時間差が生じた。
「ふう」
アルフィリアが紅茶をゆっくりと啜る。満足げな表情だ。
ちなみにお茶の葉自体はガルリア大陸でも以前から流通していたが、今二人が飲んでいる茶葉は魔大陸産である。ゼゼステ湖近郊に自生していたものをセシルの時間操作で発酵させた。味が濃くミルクがよく合う。
「で?」
「うむ。あの空中城は我らの管理項目にない。さっきの奇怪な乗り物も然り。貴様の氏族はどこだ」
「空中城って、ピース・ワールド号のことね。管理項目って、何?」
会話しながら並列で全世界記憶を検索するが、やはりヒットしない。
「我らエルフ族が神より賜った聖遺物の索引だ。貴様、はぐれエルフなのか? それならそれでなぜ聖遺物にアクセス出来るのかわからんが」
ほう。
セシルは俄然面白くなってきた。
聖遺物の一覧表がある。それを造ったのは唯一神。ということは聖遺物は神の創造物。ならプラスティックをこの世界に持ち込んだのも唯一神? ということは……。
そしてエルフ族は唯一神に聖遺物を管理するよう造られた種族。
『神』を名乗るモノに気を付けろと言った女性の影。なにか繋がってきた気がするわ。
「氏族って?」
「氏族を知らぬとはやはりはぐれなのか? 貴様」
「うん、知らない」
「なんということだ。聖遺物はいくつかの類型に分けられている。その類型ごとに別の氏族が管理することになっているのだ。索引はそれぞれの氏族の長が持っている」
「じゃあ他の氏族の聖遺物のことはわからないんじゃないの?」
「年に一度、氏族長が集まり情報を共有するのだ。聖遺物は今もなお増えたり減ったりすることがあるからな。情報の更新は大切なのだ」
「減るのはわかるけど、神様が造った索引があるのにそれよりまだ増えるってどういうこと?」
「神は今もおわす。聖遺物というのは呼び方に過ぎない。神の御業で生み出された物は新造されたとしても常に聖なる遺物である」
「なるほど。インデックスも聖遺物の増減に合わせて自動更新されるのね。それを年に一度氏族長が集まって確認すると」
「そうだ。しかしあのような空中城は管理項目にない。つまり氏族会議に出ない隠れた氏族がいるということだ。だから私は貴様が登録していたこの街のハンターギルドに戻って来るのを待っていたのだ」
「法都でわたしを捉まえればよかったんじゃない?」
「バッハアーガルム法都には別の者が行った。私はちょうどエルベットの北の森にいたのでここに派遣されたのだ」
セシルは確かに法都にいたことはいたが、ほとんど空に浮かぶピース・ワールド号の中で過ごしていたし、外に出る時は瞬間移動で世界を飛び回っていた。法都で見張っていても掴まえようがなかった。
「派遣されたって、氏族長から? どうやって連絡しているの?」
「伝書系の魔法を増幅する聖遺物がある」
「あー」
魔法で解決の方向か。魔法のある世界を神が造ったんだから、そりゃそうなるわね。
セシルはこの世界の成り立ちが読めてきた。




