第67話 ギガントVSセシル
リーダーたる『憑依者』は、雷龍に憑依したモノが消失したのに続き、法王国と帝国に向かったメンバー32体全てが消失したことを検知した。
異世界のギフテッドが二人とも生きていたのは計算外だった。セシルは自らギフトを奪って墜落させたし、悦郎の方はギフトの反発で衰弱死しているはずだったのに。
セシルに捕まった雷龍の『憑依者』からの最後の共有情報で二人の生存を確認した。一度精神融合した悦郎の現在地はすぐ特定出来たので別の『憑依者』に乗っ取らせた。その後悦郎の『憑依者』とは交信が出来ていないが、大陸中央部の33体(雷龍含む)のように消失したわけではない。現在は深層心理に隠れた状態なのだろう。
それはそれで予定どおりである。まずはハルド王国を支配すればよい。ハルド王国を拠点に異世界ギフテッドを操り世界を壊すのは次の次の作戦だ。念のためサポートとしてハルド王国のアレー王女にも別メンバーが憑いている。王女の『憑依者』とも今は交信出来ていないが、悦郎と同じということだろう。問題はない。
今回のメンバー大量消失はセシルのギフトが再生したせいとみて間違いないだろう。ギフトが戻ったならセシルが生きているのもうなずける。もしかするとセシルは死んでも再生出来るのかもしれない。そのくらいはあのいまいましい敵が付与したアルティメットギフトならあり得る話だ。
この星の人間同士を争わせ滅ぼす主たる計画は魔族の乱入で失敗した。その裏でメンバーが消失したことと併せると、魔族が噛んできたこともセシルの差し金だろう。魔大陸に送ったメンバーも消失した。
悦郎を使って異世界ギフテッドと魔族を仲たがいさせていたのに、いつの間に魔族に取り入ったのか。
面倒なヤツだ。
しかし、今となってはどうでもいい。
やはり搦め手よりも物理攻撃で直接破壊だ。もう精神汚染に頼る必要はない。
この世界の終わりを回収出来た。
受肉した神兵の一体がこの星に残っていたのは僥倖だった。魂はすでに喪われ、身体もバラバラに砕けた残骸にすぎなかったが、差し支えない。
自らが核となればよいのだ。再起動さえしてしまえば、後は神兵の基礎能力で身体を再結合出来る。
さあ、本当の本物の蹂躙を開始する。ギフテッドなんぞにもう邪魔はさせん。この世界を粉砕するのだ!
次善の策発動だ!
ひゃひゃひゃひゃー!!
「そうはさせないわよー」
リーダー『憑依者』が意気揚々と大穴から半身を出しまさに世界を壊すために立ち上がろうとしたその時、弾丸のように飛来した何かによって上半身(?)が吹き飛んだ。イソギンチャクかポリープのような体の、ちょうど触手群の付け根の当たりが爆発したようにちぎれ、氷の大地に太い触手がバラバラと何十本も転がる。落下の勢いと重量そのもので大地の氷が割れ、轟音と共に氷雪が煙のように立ち昇る。
ちぎれた触手がそれぞれ巨大な一個の生物のようにもがきのたうち、更に氷の大地が砕け裂ける。
弾丸はセシルであった。
南極上空に瞬間転移し重力制御で加速、何万という平行世界の自分自身を重ね超高密度にして超硬度なまさに『弾丸』と化し、キック一発をかましたのである。マイクロ中性子星が弾道軌道でぶつかったようなものであった。
南極圏はGPSのカバー範囲外だが、これだけの巨大物体なら転移にキロメートル単位の誤差があってもそこからの重力加速で直撃出来る。実際、丁度ど真ん中を貫けた。
『ほぎゃあああああーーーーー!!!』
激痛で『憑依者』が悲鳴を上げる。なまじギガントの核になったため、痛覚が『憑依者』自身にダイレクトにフィードバックされる。憑依しているだけなら宿主の感覚は影響しないのだが、ギガントには魂がないので『憑依者』自身が直接肉体に繋がる必要があった。
『痛い痛い痛い!!!!』
ちなみにギガントが本来の世界の終りの姿である人型に再生していないのは、『憑依者』が高度で複雑な身体操作が出来ないからであった。そもそも肉体を持たない『憑依者』は、刺胞動物のような原始生物形態を動かすのが精一杯だったのである。痛みも生まれて初めて味わった。
「神モドキ! あんたたちの目論見はもうおしまいよ! あきらめなさい!」
炸裂したプリンのようになってぶるぶると震えるギガントの前にセシルが降り立った。前といってもそもそも前後があるのかどうか不明な形状であるし、ギガントのスケールのため20キロメートル以上離れている。それでもセシルの目の前一面がピンク色の肉の壁だ。
