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第72話 ギルド支部

 結局セシルは、1万5千円の値が付いた2種の剣を各5本、杖を8本、小魔法石を20個グローブスに買い取らせた。

 計45万円。

 金子(きんす)はエトアウル小金貨7枚、エトアウル銀貨43枚、エトアウル銅貨50枚である。

 銅貨はパラフィン紙で包んだ棒金になっていた。エトアウル王国の貨幣には紐を通す穴がないので何かでくるまないと纏まらない。

 セシルは腰につけていたミニポーチに受け取ったお金を入れた。明らかに棒金よりも小さいポーチに吸い込まれるように全ての貨幣が収納されるが、グローブスはもう突っ込まなかった。


「売れたらまた持ってくるから、連絡してね」

「ああ、黄金の止まり木亭に手紙入れとく」


 そうグローブスに言われ、あ、そうか、それが普通なんだとセシルは思った。衛星電話網は構築済みだ。その気になれば世界の全員にスマートホンを配ることも出来る。しかし誰彼構わず電話を持たせるのはやり過ぎだ。

 早馬や郵便などの既存の通信インフラを壊滅させかねないし、それでなくとも情報は戦争の道具になるからだ。セシルが衛星で得られるデータを非公開にしているのもそれが理由である。

 せっかく『憑依者』の陰謀を阻止出来たのに、遠隔地との同時通信やセンチメートル単位の精密な全世界マップ、人々の位置情報やリアルタイム行動監視などが既に実現していることを知られれば、世界大戦勃発の火種になりかねない。


「うん、よろしく!」


 セシルはそれゆえ伝統的(レガシー)な手紙システムを否定しなかった。かららん、とベルの音を立て退店しようとすると、なぜかグローブスも後ろからついて出てくる。え? とセシルが振り返る前にグローブスが喰い気味に喋り出した。


「その聖遺物(アーティファクト)、良く見せてくれよ! 俺は今モーレツに鑑定したい!」

「どこの巨人のスターよ……。ま、別にいいけど、でもこれの鑑定出来るかな?」

「まあまかせろ。どれどれ……? は、なんだこれ。諸元表のはずだが、こいつは文字なのか? 全く読めん!」


 セシルはグローブスの視覚情報をハックした。これもセシルの感覚では()()なので、滅多にやらないのだが、自分の脳内情報を外部に取り出せる仕組みの裏仕様で、他人の脳内情報にアクセスすることが出来るようになっていた。


(ああ、日本語かあ。まあそうなるよね)


 グローブスが見ているのはカタログ等の巻末によく記載されている仕様一覧だ。バイクの製造メーカーや型番、製造番号、排気量、馬力、燃費、寸法、重量などが表示されているのだが、日本語表記である。自動翻訳されているわけではなく、グローブスが見ているそのものが日本語なのだ。アラビア数字もこの世界の数字とは異なるのでグローブスには読めない。


「読めない? あー、現代(いま)の文字とは違うからね。残念だったわね」

「おお、そういうことか。さすが聖遺物だな! セシルは読めるのか?」

「ハンターの秘密事項」

「うっ……。そうか……」

「じゃあね、また!」

「あ……」


 ガルリア大陸(ここ)ではなく現代(いま)と言ったのは方便だが納得したらしい。名残惜しそうなグローブスを尻目にバイクにまたがりセシルはさっさと退散することにした。いつまでもとどまっていると乗せてくれとか分解したいとか言い出しかねない。


 帝国、法王国、エトアウル王国、ハンターギルドから結構な額を既に受け取っているセシルがなぜわざわざグローブスの店に立ち寄り手持ちの武器を売ったのか。

 それは、それらの報酬が全部金貨ないし手形などの有価証券だったからだ。


 エトアウル金貨ですら1枚25万円。バッハアーガルム金貨に至っては1枚100万円だ。高額すぎてシュバルを通じて全額商業ギルドに預けている。利子も付くらしい。

 銀行機能を持つ商業ギルドはハンターギルドと違って大きな街にしか支店がない。勿論この世界にATMや自動両替機などはない。つまり都心部以外では両替出来る場所がほとんどないのだ。

 元々セシルが初期所持品として持っていた銀貨4枚、銅貨8枚はとうにない。小金貨4枚はまだ残っているが、普段の買い物では小金貨(3万円)ですら使いづらい。店に迷惑がられてしまうだろう。

 そんなわけで、ピース・ワールド号を降りて街中に戻って来た今、小銭がないと不安だったのだ。主に買い食いなどのために。


 グローブスが買い取った数は、店にあった銀貨、銅貨の限界であった。勿論この後の商売もあるから全部ではないが、釣銭用の小銭の大半をセシルのために吐き出したのである。


 宿屋ゾーンまで戻ってくると、急に通行人が増えた。

 逆に専門店街があんなに閑散としていて大丈夫なのか、と心配になるが、通行人の大半は武器を持っている。ハンターギルド支部の出入りである。グローブスの店に行く際に前を通った時よりも数が多いのは、昼間の依頼を終えたハンターが戻って来る時間であり、夜間の依頼が始まる時間帯でもあるからだ。ピークにはまだ2、3時間あるがアドセットの街のハンターの母数そのものが相当増えている。


