第7話 『創造』と『再生』
まだ昼前だし、串焼きを食べたのでお腹はすいていない。
というわけで、掲示板を物色することにした。簡単で面白そうな依頼があれば試しに受けてみようと思ったのだ。
「所長さん、あそこの掲示板に貼ってある依頼、どうやったら受けられるの?」
「ああ、剥がしてこっちの受付でギルドカードを擦れば受注オーケーだ。ああ、そうそう。俺はバララッドな。元金ハンターで、今は引退しここの所長に納まっている」
聞いていないことまで教えてくれるバララッド所長。セシルにアピールしているのだろうか。
いつの間にかセシルも敬語をやめていた。
急に関西弁で慌てるし、既にセシルの中ではおもろいおっちゃんな扱いなのだった。
「ギルドカードを擦る?」
「名前が浮かび文字になっているだろう? カードを下にして擦ると型押し出来る。それで受注管理をしてるんだ。依頼を達成してまたカウンターに来てくれれば、報酬とハンターポイントを渡す」
ああ、昔買い物でパパがカードを使ったときのあれね。伝票にはさんでカーボンで擦ってたなあ。
「ハンターポイントって?」
「ランクアップのために必要なポイントだ。まあ、セシルは別扱いだがな」
「うん、大体わかった。ちょっと見てくるね」
「依頼書の下の方に受注の職種やハンターランクが指定されていることがある。よく確認しろよ」
「ありがと!」
(うーんと、『カーネル草の採取。1キロ単位で買取。価格銀貨2枚毎キロ』『ロックバードの肉。現地で内臓を取り血抜きをした上で屠畜後3時間以内のもの。午後4時まで受付。状態により査定。1羽最高銀貨1枚』『護衛依頼。×月×日午前6時出発予定。商用荷馬車3台。カミラの街まで。鉄ハンター1名、青銅ハンター1名、銅ハンター以下若干名。総報酬制で金貨1枚』)
特に指定なくただ金貨や銀貨と書いてあればここではエトアウル通貨である。金貨1枚25万円相当だ。
なお、日本円に変換せずそのまま読んでいるのはその方が異世界ファンタジーっぽくてかっこいいからだ。
自動変換機能はセシルの気分によって出力結果が変化する。方言を関西弁に変換したり、度量衡換算をしたりしなかったり。
セシル次第のフリーダムなシステムである。
セシルは無自覚だが、ミーシャに神姉さまと呼ばれるのを特に気にしなかったり、エルフ姫と呼ばれても否定はするものの、そんな二つ名呼び自体を恥ずかしいと思わないのは、そう、実はアレである。
厨二病は伝染する。
悦郎の趣味を詳しく研究しているうちに、いつの間にかセシルも罹患していたのだ。
実をいえば、友人たちは気が付いていた。セシルが試合に勝った時に謎の決めポーズをしたり、ホームルームで意見を言うときアニメの名セリフをどや顔で引用したりしていることを。
しかし、抜群の美少女には厨二的言動すら実に映える。それらも『さすがセシル』に含まれてしまうのが、真の厨二病患者である悦郎との違いであった。
なお、服屋でいい服がない! と憤っていたセシルの脳裏にあったものは、マジック騎士とか、幻夢戦士とか、魔法少女とか、美少女戦士とか、閃光さんとか、そんな感じの服である。
そんなコスプレもどきは、残念ながらこの世界には売っていない。
「あのー、総報酬制って何のこと?」
「報酬の総額が決まっている依頼だ。パーティーで受ける場合、人数が少ないほど一人当たりの取り分が多くなる」
「あ、なるほど」
所長は2階に戻らずにまだカウンターにいた。セシルがどんな依頼を受けるのか興味があるのだ。
既に昼前なのでいわゆる『おいしい依頼』は他のハンターがあらかた受注してしまっている。
ハンターギルドの朝は早いのだ。掲示板の張替は、緊急でない限り朝7時と決められている。
なお、原則ギルドは24時間営業である。主に依頼完了報告を受けるためだが。
ハンターたちが深夜に帰ってきても窓口が開いている。いつでも大丈夫なのだ。
それに、何らかの事件が起こったときには迅速に対応しなければならない。
安心と安全。
ハンターギルドにその信用があるからこそ、ハンターが集い、様々な依頼が来るのである。実績があるから、国と並ぶ独立した組織として認めらているのだ。
その最前線にいるバララッド所長は、けっしてただのおもろいおっちゃんではない。のだが。
というわけで、現在掲示板に残っているのは面倒な割に見入りの少ないもの、事前の準備が必要なもの、パーティー受注のもの、難易度が相当に高いものなどだ。
(ちゃっちゃと終わりそうなのはなかなか無いなあ。屠畜なんてしたことないし。もうちょっと簡単そうなのないかな……あ!)
