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第70話 アドセットの街再び

 今月忙しくて2度目の更新ギリギリ滑り込み!

 誠に申し訳ございません。来月は頑張ります!

「たっだいまーっ!」


 黄金の止まり木亭の玄関で、よくとおる澄んだ声が響いた。


「あーっ!」


 カウンターにいたミーシャが両手を広げながらダッシュで表に駆け出す。肩にモフモフした塊が乗っている。

 そのままジャンピングハグ。ふくよかな胸にミーシャの顔がぼふっと埋まる。


「神姉さま!」

「ミーシャちゃん、おひさっ!」


 玄関に立っているのは、およそひと月ぶりにアドセットの街に戻って来たセシルだった。


「神姉さま、もう、遅いよ! すぐ帰って来るからって言ってたのに……」

「ごめんごめん、ちょっといろいろあってね」

「うん、知ってるよ。法王国と帝国を救ったのは、ほんとうは神姉さまだって」

「えー、やっぱその話、ここまで届いてるんだ」

「届いてるっていうか、ギルドのおじさんたちがそんなお話しながら毎晩騒いでるし、それに雷龍様を退けたのも神姉さまだったし」

「あはは……」


 ミーシャに聞くまでもなく、自分がガルリア大陸中で話題になっていることをセシルはとうに知っていた。ピース・ワールド号をあれだけ大々的に世間に披露した以上、そのオーナーである蒼髪の美少女ハンターの噂を止めることは出来なかった。

 仕方のないことであった。全ては世界の安定のためである。圧倒的に強大な魔大陸の魔人たちの存在が明らかになった今、彼らに拮抗しうる更に超絶な戦力が人族側にも確かにあることを知らなければ、人々は恐怖と絶望でパニックを引き起こし、今頃世界は大混乱に陥っていただろう。

 一方あのタイミングで魔人たちが現れなかったら、帝国の政変や法王国との開戦を対魔人討伐作戦にすり替えることには出来なかった。大いなる恐怖によりシナリオを上書きしたからこそ一切の遺恨を残さず事実をねじ曲げ、戦争勃発などはなかったことに出来たのだ。

 それ故、セシルはむしろラーセン皇帝やウーティカ法王、あるいはシュバルやマークス、ダガルたちを通じてピース・ワールド号の介入について積極的に公表させた。


 そしてそれらはすべて真の脅威である『憑依者』による世界蹂躙を隠蔽するためであった。

 ギガント戦以降、『憑依者』が何か仕掛けてきている様子はない。ハルド王国にいる悦郎とアレー王女は気になるが、国に籠ったままだ。動きはない。

 ギフトのことはさすがに伏せておいた。すでに神の使徒扱いではあるが、神のお墨付きともいえるギフテッドであることが知れれば、『扱い』ではなく本当に女神に祀り上げられかねない。

 チュネーマン教皇はセシルを女神と崇めているが、個人的に信仰しているだけで大聖会の公式見解ではないので捨て置いている。


 そんなこんなで世界の危機は去った、というのが今現在の世間の認識である。ならば次のフェーズは世界における新たなパワーバランスの構築である。


 魔大陸との国交は既に始まっている。

 転移門を使った貿易が、まだ試験段階ではあるが動き出した。人族側の商人や技師らが商品と共に第一段階として数十人、魔大陸に移住している。

 魔大陸はレアメタルをはじめ動植物や水産物など資源は豊富だが、魔人たちは採集や採掘などはしない。したがって人族が現地に赴く必要があった。

 宿舎や倉庫をはじめ整備工場や発電所、上下水道は魔大陸各所に設けられている。それらを結び、貿易拠点である物流センターをハブとするドローン編隊による完全自動物流網も完成している。

 当初は魔大陸行きをしり込みしていた鍛冶ギルドや商業ギルドのメンバーも、転移によりごく短時間で本国との間を行き来出来ることや、なによりエアコンの利いた快適で清潔な宿舎に惹かれ、日に日に魔大陸行きを希望する者が増えていた。ちなみに鍛冶ギルドメンバーはエアコンのヒートポンプの仕組みをすぐに理解した。まもなく第2次メンバーが移住することになるだろう。


 魔大陸との窓口はエトアウル王国が筆頭で、次いでバッハアーガルム法王国、デガンド帝国の順になっている。その他の国はその3国の二次貿易国となり、魔大陸との直接取引は今のところ許可されていない。魔大陸の魔人会社との正式な国交条約を結んでいるのがこの3国だけだからだ。


 エトアウル王国が筆頭なのは王国所属の商業ギルド・エルベット支店長のシュバルが条約締結のすべてを取り仕切ったからだ。この功績により、シュバルは近々王国から叙爵されることが内定している。

 一方、ピース・ワールド号を動かし実際に魔人たちを牽制したハンターたちにも大きな変化があった。ハンターは国家所属ではないので貴族に取り立てられるようなことはないが、アドセットの街のギルド出張所が支部に格上げされた。それに伴い宿屋街の一番奥に会った高級ホテル、『華麗なる(ゴージャス)アドセット』が王国に買い取られ、支部の事務所としてハンターギルドに無償で貸し出された。

 バララッド所長は念願の支部長になり、ダガル、ゴズデズは金ハンターに、ジック、チョーキーは銀ハンターに2階級特進した。もっとも彼らは今だアドセットの街には戻らず、ピース・ワールド号を根城にしているので法都のギルド支部で新しいプレートを受け取っていた。