 宿屋で一番大きい華麗なる(ゴージャス)アドセット改めギルド支部にバイクに乗ったまま近づくと、エンジン音に反応し、ハンターたちが一斉にセシルに注目する。


「なんか近づいてくるぞ? なんだありゃ?」

「青い髪! 例のエルフ姫か!?」

「本当に? 噂の金剛ハンター?」

「待て待て待て、超かわいいんだけど!」


 ハンターも市場の市民と変わらず騒がしい。

 浮足立つ雰囲気の中、セシルは動じずバイクを道端に寄せた。


「ちょっと通るよ」


 セシルはバイクを降り、腕に付けたハンタープレートを誇示するように外に向けハンターたちの間を抜ける。

 ハンターたちは素直に左右に分かれ、セシルに道を譲る。

 ここにいる誰も実物を見たことがなかったろう、虹色を映すクリスタルのプレート。

 金剛ハンターの証である。見た目がいくら楚々とした美少女だろうと、絡むような愚か者はいなかった。

 そしてセシルが建物に入るや否や、路駐したバイクにわっと群がる。エンジンを覗き込む者、シートを撫でる者、ハンドルを触る者、タイヤを指で押してみる者。

 またがって動かしてみようとする猛者も現れたが、細く軽そうな見た目なのにバイクはびくともしない。

 実は慣性制御による重力アンカーで空間に固定してある。押そうが引こうが全く動かない。究極の盗難防止策である。


 以前は閉じられた正門前に門番が立っていた華麗なる(ゴージャス)アドセットだが、今は扉は全開放され出入り自由だ。入り口から奥に広がる吹き抜け空間になっている玄関ホールにはドーム状の天井から大きく複雑なデザインのシャンデリアが吊り下げられている。天井や柱には上品な装飾が施され、床は赤くふかふかしたカーペットが敷き詰められている。

 だがそんな豪華なデザインとは裏腹にホール内は武器を背負ったむさ苦しい姿のハンターたちが大勢右往左往していた。

 ホテルの時に来たかったな、とちょっと残念に思うセシルであった。


 すぐにホールのハンターたちもセシルに気が付き、場所柄のせいか外と違ってひそひそと話を始める。


(ありゃ金剛ハンターのセシルだ。戻って来たんだな)

(大魔王とかいう化け物、倒したんだって。凱旋パーティーやるのかな)

(空飛ぶ城を手に入れたとかなんとか)

(魔人の大陸のことを知ってたらしいな。さすが伝説の妖精族だけはある)

(すげえよなあ。帝国じゃ英雄なんだってなあ)

(法王国では女神扱いらしいぜ)

(うちじゃエルフ姫だけどな)


 全部聞こえてるよと思いつつ、セシルはカウンターに近寄る。見覚えのある職員がいた。ハウゼンだ。


「セシルさん、お帰りなさい! 金剛クラス入りおめでとうございます!」


 セシルに気が付くとカウンターから出てきそうな勢いで話しかけてきた。カウンターは左右に長いので出てこようとするとかなり回り込まないといけないため実際は上半身が前のめりになっただけだが。


「こんにちは。所長いる?」

「バララッド()()()は今出掛けておりまして」

「あ、そうか、支部になったんだ」

「はい、おかげ様でこのホテルがあてがわれまして。僕らの給金もアップするらしいです」

「そりゃおめでとう。所長、じゃない支部長がいないんだったらまた出直すわ。そうだ、来る前にトランシーバーで連絡するわ。そう言っといて」

「わかりました!」


 最初からトランシーバーでアポ取っといたらよかったなとセシルは少し反省した。ギルマスはギルドにいつもいるものと思っていた。支部に格上げになったばかりだし、何かと忙しいのかもしれない。


「ところで、この上は元々ホテルの客室だと思うんだけど、今はどうなってるの?」

「2階の食堂はそのままです。いくつかある広間は会議室に、3階は支部長室や資料室に充てています。4階から上はホテルのままで、他の支部等からの来客の宿泊用として使われる予定です」

「へえ」

「僕らもまだ戸惑っていて、いろいろ暫定です。この支部を拠点とするハンターも日ごとに増えて来てますし、職員も増員してもらえるので、今後会議室や執務室も増える予定なんですが」

「まあまだ10日そこそこだもんね。何もかもこれからか」


 大魔王ビュオルズとその配下が法都に出現し、その後歴史的講和に至ったあの日からまだ半月も経っていないのである。


 食堂にはちょっと興味をひかれたセシルだが、黄金の止まり木亭が永年無料である。味は折り紙付きのニホン料理であるし、わざわざここで食べる必要はない。

 さて帰ろうとすると、フードとマントを被ったハンターに前をふさがれた。


「急になに? 邪魔なんだけど。どいてくれない?」

「セシル、貴様を待っていた。ここに戻ってくるはずと張っていて正解だったよ」

「わたしを待っていた? 誰?」


 相手はフードを脱いだ。青く長い髪がふわりとなびく。そして高い鼻、白い肌、赤い瞳。彫りの深い顔が露わになる。

 体型を隠すマントで判らなかったが女性だ。見目麗しいが、表情は険しい。


「私はアルフィリア。エルフ族だ」

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