第71話 地下施設改良
「にしても、凄いねえ、キレイ、というより神々しいというか」
おかみさんがそんな感想を述べるのはセシルが巫女服を着ているせいだ。教皇のお仕着せである。
「たはは。向こうに服装にうるさいのがいて……。部屋で着替えるよ」
「えー、めっちゃ『神姉さま』って感じでいいのにー」
「それもどうなのよって、ねえ……。この格好とんでもなく目立つもん。困るのよミーシャちゃん」
ピース・ワールド号から黄金の止まり木亭玄関までは瞬間移動したので誰の目にも触れていない。
どうせなら部屋まで直接転移すればより面倒がないと思われるが、挨拶もなしに勝手に宿に入るのは人としていかがなものかと思ってしまうのがセシルである。そもそも空間に穴を開ければピース・ワールド号からここの服を簡単に持ち出せるが、それもなんだか泥棒っぽいので避けたいと考えていた。変なところで倫理観が高いのである。
「セシルちゃんの部屋はずっと予約済みにしてあるよ。いつでも使いな」
「ありがとう、おかみさん。着替えたら後でギルドに顔出してくる。奥にある豪華ホテルだったとこよね」
「そうさ。そういえばセシルちゃんのおかげで所長もうホクホクだよ。行けばなんかお礼貰えるんじゃないかい?」
「そっか。所長自身がなんかやったわけじゃないもんね。こりゃがっつりいっちゃおかな!?」
「そういうとこ、やっぱセシルちゃんだね!」
ぐふふと悪い表情で笑うセシル。美麗にして神秘的な見た目が台無しである。
◇◇◇◇
最初にこの街に来た時に似たパンツにブーツ、ベストという冒険者風スタイルに部屋で着替え、瞬間移動でアドセットの街の北西に飛ぶ。
わしの番じゃおじさんことドウラが代表を務める集団農場の近くである。柵に囲まれた平地だ。
いくつか大きな岩があり、その陰に転移した。少し離れた農場で何人か作業をしているが、セシルに気が付いた者はいなかった。
その岩の一部をセシルが押すと、取っ手が飛び出した。捻って引っ張るとぽっかりと扉が開く。
この岩はFRP製の張りぼてである。
中は下に降りる螺旋階段になっている。扉を閉めると自動で内側の照明が点き、セシルは階段を降り始めた。地面の下は大きな空洞になっている。農場と黄金の止まり木亭に繋がっている上下水道の処理施設だ。発電所も併設されている。
「水力発電じゃこれだけのキャパしか賄えなかったのよね……」
セシルは独り言をつぶやくと、『創造』を発動した。
たちまち処理施設の貯水槽が深く、大きくなっていく。同時に発電設備が地熱式に置き換わった。
地熱式といっても、地下のマントルに転移門を設置して熱エネルギーだけを取り出しタービンを回す超深度マントル熱式である。実は魔大陸に設置した発電所もこのマントル熱式である。仕組みが単純なのに千度超の熱ポテンシャルが利用出来る。メンテナンスフリーで高出力だ。転移門を下層マントルやコアに設置すればもっと高熱を取り出せるが、1500度を超えると発電機のタービンが溶ける。
セシルはアドセットの街全体に水道と電気を提供することを目論んでいるのだ。以前は、この世界をオーバーテクノロジーで歪めてはならないと考えいろいろ自粛していたが、『憑依者』事件のせいで既に世界に介入しまくりである。今更であった。
アドセットの街はセシルの拠点である。利便性を高め清潔で快適に街全体を改造することに、もはや何の躊躇もない。
ちなみに送電線も水道管も必要ない。空間転移で現地と繋ぐからだ。黄金の止まり木亭でやったことと同じだが、転移システムを標準化して蛇口、排水口、電球コンセントの形に作った。
これを各戸に配布し、必要な場所に取り付ければそれだけで水が出るし電気が使える。農場や黄金の止まり木亭の時のようにセシル自身が工事する必要はない。
「ここはこれでいいわね。次は、と……」