 アドセットの街の変化はそれだけではない。


「おかえり、セシルちゃん」

「あ、おかみさん、今戻りました」

「ひと月ぶりだけど、ちょくちょくチェックメイトで話してたし、久しぶりって感じではないねえ」


 宿のおかみさんも玄関に出てきて、ミーシャがセシルからようやく離れた。セシルの与えたトランシーバーのことをおかみさんはチェックメイトと呼ぶ。コールサインがそうだからだ。

 おかみさんの感想はSNSで繋がっている現代人が持つ人同士の距離感に近いかもしれない。フェ〇スブックでよく見かけるから普段からその人に会ってる気がする、あれである。


「おやっさんは? 厨房?」

「あの人は渓谷の工事現場行ってるよ」

「ああ……」


 アドセットの街の価値が上がり、王国の防衛線がアドセットも含むよう再設定されたのだ。東のガウゴーン渓谷の入り口付近に城壁を築くことになり、王国が人夫を大量に雇い入れている。

 宿と食堂はおかみさんが実質的に仕切っており、親父は店番しているだけだったからちょうどいい小遣い稼ぎになるのだろう。


「おかげさまで食堂で人を雇えるだけの儲けも出ているしね。今は24時間体制で食事を転送(デリバリー)してるよ」


 黄金の止まり木亭は今やピース・ワールド号だけではなく、魔大陸に点在する宿舎にも料理を提供している。

 セシルが伝授した地球のレシピは魔大陸の魔人たちはもちろん、ピース・ワールド号の食堂を起点として法王国や帝国でも『ニホン料理』という名前で爆発的な人気になっている。黄金の止まり木亭と違い厨房や調理器具が近代化されていないので再現できないレシピもまだ多いが、各地の料理人が工夫しながら試行している最中である。

 その総本山ともいうべきポジションである黄金の止まり木亭には次世代のトップシェフを目指す若者たちが集まり始めているのだ。

 とはいえアドセットの街が辺境にあり、法都防衛戦からそれほど日にちが経過していないためエルベットやカミラなどの近隣からのまだ十数人程度ではあるが、そのうち6名が黄金の止まり木亭に雇われ既に交代制で働いている。やがて法都や帝都からも続々と集結してくるだろう。この辺りの事情はトランシーバーでおかみさんから先に聞いていたセシルである。

 今後の事業拡大を見据えて、近場に適当な物件を探しているところだ。本格的なセントラルキッチンを構える予定であり、セシルも了承している。

 衛生的で安全安心、かつ美味しい食事の持続的な生産はセシルにとっても重要なことだからだ。ましてや、これからは魔大陸から新鮮な食材が大量に供給される。各種の香辛料や調味料、油も確保出来る。


 この背後にはシュバルら商業ギルドの思惑もある。現物をそうそう食べられないはずの『ニホン料理』の噂が広まっているのは彼らのネットワークで情報をばらまいているためだ。美食は消費を刺激する。商業ギルドにとっても絶好の商機である。実際、セントラルキッチン用の物件確保を交渉しているのはシュバルの息の掛かった不動産業者だ。


 和食の日本料理ではないのに『ニホン料理』という名称には違和感の残るセシルであるが、これも独り歩きを始めた名前だ。もう止められない。


「それで食堂が賑やかなのね。まだ午後3時なのに」


 セシル自身は『午後3時』と口にしているが、ネイティブの時刻表現に自動変換されておかみさんらに伝わっているのはいつものことである。


「法都はそろそろ夕食時だし、魔大陸は朝食ビュッフェが始まるからね」

「ほんとに24時間体制なんだ」


 ちなみに食事の料金は、銀行の機能も持っている商業ギルドが現地で代行徴収しおかみさんの口座に月締めで振り込む。実はこれは結構面倒なのでピース・ワールド号の食堂ではセシルの案でサブスクを始めた。プリンセス・アレー号の時から個人別にタブレットに蓄積して週ごとに清算する方式だったが、大きな金額のブレがなかったからだ。アルコールあり、なし、子ども料金の三種で事足りた。

 魔大陸もそのうちサブスク化するかもしれない。


「宿も繁盛してるみたいね」

「城壁工事で人が集まって来てるし、軍も駐留してるからね。特にここはアレがあるから」

「ああ、アレね」


 温水洗浄トイレである。


「有料にしても並ぶので、食事と宿泊の客専用にしたんだけど、そしたらずっと宿が満室になってねえ」

「そういやトイレ1回に銅貨1枚取ってたわね……」

「あっという間に巻紙がなくなるからどうしようと思ってたけど、フェンちゃんが来てくれて助かったよ」


 ミーシャの肩に乗っているモフモフをおかみさんが見つめる。もちろん小鳥バージョンのフェンである。


「セシル様よりここを護るよう厳命されておりましたので」


 フェンが念話ではなく声に出して喋る。ミーシャもおかみさんも慣れっこなので驚かない。


「『創造』まで使うことになるとは予想の範囲外だったけどね。それにタオルやトイレットペーパーだけじゃなく……」


 黄金の止まり木亭は全室がホテルルームに改装されていた。セシルの部屋をフェンがコピペしたのである。外見は変わっていないが、扉を開けると近代化されている。ミーシャがフェンにおねだりしたらしい。


「今じゃ銀貨3枚の高級宿だからね! うち。あははは!」

「抜け目がないというかがめついというか……」

「えー、セシルちゃんがそれ言う?」

「あ、そうか。あははは……」


 セシルの食事料金永久無料はまだ活きていた。

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