『デスストライカーの討伐。場所:ガウゴーン渓谷入り口北周囲2キロ。1匹討伐で小金貨2枚』
(1匹6万円! ガウゴーン渓谷入り口ってこの町出てすぐ東よね。2キロ四方なら2時間もあればぐるっと回れる)
「このデスストライカーって、何?」
「(エルフ姫、デスストライカーのようにありふれたモンスターを知らないとは。ほんとに常識がないのだな。世間からよほど隔絶された場所で暮らしていたのだろうな)魔獣だ。いやらしい魔法を使ってくるので嫌われているうえに、すばしっこくて攻撃力も高い。だから、その依頼はずっと放置されているんだ」
「え? そんなのでいいの?」
「ああ。デスストライカーは縄張り意識が強く、不用意に近づくと容赦ないが、圏内にさえ入らなければ何もしない。崖の上が奴らの棲み処なので、谷底を通ってる限り実質無害なんだ。まあ魔獣の下を通るのは気分的によくないので、出来れば討伐してほしいという努力義務的な依頼なんだ」
「へえ、なるほど(縄張りに入れば向こうからやってくるのね! 楽ちんじゃん!)。その、いやらしい魔法って?」
「死の呪文。掛けられた場合即死はしないがだんだんと全身が弱り、最後は体中の穴から黒い血を噴いてこと切れる。子どもだと30分程度、大人でも数時間だ」
「それって魔法じゃなくて毒じゃないの!?」
「目に見えないし、離れていても掛かるから毒じゃない。魔法だ」
「そうなんだ。対策はないの?」
「そこそこの魔法防禦か、治癒魔法があれば対応出来る。セシルはそういうの持ってるのか? 鑑定機では魔力も振り切れていたが」
「いや、わかんない。そもそも魔法が使えるのかどうか。物を作ったり直したりは出来るんだけど」
「何? ちょっと見せてくれるか?」
「え、ここで?」
「ああ。ギルド所長としてはギルドメンバーの能力も把握しておく必要があるからな」
そうなの?
その割には職種の登録とかいい加減なんだけど。
単に興味本位なだけじゃないのかなあ。
でもまあ、これも鑑定のうちよね。やったげよう。
セシルは、武器屋で見た剣を作ってみることにした。現代日本の製品をあまりホイホイ出すとよからぬことになりそうな予感がしたからだ。
実は『黄金の止まり木亭』で生み出した温水洗浄トイレとふかふかタオルと柔らかいトイレットペーパーが大変な騒ぎをすでに引き起こしているのだが、セシルはまだ知らない。
「鉄の剣、出ろ!」
伸ばしてたセシルの手に、瞬時に剣が一振り出現した。鞘はない。抜身の片手剣だ。
「今の、ほぼ無詠唱ですよね!」
「うむ」
驚きの声を上げたのはハウゼン職員だ。
そうだよね。やっぱり魔法って呪文を唱えたり魔法陣が空中に輝いたりエフェクト光がキラキラと輝いたりするものよねえ。
こんなおおざっぱで結果だけが起こるのって、全然ロマンがない。様式美が大事なのにね。
超美少女の中身は、残念な厨二病患者だった。
「じゃ、これを折ります」
「え、折るって?」
ばき。
有無を言わせず鉄の剣を発泡スチロール製の偽造剣のように軽く両手でへし折るセシル。
「て、鉄の剣が!」
これは別の職員のリューリュー。セシルの怪力にドン引きだ。
「元に戻れ、鉄の剣!」
二つに折れた剣が重さがないかのようにすううっと近づき、逆再生よろしく修復され元に戻った。
(なんという。まさかとは思うが、祝福者の中でも最上位と噂される伝説のアルティメットギフト『創造』と『再生』なのか!? いや、そんな……。ううむ)
再生した剣を眺めつつ、所長は声を潜め唸った。
「えーと、こんな感じなんだけど、魔法的にはどうなの?」
「もはや神の御業としか……」
これは所長ではなくて、リューリュー。それをさえぎるように、
「うむ! なかなか凄いぞ。まずまずだ、セシル!」
とかぶせた。
「まずまずって、所長……」
何言ってるんですかと顔に出ているリューリューを片手で制する。
「それ、生物でも出来るのか?」
「それは試したことない。ちょっとやってみる」
生物を生み出す? 倫理的にどうなのかな? しかしやってみない事には限界が分かんないか。でも人間はいくらなんでもまずかろうし。うーん……。あ、果物ならいいか。
「リンゴ、出ろ!」
出なかった。
生物を生み出すことは出来ないようだ。初めての制限事項だ。
でも生物と無生物って何が違うんだろう。
複雑さ、かな?
トイレの制御基板のマイコンやプラスチック樹脂の高分子重合、抗菌防汚加工の超平滑溝も複雑といえば複雑だけど、生物の複雑さは遥かに上だ。
「生物の『創造』は、無理みたい」
セシルは苦笑いした。
所長は残念なような、ほっとしたような複雑な表情をした。
と、セシルがおもむろに剣で左手の甲を刺しはじめた。
「おい、何やってる! 危ないぞ!」
「大丈夫よ。ん? あれ?」
刃がついているのは確認したのだが、手の甲には傷一つつかない。何度かやってみたが、ダメだ。
「斬れない?」
(もしや、常時発動型の防御魔法!)