地上に出ることなく直接地下から瞬間移動する。来るときに地下に転移しなかったのは岩の扉が内部照明のスイッチになっていたからと、地上部分を点検する意味があった。先ほどの改造のついでに照明等も人感センサーに切り替えたので直接地下施設に転移しても自動でオンオフする。セシルが消えるとしばらくして施設内の照明が非常灯以外落ちて暗くなった。
セシルはアドセットの街の入り口手前に転移した。街を示す杭と灯篭がある街道の横道だ。町の中の市場には結構な人で賑わっているし、また街道では馬車や人がそれなりに通っているが、杭の周りには人はおらず、セシルの出現に気が付いた者はいない。
実は人がいないのは偶然ではなく、衛星からのライブ情報をセシルが脳内でチェックしているからだ。
転移先に人間や動物がもしいたら、最悪相手が即死する。というのは転移の原理は余剰次元のコンパクト化と超対称性の保存による4次元時空の書き換えであるが、マクロ的には空間の入れ替えだからだ。転移前のセシル自身と、転移後にセシルの占める場所にある物とを交換しているのである。もし転移先に固形物があったらセシルの形にくりぬかれることになる。
人工衛星1600基によるサテライトリンクメッシュが完成し地上のどこでも高精度にリアルタイムサーチ出来るようになったからこその連発転移である。逆に先ほどの地下処理施設などはサーチ不能なので直接転移をしなかった、という事情もある。赤外線センサーもあるため多少の障害物は透過出来るが、ある程度の厚みのある建築物の内部や山中の洞窟などは無理である。プリンセス・アレー号の展望室やヴュオルズの魔王城のバルコニーなど、これまでは転移する場所を出来るだけ固定していたのも事故を防ぐためであった。
セシルは灯篭を錬成してLED化すると転移で電気を繋いだ。照度センサーにより辺りが暗くなると自動で点く仕組みだ。
実は灯篭に火を灯すのは、町の入り口付近にある黄金の止まり木亭のおかみさんの役割だった。忙しくなってきたのでついつい忘れがちになってしまうことをセシルは聞いていたのである。
「これもよし、と。次は」
そう言いつつ空間に片手を突っ込み、ひょいと赤い物体を引き出す。ガウゴーン渓谷まで行くときに使ったショウリョウバッタにも似た細身のオフロードバイクである。更に紐のついた袋を取り出し背中に背負う。バックパックだ。
バイクは渓谷の麓に倉庫を造って隠していたものだが、アドセットの街の城壁を造るため周辺が掘り返されることを知り、亜空間収納に変更していた。
オフロードバイクにノーヘルでまたがり片足でキック一発。調子よくブロンとエンジンが掛かりアクセルを捻る。シリンダー内の爆発音のピッチが高く早くなると共にマフラーから白煙が勢いよく噴き出し、すぐに透明になる。昔ながらの2ストロークエンジンだ。
クラッチを繋いで走り出し、アドセットの街に進入する。通行する人が結構いるのでゆっくり1速で流す。以前よりも人が多いように思えるのは城壁工事特需もあるだろうし、アドセットの街自体が有名になったせいもあるのだろう。
街行く人々が爆音を上げる未知の乗り物に仰天し、蒼髪をなびかせる美少女に驚愕する。目立つのが困るとは何だったのか。
「なんだこの赤くてやかましいやつは!?」
「エルフ姫だ! この街に帰って来てたのか!」
「ああ、あのセシルなら聖遺物に乗っかっているのも納得だな!」
「そうか、あの娘が噂のセシル! 俺、金剛ハンター初めて見たよ! すげえな!」
そう、セシル自身はハンター最高ランクの『金剛』になっていた。だがこれも暫定で、ギルド連合会ではセシル用に金剛の上のランクを創設することを検討している。
そしてピース・ワールド号は世間では聖遺物の一つであると認識されていた。新旧聖典に宇宙戦艦などは出てこないことは全世界記憶によりセシルは知っているが、特に訂正はしていない。そのおかげで赤いオフロードバイクも聖遺物の一言で通る。
市場を抜けると人が減った。加速して宿場ゾーンを抜ける。華麗なるアドセットも素通りだ。先に奥の専門店ゾーンに用がある。しばらく走って、とある店の角で停車する。