セシルウイングは装着していない。アルティメットギフト『奇蹟』により精緻な慣性制御で飛行することが可能になったからだ。
ただ、巫女服ではなく龍布のスーツに着替えている。普通の素材では今の超音速と超重力の衝撃には耐えられず一瞬でぼろ布になっただろう。戦うたびに半裸になったら大変である。深夜アニメではあるまいし、龍布の耐久性さまさまだ。
『き、貴様ああ! よくもこの俺を蹴飛ばしやがって! 許さんぞお!』
雑に細胞融合したギガントは声帯がないので言葉は念話である。セシルはこの『憑依者』が悦郎を乗っ取り簒奪を使ったアイツだと理解した。あいかわらず神を名乗る割には下品なヤツである。
「黒剣集合召喚!」
大量のガザルドナイトの剣がセシルの背後に出現する。その数、万を超える。平行する多世界から拝借したものだ。
創造による剣の複製でも同じことが出来るが、それだと後始末が面倒になる。セシルが作り出したものは消えない。概念の似た別のものに錬成することは出来るが、黒剣の本質は魔法吸収・蓄積効果のあるレアメタルであることである。錬成しても別の希少金属になるだけだ。政治経済の苦手なセシルにも、大量のレアメタルがいきなり出まわったら市場価値が暴落し大混乱を招くのはわかる。こういう消耗品は借りる方が後々に影響がなくて良い。量子的な平行世界は無限にあるのだ。
「刀剣乱舞!」
ガザルドナイトの剣がグループごとにサイクロイド曲線、対数螺旋、レムニスケート、カージオイド曲線などの精密な軌道を描いて一斉にギガントに襲い掛かる。媒介変数入力による関数制御だ。剣によるマスゲーム、いやマスダンスである。ちなみに技名はアラデが考えた。セシルよりはちょっと文学センスがある。
黒剣はギガントに四方八方から突き刺さり、無数の破片に切り裂いていく。豆腐の賽の目切りのようだ。
『ぐぎゃごおおおおおーーーー!!! ぐわおお! ぎゅるざん! ぎゅるざんぞ! ぜっだいにごろず! ごろじでやる!』
激痛のせいで念話が乱れているが、神兵の肉はバラバラにされても動く。ちぎれた何十本もの触手が蛇かヒルのようにセシルめがけて突進する。うねうねと這っているのだがスケールのせいで実際は相当速い。ちぎれていても2、30キロメートルはあるが、それらが塊になって迫って来る。どどどどどと大地が揺れる。
「離散的領域展開!」
これはアラデ命名ではなくセシルのアドリブだ。もはや技名ではなく直訳である。
迫る触手とセシルの間に時空の断裂が生じた。離散的領域の平面写像である。デカい触手1本に対して1個の領域が丸い平面の壁として立ち上がり、ぎゅんと数キロの直径まで拡大する。
勢いのついた触手は止まれずその空間の穴に呑み込まれた。
『ぐあっ!?』
『憑依者』は慌てて触手を止めるが、すでに大半が穴に消えた。残ったのはわずかに6本。うち4本は半ばまで穴に喰われて短くなっていた。
この間も黒剣群は膾切りを続けている。
『ぐぞう! いげえええ!』
本体から切り落とされた肉片が礫のように飛び、長いまま残った触手の1本に集合し合体する。
元々バラバラだったものである。切り刻まれたからといって無力化されるわけではない。
そして合体し長くなった触手は、離散的領域の穴に自ら飛び込み爆散した。
「あっ!」
空間の穴が写像を維持出来なくなり消失する。と同時に呑み込んだ数十本の触手が吐き出された。触手の自爆で開放されたエネルギーにより離散的領域そのものが収束したのだ。
腐っても神兵である。高次元空間を消去する能力を持っていた。
同時にギガント本体がみるみる縮みだす。リユニオン能力を極大化して結合力を高めたのである。
「結晶化!?」
セシルが看破したとおりぶよぶよのプリンだったギガントが金属のような光沢を持つ多面体の立体へと変化する。巨大結晶だ。そして密度が高まるにつれ飛び回りながら巨体を刻んでいた黒剣が結晶構造に絡み取られ、突き刺さったまま動きを止めていく。
離散的領域から吐き出された触手も鋭い三角錐形状に変化し、2、30キロメートルの長さがあったが数キロまでに縮む。その分高密度高硬度になる。中心部は重力崩壊しているのではないか。