所長は目を剥いた。驚愕のしどおしだ。
「ごめん、バララッド所長、ちょっと手貸して」
「え!? 俺?」
「ちょっとだから、痛くしないから! 先っちょだけだから!」
「ええええ!」
しかし、ここは見せろといった手前、ギルド所長として矜持を示す場面である。部下を犠牲にするわけにはいかないし。
「わかった。すっぱりやれ」
「いや、すっぱりやったら繋がらなかったとき困るよ」
差し出された所長の左手の甲を鉄の剣で撫でる。
みるみる膨れてくる血玉。
「おい、斬りすぎだろ! 痛てーよ!」
「やっぱりちゃんと斬れるよね。わたしの肌どうなってるのかな? ……あ、所長の手の傷、治れ!」
しゅううう。
見る間に傷が無くなった。血も逆再生のように傷の中に戻って消えた。
「再生は生物にも出来るんだ。なるほどー」
「こんな高速な治癒魔法、見聞きしたことがないな。しかしどの程度まで治せる?」
傷が消えた手をぶんぶんと確かめるように振りながら所長が尋ねる。
「わかんない。やっぱ、すっぱり斬って繋がるかどうかやってみる?」
「やめてくれ! しかし、セシル。ハンター登録してよかったな。お前の力はハンターでこそ発揮しうるだろう」
そうなのかな。
それにしても。
セシルはリンゴが出来なかったのが気になっていた。
生物はダメなのではなくて、わたしの習熟度が低いから、複雑なものがまだ生み出せないだけじゃないかな?
もっと簡単な生物。
たとえば単細胞生物やウイルスはどうだろう?
でもそんなの、創造出来たかどうか、目に見えない。変に増殖して未知の伝染病が発生しても困るし。
もっと目に見えるようなサイズで、単純な生物……。
ピコーン!
「卵、出ろ!」
出た。
セシルの手のひらにころんと鶏の卵が。
目に見える大きさの単細胞である黄身。そしてほぼ水分で出来た卵白と炭酸カルシウムの卵殻。
この程度なら、創造出来る。
やはりネックは、複雑さだ。
わたしの習熟度が上がれば、もっともっと複雑な生物、例えば人間でも創造することが出来るようになる?
今はまだレベルが低いから出来ない?
その可能性はあるわね。
しかも卵が出来たんだから、うまく育てれば赤ちゃんになる。
時間はかかるけど、事実上すでに複雑な生物をも生み出せてることになるんじゃない?
「卵出来た!。これ、孵るかなあ?」
セシルは所長に声を掛けた。が、なんだかフリーズしている。冷汗もかいているようだ。
「所長?」
「あ、うん。おお。ええと、それは何の卵なんだ?」
「うーん? わかんない……」
「そんな危なっかしいもの、孵しちゃダメだろ!」
「ええ……。やっぱり……」
「あ、僕が見ます」
「おお、そうだ、そうだ。うむ。リューリューは収集品の鑑定係だったな! おい、この卵はなんだ?」
「ちょっと貸してください。ふむ……。これはただの新鮮な鶏卵ですね。無精卵です」
「そうなんだ」
残念、孵らない。でも、経験を積んでレベルが上がれば!
あっ! 卵が出せるなら、晩御飯はオムレツにしてもらお!
コメがあったら卵ご飯もいいけど、ゆうべはパンとかパイとかの小麦粉系しかなかったよねえ。
卵って栄養価高いし、もしかして食糧問題解決?
ころころと表情を変えるセシルを眺めつつ、バララッド所長は、内心焦っていた。
無生物どころか、生きているものさえ生み出し、傷ついたあらゆるものを、元に戻す力。
その戦略的価値は、計り知れない。
だから、ハイスペックな大魔法使いは、みんな国家お抱えになるのだ。
魔法使いに限った話ではないが。
剣聖や大賢者。所長も噂で知るだけだが、そんな超絶の技や能力を持つ者は、ことごとくどこかの国の軍属だ。
ハンターは国家に所属しない。自由民だ。その身分はハンターギルドという共同体が保証する。
もしこの力が本当にアルティメットギフトの『創造』と『再生』ならば、セシルがどこかの国に独占されると国同士のバランスが大きく崩れる。
最悪、戦争の火種になりかねん。本当にハンター登録してくれてよかった。
バララッド所長は関西弁のおもろいおっちゃんどころか、深い洞察力を持つ優秀な官吏であった。
事情があって、今はこのような辺境の宿場町の閑職ではあるが。
セシルには、この世界の常識を知らないのなら、自分の価値を今教えるべきではない。ハンターギルドの秘蔵っ子として、いざという時までどの国家とも距離を置かせておけばよい。
出来れば、この街で、この俺の手で。
いや、そうだ。そうすべきだ。
俺もようやく運が向いてきた。ハンターの頂上、金剛にもセシルならなれるだろう。
そしてその後ろ盾となる俺。セシルはオレが育てた!
その実績があれば、支部長も、いや、今一度都に返り咲くことも夢ではない!
「所長、顔がなんか変よ」
鼻の下を伸ばして夢想しているバララッド所長に、あきれるセシル。
(ま、わたしが超絶美少女だから、しょうがないわね!)
とことん残念な勘違いであった。