セシルがバイクを降りると同時にウエスタンなスイングドアが開いてスキンヘッドの中年男が大慌てで出てきた。
「なんだなんだこのバカでかい音は! また雷龍か!? ……ってうおっ、セシルじゃねーか!!」
「大丈夫、ライディマンダーなんかじゃないよ。ってかこんにちわ」
「おお。んー、なんだあ? 武器が入り用か? お前さんの剣よりすげえモンはうちにはねえがな! わっはっは!」
武器屋のグローブスである。
セシルが佩刀していないことにすぐ気が付いたのは商売柄だが、実際は亜空間収納しているので丸腰というわけではない。
「ってそれが噂の聖遺物か?」
「ああ、バイクは気にしないで。見てほしいのはこっちのバッグの中身」
「聖遺物気にするなって、気になるだろ! おっ、でも買い取りか? セシルの持ち込みなら凄そうだな! よっしゃよっしゃ中に入りな」
グローブスは鑑定スキル持ちである。
店の奥のカウンターにセシルを案内しながら、頭を掻く。というかスキンヘッドを撫でる。
「あー、そのー、こないだはすまんかったな。つい商売気が出ちまってよ」
「ああ。まあでも売値3倍っていうし、妥当な範囲だったかな」
「そう、そうなんだよ。でもなんであん時値付けをうかうか喋っちまったんだろう……」
ガザルドナイトの剣の買取額を8千万円と提示し、売値が3億円であることを正直に話してしまった出来事だ。セシルのギフトの影響だった。セシルの鑑定に失敗した記憶もすっかり忘却している。
そしてシュバルやアントロら商人たちと付き合い、あの時の査定額が決してぼったくりではなかったことを知ったセシルである。アラデの龍布なんて上代は仕入れ価格の100倍以上だ。これはひどい方の例だが。
「これは! 魔法石じゃないか」
セシルがバッグから取り出し、カウンターに置いた物はジャガイモくらいの大きさの火の魔法石1個だった。
「これ、いくらで買い取れる?」
「ふむ、この大きさで精錬度6割7分か。うん、安定した上物だな。これなら3千円出せるぜ」
売価なら1万円前後ということだ。魔法石は武器に加工したり出来るので武器屋の取り扱い範囲である。
「んじゃこれは?」
次にボーリング玉くらいの魔法石を取り出した。
「めっちゃデカえな! よくその小さなかばんに入るな! ……こりゃまたえらく高出力に圧縮してあるなあ。俺のことじゃ扱えねえ。こりゃ業務用だ」
武器屋はあくまで個人相手の商売であった。
小さな魔法石はデガンド帝国の戦車のエンジンから、大きな魔法石は同じく帝国の軍艦の砲弾から抜き取ったものである。
「そっか。じゃあこれは?」
ボーリングの弾をバッグに戻し、代わりにとり出したのは剣だった。明らかにバッグの大きさより長い。ひょいひょいと次々取り出し5本並べた。どれも形が異なっている。更に杖と弓を取り出し、カウンターに乗り切らないので適当に重ねる。
「おかしいだろそのバッグ! てか、この剣、帝国製じゃないか。こっちの杖と弓は法王国のだ。どれも魔石を仕込んで強化してあるな」
兵士らを無力化した際に取り上げた武器である。国庫に属する軍の正規装備品であるが、返却の必要なしとされた。国宝級ならともかく、国を救った英雄に返してくれとは誰も言えなかった。
「軍の払い下げ品か。エトアウルじゃ帝国や法王国の武器は人気だから高めにで買い取ってやれるぜ。この剣とこれ、それは1万円。これとこれは1万5千円。弓は人気がないから8千円。この杖は……ううん、上物だ、3万円!」
「了解よ。剣はこれ20本、これ15本、これ13本、これ12本、これ10本。弓は24本、杖は46本ね」
そう言いながら袋に手を突っ込んで取り出そうとしているセシルを、
「おいちょっと待てそんなに沢山いっぺんには無理だ! それに相場が下がる!」
慌てて制止する。小さな袋からあり得ないサイズと量が出てくることはもう疑っていない。
「え? 魔法石は6千個ほどあるんだけど、ダメ……?」
しれっと言うセシルに、グローブスの魂が抜けた。