『くははは! ちょっと油断したが、ギフテッドごときにやられる世界の終りではないわ!』
結晶化したら痛みが消えたので、少し余裕が出た『憑依者』である。
元触手、現金属的三角錐の群れが離陸し、一瞬で極超音速域まで加速する。水平に発射された超巨大ミサイルのようだ。
セシルの位置までの距離20数キロ。わずか2秒弱で到達する速度だ。衝撃波が地面に及び、氷の大地が更に砕かれ爆煙のように氷雪が巻き上がる。
離散的領域の再展開が間に合わない。三角錐は超高速超硬質超高質量の槍と化してセシルの位置に次々突き刺さった。
大地に大穴が開き、第二のグレートピットと化す。
『やったか』
「聖魔反転」
しっかり『憑依者』がフラグを立てたとおり、やったかはやっておらず、セシルは瞬間移動で上空に転移していた。無傷だ。
そしてギガント本体に刺さった万の黒剣から滅殺魔法が同時放出される。この黒剣群はいつかの大魔王とのエキシビジョンマッチで『聖魔反転』を使う前の時空から拝借したものであった。
高次空間からの平行世界のアクセスは時間も空間も自由に設定出来る。それだけではなく、一度使っても再度時間を遡れば何度でも再使用が可能だ。反則級の無限再生エネルギーである。
『憑依者』は結晶化で黒剣を取り込み動きを封じたつもりだったが、自殺行為であった。
ギガントの巨体が大轟音と共に魔法爆発の連鎖に包まれる。
『ぎゅおおおおおおおおがはああああああ!!!!』
全身を爆砕されたギガントが小さな結晶のかけらを撒き散らす。が、まだ表面が削がれただけで大部分は塊を保っていた。万に及ぶ聖魔反転を撃ち込まれてこの程度ですむのはさすがの硬度である。
『ぐそ! ごろず! ごろず! やり、どべ! ぜじる、ごろぜ!!』
「空間転移」
ギガントが消えた。触手三角錐も、結晶のかけらも何もかも一切合切が南極から消えた。
取り込まれていた黒剣群は一瞬空中に残ったが、それもすぐに消えた。
太陽。
この星系の恒星の表面、5500度の水素核融合の嵐の中にギガントは出現した。
『ぎょぎょがああああっ!!!!!』
不死の王の時は地球のコアだったが、万の聖魔反転に耐えたギガント相手には力不足だろうとセシルは判断した。
太陽は南極からも見えている。距離や座標の指定などせずとも、目視出来れば送り込むのは造作もない。
しかもギガントは硬質化により極めて比重の高い状態になっていた。重いのである。
太陽の重力に捕まり、膨大な核エネルギーに焼かれながら超高温ガスの中に沈んでいく。
さすがの神兵も太陽の莫大な引力と熱の中からは脱出出来ず、超硬質結晶構造がたちまちガスに還元されていく。
『切り離し! 切り離しだ! 逃げる!』
『憑依者』は神兵を捨てた。驚くべきことにセシルの能力は世界の終わりを凌駕していた。人間が神兵を上回るなど信じられないが事実だ。この大質量を恒星の距離まであっさり転移出来るとは恐ろしい。
こんな無茶苦茶な奴を相手に物理攻撃は無意味だ。
しかしまだCプランがある。セシルには悦郎をぶつければいい。この場は一旦離脱しハルド王国でやつらと合流する。
そう考えギガントの肉体との連結を解いた瞬間。
「はい、チェックメイト」
リーダー『憑依者』は離散的領域に吸い込まれた。棒人形アプリである。
灰になっていくギガントを見下ろすようにセシルが立っていた。太陽の超高熱、超重力、放射線他もろもろの輻射、そしてなにより宇宙空間をものともせずそこにいた。
アルティメットギフト『守護』の発現である。
「しっかし氷の世界から灼熱の太陽って、極端から極端だったわね。やりすぎだったかな?」
ギガントが完全にガスとなって消えるのを見届けてセシルはつぶやいた。
「あ、南極大陸ボロボロにしちゃったわね。直しておこう」
黒剣群は時間を戻し元の平行世界に返したので、戦闘の残滓は荒れた南極の大陸だけだ。再び大穴の近くに転移し、がれきの山のごとく荒れ果てた氷の大地を再生した。
「大穴は……、元のままでいいか」
二つ目の大穴は埋めたが、グレートピットも昔の戦闘のせいで出来ただけなのでは? とセシルは考えた。
しかし、旧聖典にも記載がある歴史的遺構である。埋めるのはやめておいた。
「なんだ、もう終わったのか」
「えっちゃん!?」
声に驚き見上げると、プリンセス・アレー号二世が上空に浮いていた。




